お世話になっております。

もう数年前でしょうか。お陰様で母の癌も収まりほっとしておりますが、まだ小康状態の時、大きめの手術に入る前に高野山に行ってみるかと母が言ってくれました。なかなか、こういうのを付き合ってくれるのっていろいろ邪魔が入りタイミングって難しいものだと思います。

ここで行くべきだ!と思い、その時は結縁灌頂の時期ではありませんが、生まれ出て作ってしまった業の初期化ができる?という(参考:御受戒)を受けるだけでも相当な価値があります。

以下、ちょっと長いですが、素晴らしい説明なので引用させていただきます。

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〇授戒(高野山金剛峰寺 様/体験/受戒)より

そもそも、戒とはなんでしょうか。文字を見れば、いましめという文字が使われているので、普通に戒律という言葉を考えれば、してはいけないこと、タブー、ルール。そういった印象を受ける方は多いと思います。しかし密教の世界で説かれる「戒(戒律)」は単純にしてはいけないこと、という戒めの意味だけに留まりません。
もともと戒律ということばは、戒と律という二つの規範を総称していう言い方です。このうち、「してはいけないこと」としてルールをまとめたものが「律」です。仏典の全てを総称する言い方に三蔵(さんぞう)ということばがあります。この三蔵に通じたえらいお坊さんを指して「三蔵法師」というわけです。この三蔵は経蔵、律蔵、論蔵の三つから成っています。つまりいわゆる仏典とされるものは大きく分けて、さとりへの道を説くいわゆるお経(経蔵)とさとりへ歩むものが守るべき規範(律蔵)、そして仏の教えを先人達が詳しく論じた足跡(論蔵)の三種類があるということです。この一つに数えられているほど、律というものは古代より教団成立の上で欠かすことの出来ない規範であり、その時代時代の文化的背景を受けて、仏陀によって、また先人達によって編集されてきた「決まりごと」であると言えます。

それに対して、「戒」は決まりごとというよりもむしろ「自らのこころが本来的に持っている自発的な働き」のことをいいます。すこしわかりにくいですが、例えば有名な「戒」に「不殺生戒」というものがあります。生き物を殺してはいけない、とする戒ですが、言葉通り「殺生してはいけない」という「ルール」と捉えると戒の教えの本質が見えてきません。
我々は、決まりとして決まっているから、いのちを奪うことをしないのでしょうか。生きる上からはやむを得ない部分も少なからずありますが、密教では我々のこころの本質的な部分に、他者の生命を奪うよりも、他者のいのちを生かしたほうが我々自身が心地良い、嬉しい、という「こころ」が備わっていると見ます。その本質的な「自己のこころ」、言い換えれば自分の中にある「仏と同質の部分」、もっと簡単に言えば「ほとけごころ」。そういうものが自分の中に、また多くの人々の中に本来備わっていることに気がつく。気がついて自覚して、その自分の中の本当の声を大切にする。そういう在り方を説いているのが「戒」の教えではないでしょうか。ですから、先にも触れたように、「戒」の教え、「戒」のこころとは、そのままにほとけの心の在り方でもあるわけです。
法話を聞いて「ありがたいな」と感じるだけでは、一時の安らぎを得られても根本的な解決にはなりません。お大師さまは「み仏の戒めを大切にすることによって、人の体は潤いあるものになる。それはあたかも諸天の飲み物といわれる甘露を飲むことによって、身にまとわりついた病が除かれるようなものである」とお諭しくださっています。大切なことは、知ることで満足せずに、知って実践することです。
高野山上にある高野山大師教会では毎日阿闍梨さまによって「菩薩十善戒」のお授けがなされており、「十箇条の戒め」のお授けに参加していただけます。この素晴らしい仏の教えを「ただ聞く」だけではなく、実際の生活に活用し、実践していただくことで、皆様が自らや周囲の人を含め、多くのいのちを大切に「生かして」いただければ、これに勝る喜びはありません。

〇菩薩十善戒

・不殺生(ふせっしょう)
「生きとし生けるものを殺さない」ということですが、すべての生けるものはみな同じ命を持ち、同じ命を皆が分け合っているのだということです。その生命をより良く生かしていこうと教えます。一方でわたしたちは日々、多くの生きものの命を戴かなければ生きていけない存在です。その事実をしっかり見つめなめればなりません。

・不偸盗(ふちゅうとう)
「盗んではいけない」という戒めですが、本質的には、奪って誰かを悲しませるより、むしろ与えて喜んで貰った方が、我々の心もまた満ち足りるのだ、という菩薩の精神を表わしています。世間は物質的には様々なもので満ちあふれています。大量生産・大量消費といわれる時代は、私たちの欲望を様々に刺激します。いつしか本当の「こころ」を見失えば他人のものに手を付けても、表面的にはこころは痛まなくなるのかもしれません。しかしそれは本当に私たちが望んでいることでしょうか。また、「もの」だけではなく、それぞれの持ち味、長所などの徳分も含め、奪ったり奪われたりしてはいけないことを示しています。

・不邪淫(ふじゃいん)
「倫理を失った関係を持ってはいけない」ということです。売春、買春、援助交際に出会い系サイト・・・。最近は後先を考えないで淫らな行為に走る人が多く、しかも低年齢層まで浸透しつつあります。しかし、男女の間柄で「こころ」を見失えば、それは単なる肉欲だけの関係に堕することになります。相手への気づかいや思いやりのない関係は、最終的にお互いを不幸にしてしまいます。

・不妄語(ふもうご)
「嘘をついてはいけない」という戒として、仏教の戒めの代表のように広く知られています。これも同様に嘘をついて人を悲しませるより、暖かな言葉を人に伝えたほうが自分のこころもずっと気持ちが良い、ということを本質的に我々は知っているということです。世の中の色々なところで嘘、偽りがはびこっています。驚くことに、「だまされるほうが悪い」と堂々とひらき直る人もいます。一度だけと思った嘘は次々と次の嘘を呼び、嘘は積み重なっていくものです。一つの嘘で信用は崩れ去り、取り戻すには大変な時間と努力が必要となることもあります。

以上の四つは「淫・盗・殺・妄」という一括りにされ、ことさら重要な位置におかれています。

・不綺語(ふきご)
「お世辞など、無益なことを言わない」ということです。本質に反して見た目だけ飾り立てた言葉では、本当のこころの繋がりは得られません。ことばを飾れば飾るほど、自分の真意からは遠く外れ、まごころも相手に伝わりませんし、そのような不誠実な言葉は、実際のところ自らも相手も同じく、おとしめるものとなります。

・不悪口(ふあっく)
「悪罵しない」ということです。日本語はとても美しい言葉なのですが、相手を不快にさせる言葉を遣えば、瞬く間にいさかいが生じます。逆に優しい言葉を遣えば、周りを和ませてくれます。自らのこころに確かにある、ほとけごころの声に耳を澄ませば、本当に自分が相手に伝えたい言葉が、そのような不快な言葉だけなのかお分かりになるのでは無いでしょうか。

・不両舌(ふりょうぜつ)
「二枚舌を使わない」ということです。一方に都合の良いことを云い、またもう一方にもいい顔をして食い違うことばかり平気で言えば、いつしか信用も失います。場合によっては相手にも損害を与えかねません。顔色をうかがってその場を取り繕うのでは無く、本当のこころから出る言葉、「おもいやりのある言葉」を話そうと心がけるべきです。

