お世話になっております。

先日は墓参を兼ねて富山へ。宇都宮から420キロ、4時間30分程度の旅です。天気予報では雨模様が伝えられておりましたので、ここはお不動さんに祈りつつ出発です。おお!晴れてきた!

IMG_1429.jpg

途中、上信越自動車道で、松代サービスエリアで休憩してますと、気になる看板が。「川中島合戦復元図」なるものが。

IMG_1431.jpg

おお!これは先日、ご紹介した「鶴翼の陣」の動画そのものの場所ではないですか。

(参考:梅花心易応用、必殺!満員電車占い(案))

妻女山に立て籠った、上杉謙信公を武田信玄公は2隊にわけ、一隊を妻女山裏手に回して裏から攻撃させます。世にいう啄木鳥戦法です。ところが謙信公もさるもの。その神懸かり的な直観で、敵が動く前に山を下り、信玄公のいる隊に攻撃をしかけてきます。これが世にいう車掛かりの陣。まあ基本は魚鱗の陣で、戦いに疲れた隊を新隊と車のように入れ替えていくところから車掛かりというわけのようです。

その様子を模写したのが、このSA工事時に出土した石でつくったこの庭園です。今、私の目線は謙信公の立ち位置。

IMG_1432.jpg

このまま、山を下り、信玄公本体に突撃をしかけます。これがNHKの大河のガクトなら「我に続けえ!」と。

(参考 youtube様:風林火山 GACKT謙信 CUT#43 )



IMG_1434.jpg


更に謙信公、神懸かり的に敵中を単身突破し、本陣に座す、信玄公に一騎打ちをしかけます。信玄公もさすがです、一歩も引かず山の如く座しながら対峙しています。

(参考 youtube様:風林火山 GACKT謙信 CUT#44 )



信玄公が軍扇で受けた際、3回交わしたはずなのに、7つの傷があったという。神懸かり的な謙信公の攻撃でした。

IMG_1435.jpg

真田家に由来のこの土地は、佐久間 象山なども輩出してきたのですね。

IMG_1437.jpg

なかなか歴史ロマンを満たしてくれるオブジェでした。昨今のサービスエリアもコンビニや飲食店、スターバックスなどの喫茶店などだけでなく、こうしたオブジェなどもあり本当に充実してますね。

さて、気を取り直して、いくつものトンネルを過ぎて、富山に達します。

まずはお寺に行き、お坊様に拝んでいただき、ゆっくりと拝ませていただきます。そうそう、持参してきた土砂加持、光明真言供養で作られた秘密の砂を墓石に掛け、そして勤行です。

IMG_1425.jpg

IMG_1426.jpg

土砂加持の奇跡譚は多く、地獄の仏に書ければ即座に成仏。病気の人に飲ませれば回復といろいろと。一通り拝みは終了し、近くのダイソーでビーチグッヅを買いつつ、「そうだね~。多分、この供養を受けた仏は真っ黒、灰色の世界からピカピカのカラーの世界になるぐらいの功徳をうけているんだろうねなど」と会話していましたら、知らない携帯から電話が。なんと、そのお墓に入っている直接の関係者からいきなり電話があり、あれよあれよとお伺いする羽目に。全くの想定外。やっぱり相当威力アリですね、土砂加持砂。(休み前で都内にいた際、自宅の在庫があったか気になったので補充しようと、都内の高野山別院さんや高野山真言宗の放生寺さんに電話しましたが、扱ってなかったです。一応、袋にも高野山金剛峰寺さんと書いてありますし、高野山大師教会さんにもありましたが。気になる方は、どちらかに連絡すれば通販で買えるはず、なんと500円w)

親戚の奥様の家にお伺いし、かなり久しぶりでしたが、いろいろと盛り上がりました。途中で、家系の話になり、いろいろと調べている話をしますと、「よく勉強されているから、これを持っていくとよいですよ」といただいたのは富山の郷土の村レベルの歴史、語り継がれる話などを集めたもの。これはありがたい!こういう本は今どき、地方の古本屋も潰れていて、東京の神保町の東陽堂などにしかないのです。

IMG_1444.jpg

数時間は御馳走をいただき御厄介になりましたが、「お茶をいれましょうか?」と、なんと奥様は裏千家系の師範の腕前。こっちは全く素人ですが、いろいろ作法など教えていただきながらお茶を楽しませていただきました。そうか越中・富山も前田家、百万石。織田信長公爾来、豊臣秀吉公、千利休につながる安土桃山文化、お茶の文化伝わっているのですかね。そういえば、映画、花いくさってありましたね、見に行くのもいいかもしれないな、などと。

(参考 youtube様:花戦さ)



さて、ご挨拶も終え、次は氷見温泉の(参考:永芳閣(えいほうかく) )さんに宿泊です。部屋からはオーシャンビューが良いです。

IMG_1538.jpg

夕食は船盛やら美食三昧。

IMG_1462.jpg

翌日は快晴。お不動様、ありがとうございます。ちょいと海水浴を。鳥尾海水浴場というところに。なかなかきれいな海岸です。

IMG_1507.jpg

最終日は、軽く午前中泳いで、富山を後にします。ちょっと行ってみたい神社が。石川県の白山比咩神社さんです。例の山道帰一さんのご著書(参考 Amazon様:「風水パワースポット紀行」)で気になりまして。一応御祈祷も受けてみました。

IMG_1558.jpg

IMG_1576.jpg

奥宮の祠が一番パワーがあるようです。

IMG_1574.jpg

帰りは、500キロの彼方です。今回のドライブの走行距離は、1080キロでした。たまにはドライブ三昧もよいですね。

引き続きよろしくお願いいたします。

(バナークリックお願いします!)


