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お世話になっております。

台風も西日本は強かったようですが、事前に警戒されていたせいか、酷い災害は起きなかったように思えます。ただ、今年は海水浴などでの事故が多かったですね。とりあえず、8月15日、16日の満月の日、何もなくてよかったです。(いつものから騒ぎですいません)

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さて、今年のお盆は、お盆入りの13日に関係するお墓を2か所、いろいろと雑草対策をしていたのですが、まるで樹林葬状態になっていましたw でも、石を敷き詰めたせいで、根がひょろ長く、一見、麦みたいな綺麗な雑草ですぐ引き抜けて良かったです。(前はお墓によく生える雑草に悩んでいました)何気に、花も咲いており、吉祥を感じました。しかし、この日はめちゃくちゃ暑く、汗びっしょりになりました。

そういえば、お墓詣りでお墓の上から水をかけると失礼に当たるという話がありますが、そういうお墓の作法については、宗派や地域で千差万別で、決まったルールがあるわけでないことを前提にお話しますが、そもそも、雨に打たれるものですし、お墓を綺麗にスポンジ等で磨きますと、やはり上から水をかけないとどうにもなりません。鳥の糞などに晒されていることもあり、上からかけないというのは事実上難しいでしょう。

私は、御水をかけることを灌頂のように考えておりまして、お墓にある桶に水を入れた後、光明真言などを唱えた御水をかけております。(参考 Wiki様:灌頂)
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灌頂(かんじょう, 梵: abhiṣeka, abhiṣecana)とは、菩薩が仏になる時、その頭に諸仏が水を注ぎ、仏の位(くらい)に達したことを証明すること。密教においては、頭頂に水を灌いで諸仏や曼荼羅と縁を結び、正しくは種々の戒律や資格を授けて正統な継承者とするための儀式のことをいう。
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光明真言で清めた御水で、お墓全域を清めさせていただきます。いずれにしても、ぴかぴかにしてすっきりです。

その後、お盆の週は台風がくることもとあって、ほとんど宇都宮でゆっくり過ごしました。

満月の日は特に、ご祈願やご供養するとパワーアップするようなので、16日の送り盆の日に自宅仏壇にて勤行し、関係諸家への追善供養をした後、残り2か所にお参りして完了です。

やっぱり、数か所も回っていると、新しい仏さんがいたり、いろいろと問題があるお墓に行くと、ちょっと違和感があるんですよね。それは、勤行などしているときに、喉がつかえて咳き込んだり、お墓詣りで足の裏に痛みや違和感を感じたりなどです。

言われるのが、首から下、左側が諸霊で、首から上、右側が神様系といわれているようでして、ピクついたりしたら、どちらかで、何が原因なのかヒントになります。また、感じやすい方は特に左を固めた方がいいです。左手の手のひらの真ん中から気を吸収されるようなのです。結婚指輪の薬指に指輪をするのは邪気の侵入を防ぐ意味もあるようです。簡単なのは、パワーストーンとかの腕輪を左手首につけるとよいですね。また、そうしたものがない場合で、明らかにやばい場所に行く場合には、左手の親指で手のひらの真ん中を抑え、残りの指でグーを作るとよいです。これで邪気を防げるようです。右手は、逆に気が噴き出しているようで、まあ、よろしくない場所では、こちらも同じようにしていいでしょう。お墓もやはり陰気は強いようで、できるだけ昼間明るい時間に、できるだけ深夜早朝、夕方以降は避けましょう。感じやすい方は影響をうけて疲れたり、体調不良になったりしますので。

週末は、小野先生の十傳スクールが連荘でありました。これはまた別に書きますね。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

今週の月曜日に神谷町でお昼を。この店の焼き魚が最高です。高級サバいしる干し炭火焼という、名前だけ聞いてもウマゲですが、写真を見てもらってもうまそうでしょう。実際、めっちゃうまいですがw

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さて、腹も満たされたので、ちょっと寄り道を。こんなところに神社があったので、お参りしてみようかと。前から存在はしっていましたが、全く行く気になれなかったのにその日はなんとなく行く気になったんです。

