お世話になっております。

先日は四柱推命卒論科のスクールでした。今回は神田でも違う会場でした。

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己日、未月、申月を6時間ぶっ続けでお教えいただきました。

未月は夏です。夏の場合、どう調候用神を見切るのか?そして今回、ある意味圧巻だったのが、春、秋などの季節が微妙な季節の運用に用いることがある扶抑用神での見切り方をご指導いただきます。丁度、季節の切れ目であるため、この法の切り返しやどう違うのかがわかりやすく感じました。

連続授業で先生もお疲れでしょうが、受講生の我々もくたくたでした。今日は先生もご都合があるようで、金持ち前夜祭のブラッシュアップ中の構成案の印刷版をお渡しして、別日に、打ち合わせさせていただくことになりました。

帰りは、東北北関東連合?心の友w、福島ラッキーさんと新幹線で帰還です。途中、人間が幸運のきっかけをつかめない理由は何か?これを心理学的な言葉を使って解説しましょうか?と、私なりの私見をご披露。

つまり、四柱推命でいうところの身弱で大運が悪い人という設定ですね。

例えば、ある人に何かしらチャンスが訪れたとします。これは大運なりで喜神が訪れた状況ですね。この時、この人が素直にチャンスにのれるか?というと、実際問題としては、中々、乗れないのです。何故か?ここでいったん、心理学的な考え方を、用いましょうか。

人間の精神は、以下のような構造になっているようです。

意識(顕在意識)
無意識(存在意識)


という2階層にになっており、さらに、心理学者ユングはこの下にもっと深い階層である、集合的無意識があるという説もあります。
意識というのは、我々が普段、起きているときに自覚してる意識で、無意識と対比させるとわかりやすいですが、無意識は寝ているときも、心臓が止まらずに動き続けているのは、心臓が勝手に動いているのではなく、無意識が動かしているからです。これは起きているときもほとんど意識しませんが、急にボールがとんできたときに急に眼を瞑るような反射行動も無意識が担っているようです。

で、これを四柱推命の考え方をあわせてみると、

天干:意識(顕在意識)
地支:無意識(存在意識)


という考え方ができます。で、身弱というのはこの天干と地支の接続状況があまりよろしくない状態を示します。つまり、意識と無意識の接続状況がよろしくないといえます。これは直感的に、接続状況がよければ意識は無意識の力を使えることになり、勉強や運動、をはじめとして社会活動に有益なのは理解できるところでしょう。

次に、この無意識にはいろいろな機能がありますが、特に心臓のような絶対に止まっていけない機能を司る心理学機能に現状維持機能、別名、ホメオタシスというものがあります。この機能はかなり強力で、お母さんのおなかにいるころから、死ぬまで人間の生命基盤を担っているため、良い意味でも悪い意味でも人間に影響を与えています。この機能の最大ミッションは「変化せずし続けること」なんです。

で、先の疑問、「なぜ、幸運のチャンスが訪れた時に人はそれをゲットできないのか?」につながりますが、この現状維持機能が意識にアクセスし、邪魔してくるからなのです。その人の精神に変化をもたらす情報をシャットアウトするのです。そして四柱推命でいうところの身弱な人は無意識のアクセスに負けてしまう傾向にあります。これが身強の人だとコントロールしやすいといえるでしょう。ただし、天干、地支には年月日時間の4つの柱があり、その中の組み合わせと、生まれの季節、訪れる大運がありますので、それぞれの配合のバランスの問題があり、一口に身強だから幸福とはいえません。わかりやすくするため、この仮説でお話聞いていただければと思います。

現状維持機能に邪魔をされると、変化をもたらす情報源、人間、書籍、テレビを含めあらゆる情報に対して、これに触れた時に物理現象としては、急に眠くなったり、便意がでたり、凄いのは他の人からいきなりラインがきたりして邪魔されるなどや、精神的には怒り、不安などの負の感情や負のイメージが頭の中に起きてきて、理由をつけて意識をそらそうとしてきます。ほかにもいろいろな現象がおきますが、代表的なのはこれです。
これを四柱推命でいいますと、喜神の大運が訪れても、全く活かせない人はこの傾向から抜け出せない、自覚すらできないといえるでしょう。その有様は、真っ暗な洞穴から白日の外にでて、目がまぶしくて開けられないさまだと先生はおっしゃります。
わかりやすい例でいれば、学生の頃に同じ授業をうけて結果が違うのは、こういう理由もあるのですし、同じFX投資のツールを使って投資しても違いがでてしまうでしょうし、ギャンブルで同じ競馬で馬券をかっても差がでてきます。負ける人は負けるセルフイメージに従い、忠実に負け続けるのです。