スポンサーサイト
お世話になっております。

本日も奇門遁甲の立向盤で吉方へ。今日は西でした。「これは昨日のリベンジで厳島弁財天社にいけるかな?」っと断易を立てると問題ありません。家を出る時間が11時で買い物ついでにでかけます。朝を食べず、お昼を現地でとる予定で調整します。

(参考:花之江の里で森林浴とココファームワイナリーでワイン試飲)

「出流山満願寺でお参りし、蕎麦と天婦羅食べよう」とでかけます。買い物では今夜の奇門遁甲パワーボックス作成の準備のため材料を購入にホームセンターへ。材料はそろいましたので、お寺へ向かいます。

今日は、お寺の方は、山の上は霧がかかっており何とも神秘的です。途中、巨大な石灰採掘の会社の工場をいくつもすりぬけていきます。
そして蕎麦屋街を抜けて一番奥にお寺があります。到着です、(参考:出流山満願寺)さん。ここは坂東観音霊場でもお馴染みです。

(参考:坂東三十三観音霊場の思い出)

IMG_1296.jpg

力があるお寺ですね。いい感じです。このお寺は日光開山勝道上人に所縁のお寺なんです。

IMG_1300.jpg

香炉でお香を立て、煙を体にいただきます。そして本堂で拝みます。

IMG_1301.jpg

実は本堂奥には奥の院があり、途中にお滝場などがあります。その奥の院は崖際に清水寺を思わせる神殿があり、その奥に鍾乳石を本尊とし、十一観世音菩薩本尊がおられます。今回は小雨が降っておりますので次回ですね。その神殿に昇るには梯子みたいなのを上らないといけないので。

次は、お待ちかねの蕎麦屋街に戻ります。どのお店も美味しいでしょうが、私の行きつけは、(参考:出流名物 手打ちそば いしやま)さん。

IMG_1311.jpg

いい雰囲気です。

IMG_1306.jpg

来ました、五合蕎麦と天婦羅です。うまい!蕎麦は少し緑がかっているようにみえ、相当新鮮なんでしょうね。コシがあって蕎麦の風味がうまい。閉めは蕎麦湯にて。

IMG_1310.jpg

天婦羅はカリっとうまし。塩で食べると野菜の素の味がまたうましです。

IMG_1309.jpg

フー満足、次は、名草にGOです。到着です。今度は妙な迷いなく。(参考 足利市公式サイト:名草厳島神社)

IMG_1314.jpg

おお、正面からでも気を感じますね。さて登り始めます。本殿まで1キロ程度でしょうか。ともかく、運動不足が祟り辛い辛い。でも、あれ?なんだ?暑さと湿気が酷いですが、体が熱く蒸気がでてきます。途中までは単に季節がらの暑さ、運動不足で傾斜を上っているからだと思っているのですが、途中からそうでないことに気づきます。ポーンと力が入っていく感じ。急に笑いがこみあげてきて、スキップしたり走り出したい感じ。きた!気が入ってきた。気が付けば小走りになっていました。

IMG_1318.jpg

つきました。強い気を感じます。疲れは全くなく体の中から笑いがこみあげてきます。これです、陽気が発生しています。

IMG_1321.jpg

IMG_1316.jpg

これは弁慶が割ったという岩。

IMG_1322.jpg

そして本殿です。凄いです、岩は高さ4,5メートルはありますか。

IMG_1324.jpg

本殿にいたりお参りします。本殿から、岩の方を見ます。結構怖いです、この橋。

IMG_1330.jpg

そして、橋を渡り、岩の上へ。ここで祈りつつ、岩に触れて、気をいただきます。体が熱い!体から蒸気というか熱気がでてきます。

IMG_1331.jpg

又橋を渡り本殿へ。

IMG_1332.jpg

そして、岩の前へ。

IMG_1323.jpg

IMG_1325.jpg

岩の中、胎内巡りへ向かいます。

IMG_1338.jpg

入口です。

IMG_1343.jpg

中です。不思議な空間です。

IMG_1344.jpg

出口です。出てから振り向きました。

IMG_1345.jpg

少し岩を前に気をチャージします。もういいかな。熱い。帰り道、上を見上げると、杉についた雨の雫が宝石のように輝いていました。凛凛とパワーを感じます。すげーなここw

IMG_1348.jpg

入口の鳥居をこちらから見ると、明らかにあちらとこちらの違いが分かりました。あれ?この感じどこかで。そういえば、この神社の創建は弘法大師ですね。まあ、実際は関東に来るわけないだろう?高野聖だろう?というのはさておき、日光含め栃木には来山説が多いのです。そして、この雰囲気に似ているのはあの神社、そう、日光のパワースポットとして有名な滝尾神社です。ただ、あそこは本殿の三本杉の裏手に駐車場が作られてから少しパワーダウンしている気がしますが、こちらは凛凛とパワーがありました。

IMG_1349.jpg

さて、折角なので入口近くにある釣り堀で鱒を釣り、焼いてもらいいただきました。(参考 facebook様:つりぼり 弁天屋)

IMG_1313.jpg

IMG_1312.jpg

IMG_1363.jpg

何か充実でした。ドライブの閉めは温泉ですね。いつもの(参考:栃木湯楽の里)様へ。

すっきりして、自宅で晩酌で、一日が終わります。

引き続きよろしくお願いいたします。

(バナークリックお願いします!)


