お世話になっております。

昨日の噴火の注意勧告、その後はなにも良かったです。一点、書き忘れたのが、未の刻だけでなく、辰と戌の刑で、戌の刻(19-21時)でも同じ地震が起きる刑がありました。その時刻、青森地方でM6、震度4が発生していますって今更書くな、ですが。

(参考:草津白根山噴火!ご無事を祈念しつつ明日も警戒)

話は変わりまして、先日はお昼休みに赤坂豊川稲荷に行ってみました。雪が残っている中少し歩きにくかったです。

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自宅の神殿には栃木県太平山大山寺にある豊川稲荷様で開眼した御宮(元々は成田山の稲荷の売店で購入したもの。ご住職にみてもらいOKとのことでした)と本拠地、名古屋の豊川で開眼した仏像を祀っています。ここ、赤坂の豊川稲荷東京別院さんにもたまにきておりました。でも久しぶりです。

(参考:豊川稲荷東京別院)様。

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豐川稲荷は正式名を「宗教法人 豐川閣妙嚴寺とよかわかくみょうごんじ」と称し山号を圓福山えんぷくざんとする曹洞宗そうとうしゅうの寺院です。一般的に「稲荷」と呼ばれる場合は「狐を祀った神社」を想像される方が多いと思われますが、 当寺でお祀りしておりますのは鎮守・豊川ダ枳尼眞天とよかわだきにしんてんです。豊川ダ枳尼眞天とよかわだきにしんてんとは、昔、順徳天皇第三皇太子じゅんとくてんのうだいさんこうたいしである寒巖禅師かんがんぎいんが感得された、霊験あらたかな仏法守護の善神です。 豊川ダ枳尼眞天とよかわだきにしんてんが稲穂を荷い、白い狐に跨っておられることからいつしか「豐川稲荷」が通称として広まり、現在に至っております。当別院は江戸時代、大岡越前守忠相公おおおかえちぜんのかみただすけこうが日常信仰されていた豊川稲荷のご分霊をお祀りしています。明治20年に赤坂一ツ木の大岡邸から現在地に移転遷座し、愛知県豊川閣の直轄の別院となり今日に至ったものです。豊川稲荷を信仰した方としては、古くは今川義元、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、九鬼嘉隆、渡辺崋山など武将達から信仰を集めさらに江戸時代には、庶民の間で商売繁盛、家内安全、福徳開運の神として全国に信仰が広まりました。
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おっと入る感じがもう、稲荷さんって感じです。自分は稲荷信仰者なので違和感が全くありませんがw光が映りこんでいますね。偶然なのか、何なのか。

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手水舎でお清めです。

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本堂です。本殿内に入りますと、祈りこまれた感じです。若いサラリーマンの方が、私同様スーツ姿で熱心に祈っておりました。私も隣で三礼し小さな声でご真言などを唱えつつ、普段のご加護の感謝をいたします。仕事場でやつれた怒りやムカつきのようなものが消えていきます。ありがとうございました。堂内で銭のお守りをかいますと、火打石で清めてくれます。キンキンと気持ちよいです。

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世の中には何も知らないで稲荷信仰を否定する人が多いですが、弘法大師の東寺の地主神が伏見稲荷でもあり、密教では大切な仏様であり、ご利益多彩な神様であります。上述のお寺のご縁起にもありますが、「今川義元、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、九鬼嘉隆、渡辺崋山など」の方々の帰依や、現在の方ですと、松下幸之助さんは相当に信心深いですが、伏見稲荷を崇拝していたようですし、松下グループは総務部から醍醐派の修験のお寺に出家させて代々グループ加護を祈っております。(いつぞやの週刊現在か何かで、お正月の企業特集でやってました)
実は同じように恐れられている神様に聖天様(歓喜天、ガネーシャ)もいますが、三菱、三井、住友などの財閥家で代々祈っており、一般向けには七代の福を一代で使うとかいろいろながセネタを流布しております。それは、一般人から天下人みたいなのが出ないようにということでしょう。豊臣秀吉は三面大黒天を祈っておりましたし。我が家では聖天様は待乳山さんの十一面観音の御影のみで、陰陽道の神であり聖天様も合体しているという荒神様をお祀りしております。また三面大黒天さんはおりますがw おっととっと、オタクネタが続き失礼しました。

こちらは、大岡廟。大岡越前公が熱心に帰依していたようですね。ご焼香をしておきます。(頭の中に懐かしの大岡越前のオープニング曲が流れる。。。。)おっとっと、邪念をすて、光明真言を唱えておこうっとw

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(参考 Youtube様:大岡越前 メインテーマ Op (完全ver.))