この辺、成功するために現状維持機能との関係性を改善することは重要なことだと、前回もご紹介した、億万長者のユーチューバー、神王りょうさんがおっしゃっています。ちなみに、一緒に出演されている羊の方がまだ現状維持機能に負けていたころ、FXで二千万損失を出したようです。これも現状維持機能をコントロールできるになり、今では彼も億万長者のようですが。

(参考:吉方に行った際の邪魔現象は現状維持機能(ホメオスタシス)がまず関係がありそう )

彼の場合は、成功の指標としてお金、投資というスコープに向けていますが、これはあらゆる分野に応用ができることです。そして、現状維持機能に支配されている限り、今現在の、貧乏、不幸のセルフイメージを書き換えない限り、それを維持しようとする現状維持機能に振り回されて、投資といういきなりお金を手に入れる行為(四柱推命でいうところの財)では、致命的なリスクになります。

四柱推命では、奇門遁甲と組み合わせることによって、開運を呼ぶことができるようです。つまり、正確に、元命式のバランスを読み取り、大運、流運を読み取り、必要なエネルギー、不要なエネルギーを理解の上、奇門遁甲を使って、エネルギーを処置することで、その人の開運をもたらします。

しかし、現状維持機能は強力で、どんなに自分の心の声を止観しても、ダメな選択にもっていきそうになる。これを防ぐには、天意を得るという、卜占である断易を用いることで、目の前の正しい選択をする必要があります。目の前の洞穴におちては次の一手をうてませんからね。そして、現状維持機能は、一瞬刹那、意識をそらしてきますから、ここに卜占の重要性がでてきます。
天意とは、ユング流にいえば、彼も易マニアだったようですが、易は集合的無意識から回答をえるからでしょう。個人の無意識よりさらに深い人類普遍の知識。それでも、自分の現状維持機能の問題を自覚できないと、やはり負け続けるしかないのです。人間って悲しいですねw

そして、この意識の段階について千年以上前に説いていらっしゃるのは、弘法大師だったりします。そしてあの灌頂の儀式は、集合的無意識と再接続をリマインドする儀式なのではないかと考えています。この領域にくると、いわゆる、因縁と呼ばれる話がかかわってきます。が、大抵のことは無意識のレイヤまでの改善でうまくいきそうです。ですが、この儀式はさらに深いレイヤから自覚させる儀式なので、意識、無意識をコントロールどころか、普段の精神状態を落ち着かせるにも苦労されている人からすれば、いきなり、意識→無意識→集合的無意識までの連結を再起動(リブート)させる動きのため、そりゃ、幸運がもたらされるわけだな、と思う次第です。もちろん、意識して教学を伴い人生の実践をもって学ぶのが一番よいと考えますが。

その他、じゃあ、神王さんもいっているセルフイメージを書き換えるにはどうするか?そもそも、なぜ、書き換える必要があるのか?この世の人間をお金という指標で分割するとどういうセグメントになるのか?などは、「金持ち父さん貧乏父さん」にあるという話までしますと、凄く納得してくれたようでした。

とはいえ、聞き手も先生のお弟子さんですから、聞く力量あっての会話であり、私も真剣です。そして、お互い、中々得られない機縁なんだと思います。

なぜ、金持ち父さん貧乏父さんがでてくるんだ?については深く重要なテーマのため、また書きたいと思います。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

西日本の雨の被害にあわれている方々、お大事にされてください。またお亡くなりになられた方、ご冥福お祈りいたします。また、先日も、また千葉で大きめの地震がありましたね。そうそう、前回の記事に書いた危険日間違えです。日付だけで足して9日です。
なので、7/9の月曜日のが危険でした。あとは、18,27ですね。来月は、日付だけで8になる日が危険で、8,17,26で、8,17は数字的には気になります。ちょっとあまりにいろんなことが起きているので、兆候現象な気がします。注意でいきましょう。