お世話になっております。

実は先日、お客様から「どうも持っていると、イライラとしてきて心の中が掻き乱れるようになるだけでなく、回りからも平穏だったのが急に攻撃されるようになった、この御守をもらってから気がするので見てほしい」とご依頼がありまして、「一旦、身に着けるのをやめてください」といいましたら、さっと現象が収まったようでした。でもまだわずかに危険な気がするので、「では、そのお守りをアルミホイルで囲ってください」といいましたら、収まったと喜んでおられました。
その後、「お守りをお焚き上げした方いいか?」と聞かれましたので、断易を立てますと、もろ、因縁が関わっているのが卦にあらわれていました。用神は空亡で、刑もある。六獣は勾陳。どうも、先祖因縁なのでしょう。墓系の祟りですね。この行者の方ご当人が気付かないかぎり、このように信者にも被害がでるのでどうにもならないですね。もちろん、お焚き上げしてもらい静謐を取り戻したようでした。

さて、暦も隠遁に切り替わり、お客様の呪符のオーダなどもあり、そんなこんながある中で何らかの邪気を受けたのか、木曜夜ぐらいから風邪がひどくなり、土曜もグロッキー状態でした。これは宇都宮餃子で回復を狙うしかない!

宇都宮餃子と言えば、たくさんのお店がありますが、(参考:宇都宮・餃子専門店正嗣(まさし))、と(参考:宇都宮みんみん)が代表店です。前者は県外の人は中々知らないお店ですが、地元では有名なのです。カラッとした焼き上がりですね。

IMG_0956.jpg

これをタレに擦りニンニクをいれまして。

IMG_0957.jpg

うまい!なんとなく力が蘇ってきたような気がします。早めに就寝しました。

しかし、今日になってもまだグロッキーです。風邪は治っているの間違いないのですが体がガチガチ。呪符などを作成できる状態でもありません。このようなことは初めてです。これは良い気の聖地に行くしかない!ということで、とりあえず、南西が吉でしたので、高速で南西に向かいます。しかし、どこにいくんだ?状態です。うーむ、もう1時過ぎで今更、秩父は遠いし、そうだ、とりあえず、足利に向かおうと、とりあえず東北道を走っていたら、ぴかっとひらめいたのが、「そうだ!(参考:大岩山毘沙門天)は?これなら破邪顕正に良いだろうし、高い山の上で良い気をいただけそうだ!もう何十年ぶりだ、久しぶりだ」と。

--------------------------------------------------------------------------
大岩毘沙門天と呼ばれ、奈良の信貴山、京都の鞍馬山とともに日本三毘沙門天の一つとして知られています。天平17年(745年)、行基上人が純金像を祀るのにふさわしい場所を探していたときに夢枕に神人が立ち、大岩山を教えてくれたということに起源を発します。毎年大晦日の夜半から奇祭「悪口(あくたい)まつり」、元日早朝に「滝流しの式」が行われます。足利七福神めぐり社寺の一つで毘沙門天<開運厄除・学業成就>のお寺です。

--------------------------------------------------------------------------

北関東自動車道、足利ICで降り、一路、大岩山毘沙門天に向かいます。見えてきました。

IMG_0958.jpg

到着です。

IMG_0961.jpg

IMG_0960.jpg

IMG_0966.jpg

IMG_0964.jpg

IMG_0963.jpg


IMG_0974.jpg

IMG_0970.jpg


IMG_0971.jpg

御本堂でお祈りしまして、中に御守売り場などがあるようで、私も20年近く前ですが確かにここで、毘沙門天様の御影を購入し、自宅で祀っていたのです。余りに古くなりお焚き上げしたのですが、もし、掛け軸などあればよいななどと思いながら、ご挨拶しますと、お返事があり、丁度、ご住職が護摩行を終えたところでした。

ご住職「地元の野球部の若手さんたちがきて、護摩を焚いておりましてね。普段は毎朝5時30分と1日や縁日だけなんですが、今日は特別だったんですよ。随分、タイミングがいいですね、相当なご縁ですね」