・不慳貪(ふけんどん)
「むさぼらない」ということです。物質社会に生きるわたしたちは、生活を便利に、快適にしてくれる「物」によって豊かさを享受しています。しかし、逆にいえば物が溢れ、物に執着し、そういった物無しには豊かさを実感できないともいえるのではないでしょうか。幸せの価値を金銭で測り「お金さえあれば幸せに暮らせる」と多くの人が勘違いしている現代、今、何が求められているのか深く考える必要があります。

・不瞋恚(ふしんに)
「怒らない」ということです。ムカツいたり、キレたり、暴力をふるったり・・・。その怒りはどこからくるのでしょうか。悪いのは本当に相手だけなのでしょうか。一時の怒りに我を忘れると、取り返しのつかない事件を起こしかねません。怒るより怒らない方がこころ穏やかに幸福なのは誰にでも分ることです。しかし時に人は怒りに自らを見失い、本当のこころの声、優しいほとけごころの声を忘れてしまいがちです。本当に大切なものを失う前に、自分の心の深いところにあるおだやかさを思い出して欲しいと思います。

・不邪見(ふじゃけん)
「間違ったものの見方」ということです。常に自分は偉く正しいけれど、「周りの奴は馬鹿だ」と思っている人がいます。そして悪いことは全て「馬鹿な周囲」のせいになっているわけですから、恨みだけは人一倍です。皆さんの周りにも一人や二人、こんな人が見受けられるかもしれません。あるいは自分自身が自分を信じる余りに全て周囲のひとのせいにしてしまっていることは無いでしょうか。落ち着いてものごとを正しく見極める目を持ちたいものです。

以上のように、人が生きていく中で非常に重要な事柄が「戒め」というかたちをとって表現されています。内容は至極道徳的なことばかりなので「当たり前のことばかり」という言葉が返ってきそうです。ところが、これらの一つ一つを守ろうとすることは非常に大変です。お大師さまの言葉には、「戒をたもつ(持戒)」という言い方はありますが、「戒を守る(守戒)」という言い方はありません。戒は上にも述べたように、単なる決まりごとではなく、ほとけのこころを表現したものなのですから、決まりごとのように盲目的にただ守ろうとするのではなく、自らのこころにほとけと同じ性質のものがあることに気がついて、その状態を持する(たもつ)ことが大切なのです。表面的に決まりごとを犯さなければ良い、というものではなく、その行いをしている自分自身のこころがどうであるかが大切なところです。簡単なことではないかもしれません。しかし、常に心のどこかでこれらの戒めを思うことできっと皆さんにも変化が現れます。戒の実践とは、自分のなかに確かにある「ほとけさま」を育むことなのです。

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(参考:未戒で死ぬのは止めた方がいいらしいっす)
(参考:我が家の守護神、立里荒神とのご縁)
(参考:春の高野山、胎蔵界結縁灌頂、嶽弁天、天河弁財天、龍泉寺、そして吉野山・蔵王堂の思い出)

思い立ったが吉日!早速、宿坊、飛行機、レンタカーなどを予約し、出撃です。

しかし、当日、朝、成田空港に向かわなくてはいけないのに、母が気分がすぐれず中々家をでられません。このように邪魔が入るものです。真面目な話、私は小さい声で、阿闍梨から賜った御大師ご宝号、光明真言を唱え、なんとか家をでれるように祈りました。一転して、気分がかわったようで、出撃です。しかし、このような邪魔はこのあと、何度も襲ってくるとは思っておりませんでしたが。

成田空港にぎりぎり到着です。アナウンスで名前を呼ばれました、危なかった。

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1時間程度で関西国際空港に到着です。レンタカーを借りて出撃です。

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途中、お約束の(参考:丹生都比売神社)様に立ち寄ります。病気治癒を祈ります。

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次に高野山に入りました。今回も温泉がある(参考:福智院)さまです。ちょっと買い物です。母用の輪袈裟と数珠を買います。お寺に戻ります。

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精進料理をいただきます。精進とはいえ、ゴージャス。うまいっす。

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食後、写経をしました。これも病気平癒を祈っての写経です。腕に着けるタイプの木念誦をもらいましたので、これも母に。

温泉に入り明日に備えます。

翌朝、私だけ4時ぐらいに起きて、お約束の立里荒神様に向かいます。龍神スカイラインの奥にある標高1100メートルに奥の院がある天空の社です。ここで、阿闍梨に賜った在家次第と荒神供をお勤めさせていただき、病気平癒を祈りたいと思いまして。

着きました、荘厳な気に満ちてます。夜明け前です。

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いくつもの鳥居を歩いていきます。

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頂上の本殿です。早速、在家次第、荒神経、諸真言などをお勤めを。本当に心が空白になり、少し暖かいような感じと、自分を取り巻く風景と自分が一体になったような不思議な感覚に囚われます。この時間です、誰もいません。

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遠く、熊野の方角を。このブログの扉の写真はこの時撮影したものです。

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さて、素早く高野山に戻ってきて、朝のお勤めに参加さえていただき、朝ごはんをいただき、出撃です。

(参考:金剛峯寺)様をお参りし。

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ついに高野山大師教会様に到着です。

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(参考:御受戒)の申し込みをしていますと、又、例の邪魔が。気分が悪いと、母が椅子に座りこみます。私はまた小声で御宝号、真言を唱えます。本当に不思議ですが、しばらくすると、むくっと起きて行こうかと治ったようです。こんなのがずっと続いています。

いよいよ受戒をうけます。丁度、お遍路の団体さんがぞろぞろと入れ違い、我々二人のみでした。

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受戒の部屋に入りますと、暗い部屋の中に、御大師の御影がろうそくに照らされています。暫くすると、受戒をしてくださる阿闍梨様一行さまが入場してきました。

儀式が始まりました。一通り、詠唱するように言われますので、阿闍梨様が言ったとおりにこちらも声を出します。一通り完了し、阿闍梨様からお言葉をいただきます。

阿闍梨様「よく来られましたね。どちらから?」

私「栃木県からです」

阿闍梨様「遠路よくこられましたね。またしっかりとご宝号を唱えていただいたし、袈裟や数珠なども持たれてしっかりされていらっしゃる。」

私「ありがとうございます。」

などというちょっとした会話でしたが、法話もいただき、充実でした。30分ぐらいでしょうか。

その後は、(参考:大伽藍)に行きまして、大塔、金堂などを見て回ります。

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最期は、奥の院です。結構、歩く距離があるので、母が心配でしたが、なんとか歩き来てました。心なし、受戒を受けてからはちょっと違う感じです。

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霊廟前でも作法をして病気平癒をいのりました。

お昼ぐらいでしょうか。奥の院近くで昼食をたべ、次は(参考:天河弁財天)を目指します。縁がないといけないという場所です。今の母の状態ならご縁を頂いて良いかなと思いまして。

しかし、この後、とんでもない苦労が発生します。カーナビ設定を間違い、龍神スカイライン経由でなく、細いワインディングが1時間以上も続くとんでもない道を選んでしまいます。カーナビ上では、山しか表示されず、道がまるで渓流の表示のような状態で只管、ステアリングとブレーキングを続けます。
途中、母が流石に調子が悪くなり、辛いといってきます。しかし、こんな山奥で止まるわけにもいきません。もうちょっと我慢してくれ、と思いつつ、そうだ、ご宝号と真言だと、小さい声で唱えます。暫くすると、母は寝てしまったようです。危ない危ない。

2時間弱はワインディングを走ったでしょうか。のりはWRCですよ。いくら運転好きな私でも今回の道は嫌な道でした。母は横で苦しんでいるし。

やっとの思いで、天河弁財天様に到着です。本殿、また病気平癒を祈りました。その後は、国道だけでしたので、息苦しい道もなく、やはり来た時より確実に調子が良くなっているようで、帰りは楽でした。関西国際空港に戻ってきました。

飛行機の下は雨模様のようです。今回の旅は曇り空のままなのだろうか。。。。

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あれ?もしかして?と思い、窓に顔を突っ込み、東に向かっている飛行機の後方、つまり西の空を見ます。

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雨空の雲の上は青天であり、沈みつつある夕日に染まる空には。。。。。あっ!宵の明星、金星だ!写真には写りませんでしたが。
爛爛と光る金星が見えて、嬉しさと、何か「今回の旅は伊達じゃない。きっと何か好転するはずだ!」という凛凛とする思いが胸に広がります。南無大師遍照金剛、ありがとうございました。受戒いただきました!