(参考:西久保八幡神社)さん。

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参道の階段を登ると、蝉の声が凄くて、とても都内とは思えないです。非常に暑いのですが、逆に蝉の声が不思議な癒しを与えてくれる感じです。

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鳥居に入る前には、一つ一つ丁寧に礼をして入らせていただきます。おお、また静かな佇まいながら結構気が強い神社ですね。お昼時のせいや広場で休んだりお弁当を食べる人がいました。

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来る前には全く知識がなかったのですが、この時は、直観で、「ああ、古神道真言とかやったほうがいいや」と思い、いつもの神道灌頂のお伝授賜った真言、特に愛染明王真言を唱えました。この光が東京、全宇宙に輝く観想をしつつ。清々しいです。

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(ご縁起)

寛弘年中(1004~12)に、源頼信(多田満仲の三男)が、石清水八幡宮の神霊を請じて、霞ヶ関のあたり(榎坂とも)に創建したという。太田道灌の江戸城築城に際し(築城は長禄元年・1457)、現在地に遷された。徳川秀忠(徳川二代将軍)正室の崇源院(諱は「江(ごう)」・「お江」・浅井長政とお市の方の三女・家光の生母)は、慶長5年(1600)、家康・秀忠の関ヶ原の戦での戦勝と安全を祈願し、その報賽として社殿建立の遺志を残しており、家光公御代寛永11年(1634)、社殿が造営され、同時に御神体の木像(八幡宮座像・仲哀天皇座像・神功皇后座像)と明王像(不動明王立像・愛染明王座像)も奉納された。(享保8年(1723)の火災により焼失)

~中略~

明治維新の神仏分離までは、八幡山普門院と称し、東叡山の末寺であったが、江戸八所八幡の一つに数えられ、八八幡詣(ややはたもうで)として多くの参詣を受け、周辺は門前町として賑わった。
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やはりこちらも江戸城を作られた太田道灌公が関係していましたか。祈った時に、ふと、平河天満宮を思い出したのです。あっちは天神様、つまり菅原道真公であり、神格化された呼称「天満大自在天神」様を。そして何気に本地垂迹、神社とお寺が合体していた神宮寺であり、まさか愛染明王が祀られていたとは。

(参考:輪廻転生?菅原道真公⇒平将門公⇒太田道灌公に連なる怨霊都市東京 )

そうそう、太田道灌公はなんと易経をたしなんだ武将なのです。いわば、陰陽師であり武将。そしてそうとうに信心深い方で、特にご自身を菅原道真公の生まれ変わりと信じていたようです。菅原道真公が平将門公に生まれ変わり、平将門公が太田道灌公に生まれ変わり、というわけです。

貝塚があったようですね。相当古い証拠。つまりこの土地がその時代から地盤がしっかりした堆積にあったということです。そして海があったことも暗示しています。

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菅原道真公というと聖天様を思い出します。あの三菱家、住友家などの財閥が密かに祈った障礙神であり最強の天部の神を。私も昔は直接的に聖天信仰をしておりましたが、今は、高野山奥座敷にある立里荒神様を聖天様であるとも思い信仰しております。三宝荒神も障礙神でありますが、聖天の変化神とも言われております。日本の神様に本地垂迹されている、非常に安全だということです。障礙神を祈ることで障礙をなくすという発想ですね。

この日お参りしたことはそれから忘れておりましたが、それから、8月8日の立秋の日に、お客様から非常に有難いメールが。

なんと、全国の天神様の本拠地である大宰府天満宮へ行かれた時に、霊符を作成する私のために、神社で販売されている筆をご購入いただき送っていただけるとのこと。それも、『敬神』という名前の、神社の梅園で大切にされている梅の枝を利用したものだそうで、非常に有難い限りです。翌日の朝、住所を確認いただいたので、神楽坂事務所の住所をお教えさせていただきました。私もこの時は、こんな立派な箱に入った素晴らしいものが届くとは思っておらず、筆といっても手紙サイズで郵便ポストに入るから不在が続いても大丈夫だろうと思いました。というのも、お盆は宇都宮でほぼ過ごすため、宅急便等で来ると不在が続き返却になったりすると失礼ですので、そう思ったんです。