私「そうでしたか、ありがとうございます。これからお護摩のお願いはだめでしょうか?」

ご住職「今日は例外だったので。翌朝、護摩は焚きますので護摩木を書かれるとよいです。とはいえ、折角来ていただいたので、心経一巻御唱えしましょう、こちらに」

私「は!では失礼します。」

と本殿に入れていただきました、ふと目に飛び込んできたのは、見事な御幣です。しかも五大明王の。

私「これは?!」

ご住職「それね、前の御祭りの際に、知り合いの御嶽行者の方がね」

私「見事ですね」

ともかく、暖かい気が体に入っていくのが感じます。これは来ましたね。方向効果でしょうか。

ご住職「では、塗香を。この心経のプリントもらってね。では始めましょう」

ご住職、徐に、修験道の修多羅袈裟をつけて、太鼓のところで、九条錫杖を唱えていただきます。ドンドンドン!と太鼓とお経の旋律が、何かしら、体を蝕んでいた邪気が破壊されていくような気がしました。そして、

ご住職「仏説、魔訶般若波羅蜜多心経~」

我々「観自在菩薩~」

完全に神仏の気を感じ、今までの気が変わったのが感じられました。

諸真言を唱え、終了しました。

ご住職「よく御唱えでしたね」

私「ありがとうございます。お仕事中に失礼しました。実は、こちらには20年ぶりでして、昔、いただいた御影を祀っていたのですが、古くなりお焚き上げしたので、新しいのがあればと。」

ご住職「そうでしたか。ちょっと待っていてくださいね」

で見せていたただいたのは、昔、頂いたのは、A3ぐらいのでかいものでしたが、小さいもので、ちょっと違う物でした。まあ、それでもご縁をいただくために良いかなあ。。。。と目の前にみるとなんと、掛け軸か。なんと、在庫ありw

私「ご開眼は?」

ご住職「やりましょうか」

といっていただき、即席でやっていただきました。感謝感謝です。

ご住職「やっぱり、土日だとこのようにお客様こられて良いのですが。。。土日は、法事が入りやすくてね」

私「ですよね。」

ご住職「先程、般若心経唱えていただきましたが、実は、宇都宮のNHKカルチャーセンターで般若心経講座をやっているのです」

私「貴重ですね、私も、実は、本職はITコンサルタントですが、副業で占い師をやっておりまして、密教、古神道などに興味をもっております。私の先生に真言僧の方がおりまして、般若心経のことや大乗仏教、密教のことなどお教えいただきました。ご講座、素晴らしいですね」

ご住職「そうでしたか。般若心経の解説やサンスクリットや。あそこにあるでしょう?あとね、御詠歌なども」

私「意味が分かって唱えることが大切だと聞きました。御詠歌ですね、そういえば前回行ったー高野山の奥の院の休憩所のところで拝見しましたね」

ご住職「高野山開山1200年大祭の時ですね?私も参列しましてね、90歳の母連れていきましたよ。私の伝授いただいた御詠歌は金剛流といってね。私は豊山ですが、今回の大祭もそうでしたが、高野山は伝授させてくれというと受け入れてくれるんだよね」

と、終始、飾らず、フランクに話をしてくださるご住職は本当に素晴らしい方だなと。カルチャーセンターも良さげですね。

(参考:般若心経 ~お話と写経~講師 真言宗豊山派 大岩山毘沙門天最勝寺住職 沼尻 了憲)

IMG_0972.jpg

護摩木などのお願いして、本堂を後にしました。少し上に行くと展望が開けます。ここで、深呼吸をして邪気を完全に払います。あとは、温泉が必要!

IMG_0976.jpg

いつもの(参考:栃木温泉 湯楽の里)に入ります。本当に疲れていると、30分、1時間もずっと同じ場所で入っていられますね。今回はそんな感じです。

流石にすっきりしました。帰宅後、新潟の弥彦神社で買った金の御猪口で地元の酒で更に良い気を頂きました。なんとか週明け仕事に復帰できそうです。

IMG_0987.jpg

引き続きよろしくお願いいたします。

(バナークリックお願いします!)


お世話になっております。

昨日は日光へ。奥日光に一泊し、東照宮で陽明門が修復が完了したとのことで行ってみましょうかと。

勿論、いつもの奇門遁甲はチェック済みです。宇都宮からですから2時間かからず中禅寺湖に到着します。チェックインまで時間がありますし、中禅寺湖の歌が浜で写真を。気温は暖かく小さな虫がたくさん飛んでいました。この辺で海抜1000メートルはあります。

IMG_0242.jpg

チェックインまで時間がありそうだと近くの(参考 食べログ様:メープル)様で遅れたお昼を。

IMG_0247.jpg

中禅寺湖を見ながらの食事は格別でした。

IMG_0251.jpg

次は一気にホテルへ。戦場ヶ原を超え、奥日光湯の湖畔の温泉郷へ。こちらは(参考:奥日光小西ホテル)様。こちらは、前からよく日帰り入浴には来ておりまして、湯質や雰囲気など良いとよく知っていての予約でした。ともかくこの湯の湖温泉郷の湯質は半端ないっす。