流石に日が落ちて完全に夜なりました。さて、音楽でも聴くか。

(参考 youtube:Kalafina 「storia」)



無事に成田空港から帰宅です。

その後、私は母に病気平癒の呪符を作成します。その呪符は密教系で、枕の下に入れるタイプで当人に寝る前に光明真言を唱えてもらうものです。御宝号もですが、母も受戒で光明真言をうけているので、尚良いです。また、普段持つタイプも作成して。

母は数回手術をしますが、基本は臓器を取ることを選択せず、数回、内視鏡手術を受け、抗癌剤を受けましたが、なんとか収束したようです。お陰様で、今では母も体調も戻り、平穏を取り戻しております。
趣味になればと教えた、温泉に通う毎日です。

そうだ、そろそろ、10月14日の密教セミナーの概要を皆様にお知らせしないといけませんね。もう少々お待ちください。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

大分前のことですが、また高野山の事を書きましょう。前回は金剛界の結縁灌頂でした。

(参考:「我が家の守護神、立里荒神とのご縁」)

今回は胎蔵界です。曼荼羅には胎蔵界と金剛界という2つの世界観があるのです。陰と陽、男女のような。

金剛界曼荼羅と、

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胎蔵界曼荼羅です。

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この時は、春。胎蔵界結縁灌頂を受けに高野山にいったのでした。この時、はじめて、飛行機、つまり成田からLCCで関西国際空港にいこうと。成田空港から。

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富士山を見下ろさせていただき。

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関西国際空港からはレンタカーで自由自在です。まずは空港から陸に行くまでから清々しい!

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関西って関東と違くて風景の変化が激しく楽しいですね。ともあれ、例の如く、(参考:丹生都比売神社)様に参拝します。天野架け橋美しや。そして、高野山入りします。

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弘法大師所縁のこの場所も超重要な場所なのです。とりあえず高野山にはいり、宿泊はこちらの宿坊でした。

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早速、阿闍梨様と合流し、博士課程で御学びだったころですが、高野山大学を前に。

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奥の院様へ。こちらは大師様の朝夕の食事は発出される場所。

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奥の院様へと続く道。南無大師遍照金剛!

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夜は山を阿闍梨様号(4WD)で下りまして、ファミレスで雑談で盛り上がりました。翌日のをお約束して。翌朝はまず、結縁灌頂の受付会場、大塔へ向かいます。金剛峯寺様の前、一礼します。

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大塔で受付です。

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いよいよ結縁灌頂。いつもながら、凄い。今回は胎蔵界か。って、如何にもセレブな奥様がまだ生まれたての赤ちゃんを連れて入っていく方いる。運がいい人はこういうもんですなw 俺は40年近くかかったぜw

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終わった。。。。。これで金胎両部、結縁灌頂を受けたぜい!

さて、終わった足で、お願いさせていただいた、嶽弁天にいきます!大門に向かいます。

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大門の横に、ぽっかりと入口が。まさに不思議の国のアリスのトンネルのようにw

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入口で拝みポイントです。

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メタボ気味の私には辛いですw 皆、ヒョイヒョイ歩いていきます。待ってーw

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おお!ここってよく高野山の遠景の撮影に使われる場所ですね。

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なんだかんだと着きました。ここが嶽弁天様。

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ふいに阿闍梨様が曰く。「知り合いのチベット僧が日本に来ていた際、もし私が死んだら日本の聖地に骨を巻いてくれといったのです。皆で思案し、この一角に散骨しました」とお聞きしました。そう、チベットは中国政府に軍隊で蹂躙され、ダライラマさんは亡命、脱出。チベット寺院は徹底的に破壊され、僧は無理やり漢民族の女と性行為をさせられたり、女性は漢民族のダ男性に犯されるなど、民族浄化され、古来の宗教、文化は徹底的に破壊されていたのです。彼にとって、どういう形にせよ、日本を訪れ、華々しい日本の歴史と国体を保持する状況を見、密教僧が学ぶ伝統が認められるこの姿にギャップを感じずにはいられなかったのではないかと私は思います。そして、彼が亡くなり、この高野山を見下ろす、この岳弁天の頂上の一角に散骨したらしいです。正直、涙がでてきました。嶽弁天様に祈りました。ここも高野山にとって重要な場所。四度加行を終わった方の札がつけてありました。そういう場所です。さて、高野山に戻ります。

阿闍梨様と奥の院前のレストランで食事をとり、今回はさみしいですが、阿闍梨様とはお別れし、次は(参考:立里荒神)様へ。

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大峰の連山が熊野への続きます。神々の山。

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何個あるかわからない、鳥居を潜り。。。。

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標高、1,100メートルの本殿へ。本殿で皆で勤行です。

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立里荒神を終わり、山に次ぐ山、ワインディングにつぐワインディングを超え、やっとの思いで大峰山の中腹、泥川温泉へ。(参考:大峰山泥川温泉)

そして宿泊先は、(参考:花屋徳兵衛)様。まさに、修験者が泊まる宿です。歴史感じる建物ながら、温泉やお部屋は近代的でVeryGood。おお、飯も最高。

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温泉街が明るく彩られています。浴衣姿でちょっと散歩へ。ええかんじの温泉街が続きます。

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陀羅尼助は有名ですね。正露丸みたいな味。

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おお!これは修験グッヅ店だ。ちょっと買い込みます。娘は何を?法螺貝の笛。何に使うのだろう?w

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最高でした。さて、翌朝です。

この街には、(参考:龍泉寺)様があります。勿論、大峰山入りした道中の重要な拠点。

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社務所にて、娘がぴーっと法螺笛をふきました。お坊さん、興奮w おもむろに、本当の法螺を取り出して、ぼーっとふいていただきました。

お坊様「大きくなったら大峰山の修験者なろうね!」

娘「はーい!」って大丈夫かよw まあいいやw

微笑ましい一時を過ごし、続いて、(参考:天河弁天社)につきました。縁がなければ来れないという聖地であります。ここは裏手に南朝の本拠地が置かれたようで、先祖のご縁もありますので、何か故郷のような不思議な感覚に囚われます。私にはわかりませんが、後醍醐天皇様や我が先祖、楠木正成公が何を思ったのか、その思いの一つでも私の今生で人のために役に立つなら、そういう思いを持つのでした。また来ますぜ、ご先祖様。

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そして、天河弁天社へ。

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更に奥へ。

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我々はしれっと、勤行を開始します。般若心経、神の前では花の御経でありますから。まあ、ここで配っているプリントには弁天の真言と書いてあるし般若心経も書いてあるし、これが明治前の世界観ですわ。おお、さすがパワー凄いわ。

金峯山へ向かいます。ついた。早すぎ、何かついてますねw

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夕方には関西国際空港に行かないと。その前にこれも後醍醐天皇様や楠公に縁深い金峯山だ。お昼過ぎぐらいですかね、着きました、(参考:金峯山蔵王堂)様。まさに修験道のお寺です。

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おお!この蔵王堂の前のこの場所。柴燈護摩をやるこの場所!ちょっとここは懐かしい思い出がありまして、詳しくはかきませんがw きっと先祖のご縁もあるのでしょう。

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いずれにしても、ご先祖の所縁深い、後醍醐天皇様がここを訪れ、ご縁深い土地なのは間違いないです。

本堂で勤行し、近場で食事をしました。例の五岳真行図の神鏡も追加購入しましてw

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時間セーフ。空港到着。

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この回の旅も、パワフルで清々しい旅となりました。両部結縁灌頂、完了!