融通神はお金を融通してくれるとのこと。前にいただいたので、幾らか多めにお返しして、また融通のお賽銭を賜ります。

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弁天さんも祈りつつ、こちらは、縁切りですね。これは職場のうざいやつ、往ってもらいましょうw ダキニだし効きそうw 逝け糞野郎!www

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その他の塚などもお参りして清々しい。何か若い女性のOLさんが多いですね。熱心に私みたいに一つ一つ祈ってます。

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こんなお参りし、帰宅後。ふと、奇門遁甲の盤を調べていたら、なんと本日の15時、立向盤の東に神遁が出現。本当、偶然、見つけた感じました。これも豊川吒枳尼真天様のお陰っぽいです。分かったのに使わないと後悔しそうなので、実験実験。

この日はお昼休みを無くして、この時間に、東の方、そう、有楽町にさくっといって、さくっと適当な宝くじをかって、さくっとご帰還しましたw あとは、当たるも八卦当たらぬも八卦ですw (流石、神遁。ドラゴンボールのコイン削りの奴は3千円あたりでしたw 後の本命の奴がどうでしょうかね。お楽しみ。)

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

お昼のスピリチャル散歩。これはお昼でパワー充足に加え、気もチャージしようという魂胆でありますw

ん?年末ジャンボか。。。。そういえば、サマージャンボはムーの小野先生の特集で5,000円を3本当てたっけw

(参考:サマージャンボ発売開始!奇門遁甲、神遁符を活用せよ! )

ちゅーか、この辺でご利益ある神社ないのかな。。。。あら?烏森神社って元々、稲荷神社なの?てっきり烏がらみだと。新橋で一杯ひっかけて、キャバクラやらガールズバーによってしまって気が付いたら境内内を歩いていたなんていう、見慣れた風景ではあり、お参りしたことはありましたが、まさかこれほど古い神社とは思っておらず。それも、藤原秀郷(俵藤太)公に由縁の神社らしいです。ということは平安時代ですわ。これは、飯ついでに買いに行ってみるか。昼時は少し避けてでてみます。徐に奇門遁甲の作盤を開始し、丁度、南東方向に新橋、烏森神社があります。時盤ぐらいは吉に出た方がいいでしょうがw 

○丁酉年辛亥月己未日辛未時で南東

・天盤地盤:丁壬(丁奇得使:吉)、景門

まずは神社ですね。ほどなく、新橋駅前、汽車広場の前でよくテレビでサラリーマンに取材する舞台となっている汽車の裏手側、ヤマダ電機前からの撮影です。

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更に小さな道に折れます。(参考:烏森神社)様到着。

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○地名の由来
烏森の地は、古くこのあたりが武蔵の国桜田村と呼ばれていた時代には、江戸湾の砂浜で、一体は松林であった。その為当時この地帯は「枯州の森」あるいは「空州の森」と言われていた。しかもこの松林には、烏が多く集まって巣をかけていた為、後には「烏の森」とも呼ばれるようになった。それが烏森という名の起こりである。明治以降昭和7年まで町名として使われていたが、その後新橋に改められ、今ではJR新橋駅の烏森口としてその名をとどめている。

○神社の創始
平安時代の天慶3年(940年)に、東国で平将門が乱を起こした時、むかで退治で有名な鎮守将軍藤原秀郷(俵藤太)が、武州のある稲荷に戦勝を祈願したところ、白狐がやってきて白羽の矢を与えた。その矢を持ってすみやかに東夷を鎮めることができたので、秀郷はお礼に一社を勧請しようとしたところ、夢に白狐が現れて、神鳥の群がる所が霊地だと告げた。そこで桜田村の森まできたところ、夢想のごとく烏が群がっていたので、そこに社頭を造営した。それが、烏森稲荷の起こりである。