さて、先週末はまたそぞろ千葉、館山の方へ。前回は常磐道経由でしたので、300キロ超えでしたが、今回はまっすぐ東北道から都心をこえてまっすぐ南下するため、270キロ程度でしょうか。

(参考:安房神社に5月5日(丁酉)立夏に霊水取得、富津海岸にて潮干狩りの旅 )

前回の安房神社と双璧をなす、もう1つの一之宮があるというのです。しかしまあ、考えすぎだとは思いますが、忌部の神様にご縁をもってから、何んとなしにフリーメーソンの東京ロッジ近くに縁ができたり、やはりユダヤ失われた十氏族は日本に来たようにも思えます。

(参考:失われたユダヤ十支族は日本にきていた?古代忌部氏の謎 )

歴史の陰に忌部あり?!

ともかくも到着です。(参考:洲崎神社)様。

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〇ご祭神

主  神 天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)
相殿神 天太玉命(あめのふとだまのみこと)、天富命(あめのとみのみこと)
御神徳 古来より伝承されている数々の御霊験から安産・航海安全・豊漁・五穀豊穣・厄除開運・交通安全の守護神として、また源頼朝公の故事に倣い、再起・再興の神様として信仰されています。

〇ご由来(一部抜粋です)

神武天皇の御代、安房忌部一族の祖天富命が勅命により四国の忌部族を率いて房総半島を開拓され、忌部族の総祖神天太玉命の后神天比理乃咩命を祀ったのが当社です。平安時代の延喜式神名帳に式内大社后神天比理刀咩命神社とあり、元の名を洲ノ神(すさきのかみ)と称されていました。
  鎌倉時代の治承4年(1180)石橋山の合戦に敗れ房総半島に逃れてきた源頼朝公は、先ず当社に参詣し源氏の再興を祈願し、寿永元年(1182)には奉幣使を派遣し妻政子の安産を祈願して、広大な神殿を当社に寄進されました。以降関東武士の崇敬篤く、里見家七代義弘は社領五石を寄進。徳川幕府も朱印状で安堵しています。

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神社のページを見ますと、役行者を祀っていたり、光明真言塔のようなものもあると書いてあります。神仏習合の神社であったようです。隣にお寺があるし明治前は一つであった可能性ありですね。

こちらの神様は安房神社の神様が男性神、こちらが女神様です。できれば、両方にお参りされるとよいでしょう。

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入り口近くのご由来ですね。丁度、山梨の方からこられた感じのよさそうなご夫婦がおり、ふいに「源頼朝?何かご利益ある神社なのかしら?」と、全くご存知なかったようですので、失礼ながら解説をさせていただきました。多分、地元のガイドレベルではあったでしょうw。(ただし、失われた十氏族の話までしてますので、偏りがあるかもしれませんがw)

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門へ進みます。

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門のところに、普段はたくさんの神社を管轄しているため、宮司様がご不在のようです。御朱印は書置きのものをここで買えます。

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祓いの坂ですかね。気がぐんぐん体にはいってくるきがします。

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歴史上、この仮説を促す事件がいくつかありますが、明らかに圧倒的に戦局がかわってしまうような事件に関りがありそうで、私の考えが間違っていなければ、今でも脈々と忌部の血族はいらっしゃることでしょう。