金曜日は、会社のイベントがあり、その後、有志の方と呑みましたが、その方が「歌うたいたい」というので、スナックで飲みながら歌っておりましたら、すっかり時間が経ってしまい、新幹線の時間を過ぎてしまいました。流れでそのまま神楽坂に泊まることに。まあ、かなり飲み過ぎたので良かったですけど。

で、今朝方、宅急便さんが来て、受領させていただいた流れでした。「あーそっか、ちゃんと受け取るように偶然が続いていたんだ。。。。シンクロニシティ来てるなあ」と思ってしまいました。しかし、包装をあけてみますと凄いですね。本当にありがとうございます。

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「この天満大自在天神様のお力がこもった梅の霊木で作られた最高の筆で、奇門遁甲で天地の方位の力を召喚し、深山幽谷の天地の気が込められた霊水を汲み、様々な大徳様に開眼された神仏を祀る自坊で、阿闍梨様より伝授を受けた作法で拝み通して霊符を作ったら、これまた恐ろしい力を発揮するに違いない」と思った次第です。

まさに、お客様に大感謝であります。お客様を通して、太田道灌公の御計らいか、天満大自在天神様より最強の霊符作成の道具を賜ることができました。神恩感謝であります。

さて、お盆ですね。ご先祖様に祈りの季節です。皆様もお墓詣り、ご先祖供養に行きましょうね。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

翌日は朝から大雨です。折角なので朝から露天で雨の浴び、天のエネルギーを賜ります。

朝食も昨日同様満足でした。花がいい感じですね。さて、雨でも気にせず出かけます。

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この日の前の夜、WEBで安房神社のホームページを拝見していたら、結構、関連のある神社がいろいろと紹介されており、そのうち、気になった神社に行ってみようかと。

まずは、千倉あたりの(参考 Wiki様:高家神社)様です。こちらは日本唯一の料理の神様を祀っているそうで。全国から料理人がくるみたいです。私はここは過去に一度だけ来たことがありました。

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いい感じですね。

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本殿です。しっかりとお参りします。

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続いて、移動して、鴨川へ。鴨川シーワールドを超えて、数キロですね。(参考:天津神明神社)様へ。ここは、あの源頼朝公が逆転する際の願掛けで、「伊勢神宮の神よ!もし、源氏の再興がなったら、勧請し社をこの地に建てます」との誓いの通りにお建てになった神社とのことで、まさに人生リベンジ完了の神社?wといえますでしょうか。

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本殿でお祈りですが、中に入れるようなのでそちらでもお祈りです。高家神社同様に清々しいですね。

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ここの霊水有名らしいですよ。軽くいただきました。

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晴れ間がでてきましたが、海は濁っていたので、ホテルに戻ってプールです。

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また温泉などに入った後は、夕食です。昨日のコースの流れなのに、かなりの工夫をされていてびっくりしました。勿論、めちゃくちゃうまかったです。今度は、伊勢志摩サミットに出されたスパークリングワインを。

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また充実した時を過ごしました。

さて最終日は、帰るだけなのですが、今までの神々の神恩を感謝したく、ならば密教寺院で写経をして感謝したいなと思いまして、なんと、「虹色写経」wなる体験ができるお寺があるということで行ってみました。(参考:安房高野山妙音院)さんです。

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戦時下、アメリカの長距離爆撃機、B-29はサイパンやテニアンなどの島を占領すると、日本への爆撃を激化していきます。とはいえ、かなりの長距離のため、爆弾は使いきって、身軽になる必要があるらしく、館山は帰還ルートとして、爆弾を落とされたようです。妙音院さんも里見氏爾来の立派なお寺だったのですが、この建物以外はほとんど寺宝や書物もすべて焼けてしまったようです。(高野山の宿坊のお寺には妙音院さんは名前は光明院さんに残っているようです。)