○神社の隆昌
明暦の大火(世界三大大火の一つに数えられる俗名 振袖火事)が起こった際、江戸市中は焼け野原となり、もちろん当社の周辺も大方焼けてしまった。ところが烏森稲荷社だけは不思議にも類焼を免れたのである。これは神威の致すところと考えられ、以降当社に対する信仰は日に日に厚くなっていった。
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平安時代から存在し、しかも江戸時代からはずっと稲荷神社としてご利益甚大な神社だったのですね。全く知らんかった。せいぜい、飲み屋街の小さな神社程度で、しかも明治時代ぐらいの新しいもんだろうとか勝手に思ってました。だめですね、やはり調べてみないと。

ホント、意外と清々しい場所でした。こんなに町中なのに。
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やっぱり俵藤太公のことが書いてありますね。

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本殿でお祈りします。その後、お守りを買って、御神籤を引いて、神社の案内などをいただきました。

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次に、新橋駅前の行列ができているような売り場にいきます。窓口は北朝鮮の真似でないですがw、なんとなく8番にしようっと。神社でお参りしてから誰にも触れず購入する事、とか勝手に勝利のご利益ルールを作成w

これをまた神社に戻り、手水舎で水を浴びせて、素早く胸元にいれて戻ります。

帰りに、昼飯を。この店、(参考 食べログ様:越後屋竜之介)さん。

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チェーンですが、昼時の焼き魚がたまらんです。全部炭火焼。魚嫌いな人は肉もありますぜ。

僕はサーモン塩焙り定食。オーダがあると、将棋の駒をくれます。駒があるところに配膳してくれるのです。何か粋ですよね。ん?桂馬かあ。桂馬の高飛び歩の餌食というからな、用心肝心w

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三味線なんかが流れていて、雰囲気いいです。店内から外を見てみると、お昼の時間をずらしているので、店内の静寂と通りの動きの差がより情緒を作っています。

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お茶がうまい。。。。。さっきもらった烏森神社縁起を読んでます。結構、しっかりした書籍だな。無料だしw

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きたあ。んー香ばしく、塩が効いていてうまい!最高っすね。ご飯、みそ汁もうまくてさくっと食ってしまいました。

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あっ帰りに撮影を忘れたメニューを。結構、種類多いでしょう?閉店間際だったのでした。しまった。焼いているところもとればよかった。本当、炭火焼なんで。

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帰宅後は宝くじを密かに教わった設置法で設置してみます。一応、ちょっとだけど実績ありますからねw さらに一工夫してw

果報は寝て待てw ぼちぼち寝落ちします。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

昨日書けばよかったのですが、何気に今日は六十日に一回訪れる庚申(こうしん)の日です。それはともかく、9のつく日は北朝鮮では極数として重視しているらしく、案の定来ましたね。

(参考 Youtube様:★2017.11/29放送 NHKニュースおはよう日本 【速報】北朝鮮ミサイルはICBMか 高度4000キロ超 防衛省★)



科学主義の現在、占い師など全く関係ないように思われる方も多いかもしれませんが、実は政治、経済、国際紛争の陰にはこうした占いや呪術が使われているようなのです。ちょっと、タグが都市伝説に入っちゃうかもしれませんがw

一応、我らが奇門遁甲で見てみましょうか。使っている、いないはともかく、どんな立向を使っているのか。

(参考 YahooJapanニュース様:北朝鮮ミサイル、最高高度4500キロ ロフテッドか)

によりますと、「北朝鮮は29日午前3時17分ごろ、西部の平安南道(ピョンアンナムド)平城(ピョンソン)付近から日本海に向けて弾道ミサイル1発を発射」し、青森県の先のEEZ領域2,300キロの場所ということで大体このようなイメージでしょうか。

※図の作成には(参考:あちこち方位)様を活用させていただきました。

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つまり、東ですね。日本を龍とみれば、龍の首をはねるイメージでしょうか。続いて東方向の奇門遁甲のデータです。国家の行いをみるため、年盤、月盤、日盤、時盤のうち、天盤地盤と八門のみ並べてみます。

☆2017年11月29日3時17分(丁酉年辛亥月庚申日戊寅時)頃

○年盤:乙丙(開花陽光:吉)、死門(大凶)
○月盤:甲辛(棍棒玉砕:凶)、景門(吉)
○日盤:丁己(星堕零落:凶)、驚門(凶)
○時盤:辛壬(寒風刃月:凶)、景門(吉)