その一つが今回、お伺いした洲崎神社様です。ここはなんと、平家との戦いでぼろぼろに木っ端にされ、近侍のもの数名と海を渡って命かからがら逃げ延びてきた、初めて武家政権を樹立したあの源頼朝公が全てを失ったあとに訪れ、源氏再興と戦勝祈願し、その後、なんと味方が恐ろしい勢いでふえていきます。千葉の内房のあちこちには、この頼朝公の北上した後を記す地名が残っており、10人坂とか50人坂とか100、1000と武者がかけつけていったそうです。地元、千葉氏が味方します。そして、千葉最大の豪族、兵力は2万を超える上総 広常公の大将と合流し、当初、平家に追われた頼朝公を試して、小物ならばその場で打ち取って、平家に献上するつもりだったようですが、頼朝公から遅参を叱られ、おもわず平伏し、のちに「頼朝公は大将軍なり」と記するようでした。そして、鎌倉への難関、荒川まで到着し、集まった兵力はすでに10万程度。しかし、この川は秩父の豪族、桓武平家がおり、彼らの水運と合力がなくては渡れません。昔は川幅も泥沼化しており2キロを超えてたようです。そこで、頼朝公は70本余の白い旗をかかげます。これは源氏の象徴であり、始祖、八幡太郎義家の恩義を意味するものだったようです。桓武平家は今は平家に使えど、四代の君は頼朝公だと合流にいたります。無事、鎌倉に到着したときの総兵力、なんと、20万!5人程度のボロボロ状態からわずか数か月でこれです。

対する平家も軍団を差し向けますが、合力する武士が集まらない。富士川に到着したときには、3万程度であったようです。川を挟み睨みあい、夜にたくさんの鳥が突然、羽ばたき始めると平家軍は恐怖のあまり撤退をしてしまいました。ここに大勝利をへて、鎌倉に戻った頼朝公は、豪族たちに失われた領地を再分配し、鎌倉幕府の基礎が培われます。

もう2つだけ、事例を書きましょう。鎌倉時代から戦国時代へ。織田信長公が武田信玄公の跡取り、勝頼公と、長篠の合戦をしたときでした。有名な火縄銃三千丁をもとに騎馬軍団を撃破するあの戦いです。あの長篠の戦の絵がありますが、信長公の近くをみてください。白衣に六芒星がかかれた奇妙な服をきた人間が描かれています。

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これも忌部の方々ではないのか?一個目は、確実ですね。館山は四国の阿波忌部が船で開拓にきた土地。まつられている神々はもろ忌部の神々。そこにいのって天下をとった頼朝公。2個目も信長公はそのご、天下を統一する寸前まではいきました。これは偶然なのか?

歴史をもっとすすめれば、明治維新後の日露戦争の戦費調達に力をかしたグラバーがいます。そしてグラバー邸の門にはフリーメーソンのシンボルである定規にコンパス、中央にGが描かれているのでした。

まあ、真実はどうなのか?わかりません。ただ、そこがめっちゃパワースポットなのは間違いない!w
このような知識をもって神社にいくとさらに楽しいですよね。

そんなことを思いながら階段をのぼりつめます。

本殿です。気がすごいかも。。。。例の神道灌頂でえた印や真言をとなえつつご縁をいただいたことに感謝です。なぜにわざわざこうした作法をしにくるのか?いろいろと情報をあつめておりますが、東南海地震や首都直下型地震がくるポイントとして房総半島がトリガーになるという話がありまして、できるだけご縁があれば、キーポイントにお伺いし天災も起きないようお祈りしたいという面もあります。まあ、私がいったところでお祈りしているところを線で結ぶと、関東全域に結界ができるでしょう。。。。とか、なんとかw

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振り返ると、その先には海が。今日は曇っているためみえませんが、富士山がこの鳥居に入る形となり、また、夕方になると、夕日が入るようです。

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富士山が見えるようで。

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よかった。1,2分あるいて到着です。

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この輝く世界を見てください。富士山は雲で見れず残念でしたが、この清涼感、すごい。

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そして、頼朝公が腰かけたという松。今は数世代たっている新たに植えた木ですが。ありがたさは変わりません。ありがとうございます。

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暑いので、海水浴まではともかく、浜辺を散歩です。少し海に足をつけてみます。気持ちよかったです。

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夕方になっておなかがすいたので、お寿司屋さんへ。

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地魚のすしがありまして、ありがたや。うまかったです。

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確実に、頼朝公も得た、リベンジパワーいただけた気がします。

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2018.07.07 神が集う場所
お世話になっております。

新しい仕事が始まり、更新をためておりました。拠点も変わってこの辺りは神谷町です。何かと縁があるようで。
曰く、神楽坂、神田、神谷町、神保町ですね。

どっかで見たことがあると思ったら、これはあの都市伝説マニアなら垂涎の場所であるフリーメーソン東京ロッジではないですか!