IMG_0258.jpg

夕食まで時間がありますので、ちょっと湯の湖を散策を。やっと春が終わった感じです。こちらは海抜1400メートルの場所です。でもさほど寒くなく丁度良い感じでした。

IMG_0262.jpg

湖畔を少し歩くと、野鳥の声などが聞こえてきます。癒されますね。

IMG_0272.jpg

ホテルへ戻って温泉へ。この白濁の湯がたまりません。夕食もとても美味しかったです。

IMG_0289.jpg

夕食が終わってロビーに参りますと何かイベントが。(参考 Wiki様:投扇興)大会が行われていました。

----------------------------------------------------------
投扇興(とうせんきょう)とは日本の伝統的対戦型ゲームの一種である。桐箱の台に立てられた「蝶」と呼ばれる的に向かって扇を投げ、その扇・蝶・枕によって作られる形を、源氏物語や百人一首になぞられた点式にそって採点し、その得点を競う。
投扇興の起こりは江戸時代の中期、安永二年 (1773) の頃の京都であったとされている。中国伝来の投壺(とうこ)という遊びがあったが、これは作法やルールが煩わしく、誰でも手軽に遊べるものではなかった。そこで女性や子供でも、手軽に楽しめる遊びとして投扇興が考案され、庶民の間で大流行した。しかし、投扇興が賭博に利用されることもあり、幕府からたびたび禁止令が出さることもあった。そして明治以降は、西洋化の影響などによって投扇興も、ごく一部の人の間で楽しまれる程度に衰退していった。戦後になって復古され、現在は大小の団体が様々なルールや形式を用いてそれぞれ活動している。またマスメディアによって、度々取り上げられ、認知度もかなり上がっている。

(ルール)
流派によっても違うが、緋毛氈の中央に的を置き、投者2名が向かい合って扇子を交互に10回程度投げて、合計得点の高いほうが勝者となる。投げる距離は0.9 - 1.8m。距離が近い流派の場合、投げる際に前かがみになってはならない、など制約がある。
----------------------------------------------------------

枕(台)の上に置かれた、蝶(的)を目がけて、投扇興用の扇を投げます。

IMG_0302.jpg

点数表の紙が渡されまして、まずは練習を続けます。右手の手の甲の代に関節あたりに扇をのせ、親指を添え、まっすぐ振り下ろすと、扇がふわっと飛んでいきます。

IMG_0324.jpg

単純に蝶を落とせばよいのではなく、落ちた結果、蝶が立っているとか、扇と位置関係で点数が大きく変わるようです。内容とは百人一首などをが使われえており、なんとも雅な雰囲気の遊びです。中々楽しめました。

たっぷりと温泉を堪能しまして、翌日、宿を後にしました。また来たいですね。マナー、サービスも良い素晴らしい宿でした。

さて、日光市内まで降りてきてへ東照宮へ向かいます。ゴールデンウイークですし、陽明門修復イベントもあり、混んでますね。

(参考:日光東照宮)様です。

IMG_0340.jpg

三猿です。

IMG_0352.jpg

続いて陽明門です。綺麗に修復されているようです。

IMG_0358.jpg

IMG_0361.jpg

この門の上に北斗七星が輝きます。門をくぐり、本殿でお祈りした後、奥の院へ。眠り猫がいます。

IMG_0374.jpg

細い回廊を辿っていきます。階段は若干多く200段程。

IMG_0378.jpg

途中でこのような看板が。胸に響きますw

IMG_0383.jpg

ついに奥の院へ。

IMG_0385.jpg

こちらが家康公の墓所です。

IMG_0388.jpg

家康公は一度、静岡の久能山東照宮に埋葬された後、武者行列しながらこちらに運ばれました。隠宅風水で行う二度葬ですね。徳川将軍家の墓は日光は、東照宮の近くにある(参考:大猷院)に三代将軍の家光公の墓所があります。あとは東京の上野の寛永寺、芝の増上寺の3箇所になっています。特に芝増上寺では戦時中、爆撃でお墓が破壊され、中の水銀処理されたミイラがでてきたようです。二度葬の中にピラミッドにつながるような半永久的に子孫にパワーを与えるような思想がありそうですね。水銀は、高野山の弘法大師の奥の院でもでてくるキーワードであります。

この辺のお勧め本は、東照宮の文庫長の方が書かれた、(参考:日光東照宮の謎)がお勧めです。

吉田神道に人を神にして祀る技法が伝えれており、実は家康公の前にこれを実施した人物がおりました。それは誰か?

阿弥陀ヶ峰、(参考 京都観光Navi様:豊国廟(駒札))の豊臣秀吉公です。

上に挙げた日光東照宮の謎にこのことが詳しく書かれています。秀吉公も実は神になっており、豊国大明神(とよくにだいみょうじん)という神号です。この辺の経緯は歴史的にもかなり面白いですし、密教、神道、そして風水的な観点でとても興味深いと思います。

こちらの東照宮や奥の院の場所は、恒例山という小さな山の峰に建てられておりまして、元々は、日光開山勝道上人の墓所があったようですが、奥の院から表鬼門、北東に位置する現在の開山堂に移動されています。対して、裏鬼門、南西に家康公を日光に祀った人物であり、信長公によって焼き討ちされた比叡山の復興をはじめ、寛永寺と共に天台宗中興の祖といえる、徳川幕府の黒衣の宰相と言われた天海、慈眼大師の墓所があります。西は三代将軍、家光公の墓所があります。このように日光山内でも霊的な結界が張られているのです。勿論、その他の歴代将軍の墓所がある、東京の寛永寺、芝増上寺と結ぶと、日光と江戸を結ぶ霊的結界がみてとれます。