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本殿横の弘法大師様。奥の院の砂を引いた八葉蓮華の上でお祈りです。

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ここは目玉の一つで、お遍路をここで体験できちゃうというやつです。ここの開山にも大分、神懸かりのお話があるようですね。

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こちらは山の案内ですね。15-30分程度で回れるようですが、連日の雨で土が相当ぬかるんでいるため、また次回来た時の楽しみにしておきましょう。

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ご丁寧に執事の女性僧侶の方がご案内してくれました。

ふと本堂にあがらせていただき、机につきますと、足元から超巨大な百足(むかで)が出てきて、「うわ!」といいますと、御僧侶、「あらあら、百足さんは軍荼利明王さんや毘沙門天さんのお使いですから」と外へ出してくれました。
心ながら「まあ、軍荼利明王さんとは、昔、とある結縁灌頂で縁を結んでいるし、毘沙門天は先祖の奉った神だしな。。。。」などと。

さて、写経の前の教相、教義をたわまります。信仰は呪いような事相だけを求めると破滅するといわれていまして、その哲理たる教相を知らないといけないと密教のお師匠様から聞いておりますので、真剣に聞いています。

まずはお経はそもそも、三蔵法師がインドから持ち帰ったもの。地図や三蔵法師の絵などや、本殿の座卓の前には三蔵法師、孫悟空、猪八戒、沙悟浄などの木造を並べてくれてイメージを掻き立ててくれます。三蔵法師の首にかかったどくろは、自分が何回も生まれ変わって、鬼に食われてもお経を持ち帰る旅を続けてきたと鬼に何度やっても無駄だから諦めるよう脅されますが、三蔵法師はそれでも繰り返すと宣言し、鬼はそれを聞き感動し、浄化され観音菩薩となった逸話を賜ります。有難いですね、日本にはこうした宝が未だ健在です。
更に大般若経六百巻のお話に移りまして、僧侶は転読を行うという話をされます。この御寺の大般若経は不思議なご縁で、近畿からこちらにこられたようでした。そういう偶然って必然のようにおきますね。

さて、写経はいろいろとありますが、今回は、理趣経百字の偈です。これを三回唱えれば、理趣経を1回読んだのに匹敵するとか。意味は、生きているといろいろと後悔もあるでしょうが、その姿そのまま、ありのままでよい、それだけで満たされているようなご説明をされていました。理趣経の世界観ですね。

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写経はマジックペンで行います。色はたくさんあり自由です。執事さんはごゆっくりとお堂をでていかれました。

我々はいつもの、仏前勤行次第(スマホ写真版w)を取り出し、勤行させていただきます。、理趣経百字の偈も含めまして。こちらは中央、如意輪観音様、左に愛染明王様、右に不動明王様という陣立て。それぞれの真言を唱えつつです。清々しい!

さて、おもむろに写経です。おお七色!鮮やかですね。願意は近頃、神道灌頂依頼、目覚めてしまった、日本の神社の神様達から賜った様々なご利益へ、神恩への感謝、「神恩感謝」です。昔は、神前でも般若心経が唱えられていたのです。般若心経奉讃文にあるように、神にとっては正に宝の御経。

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般若心経奉讃文

そもそも、般若心経と申すお経は文字の数わずか260余文字なれど、釈迦御一代の経、即ち天台経、毘る遮那経、阿含経、華厳経、等々般若法華経一切7千余巻より選び出されたお経なり。神前にては宝のお経、仏前に手は花のお経、まして家のため人のためにては祈祷のお経、声高々に読み上げれば、上は梵天帝釈四天王、日本国中大小神祇諸天善神諸大眷属にいたるまで、哀民納受して、我らの諸願成就せし給う。
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これを理趣経でやっちゃうのもVeryGoodなのでありますw

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完了し、執事さんをお呼びすると、お茶と高野山の刈萱堂のお菓子をいただきました。有難く頂戴しました。