阿闍梨様は云いました。「密教の最高奥義は灌頂です。灌頂なくして密教は語れません。是非、体験してみてください。また、灌頂は時空を超え凄まじいパワーと縁を結びます。開運にもつながります。」とのこと。今度、ツアーも企画してみますかねw

おっと!思い出ばかりではいけません。
そうそう、例の密教セミナー、10月の第二土曜の14日となりました!内容は検討中ですが、真言密教の世界観、在家でも勉強していく大前提、在家次第、真言の御伝授(仮)、もしかしたら、お加持いただいた袈裟や数珠も頒布して作法を伝授されるかも?!いろいろと想定しております。引き続き詳細化し、ご連絡いたします。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

あら、記事を書いていたら、庚申の日になっちゃった。これはまた後で書きましょうw

さて、先日の「北斗七星霊符」ご好評であと、在庫2部となりました!ありがとうございます!ご興味ある方、お早めにご連絡を。

(参考:元旦(農歴の旧正月)に滝尾神社にお参り ⇒ 鎮宅霊符外符『北斗七星霊符』完成!)

さてはて、きちゃった!早稲田の穴八幡と放生寺です。

まずは穴八幡様へ。まだ正月気分って感じですね。

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うわーなんじゃこりゃ?めっちゃ並んでる。普通の日でも、駆け込み的な感じですかね。というのも、当時から節分までの間毎日、特別のお守りと札を頒布しているのですが、最終日前の駆け込みなんでしょうね。って僕もその口ですがw

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でも、回転率が早く、並んで20分で購入完了。2セット、神楽坂の事務所用と宇都宮の自宅用。
本殿にてお礼。

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そのお守りとお札は、一陽来復です。これがまた深い!

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マニュアルを見てみましょう。

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〇一陽来復御守

金銀融通の御守とも申し、古来の吉例より冬至から節分迄の間毎日、穴八幡宮社殿に於いてお頒け致します。

〇御祭りする日時

冬至、大晦日、節分、この三日のうちの都合のよろしい日の夜中一二時

〇御祭りする場所、方角

下の図にある様来年の明きの方(恵方)亥子(真北から少し西よりの方角)の方に向け、反対側の(南側)柱か壁の成るべく高い処に御祭りください。

以下、中略~

〇この御守は江戸時代の元禄年間から行はなれた穴八幡宮だけに傳来する長い傳統のある特別の御守りであります。近年付近の社寺等で類似の御守を出しているようですが、当社とは全く関係がありません。御参拝の方は間違えないよう穴八幡宮の御守で御受けください。
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とのこと。ふーん、また、神仏分離の影響ですね。日光東照宮と輪王寺と同じ有様ですわ。(あっちは50回以上裁判しています。五重塔のだかの所有をめぐって。。。。。)
中には何も裏を知らない神道一辺主義者がいて、仏教は排斥されていいんだ、感じで完全否定する人がおりますが、冷静に歴史を眺めてみれば?といいたいですわ。勿論、逆に神道否定はもちろん気持ち悪いですが、今の世は神道万歳!で一度、滅んでいることをお忘れなく。天皇家三代で、原子爆弾2発投下され初めての外国軍に敗北し、しかもずっと外国軍常駐。たくさんの国宝やら浮世絵やらボストン美術館やらに行っている。戦後、完全に植民地化。今も50%ぐらい外国人投資家で日本企業の株を抑えられている。正確にいうと日本銀行の株(知らないだろう?日本銀行も株があるし、買っている奴がいるんだよ?)も誰がかっているのか?横田幕府という言葉を知らないのか?アメリカ軍の司令を官僚がお伺いしているのですわ。と、ネタがありすぎて困るぐらい。
おまけに国家神道は明治以来ですが、作法等は全て焼き払われ、霊的な継承はすべて絶たれています。南方熊楠さんのことwikiてなされ、調べれば事実のみしかありません。

でも変ですよ?神道の長たる天皇家は未だ、泉涌寺にお墓があるし、日光だって知らないでしょう?宮内庁管轄区があることを。看板には一切このエリアで生き物を殺すなとか書いてあります。凄いですね、官庁の看板に放生の話があるとは。
江戸時代の260年間、輪王寺宮たる、比叡山、寛永寺、輪王寺の長は天皇家から出していたんですわ。これを輪王寺宮といいます。
日光のやつはある日、天海さんの慈眼堂に参ろうと、山の中を迷ってしまい、(Wiki様:北白川宮能久親王)のお墓にいってしまいました。あるんですわ、日光の要所に。
この方は明治の荒波の中還俗され台湾に出征にされてしまい、しばし血を染めなかった天皇家が戦争で手を血で染めることになります。因果が出たのか病死。
この方のことは、流石に、小野先生もご存じで、授業の合間にお話ししていましたわ。この方自身は、上野で彰義隊と戦っちゃって、そのあと、敗走して仙台藩に逃げ込み、その後ドイツに行ったり、飄々といきてらっしゃったらしいですが。ある意味浮世人ですね。

あと一つ、教えてあげましょう。なんで、福島に原発があるのか?東京電力のだって”東京”でしょう?それは会津藩の最後の反抗
を見せしめのために未だに薩長の流れがいじめているんですわ。知らないの?大丈夫?と、すいません、僕は思ってしまう。
僕は保守系だし、血も完全に保守系(家紋もねw)だし、でも言わせてもらえば、神仏習合の日本を作ったのは聖徳太子ですぜ。彼を否定するんですかね。あほですわ。

まあ、支配のための手段ですよね、元々あったものをわざと仲たがいさせ、その間に乗っ取ってしまう。これは神仏論争ではないですよ、軍略です。分かりやすい例は、中国の文化大革命。毛沢東は権力闘争に敗れてわざと文革を起こします。これと似ています。冷静になりましょうね。小野先生が授業でおっしゃる、ねぶた祭りもこの話と同じです。これはまた別に書きましょう。

おっと、呑みながら書いていると、つい、本音が、失礼しました。すいません。

10年以上前のある時、日比谷の界隈で、ユダヤ系の金融情報配信会社出身の(ってどの会社かわかるでしょうが大手門前の)の方と、煙草部屋で煙草をすっていました。この方とはまだ初対面。私が歴史や風水好きだと言ったら、彼は白山通り近くのマンションを購入したのだが、風水を調べるデベロッパーが気に入り買ったとか。その話の延長です。