日光山は1200年前からの古い山岳信仰がありまして、熊野信仰、出羽山岳信仰などとも深い関わりを持っておりました。日光三山にはそれぞれ神仏が習合されています。神仏習合の世界観です。さらにこの古代信仰を活かす形で東照大権現、山王一実神道の世界観が組まれています。

奥の院の場所は、関東平野全域の巒頭(らんとう)としてみなした最強の龍穴(りゅうけつ)、もはや徳川家だけの風水を超えており、徳川の繁栄だけでなく、江戸、東京は、日本全域に影響を及ぼす風水装置が作られており、そしてその起点となるこの場所は重要な場所であるといえるでしょう。

家康公は400年前にその基礎を作ってくださった、と頭が下がるばかりです。前の記事でも書きましたが、都市の基礎となる治水の点で、元々、江戸は荒川、墨田川、江戸川、そしてなんと利根川まで江戸湾に流れ込んでいた、首都にするには不適切な土地だったのです。それを利根川を銚子に東遷事業を50年かけて今の江戸が完成しています。このようなハードウェア面を補うのが、風水という霊的な仕掛けです。まさに家康公は、その馬印「厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)」そのものに、江戸の枯山水を浄土に変えてしまった。

(参考 Wiki様:厭離穢土)
----------------------------------------------------------
厭離穢土 (おんりえど、えんりえど)とは、浄土教の用語。欣求浄土と対句で使われることが多い。読みは、おんり-が一般的だが、辞書によってはえんり-を採用しており、逆におんり-は誤りとするものもある。この娑婆世界を「穢れた国土」(穢国)として、それを厭い離れるという意味であり、阿弥陀如来の極楽世界は清浄な国土であるから、そこへの往生を切望するという意味。語源は、源信の『往生要集』冒頭の章名に由来するが、その内容は「欣求浄土」とともに、浄土教思想の基本的特質を表している。
厭離穢土欣求浄土」は戦国時代、徳川家康の馬印に用いられたことで知られる。松平元康(後の徳川家康)は、桶狭間の戦いで今川義元討死の後、菩提寺である三河国大樹寺へと逃げ隠れた。前途を悲観した元康は松平家の墓前で自害を試みるが、その時13代住職の登誉が「厭離穢土欣求浄土」と説き、切腹を思いとどまらせたと言われる。すなわち、戦国の世は、誰もが自己の欲望のために戦いをしているから、国土が穢れきっている。その穢土を厭い離れ、永遠に平和な浄土をねがい求めるならば、必ず仏の加護を得て事を成すとの意味であった。
----------------------------------------------------------

(参考:「風水都市『東京(江戸)』における四神相応と『五帝霊符』について 」)

奥の院からふと北東方向をみながら、目を閉じると、まるでドローンにつけられたカメラのようにこの辺の風景がイメージできます。このあたりのハイキングコースはくまなく歩いており、イメージできるのです。山から下りれば、パワースポットとして昨今有名になりつつある滝尾神社が。滝尾神社から石畳の歴史散策路を南に下り、開山堂、そして山内に至り、四本龍寺から神橋へ。そこからまた北に戻れば、輪王寺の各院のお寺などがあり、輪王寺が、そして東照宮の正面へと。西に大猷院、南西の大黒山に慈眼堂が。日光の風水曼荼羅がイメージできる気がします。

このような日光山内の俯瞰イメージをしたら、今度は意識を高いところにもっていくと、家康公が終生愛した富士山から発した龍気は実は男体山の頂上から見えるのですが、日光三山(男体山、女体山、太郎山)に至り、そこから龍は東照宮の龍穴から吹き出し、平野へ驀進します。時折小さな山など山海を生みながら。男体山からスカイツリーの海抜634メートルと同じ高さの東照宮から発した龍のエネルギーは、波打ちながら日光街道を下り、東京の皇居に至ります。皇居は東の丸、西の丸と太極図のような構成となっています。ここで龍が太極でうねりながら、天空に駆け上がり、天から関東全体、日本全域に気が降り注ぐようなイメージが持てます。

観想を終え、目を開けますと心地よいパワーが満たされておりました。しかしまあ、このようなことをビジョンをもたれていたのですかね、慈眼大師は。凄すぎますね。良い満足感に満ちつつ、東照宮を後にしました。

そうだ!先日の達磨の自分の開眼のために霊水をとらないと。二荒山神社により、霊水をいただきました。神泉苑入口にはこのようなアニメキャラが。昨今多いですねw

(参考:達磨の里にて師匠様から達磨式開運ポイント、達磨寺にて鎮宅霊符神のご神徳賜りました )

IMG_0409.jpg

さて、自宅に戻り晩酌にします。

引き続きよろしくお願いいたします。

(バナークリックお願いします!)