年盤が天盤地盤が一応吉ですが、死門で終わっているのが気になりますね。月、日、時の全ての天盤地盤が凶であり、内容も甲辛(棍棒玉砕)は、カッターで大木を切り落とす様、丁己(星堕零落)は己の浅い知恵に、己の濁情のみで堕落していく様、辛壬(寒風刃月)、寒空の三日月であり健気に身を徹するも孤立する様とまさに、今の北朝鮮を暗示する内容です。
また実践の戦争に使われると思われる、その瞬間の勝利の方位を見る「行軍三奇」で、日盤や時盤を拝見しても、時盤のみ勝ちを示していますが、幾らその時勝っても、後で不幸を呼び寄せてはたまりません。奇門遁甲でみれば、「一見華やかで勇猛だがあくまで見た目であり、孤立を深め、大木に小さな武器で歯向かい死の門を開きつつある」、と読めるような気がします。その他の占術を使っている可能性がありでしょうか。

また、陰陽道としてみれば、庚申の日は「かのえさる」の日で、干と支の五行が両方とも金行であり、殺気が極限まで高まる日でして、人の批判やましてや殺気に係ることはご法度なのによくやります。今日そのような行動をとると、殺気を呼び寄せることになるかもしれません。つまり、戦争の呼び水になる可能性が高いです。
またこの日は審判が下るというか、六十干支の前半で行った結果が出やすい日のようです。良いことがあれば、前半の過ごし方の評価であり、また次の六十干支もがんばっていただきたいですし、何もなかったのも上々です。もし悪いことがあれば、それは反省しましょうということですので、素直に胸に手を置いて、反省することで次の六十干支をよりよくできると思います。

昔はこの日は庚申待ちとして、村の人たちが集まって夜通し猿田彦神や青面金剛を祀ってお経を唱えたり、食事をしたりして寝ずに過ごしたようです。今日は体内の三尸という霊虫が天帝にその人の罪状を報告に天に上がる日でありまして、それを避けるために寝ずに過ごしたというのが「庚申待ち」でした。

(参考:三尸(さんし)がいると運勢や寿命まで削られるそうでw )

今日は怒りや不平など、特に言葉で出して言うことはご法度で、できるだけ善行を成す方向で平穏に過ごしたいですね。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

昨今、お盆、お彼岸と仏教系のネタ多くてすいません。

先日の連休は家族が早朝から地域活動で用事があり、車で送ってあげた後、私はお客様の鑑定書の仕上げをしつつ、それでも時間があったので、ふと「墓参りでもいくか」と。あの小野先生も宗教は信じなくても墓参りだけは行っておいた方がいいとおっしゃられます。元々は、自家の墓に巻いた砂利が調子はどうかと気になっておりました。あと、「あっあちらの家の墓は、先日何か寒い感じがあったなあ、例の呪符やってみるか」と二家分行くことに。

早速、自家の墓にいきますと、砂利は美しいままでした。折角来たから、お線香、お茶、水など供えて勤行するか。一人だと気兼ねなく、勤行できます。お彼岸もおわっており、誰もいません。太陽がまぶしいです。体がめちゃくちゃ熱くなりました。
よーし次行くかと。自家の墓は自宅から5キロ程度ですが、そこからもう一家の墓は、日光に近い場所で15キロはあります。とても周りの山などが美しく風光明媚な場所です。ほどなく到着し、お供えし、勤行します。前より暖かく感じます。おまけに呪符を燃やします。

(参考:お盆ならでは?妙義神社の霊水で武帝応用符三十番謹製。効果抜群?! )

いいねえ、清々しい。さー帰ろうかな。。。などと思っていたのですが、ここまで来たら、残り二家もフルでやってしまえ、と思いまして、宇都宮を挟んで反対側のさくら市という方面を目指します。これが30キロぐらいでしょうか。こちらでもお供えし、勤行。

写真は撮りませんでしたが、途中の田園の風景が黄金色に染まっており、日差しも暑くて車の窓をあけて走りますと、本当気持ちがいいです。いい感じです。最後は前回、場所が分からなくなっていたお墓ですが、今回は問題なく到着。10キロぐらいでしょうか。