彼が言うんです。「のりえもんさん、五千円札の秘密ってしってますか?」
私「ああ、ロスチャイルドですよね?」
即座に答えて、彼も態度豹変。
その後、我々は煙草をふかしながら、日本の有様を語り始めると、何故か、周りの人々が琴線に触れるのかいなくなってしまいました。

彼「あーら、強烈すぎましたわね、ホホホ」
私「はい、何か琴線に触れるのでしょう。ほーカナダ大使館のとこのビルでお勤めでしたか。」
彼「あの、公園がやばい、霊気が!」
私「でました?」
彼「霊感のある女性がいるってw 塩盛れってw」

と言っている公園とは、(Wiki様:高橋是清翁記念公園)。確かに行ってみると、何で灯篭とかあるんだよ、とキモイです。しかしまあ、ずばり、日露戦争の国債を引き受けてくれたユダヤ系銀行との調整を行った逸材ですわ。あの時、そう、ロシアとの戦争が決まった後、世界中の誰もが、イエローモンキーこと東洋の猿に金など貸すはずがないのです。軍艦を買う軍資金がいるのに。ところが、いるんですね、凄い方々が。それがリーマンブラザーズの前進である、クーンリーブ商会の(参考 Wiki様:ジェイコブ・シフ)卿ですよ。勿論ユダヤ人の方。この方が金貸してくれなかったら(参考wiki様:三笠)とか、(参考 wki様:日進)とか買えませんでしたよ。でも、是清公、暗殺されちゃんですよね。戦艦三笠だってこれで買えたんだから、暗殺する奴、馬鹿じゃねーのか、と言いたいですが(まあもっと本質を見抜いてのことなのかもしれませんが)、その借金が太平洋戦争に連なっていると聞けば、少しは興味を持ってくれるのでしょうか?

おお!随分と自分の世界に嵌っちゃいました。運気向上!を目指す、我々は(一応、都市伝説ブログでもありまして!)、そんなことはどーでもいいのです。

さて、ここで言いたい結論は、「神仏分離はどーでもいい、ご利益主義に徹し、いやいや!我々の先祖の行いを信じ、神仏習合でも神仏分離でも、両方祀ればいいのじゃ!ええじゃないか!w聖徳太子さんに免じてね。和を以て貴しですねよ!」ですわ。どーです?これならいいでしょう?w

実際、関西では動きが早くてこのような取り組みが行われています。かつては僧侶が伊勢参りし、神官も高野山などの寺を詣でたのです。そう、垣根などなかったのです。

(参考:神仏霊場会)

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西国(近畿)の名だたる古社名刹が手を結び、「神仏和合」にもとづく新しい組織「神仏霊場会」を設立し、『神仏霊場巡拝の道』が誕生しました。
参加社寺は伊勢神宮をはじめ150社寺に及び、江戸時代まで盛んに行われた伊勢参りや熊野詣のように、神仏を同時に崇拝していた精神風土を現代に取り戻し、末永く百年千年の規模で展開する巡礼ルートとなっています。

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ね?伊勢神宮さんだって霊場にはいってますぜ。意外と知らないでしょう?まあ、この話題は今日はこの辺で。(っというのも、同じような説明を放生寺の奥様が一々、お札買う人に説明されていて、なんだか僕も喋りたくなっちゃいました)

ぼちぼち戻りますね。で、放生寺の方でもなんと、同じ、お守りだしてます。ただ、字が違う。タイトルにあるように。一陽来福ですってw

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放生寺、穴八幡略縁起

今日、境内を隣り合わせる光松山放生寺と穴八幡宮は、江戸の昔、神仏習合により、寺社の区別はなく、別当と呼ばれる僧侶(当山住職)が社務を取り、およそ350年の歴史のうち、230年程は光松山放生寺八幡宮として一つの物として発展し、特に当山開創良相上人は、三代将軍家光公の尊崇厚く爾来、徳川家代々の祈願寺として多くの尊信を得たものと考えられます。明治新政府の神道国教化政策の一環として神仏分離が布告され、明治2年当時の放生寺第十六世実光上人の徒弟景明房が復飾し、高田近江と名乗り穴八幡の神主となり、寺、社を分離し現在に立っています。尚、一陽来福のお守りは、寺、社を分割する以前(天保年間)より当山が除災招福・金銀融通の祈祷を修して信徒に授与したのが始まりです。

「一陽来福」の由来について
毎年、冬至より、授与致しております、「一陽来復」のお守りは、観音経の偈文に説かれております。

「福聚海無量」(海のごとく無料の福が聚まる)ことと、
「一陽来復」(陰極まって冬至に一陽が生じる)という易の言葉にちなみ、
「一陽来福」と名付け、爾来御守りの形、文字の形、御祈祷の法を代々師資相傳継承し、社僧穴八幡別当当放生寺住職が冬至前に七日間、真言密教による聖観音菩薩の御祈祷の法を修して、今日まで150有余授与致しております。

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あらーほらね。穴八幡さんのマニュアル見ただけでピーンときましたが、こちらも同じ。

でも、我々には関係ないっす。両方祀ればいいのですw こちらも派手ですね。

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こちらは、御修行の御大師様。ありがたいことに、お遍路の砂を埋めた各寺の盤があります。まあ、ポピラーではありますが、しっかり、「南無大師遍照金剛」といいながら、88箇所踏んでいきます。

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本殿でお祈りし、おお!こちらでも!で、並んでいるとって、こちらはあまりいませんが。前の女性が「あのー神社でも買ったんですが、どう祀れば?」
奥様「このように祀ればいいですよ」
と、なんと、二つの御札を上下に並べて貼る方法を伝授w

これこそ、正に、神仏習合の形w これはゲット!ついでに、あれ?なんだこの升は?大黒天だ!買いだ!

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来福満寿大黒天

中略~(所謂、大黒天の説明)

さて、この満寿(枡)が三重になっているのにお気づきでしょうか?昔から當山には寺宝として三重枡の中に大黒天を祀り、来福満寿と名付け代々伝えられてきました。三重は天、地、人を意味し、三重を一組にすることで、益々、ご加護を頂き、また、中に大黒天祀ることによって天地人それぞれより福を授かるようにとの願いが込められております。
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この大黒、凄いです。よかった!

というわけで、一陽来復と一陽来福両方をゲットした上に、神仏習合形式の貼り方もゲット。そして、大黒天!