お世話になっております。

昨日は西方、11時からは天盤:丁、地盤:甲で青竜援軍(吉)、天補星、休門、九地で総合的に良しです。

さあ、いつも傍らに小野先生の著書(参考 Amazon様:最新 奇門遁甲術入門 世界の華僑に巨万の富をもたらし続ける秘中の勝占)を開きましょうw

〇丁甲:青龍援軍
--------------------------------------------------------
(意味)薪という燃料を得て、炎が勢いよく燃え上がっている象である。丁奇の頭脳の良さが遺憾なく発揮され、物事が気持ちよく調和されていく意味である。多くの人たちに支持され、王道を歩んでいくだろう。
--------------------------------------------------------

内容良し!ですね。西かあ。。。長野善行寺でも?ちょっと遠いですね。それに百観音霊場の締めにいきたいのですよね、現時点で、坂東霊場三十三観音霊場、秩父三十四観音霊場は満願しておりますので、西国三十三観音霊場を終えれば、その締めにいくのが一番良いのですよね。なかなか近畿攻めきれてないw

(参考:坂東三十三観音霊場の思い出)
(参考:開運ツアー『秩父観音霊場』の思い出 )

「達磨の絵付け体験にいこう!」などという人がいます。じゃ、それにしましょう!

やはり吉方。なんとなく邪魔が入るような感じを感じつつ、高速道路で向かいます。途中、何かトイレ行く人いない?と気になり案の定、高崎ICを降りて一般道に入ってもなかなか左側にコンビニがないです。あーいう感じにでるんだ、と納得。と言っている間についてしまったので、良かったですが。

到着です。

(参考:だるまのふるさと 大門屋)様。

IMG_0183.jpg

大きな達磨、たくさんの達磨がお迎えです。

IMG_0184.jpg

IMG_0185.jpg

体験では、一回目はこちらから選びます。

IMG_0191.jpg

私は金のやつを。

IMG_0190.jpg

暫し前の組の方が終わるのを待ちます。その間に見回っていると、なんと前ブッシュ大統領に達磨を渡している写真が。

IMG_0193.jpg

あちらが工房です。ある種、神域らしく、おしゃべり厳禁のエリアらしいです。

IMG_0192.jpg

いよいよ時間がきて、達磨作成の匠であらせられる中田純一様にご指導いただきます。まさに達磨師匠様!

IMG_0196.jpg

達磨師匠様「ここに来た方はみな遊び気分でくるが、今回の達磨は誰のために絵付けするんですか?」

私「これは勿論自分のためですね」

達磨師匠様「ならば、いい加減な気持ちで作って願望が達成すると思いますか?」

私「それは絶対ないですね。そりゃそうです」

達磨師匠様「あと、目を入れるのは知っておられると思いますが、達磨さんってのは片目を入れられて、願望を達成するために頑張ってくれるんですよね。あと片目をいれてもらうために。で、その願望をご自身が頑張るわけだから、他の人に入れてもらうのはどうなんだろうと思いますよ。だって願望に向かって頑張るのは自分ですからね」

確かに納得いくお話しですよね。ただ、神仏信仰者としては、特に真言密教的な発想をする私ですと、三密加持、つまり、神、行者、人(信者)が揃うと成就するような発想がありまして、とはいいつつ、人たる我々信者も達磨師匠様のいうぐらい、気持ちを入れ、本気で願いを込めることが大切なんだと思いました。そう、行者が代わりに願望達成のために身代わりになることはありませんから。あくまでその機縁、偶然、僥倖、タイミングを作ってくれるのが神仏であると考えております。その神仏に人(信者)より修行して作法を以て取次してくれるのが行者さんという理解です。でも、この師匠様の考え、重要かと。

さて、塗り方を師匠様にやっていただき、こちらもトライです。筆とサンプルがあります。

IMG_0199.jpg

完成です。乾かしてもらい、袋をいただきます。

達磨師匠様「どうでした?筆の持ち方難しかったですかね。あと一つ難しかったことありませんでした?」

私「一生懸命書くのですがなかなか」

達磨師匠様「そうです、真剣になるから難しくなった。それが大切です」

とまあ、まるで禅問答をいただいたような。そんなこんなで、少しお話しさせていただきますと、目の前にたくさんある達磨は中尊寺さん向けらしいです。ご供物用らしく。全国の寺院ご用達は本物。

IMG_0197.jpg

達磨師匠様「これからどこいかれますか?」と最初の厳しげな顔から優しいお顔になり、お言葉。

私「いえ、達磨寺にいって、その辺散策ですかね」

達磨師匠様「でしたら、鼻高展望花の丘に行かれるとよいです。山と平地の境目のような場所で、赤城山、子持山、榛名山、妙義山、浅間山などが見渡せる素晴らしい場所です」

私「なるほど、昔、赤坂の大企業にお勤めの一流大学出の若い方が、群馬出身の方で、僕の生まれた場所からは毎朝、たくさんの山がまるで朝日にお辞儀をしているかのような場所でした、と言っておられましたが、それを思い出しました。良い土地には良い人が生まれますね。」