お経は本殿、本尊前にあげていただき、お寺の貯蔵庫におかれるようです。ずっと願意がing系なのは良いですねw

軽く雑談させていただきますと、5月には修験式で柴燈護摩と火渡りをやっているそうで。是非、またきたいですね。

帰りは家に帰ってからの片付けもあるので、まっすぐ帰還です。途中、朝飯を食べていなかったので、いつものPA、富楽里のラーメン屋で醤油ラーメンをいただいて。イヤーフレンチの世界から日常に戻れた感じw

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お世話になっております。

北海道の地震、お亡くなりの方のご冥福と、被災された方のご無事にお祈り申し上げます。
先日の夜、例のキルナが乱舞しておりました。今月は、日付だけで足して7になる日。9月7日、16日、25日が危険日です。今日は、南太平洋のフィジーでM8.0が起きておりました。要警戒です。

さて、また、先週の話です。

近頃、テレビでやっていた茨木県那珂にある(参考:花の寺 法満山一乗院)さまが気になって仕方なく、方位がいい時にいってきました。

まあ、宇都宮からですと高速で1時間ぐらいです。ほどなく到着です。

おお!百日紅の花が、そして、でかい!!16メートルの毘沙門天様です。

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この青いお体と金色のコントラストが素晴らしいじゃないですか。

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まさに宇宙最強w

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お寺は結構見どころだらけです。

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早速、胎内佛を体験です。巨大毘沙門天様の足元。

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両界曼荼羅があり、中央に毘沙門天様が。実は毘沙門天様の真言は阿闍梨様より伝授いただいておらず、言うのもはばかれますため、すべての根本佛である大日如来真言で代用します。

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曼荼羅は人間の霊的進化過程を表しているともいわれます。外部には夜叉などがおり、鬼が人を食っていたり。これは人間の精神レベルを表わしているようです。曼荼羅は大日如来を中心とするピラミッドを上から見た姿だと考えればよいでしょう。

何卒、毘沙門天様、我が日本国を守り給え!

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まずは本堂の不動明王様に祈りまして、毘沙門堂でご祈祷をうけてみました。申込所にいくと、他に受ける方がいて、お子さんの受験のことやいろいろとご住職に話されていました。私は、何となく聞き流していましたが、ご住職がこっちに振り向くや否や「こっちの方はね、悪いことがもうおきちゃったの!」などと。ええ!?ご住職、何か感じるところがあるんでしょうか。

ともかく、この方と我々で毘沙門堂にいってご祈祷です。まあ、受けるのは私のですが。

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そうだ、毘沙門天様は天部の神様。礼を徹した方がいいですね。袈裟、数珠を装着でご住職を待ちます。おいだくださったのは息子さんでしょうか、多分、副住職さんでしょうか。我々をみると少しびっくりした様子でしたが、家族がiPadを膝にのせていると、「あら?あなたも袈裟もってるの?それは何?」とフレンドリーにお話いただける感じです。これは普通のお寺のご住職より手慣れた感じです。はて?

ご祈祷は護摩なしで、加水供のようなものでしょうか。我々は小さい声で大日如来真言を唱えています。ふと、瞑目していますと、この那珂の上空から関東、日本を見下ろすような気持ちになり、無事が続きますようにと暖かい気持ちにつつまれました。

さて、無事にご祈祷を受け、副住職さんが家族に「何かあなたは私の娘に雰囲気にているね。そうだ、これをあげましょう。」っと、家族は副住職様から特別なお札をもらっていました。お正月にしか出さないようなものだそうです。これもまた吉祥!ありがとうございます。ご祈祷が終わった後、堂内にある神籤をいただくと、なんと、1番、大吉。。。。南無毘沙門天!

しかし、毘沙門堂、巾着がやけにはってあります。巾着といえば、聖天様。はて?