と、このようなことばかりやっている僕でございました。(^^;

まだ、2日ありまする!ゲット急げ!w

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

数年前ですが、先日ご紹介した秩父三十四観音霊場。これに続き、チャレンジしたのが、坂東三十三観音霊場です。この時は既に高野山結縁灌頂、胎蔵界、金剛界を終えた後でした。

(参考:我が家の守護神、立里荒神とのご縁 )
⇒高野山結縁灌頂についてはこちら。
(参考:開運ツアー『秩父観音霊場』の思い出 )
⇒秩父霊場はこちら。

(参考:坂東三十三観音(オフィシャルサイト))


霊場巡りにはガイドがあります。基本作法や心手的なものもありますので、こちらを購入するといろいろと役に立ちます。

(参考 Amazon様:坂東三十三所観音巡礼―法話と札所案内)
(参考 Amazon様:秩父三十四所観音巡礼―法話と札所案内)
⇒前回、秩父のを掲載するのを忘れていました。
おまけでこちらも。
(参考:西国三十三所観音巡礼―法話と札所案内)


こちらは関東一円、東京、神奈川、千葉、群馬、茨城、栃木各県に広がっておりまして、西国もそうでしょうが、最低での走行距離が1,300キロを超えるという代物です。様々な宗派のお寺もありますし、有名な寺もありますし、変化に富んでいて楽しいとは言えます。

坂東三十三観音霊場 関東一円 1300キロ全工程

そもそも観音札所巡りの起源についてですが、上記の坂東霊場ガイドの冒頭の浅草寺の清水谷貫首の御言葉をお借りします。

「観音信仰の基盤を成す代表的な経典は妙法蓮華経の中の普門品第二十五であるが、真心をもって一心に観音の御名を唱えれば、その音声を観じてたちどころに我々の苦悩を観音菩薩は救いたもうとある。そして、その慈悲心のお働きが、姿を三十三種に変じての救いになったと言われるのである」
とございます。これが33の云われですが、秩父の34は西国33、坂東33に足して100にするためにそうなったというのが実際のようですね。まあ、99よりは100のが切れは良いですねw

さて、坂東霊場の歴史的な経緯はこちらです。

(参考:坂東三十三観音(オフィシャルサイト)の歴史 より)

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坂東札所のうち約十カ所に及ぶ霊場の『縁起』が花山法皇が巡って来られ、札所に指定されたと記している。たとえば永禄三年(1560)に書かれた『杉本寺縁起』には「永延二年戌子の春、忝も法皇御順礼の勅命有て、当山を以て坂東第一番と定め御順礼有り、夫より今に至るまで貴賎の順礼絶せずとなり」と記されている。  ~(中略)~ 
坂東札所は花山法皇によって巡られたのをその嚆矢としていることであり、その伝承を少なくとも江戸時代までは信じていたということである。 ~(中略)~ 坂東札所そのものが、どこまでも西国札所に倣って行われたものであることが示されているともいえる。いわゆる西国札所の地方移植の一つが坂東札所なのである。

 ~(中略)~
西国三十三観音巡礼の信仰が坂東に及び、やがて札所が形成されていったのはいつの頃であったろうか。いま、その経過を明らかにする史料はないが、直接の契機は鎌倉幕府の成立と将軍家の深い観音信仰にあったといわれている。すなわち頼朝が将軍であった頃、その気運が起こり、実朝のときに機が熟して制定されたのではあるまいかというのである。

 ~(中略)~
室町末期には西国、秩父と合わせての「百観音札所」巡礼が行われるようになると、坂東札所も一段と賑わいを増し、江戸時代の盛況へと移っていった。
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ということで、起源は上記のようですが、源頼朝・実朝の信仰が最も影響があったようです。室町時代ぐらいから一般の方々の霊場巡り参加がはじまり今に至っているようです。

実際、4か月ぐらいかかりましたでしょうか。初夏からの思い出深い巡礼となりました。特に3.11も起きて、関東はどうなるんだろう?と思いがあり、もし関東に何かあったら、坂東霊場巡りもできなくなる、という随分消極的なもちべーションもありました。ですが、私個人で何ができるというものでもありませんが、このように関東を囲うように祈りをしていくことは、一つ思い出すことがあります。それは全国に地名が残っている、国分寺の存在です。あれは日本を守る結界の意味がありました。


(参考 Wiki様:国分寺)


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国分寺(こくぶんじ)は、741年(天平13年)に聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、当時の日本の各国に建立を命じた寺院であり、国分僧寺(こくぶんそうじ)と国分尼寺(こくぶんにじ)に分かれる。
正式名称は、国分僧寺が「金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)」、国分尼寺が「法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)」。なお、壱岐や対馬には「島分寺(とうぶんじ)」が建てられた。
『続日本紀』『類聚三代格』によれば、天平13年(741年)2月14日(日付は『類聚三代格』による)、聖武天皇から「国分寺建立の詔」が出された。その内容は、各国に七重塔を建て、金光明最勝王経(金光明経)と妙法蓮華経(法華経)を写経すること、自らも金字の金光明最勝王経を写し、塔ごとに納めること、国ごとに国分僧寺と国分尼寺を1つずつ設置し、僧寺の名は金光明四天王護国之寺、尼寺の名は法華滅罪之寺とすることなどである。
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この、金光明最勝王経(金光明経)というお経は最強のお経の一つと言われる一つです。国を守る、護国三部経、『法華経』『仁王経』『金光明経』の一つ。我が家の神殿に実は備えてあります。顕教経典ならが密教経典とも言われ、強い呪力を持つという経典です。聖武天皇は全国に国分寺を作り、日本をこの経典を唱えて結界をはっていたのでした。しかし、今は昔です。。。。

できれば、関東を、いや日本が無事でいてほしい、そういう気持ちががどこかしらにありました。しかしながら所詮は在家。何の高度な作法は知らない。でも、一縷、弘法大師から連なる結縁灌頂の血脈と阿闍梨から伝授頂いた作法がある。巡礼してみよう!
とはいいつつ、やりはじめると段々と心が晴れていく気がしました。

このご朱印帳は単なる帳面ではありません。ご本尊の御影も挟んでいき、これ自体がご本尊的なパワーアイテムと化すような気がします。

坂東三十三観音霊場  納経帳

このご朱印が趣があってまた素晴らしいですよね。お寺によってはお坊様だったり、寺族の方だったり、専属の給仕されている一般の方がやっている場合や、ご住職自らやっていただいたりする場合もあります。ご朱印をいただき、御影を買っていきます。それぞれ一部300円程度です。

坂東三十三観音霊場  杉本寺 ご朱印

坂東三十三観音霊場  杉本寺 御影

ご朱印の云われですが、浅草寺で書いていただいた際に、ご朱印を乾かすための紙に丁度、ご朱印についての説明があったので引用させていただきます。
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~(中略)~

元々は「納経」と呼ばれ、その由来は参拝者がお経を書写して寺社に「お納め」することに始まっております。ですから昔は納経帳の右肩のところに「奉納大乗経典」と書かれておりました。現在では、「奉拝」という文字になっております。
いつの頃からか、この作法が簡略化されて、お写経を納めなくても参拝の証しとして「ご判」を頂くことことになって今日に及んでおります。そして各霊場を巡拝する巡礼信仰と結びついて盛んになりました。これは観音三十三札所あるいは四国八十八カ所を巡礼し、その全部の霊場から「ご判」をいただくと、その功徳によって地獄に落ちないばかりか諸願も成就するという古来の信仰に基づいているものです。 ~(中略)~
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こちらは浅草寺ですね。ついでに花屋敷にいってみました。先は長いです。エリアごとにお参り+観光しないとやっていられません。

浅草寺

浅草花やしき 入口

浅草花やしき ノスタルチックな乗り物たち

坂東霊場は時折、バスツアーの集団にあうこともありますが、お寺の人と談笑なり、何となしに会話をすることはありましたし、労いの御言葉をいただくこともありましたが、霊場巡りしている方同士の会話というのはあまりありませんでした。こちらも任意の日程ですし、あまりに広大な霊場ですので、遭遇率が低いというか。
一応、本殿内には入れる場合には、お寺の方に一言お話ししてから入ります。きっちり、勤行していきます。大きな本殿内にお経が響き渡ります。たまに、バスツアーの団体が後からきてしまい、こちらと被ることがありましたが、待っていただいたり、逆にこちらが待つこともありました。譲り合いの精神ですよね。
妙な雑念が消えていき何かしら暖かさというか気というか本殿の先から何かを感じるような、それが自分の中からきている物なのか。必ず終わると清々しさがあり、凛凛と力が湧いているのを感じました。