達磨師匠様「いやいや、そんなことは」

っとご謙遜していましたが、群馬には有名な政治家など多いです。達磨師匠様しかり。良い土地は人を育む、なるほどです。

大変有難いお言葉と達磨を手に入れました。ありがとうございました。

さて、次は(参考:少林山 達磨寺)様です。
-----------------------------------------------
(ご縁起)昔、碓氷川のほとりに観音様を祀るお堂がありました。ある年の大洪水のあと、村人たちが川の中から香気のある古木を引き上げて霊木として観音堂に納めておきますと、延宝八年(1680)一了居士いちりょうこじという行者が霊夢によって訪れ、信心を凝らして一刀三礼、達磨大師の座像を彫り上げ観音堂にお祀りしました。この噂は「達磨出現の霊地・少林山」として近隣に広まりました。その頃の領主・酒井雅楽頭忠挙公さかいうたのかみただたかは厩橋城(前橋城)の裏鬼門を護る寺として、水戸光圀公の帰依された中国僧・東皐心越禅師とうこうしんえつを開山と仰ぎ、弟子の天湫てんしゅう和尚を水戸から請じて、元禄十年(1697)少林山達磨寺(曹洞宗寿昌派)を開創しました。享保十一年(1726)水戸徳川家から三葉葵の紋と丸に水の徽章を賜い、永世の祈願所とされました。
-----------------------------------------------

社務所も達磨だらです。

IMG_0211.jpg

社務所から本堂への階段です。

IMG_0210.jpg

こちら本堂です。供養用の達磨がたくさんありますね。

IMG_0224.jpg

徳川家にご縁深いようですね。正に達磨のお寺です。こちらでも絵付け体験できます。達磨堂の横にも社務所がおお!達磨開眼について書かれていますし、何気に横には鎮宅霊符の祈祷のご案内があります。

IMG_0200.jpg

私の場合は、持ち込んだうえで、達磨大師の開眼供養をお願いしました。こちらの達磨を買った場合は300円、持ち込みは500円。達磨大師の前で開眼してくれ、小さな点を入れてくれます。帰宅後、大きく塗りつぶすのです。この時、先の中田達磨師匠の念入れ作法をすれば倍増ですわw 勿論、霊水をとってきて、我が家の神殿で勤行して入れますがね。ひっひっひw マニアは徹底するのですw

お坊様が達磨堂にこられ、一個ずつご開眼儀式。無事、達磨開眼も終わり、小さな点をいれていただき、背中に御札を張っていただきます。

IMG_0202.jpg

吉方にきたら、香炉の煙を全身にすりつけるだけでなく、この開眼達磨も煙に浴びせます。15時から鎮宅霊符神の方位除け祈祷をうけます。受付は下の社務所です。こちらでも達磨開眼や写経受付などや休憩エリアには仏教書なども拝見できそうです。日差しが暑いですが、暫し、庭を散策。ツツジが美しい。

IMG_0217.jpg

時間が来たので本殿にあがろうと。鎮宅霊符神の木札が本殿に。

IMG_0219.jpg

本殿に入りますと、初めてです。鎮宅霊符のこのような大きな神像を拝見したのは。これは凄い。壇の手前に玄武、妙見神、又の名を玄天上帝の象徴たる亀に巻き付いた蛇の神像も。

お坊様がきました。禅宗さんが何がいいって、大般若転読でしょう。これがめちゃくちゃご利益があるというものです。ご真言を唱えながらやっていただけるのです。

(参考 Weblio様:転読)
----------------------------------------------------
①法会において,経の題名と初・中・終の数行を読み,経巻を繰って全体を読んだことにする読み方。大部の経典,ことに大般若経で行われる。略読。転経。 ↔ 真読
②経典をきちんと読むこと。読経。
----------------------------------------------------

お経の読み方って声を出す、目で読む、とかいろいろありますが、転読は経典をアコーディオンのようにブワーっとめくりながら、一回読んだとする作法です。これは真言が伴い、僧侶が伝法を受けないと使えない作法であります。ご利益はこの転読の風をうけるだけで地獄に行かないとかいろいろあるらしいですが、今日はこの辺にしておきましょう。

御祈祷が終わってお坊様から。「お札自体は神棚に設置いただきますが、こちらの御焼符は燃やして、丑の刻、2時にご自宅の四方に巻いて清めてください。やり方はこちらにありますから。」

うわー凝ってますね。流石。2時ってw 神秘行は何かと丑三つ時が多いですが、天魔外道の時間でもございます。

おお!清々しく力に満ちてお堂を後にしました。ありがとうございました!

続いて、達磨師匠様に教わった(参考:花高展望花の丘)様です。

更に先にある農園に行き、ブルーベリーアイスを食べました。風景よく美味しさ倍増です。

IMG_0232.jpg

凍ったイチゴが激うまでした。今日は節季は立夏です。暑い!

IMG_0233.jpg

おっ!やばい、16時。17時から奇門遁甲の時盤とらなきゃ。17時前に建物に入らないと。温泉はどこにいきますかね。

(参考:相間川温泉ふれあい館)様に決定!

やはり細い道にダラダラ車でぎりぎりの到着となりました。なんとか10分前。Good Jobです。

IMG_0237.jpg

お湯は茶色から灰色っぽく濁っており、鉄っぽく、味は塩っぽいです。源泉かけ流し。湯質良いです。すっかり温まり、ご飯を食べてから帰宅しました。

引き続きよろしくお願いいたします。

(バナークリックお願いします!)