(参考:秋の夕方、黄昏時までにあの場所へ)

こちらにもお供え、勤行。やはり家の因縁によってサクサク到着できる場所、邪魔が入る場所、鳥肌がたったり、暖かく成ったりいろいろな変化がありますね。いずれにしても終わった後清々しさ、熱さを感じました。終わった後は寄り道せずに自宅に帰ります、これで20キロ、合計、80キロ程度。ちょびっと行くつもりが、すげーお参りになったなあと感慨です。

自宅に帰った後は、先日の高野山、伏見稲荷様を記事にした影響か、何故か恋しくなり、今度は自宅の神殿で供物を上げ勤行です。こちらでは阿闍梨様より伝授を受けている荒神様のお経や伏見稲荷さんから購入した在家向け祝詞集的な奴も若干読ませていただきました。これだけ供養してからの神への勤行は半端ない安定感というか、手ごたえというか、清々しさマックスなのは間違いありません。

(参考:「高野山開創1200年記念大法会で結縁灌頂、伏見稲荷より御霊を賜った」思い出 )

ほどなくして家族を迎えに行き、そのまま温泉へ行く途中、夕日が眩しかったです。

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近頃、コメントしてくださる方々で、3日まで行われていた高野山の結縁灌頂、10月は金剛界ですが、参加された方がいて本当に良かったです。中には私がブログにあげてしまい、お忙しいのにご遠方から深夜バスで行かれた方もいらっしゃいました。素晴らしいです。

(参考:小野十傳先生『十傳スクール 断易高等科』家相を問う占例に興奮)

こうした灌頂壇は極秘作法の集合体であり、そもそも密教は作法が細かすぎて大変なのに、こうした壇上を築き、更に、たくさんの方々に結縁灌頂をするノウハウと人財、血脈は高野山にしかないと言われています。確かに、全国で公式、非公式の灌頂はあるでしょうが、有形無形で高野山の人材にご縁があるとお聞きしています。しかし、有難いことに、インド、中国、朝鮮で失われた真言密教は我が国においていまだ健在。その血脈も健在なのでありました。血脈も実は真言八祖からは有名な大徳への継承が目立ちますが、無名なご僧侶を含め、その縁につながるという儀式です。しっかりと辿れるご縁のルートです。灌頂こそ即身成仏を目指す真言密教にとって最高奥義といえるでしょう。

(参考:春の高野山、胎蔵界結縁灌頂、嶽弁天、天河弁財天、龍泉寺、そして吉野山・蔵王堂の思い出)
(参考:我が家の守護神、立里荒神とのご縁)

見方を変えてみれば、我々にとって身近な仏というと、「お葬式」がありますが、本来、阿闍梨とご縁があり仏弟子と認められたものが、臨終に当たって、六道輪廻の三悪趣(地獄、餓鬼、畜生)を遠ざけ門をふさぎ、人界、天界、修羅界(修羅界は天界に近いといわれます)以上の世界(基本は人間界)に誘導するのが引導も一種の灌頂といえるでしょう。そういう意味がありますから、誰でもそうした縁につながるわけではありません。こういう仏教哲学を知らないと、機械的に作法だけやっても意味がないですよね。

#こちらは大師教会さんで受戒のみ。
(参考:闘病中の母を連れ高野山で受戒を受けた思い出 )

#受戒がないことを未戒というらしく、そのまんま臨終になるとやばいらしいっすw
(参考:未戒で死ぬのは止めた方がいいらしいっす )

1200年前の大唐帝国においては国家機密扱いされ、あくまで逸話ですが、あの真言八祖の一人であり風水師でもある一行禅師も滅蛮経(ようは大唐以外を破滅させるインチキ宗教や風水)を流布させたという説があるぐらい、逆にそれだけ尊いものとして密教は最重要なものであったのです。ある意味、選んで伝授しないととんでもない人間の一族を繁栄させてしまう。そう、帝王学である風水と似たところがあります。
このような宝物を外国人の弘法大師に託していただいた恵果阿闍梨に大感謝すると共に、悠久の時を超えて、継承されてきた諸先輩方に本当に感謝です。このような背景もありますので、ご縁あれば、生きているうちに受けたいものです。明治以前は、朝廷、貴族、武士、大商人ぐらいしか受けられなかったこの貴重な儀式とご縁を三千円程度でいただけるのは本当にありがたい限りなのであります。高野山の御関係者様に感謝です。