七福神がいらっしゃいますので全てお参りしていきます。門の上にある大黒様の宝箱が下りてきてお札をいただけるのにはびっくりしました。

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庭園もきれいです。入り口の河童さんには水をかけてあげてください。

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そうそう、笑っていきたいですよね。ああ!ここのご住職のあの雰囲気は落語だ。実際、寄席が行われているみたいです。

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それぞれの諸仏にお参りし、いろいろと堪能させていただき、最後に出世観音様を拝みます。この観音様は地元のフィクサー?であった柴田暁山公の護持仏であったようです。大金を得て地元にも相当な寄付をされた方のようですね。生前葬を行ったことなどもエピソードとして書かれています。そういえば、起死回生の開運の裏技に生前葬というのがありました。棺桶の下から抜けて、一回しんだことにして、凶運を落とす方法です。そういうのでしょうかね。

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柴田公もそうでしょうが、戦前戦後ともに、仏教、神道に帰依して大成功した人はたくさんいます。三菱鋼材初代社長であらせられ駒沢大学教授でもあらせられた林屋友二郎先生は、聖天行者ばりの信者でした。これは、三菱財閥の創始者、岩崎弥太郎氏が「林屋がきた?参ったなあ、彼が祈るとこちらも融資をとめられなくなる」というような逸話が、聖天信仰の手引きという本にかいてありました。

そうそう、大楠公も幼名を多門丸といい多聞天は毘沙門天でありまして、毘沙門天にご縁深い方でした。今回の毘沙門天に呼ばれたのは、我が先祖もご縁深い、奈良県、信貴山毘沙門天や先祖に縁のある寺社へ導かれているようにおもえます。関西も、今回は台風で大変でしたね。被害にあわれた方々、ご無事を祈っております。

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柴田公の慰霊碑の前には百日紅が美しく咲いておりました。

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さて、すがすがしく、帰りは国道で途中、栃木県と茨木県の境にある御前山の御前山ラーメンさんに立ち寄り、ラーメンやスープを購入です。

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10食で1100円ぐらい、結構、おいしいです。

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やっと、新しい環境に慣れてきました。ステータスはあがりましたが、既におっさんの百戦錬磨の私でも新しい現場は少しは緊張します。働き方改革。。。。。。人口減少の中、経済を維持するにはロボット、AI技術が一つの要だといわれています。人間にかわってロボットに仕事をさせる。こんなことをやりはじめています。こんな仕事の縁と給与アップができたのは本当に神仏と占いのおかげだなあとしみじみです。
いずれにしても、暫し、これによってとまっていた作業を再開せねばなりません。とはいえ、週末の神憑り紀行は私のライフスタイルの一つですから、たまにはいかないと。

今回はずっと行こうとしていて中々いけなかった、神様に縁をいただきにいきます。その名も、稚産霊(わかむすび)さま。Wikiさんによると「ワクムスビ(ワクムスヒ)は、日本神話の神である。『古事記』では和久産巣日神、『日本書紀』では稚産霊と表記される。
『古事記』では食物神のトヨウケヒメ(豊受比売神)を生み、『日本書紀』ではその体から蚕と五穀が生じている。」とのこと。つまり、稲荷神のお母さまという設定。これ自体熱い!w

この神様。先日の神道灌頂で家族がご縁があり、私は無難に天照大御神でしたが(大概、結縁灌頂は真ん中の大日如来になるのが基本)、これは祈りにいきたいなあとおもっていたのでした。で、調べてみると、京都の愛宕神社以外は意外にも関東や東北に点在しています。そのうち、麻賀多神社は日月神事の予言にも絡んでおり、逆に私は胡散臭いと思って敢えて避けていたのでした。しかし、今回は予言云々ではありません。あくまで、神道のご縁。調べてみると、千年以上の深い歴史を持ち、これは舐めていたな、今までご縁をもらわず損した!と思い、お伺いするのでした。

行く途中、家族がナビを間違え、ちょっとした冷たい雰囲気に。急に曲がれだの、間違えたまっすぐだ!とかに翻弄されて黄色信号で右折の対向車にパッシング(+おやじ、ファックユー指立てされた)なんだこの土地は?w
しかし、これこれ!これこそ、吉方の証w
お祭りの日のせいでしょうか。何故か的屋のおじさまや、人切り抜刀斎みたいな人が多数歩いており、道を間違え交差点で信号代わり刹那で対面のおっさんにパッシング&ファックユーされたりして、吉祥を感じながら、怒りをおっさんの真似?をして、笑いで怒りを鎮めますw

到着です!