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元々、戦前は大日本帝国海軍の(参考 Wiki様:水交様)社という社交場のようなものがあったようです。

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水交社(すいこうしゃ)とは、1876年(明治9年)3月21日に海軍省の外郭団体として創設された日本海軍将校の親睦・研究団体である。名称の由来は『荘子』の「君子之交淡若水」から採用命名された。総裁は海軍将官の現役皇族、社長は現任海軍大臣の兼務であった。

敗戦後の水交社解散後に、空襲から焼け残り空家となった、大きな白い建物であった「水交社本部ビル」は米軍に接収され、米軍関係者のサロンや宿舎に使用された。後に米軍は日本政府へ、「旧日本海軍の水交社を返還する」と通告した。しかし、「水交社本部ビル」が使われなくなっても返還されず、その代わり、占領軍のフリーメイソンによって占拠され、入り口には「メソニック・ビル」の表示が掲げられた。
1949年(昭和24年)暮れに接収が解除された後、1950年(昭和25年)6月に、国(占領下の日本政府の大蔵省)から、土地、建物とも、最低価格の8千万円で優先的に、「宗教法人東京メソニックロッジ協会」(財団法人東京メソニック協会の前身、現・一般財団法人メイスン財団)に払い下げられ、8月には所有権取得登記が行われた。屋上にコンパスと直角定規の大きなシンボルマークが掲げられた時期もあった。
「メソニック・ビル」には、日本のフリーメイソンの中核となる「日本グランド・ロッジ」(1957年(昭和37年)3月設立)が入居していた。現在の黒くて低層の「東京メソニックビル」(東京メソニックセンター、地上2階 地下2階)は1981年(昭和56年)5月に定礎されて(定礎式が行われた年か竣工年かは不明)建て替えられたものだが、一室には水交社時代の応接室が再現されている。
現在の「東京メソニックビル」内には、日本のフリーメイソンの中枢が集まっており、「日本グランド・ロッジ」の他、いくつかのブルーロッジ、リサーチ・ロッジやアメリカ管轄のロッジも含め、事務所が割当てられており、秘書業務・財務業務が行われている。また、付帯組織である「ヨーク・ライト」(York Rite)や「」スコティッシュ・ライト(Scottish Rite)も事務所を構えている。地上1階はエントランスだけで何もない。地上2Fには「日本グランドロッジ」や「ヨーク・ライト」や「スコティッシュ・ライト」などのオフィスやライブラリがあり、地下1Fには各ロッジのオフィスがある。地下2Fにはブルーロッジやスコティッシュ・ライトホールやダイニングホールやキッチンがある。
この接収を巡っては、1952年(昭和32年)に結成された「水交会」(水交社の後身、大日本帝国海軍・海上自衛隊関係者によるOB団体)が、「国際法違反である」として、資産取り戻し訴訟を起こして、建物の返還を要求した。その後、10年越しの民事裁判が続けられたが、裁判開始から14年後の1966年(昭和46年)に、フリーメイソン側が金1000万円を支払うということで「水交会」側の実質敗訴の形で和解が成立し、水交社跡地はフリーメイソンの物となった。
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あらあら、戦後、旧海軍、海自のOBの団体がフリーメーソンと接取にあたって裁判を起こしていたとか全く知りませんでした。よほどこの土地がお気に入りみたいで。

多分、東京に危機が訪れた時に生存率が高いのは、イルミナティの紋章をビルに刻印している六本木ヒルズか、このロッジとかになるかもですねw
そもそも、東京タワーのあるところは海抜が若干高いです。この辺は土地が隆起しており、良い場所にあるのは事実ですね。

夜になり、増上寺方面に歩くと、東京タワーに雲が差し掛かって幻想的でした。

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増上寺では七夕まつりをやっておりましたが、なぜか、境内、締め切られた本堂前を通った時、雅楽が聞こえてきました。

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徳川家のお寺ですから、直感的に、山王一実神道の儀式も行われていたのかな?などと思いました。

今日は、七夕ですね。これは天の川を意識しているようです。

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ちなみに、kirunaが躍動しています。今月の危険日は、数字の日だけたして、8になる日つまり、明日ですね。

引き続きよろしくお願いいたします。


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