さて、今回の記事は、2年前の高野山開創1200年記念大法会での結縁灌頂に行った話です。この時は全山、全国の寺院もお呼びしての大祭でしたが、灌頂壇が初の金堂でなく、なんと大師教会さんで行うということと、金堂公開、秘宝の展示がいろいろとあるということで、そうした秘宝は是非、見聞きした方がいいという阿闍梨さまの教えもあり、いったのでした。更に、前から迎えたいと思っていた伏見稲荷の御霊(ようは開眼)も賜りたいと思っていましたので。こちらは京都ですがw

この頃の関西での羽の伸ばし方は、関空にいってレンタカー借りて、行ってみたいところに行ってみるというスタイルです。しかも、高野山は近いといえば近いですし、全く道路も混んでいないのでいいですよ。この時は、一人でいったのでした。

まずは成田からLCCで。ジェットスターが気に入ってます。飛行機の中でじゃり銭で珈琲とか買えるのバスみたいでいいですね。

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関空に到着です。乗っている時間は一時間ぐらいですね。今回の旅の友はこいつです。

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関空からこの海を走り抜けるのが好きです。関西にきたぜ!という感じでw

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やっぱりよらねば、四社明神、(参考:丹生都比売神社(にふつひめじんじゃ))さん。

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まずはこちらで在家次第の勤行をさせていただきます。

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そして、高野山入りです。夜になってしまいました。こちらは(参考 TripAdvisor様:蓮華定院)さん。あの、真田幸村公、真田昌幸公が最初に高野山に幽閉された際に蟄居した真田家ゆかりの寺院だそうです。

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遅くなってしまい、広間に私一人でお食事でした。うまい!

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翌、深夜明朝、早々に起きて、いつものw、立里荒神に向かいます。こちらで勤行せねば。龍神スカイラインを経て、標高1,100メートルの山の上にあります。

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「ようおまいり」にほっとしますね。

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いくつもの鳥居を超えていきます。真っ暗ですが、iPhoneライトで問題ありません。中継地点みたいなところにところどころライトがついています。ありがたいですね。さて、本殿で在家次第の勤行、そして荒神ご真言を千遍唱えます。

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朝日が出てきました。

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向こうは熊野ですね。力がみなぎってきます。

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高野山に戻りました。朝日が!

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宿坊に戻ると、夜は気づきませんでしたが、庭園が六文銭になっていました。流石。

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さあ!灌頂壇に入ります。伽藍、大塔が見えてきました。この中の巨大な大日如来が素晴らしい。

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空が清々しい。

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今回は大師教会さんで結縁灌頂を実施なのでした。

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こちらが灌頂の会場です。

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これで、私は3回目の結縁灌頂となります。胎蔵界が今回で2回目、金剛界が1回。また行きたいですね。因みに、ブログ等で、灌頂内部の様子を細かく書いてしまう人がいますが、越法罪になってしまうのでやめましょう(と、私の阿闍梨に言われています。)。確かに公式サイトにも結構書いてあったりするでしょうが、止めた方がいいかもです。因みに受けた人同士での会話はOK。

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いよいよ灌頂壇か。。。。

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おおお、一回体験しているとはいえ、神秘の儀式です。いずれにしても、心の底から力を頂く感じがするのでした。

続いて金堂前の門が完成しており、そこからの写真です。

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普段は秘仏になっているご本尊に祈れました。今回の目玉でした。

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さて、つぎは大門まで車で移動します。

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うーむ、行ってみるか?岳弁天w ここは、ちょっとしたハイキングコースレベルで、靴はしっかりしたものがいいです。結構、山道歩きますので。

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さて、次は、勢いでいくしかない!と、岳弁天さんに向かいます。大門の横に入口が。

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お約束の高野山を見渡すポイントですね。

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山の尾根っぽくなってます。このような景色は登ってみないとみれないもの。

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そしてほどなく岳弁天さんへ。勤行します。すげーパワーです。

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こちらは四度加行満行の阿闍梨の方々の立て札ですね。

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さて、汗だくですが、降りまして、すぐ近くの釜飯屋さん(参考 食べログ様:つくも食堂)さまへ。前回は、阿闍梨さんと行こうかと思ったら、混んでいたので入りませんでしたが。いやー結縁灌頂受けて、勤行三昧で飯がうまい!