各県毎に連続して、数件の寺を回ります。大体10時ぐらいに着くようにして遅くても16時ぐらいには終了するように段取ります。
段々とご朱印帳が埋まっていきます。はじめは終わるのかよ?と思っていたのに、気が付けば進み、終わりが近づいてきます。

こちらは神奈川県、長谷寺。

坂東三十三観音霊場  長谷寺

こちらは栃木県 宇都宮市の大谷観音。

坂東三十三観音霊場  大谷観音

続いて、栃木県の出流山満願寺。お寺も感動ものですが、こちらは門前町の蕎麦街が超お勧め。一合蕎麦など、大きなざるに4人前とか圧巻。

坂東三十三観音霊場  満願寺

いつも引き合いに出す、日光の中善寺。ここの千手観音は霊験深いようです。ある方が仕事も全て崩壊し莫大な借金を抱え、自殺しに、華厳の滝に向かう途中。観音様を思い出し、ここに立ち寄ったとか。もう、この世にいても仕方ないと、最後の御祈りだと、祈ると急に心に言葉が響いたとか「死んではいけない!生きるのです!」と。その後、この方は腰を抜かしたようですが、とりあえず死ぬ気はなくなり、戻って、仕事をやり直し借金は返済、成功。十数年ののち、ここを訪れ、一生懸命祈っていると、住職がどうしてそのようにご信仰厚いのか?とお話しになり本件を話されたようです。凄い話ですよね。

坂東三十三観音霊場  中善寺

坂東三十三観音霊場  千手観音本堂

こちらは茨城県 筑波山の大御堂ですね。

坂東三十三観音霊場  大御堂入口

坂東三十三観音霊場  大御堂

ケーブルカーで山頂にも。

筑波山山頂 ケーブルカー

筑波山山頂 空が近い

筑波山山頂 石碑

いちご狩りにもついでにいきました。

つくば いちご狩り

坂東霊場では不思議なこともありました。ある時、筑波山麓の青龍寺に行った際の出来事。本殿はこちら。納経所も地元の方が運営されており、特に前もって意識もしていなかったのですが。

坂東三十三観音霊場 青龍寺 裏パワースポットか?

本殿にて勤行をはじめると、青天の空が一転して、強風が吹いてきました。お経が観音経に差し掛かると更に、一転して黄色い雲が天を覆いました。こりゃなんだ?あまりに我々の勤行タイミングと同じじゃん?何かスイッチ入れちゃった?wと思いつつ、こりゃ、龍神が感応されいるのかな?だったらしっかり続けねば!と唱え続けました。終わるころ風は不思議とやみました。空は一面真っ黄色。数時間そのエリアはそんな状態でした。何だろこれ?とびっくりでした。ただ、思ったのは、明らかに筑波山や神仏が感応してくれたということ。結縁灌頂を受けた上に、ちゃんとした大阿闍梨に伝授作法やご真言の伝授を受け、如法に(作法通りに)やっているとこういうことが起きるんだ、と思うしかありませんでした。

勿論、各地の温泉もググって突入するというのも必須ですw

こちらは群馬県の水沢観音。

坂東三十三観音霊場 水沢観音入口

坂東三十三観音霊場 水沢観音本堂

やはり水沢うどんでしょうw

坂東三十三観音霊場 水沢観音前 水沢うどん

春から初めて、暑い日が多かったのですが、暑い中で勤行していると、お経を唱えながら額から汗が噴き出てきて、喉もカラカラですし、辛い!と思った瞬間、ふ~っと何故か本殿からそよ風が吹いてきて、癒されることが何回かありました。これも神仏の歓迎なのかと思いました。寺社仏閣に行った際の風とかって、兆候の一つとして何かありますね。

最後は千葉県、房総半島のお寺のみとなりました。宿泊して一気に終わらせます。丁度、台風にあたってしまいましたが、強風の中でも猛然と巡り続けます。不思議なことに、寺にくると晴れ間がきて、異動時に雨が降るという状況が続きます。何かしら神懸っています。

ついに、最終の寺です。房総半島の南端。時間が遅かったのですが、最終であることを告げると、ご厚意で閉まっていた本殿にいれてくれました。

坂東三十三観音霊場 最終の寺 那古寺 本堂

最後の勤行です。ふっと、心が軽くなり「あれ?関東大丈夫じゃない?何だろ妙なバイアス受けていたかな」という、何かしら解放された感覚が。納経所、これが最後と思うと少し切ないですね。

坂東三十三観音霊場 最終の寺 那古寺 納経所

ついに満願です。

坂東三十三観音霊場 ご朱印帳 結願

お寺の展望台から夕日を眺め、満願証を手にしつつ、南無日本国一切諸神善神と感謝します。

坂東三十三観音霊場 最終の寺 那古寺 結願の海絶景

坂東三十三観音霊場ついに満願!さあ、あとは西国三十三観音霊場のみです。近場の海鮮市場で焼き魚などで腹を満たし、遠く、東京湾を挟んだ黄金色の富士を眺めつつ岐路につきました。

坂東三十三観音霊場 魚市場 焼き魚

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

昨日、1月7日は何もなく、完全に空振りでお騒がせしました。(^^;
あのリストの各項目も重み付けや項目数自体を増やし、的中率をバージョンアップさせていきたいと存じます。皆さま、懲りずに引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

さて、いきなりですが、(参考 Wiki様:三尸(さんし))ってご存知でしょうか?

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三尸(さんし)とは、道教に由来するとされる人間の体内にいると考えられていた虫。60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられ、そこから、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が行われた。一人では夜あかしをして過ごすことは難しいことから、庚申待(こうしんまち)の行事がおこなわれる。日本では平安時代に貴族の間で始まり、民間では江戸時代に入ってから地域で庚申講(こうしんこう)とよばれる集まりをつくり、会場を決めて集団で庚申待をする風習がひろまった。
道教では人間に欲望を起こさせたり寿命を縮めさせるところから、仙人となる上で体内から排除すべき存在としてこれを挙げている。
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生まれてからこの虫がずっと、神様の監視役を兼ねつつ、人間の運命のテロリストとして潜伏しているらしいです。明治時代以前はこれを防ぐために庚申待(こうしんまち)という行事を行いました。干支歴が庚申の日に寝ずに過ごし、この虫が天帝に密告に行くのを防ぐというものです。歓談をしたり、真面目なスタイルとしてはお経をとなりたりして過ごします。