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ご案内にも稚産霊さまのことが。

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早速本殿で、お参りです。もちろん、私が行くところ中に、神道灌頂でえた法印と真言で結界を張るためここでもお唱えします。一種のマーキングですねw 皆が無事に過ごせますように。。。。

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すがすがしいのですが、あれ?ネットでみた画像と違う。。。。落ち着いて、見てみると、げ!ここじゃない!こちらは(参考:佐倉鎮守 麻賀多神社)さま。

近くに摩賀多神社というところもあり寄ってみます。

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ここも稚産霊(わかむすび)さん。一応、結界ははっていきます。しかも初めの字が違うしw なるほど、この地には十八もの社があるようです。

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次にやっとこれました、ここが本社です。(参考:成田市 台方 麻賀多神社)さま。

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ここがあの日月神事の神降ろしの舞台となった神社のようです。

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正直、私、神や霊が下りてきてどうのこうのというのはあまり信じ切れず、日月神事も独特の文体で、どうなんだろう?って思っておりました。ただ、今のご時世を考えると真っ向から否定もできず、神道灌頂をうけるまでは一切行く気になれなかったのですが、稚産霊(わかむすび)さんと家族が結縁できたからでしょうか。私はもともと、修験道、密教、道教から縁がでたため、神道はどこかしら上から目線だったのかもしれません。しかし、やっと神道の神々に深くご縁を感じるようになってきました。これもご利益でしょうね。

日月神事で有名になっていますが、元々、歴史が深い神社です。歴史が深い神社には独特の気があるように思えます。強い気を感じます。

本殿でお祈りです。

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続いて巨大なご神木、裏手の祠にもお参りします。

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六芒星?いやいやあれは麻の葉のようです。しかし何か忌部の神様の気配ににている。。。。。

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あーすがすがしい!一週間でたまった心の赤の除去完了!よし!神秘探索はこれで終わり!せっかくなので近くのアウトレットに向かいます。

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ここで家族が靴などを買い、カプリチョーザで食事です。

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で、また飯を食いながらネットを見てみると。あれ?さっきのは本社だけど、元宮がある?なにそれ?(参考 Wiki様:麻賀多神社)

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社伝によれば、景行天皇42年6月晦日、東征中の日本建尊が当地を訪れ、杉の幹に鏡を懸け「この鏡をインバノクニタマオキツカガミと崇めて祀れば、五穀豊穣になる」と言い、伊勢の大神を遥拝したのが当社の起源であるという。応神天皇20年、神八井耳命の8世の子孫である印旛国造・伊都許利命が現在の成田市船形に社殿を造営し、その鏡を神体として稚日霊命を祀った。また、伊都許利命は杉の木の下から7つの玉を掘り出し、それを神体として和久産巣日神を併せ祀った。この2神は「真賀多真(勾玉)の大神」と呼ばれた。推古天皇16年、伊都許利命の8世の子孫の広鋤手黒彦命が、神命により現在の成田市台方に和久産巣日神を遷座し、それまでの社殿を奥宮とした。
延喜式神名帳に記載の際、「真賀多真」が三種の神器の1つと同名であるとして、1字取って「真賀多神社」に改称した。後に、一帯が麻の産地であることから麻賀多神社に社名を改めた。
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つまり、元々、成田市船形にあった神社が元宮となり、成田市台方に遷座したのが本宮みたいです。ややこしい!w

本宮:千葉県成田市台方1番地
奥宮:千葉県成田市船形834番地

でもこのようなスタイルは熊野大社ともにていますし、18もの支社が密集しているのも高野山に弁天社がたくさんあるのとにていて興味深いです。

本当は、この後、湯楽の里に行く予定でしたが、ここまでいたら、本日4つめ、麻賀多神社の元宮にいくしかない!