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次は霊宝館さん。看板だけで失礼しますがw 非公開の秘宝があり、満足。縁を得ようと、できるだけガラス越しに手をかざしますw

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金剛峯寺さんを回りまして。勿論、こちらでも正面から勤行です。

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奥の院さんにお参りです。

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こちらは、お大師さんに今でもご供物をご提供するところの入り口です。

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途中でご詠歌を歌うご婦人方がおりました。癒されます。そういえば、栃木県佐野市の大岩毘沙門天のご住職と会話した時にご詠歌の話になり、あーあれかと思わず、話をしたら、ご住職も大祭にきていたといっていましたね。

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(参考 youtube様:高野山1200年大祭 奉詠所 金剛流御詠歌)



(参考:何らかの気を受けダメージ!!毘沙門天にご助力お願いする)

やはり奥の院といえば、全国の大名のお墓などを訪ねるのもよいかと。

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途中の七不思議の弥勒石も、何度も来ていますのでコツをしっておりまして、ひょいっとあげてしまいます。周りのギャラリーはびっくりw そして、御廟で、また勤行です。あー灌頂受けて、こうやって勤行できるのは最高ですね。

さて、夕方になり、2日目も同じ宿坊です。ごはんをいたただき、ちょっと夜の散歩へ。伽藍にいってみました。大塔が美しいです。

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四社明神さんに祈ります。まさに神仏習合の姿であります。

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最終日、テレビスタッフの方々が取材にきており、宿坊の朝の勤行を撮影していました。

お世話になりました!高野山を後にして、京都に向かいます。高速に乗り換え、京都入りです。ドライブは楽しいです。ついに到着です。これが、外国人が選んだ観光地ベスト一位にもなった(参考:伏見稲荷)さん。
そもそも、明治時代直前までは神仏習合の神明寺として存在しておりましたし、弘法大師に縁深い社なのです。具体的には東寺と関係が深いようですね。そして日本における稲荷の総本山でもあります。格式が別格です。稲荷もいろんな稲荷さんがいますので、注意が必要です。なんでも一番根本、親分のところがよいですねw 

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背後の稲荷山は巨大で膨大な数の稲荷と鳥居が祀られています。

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早速、お御霊の話を社務所で伺い、近くのお土産屋さんでお御霊をいれる神棚、鳥居などを購入します。そしていよいよ、お御霊入れの儀式に参加です。

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他の祈祷者の方々もいましたが、何せお御霊は最低3万円からですから、その時は私が一番、VIPだったのでしょう。本殿で祈祷が終わります。

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これだけで終わりではなく、外の神楽殿に皆で移動をはじめて、私はよくわからず、皆についていきましたが、こういうときってよくありますが、何故か関係ない人が先頭にたっていて、しかも神楽殿の前には、外国の人も含めて何事かと50人ぐらい集まってきていて、警備員が写真撮るな!とプラカードで遮っているような感じです。遅れ気味にいきますと、「あなたは?」と警備員にきかれ「お御霊をお願いしているのですが」というと、「失礼しました!」という感じ。あれ?実は、神楽殿での神楽は私のお御霊入れ祈祷に付随しているもので、他の方はおまけで来たのでした。「お御霊入れの方前へ」と言われて、やっと皆さん事態が飲み込めたようで、胸張って歩いていたおっさん達の前を通り、敷居を抜け、神楽殿の中央近くに座します。中央壇上には、先ほどお御霊入れされた白い箱が置いてあります。これは、失礼ながら、ちょっと、大名にでもなった気分ですね、これはw おおー。この神楽。総勢、5,6人で相当なものです。凄い!ギャラリーもうっとりでしたね。春のうららの伏見稲荷の神楽殿の舞う神官の前に私。