(参考 Wiki様:庚申待)
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庚申待は中国の民俗宗教である道教の伝説に基づくものである。「庚申待」の語源は諸説あるが、「庚申祭」がなまった、といわれている。主に男性がその行事に当たる。人間の頭と腹と足には三尸(さんし)の虫(彭侯子【上尸】・彭常子【中尸】・命児子【下尸】)がいて、いつもその人の悪事を監視しているという。三尸の虫は庚申の日の夜の寝ている間に天に登って天帝(「閻魔大王」とも言う)に日頃の行いを報告し、罪状によっては寿命が縮められたり、その人の死後に地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕とされると言われていた。そこで、三尸の虫が天に登れないようにするため、この夜は村中の人達が集まって神々を祀り、その後、囲炉裏を囲んで寝ずに酒盛りなどをして夜を明かした。これが庚申待である。60日に1回は庚申(かのえさる)の日が巡ってくるので、場所によっては6回または7回行うところもある。また「庚申様」は月のモノや出産の汚れを嫌うというので、女性は主に飯の準備や片付けが役目である。庚申待を3年18回続けた記念に建立されたのが庚申塔で、今も各地に残っている。
庚申に関する戒めに『年に六度の庚申を知らずして 二世の大願は成就せぬ』庚申待をしなければ幸せになれないという戒めである。人々は幸せを信じて庚申待を続けていた。
仏教では、庚申の本尊を青面金剛および帝釈天に、神道では猿田彦神としている。これは、庚申の「申」が猿田彦の猿と結び付けられたものと考えられる。また、猿が庚申の使いとされ、庚申塔には「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が彫られることが多かった。山王信仰(三猿信仰)もここから生まれたとされている。
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「三尸の虫は庚申の日の夜の寝ている間に天に登って天帝(「閻魔大王」とも言う)に日頃の行いを報告し、罪状によっては寿命が縮められたり、その人の死後に地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕とされると言われていた。」とありますが、この三悪道は三悪趣とされるもので、この人間の現世世界を含めた世界を六道といい、生まれ変わりを含めて六道輪廻という説があります。以下の参考の未戒の話でもあげましたが、三尸も仙人たる自由人のいる場所(六道では天界、修羅界より上)や最終目的地である仏(六道の脱出)から足を引っ張るキャラであることは間違いなさそうです。

(参考:未戒で死ぬのは止めた方がいいらしいっす )

庚申待を何年もやり遂げた!という証が、全国の寺社仏閣や田舎の農道などにある「庚申塔」という石碑です。よく見てみると分かります。

さて、このキャラ、どういう虫、というか霊虫なんでしょうか?こんな方々です。右から上尸さん・中尸さん・下尸さん。すいません、気持ち悪いですねw

庚申待ち 三尸(さんし)上尸・中尸・下尸


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上尸・中尸・下尸の3種類があり、人間が生れ落ちるときから体内にいるとされる。『太上三尸中経』の中では大きさはどれも2寸ばかりで、小児もしくは馬に似た形をしているとあるが、3種ともそれぞれ別の姿や特徴をしているとする文献も多い。
病気を起こしたり、庚申の日に体を抜け出して寿命を縮めさせたりする理由は、宿っている人間が死亡すると自由になれるからである。葛洪の記した道教の書『抱朴子』(4世紀頃)には、三尸は鬼神のたぐいで形はないが宿っている人間が死ねば三尸たちは自由に動くことができ又まつられたりする事も可能になるので常に人間の早死にを望んでいる、と記され、『雲笈七籤』におさめられている『太上三尸中経』にも、宿っている人間が死ねば三尸は自由に動き回れる鬼(き)になれるので人間の早死にを望んでいる、とある。

〇上尸(じょうし)

彭倨(ほうきょ)青姑(せいこ)青古(せいこ)青服(せいふく)阿呵(あか)蓋東(がいとう)とも呼ばれる。色は青または黒。人間の頭の中に居り、首から上の病気を引き起こしたり、宝貨を好ませたりする。『太上除三尸九虫保生経』では道士の姿で描かれる。

〇中尸(ちゅうし)

彭質(ほうしつ)白姑(はくこ)白服(はくふく)作子(さくし)彭侯(ほうこう)とも呼ばれる。色は白または青、黄。人間の腹の中に居り、臓器の病気を引き起こしたり、大食を好ませたりする。『太上除三尸九虫保生経』では獣の姿で描かれる。

〇下尸(げし)

彭矯(ほうきょう)血姑(けつこ)血尸(けつし)赤口(しゃっこう)委細(いさい)蝦蟆(がま)とも呼ばれる。白または黒。人間の足の中に居り、腰から上の病気を引き起こしたり、淫欲を好ませたりする。『太上除三尸九虫保生経』では牛の頭に人の足の姿で描かれる。

道教では、唐から宋の時代にかけてほぼ伝承として固定化された。『抱朴子』の三尸には特に3体であるという描写は無く、のちに三尸という名称から3体存在すると考えるようになったのではないかともいわれている。『瑯邪代酔篇』など、庚申のほかに甲子(あるいは甲寅)の日にも三尸が体から抜け出るという説をのせている書籍も中国にはある。庚申と甲子は道教では北斗七星のおりてくる日とされており、関連があったとも考えられる。
日本で庚申待と呼ばれるものは中国では「守庚申」「守庚申会」と言われており、仏教と結びついて唐の時代の中頃から末にかけて広がっていったと考えられる。平安時代に貴族たちの間で行われていたものは中国の「守庚申」にかなり近いものであった。
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やはり北斗七星が人の運命を支配するということと、庚申も関係がありそうですね。特に、庚申と甲子が北斗七星の降りてくる日というのが興味深いです。
小野十傳先生のブログや勿論、奇門遁甲初等科の授業でもお教えいただきましたが、奇門遁甲において、甲(きのえ)は甲尊(こうそん)といい、遁甲の至高の存在、皇帝だと。普段は敵からの攻撃を避けるため、盤上からは逃げ遁れているそうです。そのため、「遁甲」という名称になったといわれています。

(参考:推薦図書「最新 奇門遁甲術入門: 世界の華僑に巨万の富をもたらし続ける秘中の勝占」 )

更に、残りの(参考 Wiki様:十干)、乙(おつ)、丙(ひのえ)、丁(ひのと)は、その家来ですが三奇(さんき)と呼ばれ、階級は貴族クラス。この下に六義(りくぎ)である戊(つちのえ)、己(つちのと)、庚(かのえ)、辛(かのと)、壬(みずのえ)、癸(みずのと)が配置されているそうです。この六義は機会があれば甲尊になれるそうですが、三奇にはなれないとのこと。奇門遁甲では十干にも既にそうした設定があるのがおもしろいですよね。で、庚申の話で言えば、北斗七星が下りてくる日の2つの干(庚と甲)が同じなのは偶然なのかどうなのか、気になるところですね。

しかしまあ、運勢を下げたり、宿主の死を願っていて、天帝に密告するというとんでもないものです。どうにかしたいものですね。
さて、素直に庚申待ちをするというのもよいですね。単なるオールの飲み会になりそうですが。。。。そのうち企画しますねw
でも、防ぐ方法はないものでしょうか?

(参考 Wiki様:庚申信仰)

仏教では、庚申の本尊を青面金剛および帝釈天に、神道では猿田彦神が防ぐことができるらしいですね。これらを祀っている寺社仏閣にいってお願いする他、ここは一発、呪符(霊符、護符)、おまじない(お呪い)はないでしょうか?

ありましたw また呪符以外でも封じる方法があるようで。興味ある方は作法プラス呪符(霊符、護符)でお分けしますw

さて、運命の自由人=仙人を目指す私としては、実験君をしてみるしかありません。
皆さんもだんだんとお気づきでしょうが、運命改善・改革に向かうための命卜相(めいぼくそう)、命は四柱推命、卜は断易、相は方位や形状を示し、奇門遁甲、家相、風水、手相、顔相、姓名判断にまで及び、具体的な改善、改革には奇門遁甲、風水、姓名判断、呪符(霊符、護符)、神仏祈願や帰依にまで及び、更に各処置の実施には断易を以て事の正否で成功を選択せねば、人生はあっという間に終わってしまします。立体的運命改善、改革法の確立、更に、道の探求とこの世界は果てしないです。

引き続きよろしくお願いいたします。

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