また、同じ道を戻ります。あほだ。途中、さっきの神社はお祭りで道が閉鎖され遠回り。相当、邪魔が入っている。ということはいかねば!しかも地図に住所をいれてもでてこない。でも立て看板を発見し、やっとつきました。山の上にある幼稚園の横の元宮です。

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うおお!横に大君の古墳があります。これは凄い気です。夕方になっており、誰もおりません。人祓いしてくれたと感謝です。

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あと、茨城県の愛宕神社にもにてます。あそこにも神社とお墓のような祠がありました。雰囲気も似てる。この陽の光も。

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本殿でお参りです。すごい充実感がこみ上げてきました。なんでしょうねこれは。

大君のお墓にもお参りです。

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ここが古墳の頂上です。莫大な気を感じます。凄い神様だ。塚の上には「印波国造伊都許利命(いつこりのみこと)墓」と刻まれた石碑が建っております。伊都許利命は応神天皇の命を受けて印波国の国造としてこの地に赴き、産業の振興などに尽くされ、この麻賀多神社を創建したお方でもあります。

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こちらでは光明真言もいれてみました。この地をお守りいただきありがとうございます。安らかにご鎮魂いただき、引き続きよろしくお願いいたします、と。

いやーめっちゃすごいですね。ここは半端ない。先日の安房神社の忌部の神々の香りがします。しかもここは稚産霊(わかむすび)ではなく、(参考 Wiki様:稚日女尊(わかひるめのみこと))さまでした。

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日本神話ではまず、『日本書紀』神代記上七段の第一の一書に登場する。高天原の斎服殿(いみはたどの)で神衣を織っていたとき、それを見たスサノオが馬の皮を逆剥ぎにして部屋の中に投げ込んだ。稚日女尊は驚いて機から落ち、持っていた梭(ひ)で身体を傷つけて亡くなった。それを知った天照大神は天岩戸に隠れてしまった。『古事記』では、特に名前は書かれず天の服織女(はたおりめ)が梭で女陰(ほと)を衝いて死んだとあり、同一の伝承と考えられる。
次にこの名前の神が登場するのは人代記に入ってからである。神功皇后が三韓外征を行う際に審神を行い、その際に「尾田(現、三重県鳥羽市の加布良古の古名)の吾田節(後の答志郡)の淡郡(粟嶋= 安楽島)に居る神」として名乗った一柱の神が稚日女尊であるとされており、元々の鎮座地は三重県鳥羽市安楽島の伊射波神社(式内社 粟嶋坐伊射波神社二座 並 大)に比定されている。
神功皇后の三韓外征の帰途、難波へ向おうとしたが船が真直に進めなくなったため、武庫の港(神戸港)に還って占いを行った。そこで稚日女尊が現れられ「私は活田長峡国にいたい」と神宣があったので、海上五十狭茅に祭らせたとある。これが今日の生田神社である。 神名の「稚日女」は若く瑞々しい日の女神という意味である。天照大神の別名が大日女(おおひるめ。大日孁とも)であり、稚日女は天照大神自身のこととも、幼名であるとも言われ(生田神社では幼名と説明している)、妹神や御子神であるとも言われる。丹生都比賣神社(和歌山県伊都郡かつらぎ町)では、祭神で、水神・水銀鉱床の神である丹生都比賣大神(にうつひめ)の別名が稚日女尊であり、天照大神の妹神であるとしている。
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おおお!高野山で必ずお参りする、丹生都比賣大神(にうつひめ)さまが同体?天照大神の妹神?そしてまたご縁を感じるのは、神戸の生田神社は小野先生の奇門遁甲特別講義が行われた土地の社で私はお参りしていたのでした。

いずれにしても、稚日女は天照大神自身のこととも、幼名であるとのことで、段々と、最終的に伊勢神宮に導かれているようにも思えてきました。

帰りの不思議な充実感。こういう旅って帰りの充実感でわかるんですよね。

今までこのあたりだと成田山に行くことが多かったのですが、このような神道の歴史ある神社があることに感動でした。本当は妙見を祭る千葉神社に行こうかとも思っていたのですが、ここだけで相当見どころありますね。

引き続きよろしくお願いいたします。


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