全て儀式が終わり、私が神棚(お御霊入り)をお腹の前に誇らしげ?に持っていると、白人の男性が寄ってきて、

白人の男性「Excuze me? What is this?」と聞いてきます。
私「Oh,This is a division of the soul of God of Inari」と苦しい英語で答えると、
白人の男性「Oh!!!Great! Thank you!」と得心いったようでした。
さて、興奮覚められぬ状態ですが、このまま稲荷山に登ります。勿論、手提げの袋に神棚はいれて。しかし重いw

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鳥居をいくつも抜け、また途中の大きなポイントでは拝んでいきます。

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途中に池などもありますね。

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ついに頂上です。ここでお御霊を頂上ご神前において、フル勤行です。有難いことに稲荷真言を賜っていますので、在家次第に加えてしっかりと唱えます。結縁灌頂を受け、丹生都比売神社、立里荒神、岳弁天、金剛峯寺、奥の院で拝み、その足で伏見稲荷でお御霊入れして、稲荷山の各所、頂上で勤行。これは最強の最強ですね。自分で言うのもなんですがw

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おお、眺めよし。

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さて、大満足のうちに下山して(稲荷山を進行方向にぐるっとまわってしまいました)、周辺の美食でも食おうかと思いきや、時計を見れば、時間がやばげ。もういくしかないですね。いそいで高速で関空を目指します。稲荷様の御蔭か、すいすいといき、あの海上の関空に入ります。

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時間の余裕もありお好み焼きなどをいただきました。そして、帰りの飛行機。

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またジェットスターですが、窓から外を眺めながら、今、キャリーバックに神棚とお御霊が一緒にいるとは皆もしらんだろうと。また、1200年大祭での結縁灌頂に加え、各所で勤行三昧しつつです。これほど神懸っている奴は俺しかいないw 絶対、この飛行機、安全だぜ、と思うのでした。これで落ちたら何なんだよ!ですわ。

さて、高野山お勧めポイントということでコメントいただきましたので、失礼します。

来る来年の春の胎蔵界の灌頂を予定される方は、また、いろいろな情報をご紹介してはいきますが、お勧めポイントとしては、折角なので、高野山に行ったら、いろいろと体験されるのがいいですね。折角なので。

写経とか阿字観とか(私の阿闍梨に言わせると、いきなり阿字観やってもちょっと雰囲気になってしまうかもと。あれは高度な修行の先にあるものらしいので。ただ、何事もご縁ですから。)あとは、やはり、宿坊はいろいろと特徴がありそれぞれの歴史も深いためこちらも楽しみがあります。また、宿坊ごとに写経等、体験を企画しているでしょうが、朝のお勤めは参加したいですね。宿坊自体お勧めです。外国人に凄い人気です。精進料理を是非。

高野山は山上都市で、実は美味しいお店があまりないそうです。なので、宿泊して精進料理をいただくのは基本かと思います。
奥の院は基本なので絶対行ってください。またもし御祈祷をする予定があったら、奥の院でお願いするのがいいです。ご利益高いと聞いています。
伽藍、大門、刈茅堂、東照宮などいろいろとありますが、前から紹介している丹生都比売神社、立里荒神や岳弁天もおすすめです。ただ、前者は2つは車が必要で高野山を出て向かうには相当な山道ですし、後者はトレッキングみたいな感じで靴はしっかりしたものを履く必要があります。
お土産は数珠や袈裟を購入できる、(参考:中本明玉堂)さん、(参考:数珠屋四郎兵衛)さんが有名です。結縁灌頂時には付けて参加したいものです。あと、有名なお土産は(参考:角濱)さんの胡麻豆腐ですよね。どこのお土産屋でもおいてありますが、折角なので販売店に直接行くのも良いかもです。
あとは(参考:高野山出版社)がありますので、こちらで仏教関係の本などを買うのはお勧めです。あと、金剛峯寺、大師教会だった思いますが、土砂加持砂(一袋500円)がお勧めです。大師教会では書籍もありましたね。光明真言供養で作られてお砂で、死者にあげれば忽ち成仏、生きている人も飲めば病気も治るとかご利益甚大らしいです。お墓に巻いたり、仏壇の位牌の裏にでもおいておけば良いでしょう。

(参考:墓参にて富山、氷見温泉、白山比咩神社の旅)

大体、こんなところでしょうか。

引き続きよろしくお願いいたします。

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