お世話になっております。

自宅に帰ってくると、日光山中善寺から吉祥天秘仏公開時に吉祥天の特別符を買った人に厳選なる抽選結果とのことでとかで、中善寺の天然姫鱒スモークを送ってくれました。へーそんなのあるんだと。兎も角ありがたや。

(参考:奇門遁甲ドライブ、「【日光開山1250年記念】吉祥天初公開」、「奥日光湯元温泉」 )

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このお土産物をつくったのは中禅寺湖畔、中善寺近くの(参考:レストラン メープル)さんとのことでした。去年に温泉に宿泊に行った際によってましたね。

(参考:奥日光温泉と東照宮修復完了した陽明門をご参拝 )

何気に吉祥ですし、日光に呼ばれているのでしょうかね。

さて、本日は霊符・呪符の更新のご依頼のお客様のために、霊水を求めに。本日は北西の未時に日盤:乙巳(地遁)、開門、時盤:丙甲(飛鳥跌穴)、生門が開きます。流石、この霊符のご依頼者の方のご人徳でしょうか、こうサクサクと吉門がくるとは。

高速道道路で途中のドトールで朝食です。

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1時間ぐらいで日光いりし、30分ぐらいで中禅寺湖まで到達します。

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幸いなことに雪はなかったです。途中、遅い車がいてやはり吉門でした。初詣に行った時より道路に雪はなかったです。男体山も戦場ヶ原も少し雪が少なめでした。

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ぎりぎりで奥日光 湯元にある(参考:日光高原ホテル)さんに到着です。一刻の境前に到着しないと。

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こちらは源泉を2つ引き込んでいます。一つ目が高原の湯、そして露天は天空の湯。確かにこちらは海抜1,200メートルぐらいあります。雪がちらついています。

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白濁の湯が凄いです。熱くじわっと体にきます。デトックスが抜けていきます。

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次は男体の湯に。

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こちらのが少し温めでした。丁度、先日にお送りした「開運コンサルティング人生戦略報告書」が本日午前中に到着しておりまして、そのお返事のメールを露天で受け取りましたw 「精度の凄さに改めてかんたんしました。」とのお言葉や、過去の大運の流れや今後のへの指南内容にご納得のいく内容であったようです。本当によかったです。お客様の弥栄なること、祈念しております。

(参考:仙蓼(せんりょう)を見つつ神遁を得て四柱推命三昧の境地に入る )

ふと、また雪が舞い、空を見上げると錯覚か、白い雪が舞う空に飛鳥が飛び立っていったように見えました。日本国大小神祇、ありがとうございます。

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すっかり堪能いたしました。一刻の境が終わり、次はいろは坂を下りて、清滝の清滝神社に向かいます。こちらは日光山輪王寺ご管轄の青龍寺跡地。由来は弘法大師が開祖、円仁も来山したお寺跡地で、写真にもありますが、「青龍権現別当勝福山金剛成就陰青龍寺」というお寺でもあった場所で、密門の灌頂道場であった聖地です。

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(参考 栃木県神社庁様:清瀧神社)
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この地は、弘仁11年(820)弘法大師によって開かれ、社名・地名・滝の名が「清瀧」と命名された。
空海が遣唐使として中国大鷲山清瀧で修行、その地形と相似していることからの命名と伝えられ、往時は日光山の僧侶の得度式や修験者の修行に用いられ、一方氏子は産湯、延命長寿、末期の水として日々の生活に大いに活用されてきた。
現在著名な「湯立神事」もこの霊水がもちいられている。また「照手姫化粧の池」もこの霊水で、この霊水により美人効果の誉れが高い。
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何が重要かってこの霊水は未だに輪王寺の重要な護摩に使われてているそうです。昔から伝わる作法、儀軌(ぎき)にあるのでしょうね、ここの霊水をつかえと。この三日月は満ちる三日月にて吉祥。

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まずはお祈りし、お水を賜る理由等を述べ、お祈りします。ふと、オーブ入りの写真がw ぐぐりますと「白色のオーブが頻繁に撮れる場所は、その土地が守られる場合に見られることもあります。その土地は高いエネルギーがあると考えられるでしょう。」などの文言とのお言葉を確認でき、ホッ。

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この重要な霊水を飛鳥跌穴の気が奥日光の源泉の温泉から全身に宿っている状態で賜ります。裏の滝場は真っ暗で危険ですので引き込んでいる手水舎から。

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流石にクタクタですので一旦寝まして、早朝に霊符を作成です。


引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

改めましてあけましておめでとうございます、本年もよろしくお願いいたします。皆様も初詣など行かれたでしょうか?
私は先日の3日には(参考:日光山輪王寺)(参考:日光二荒山神社)で霊水を取得、(参考:中禅寺)などをお参りし、その足で那須の(参考:波切不動尊金乗院)様へ伺いました。

朝7時の護摩を受けるため、4時半に起床です。車に来るとまだ月がでていました。前日は満月、スーパームーンでした。

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日光宇都宮道路を北西に北上していきます。太陽が昇り始め、地平線が赤くなっていきます。なんと日光は前日、大雪が降った直後でした。神橋も雪化粧です。

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三仏堂もです。

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三仏堂から護摩堂に向かいます。輪王寺を知らない方も結構いるようですが、元々は1200年前の勝道上人の開山から始まり、400年前、徳川幕府の庇護のもと、戦国時代に宗教勢力が武装して大混乱になったのを静謐させるため、また、元々、天皇家の下、国家の宗教大学の立ち位置にあった(鎌倉期にたくさんの宗派の教祖を生み出したり関連があります)天台宗を中心に、更に、山王一実神道として、元々あった神仏習合を継承しつつ、宗教と政治、武力の分離をする上に当たって、頂点に置いた宗派の最も権威をもたせたお寺であったようです。ですので、この輪王寺、東京上野の寛永寺、比叡山の「三山管領宮」に天皇家の血筋の方々が担ってきたようです。

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明治の頃から日光は輪王寺・東照宮・二荒山神社の三カ所が参詣所とされ、それぞれの境内は、いつも賑わっています。しかし、それ以前は「日光山」としてひとつに包括された関東の一大霊山だったのです。奈良時代の末、勝道上人によって日光山は開かれました。四本龍寺が建てられ、日光(二荒)権現もまつられます。鎌倉時代には将軍家の帰依著しく、鎌倉将軍の護持僧として仕える僧侶が輩出します。この頃には神仏習合が進展し、三山(男体山・女峰山・太郎山)三仏(千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音)山社(新宮・滝尾・本宮)を同一視する考えが整い、山岳修行修験道(山伏/やまぶし)が盛んになります。室町時代には、所領十八万石、500におよぶ僧坊が建ちならび、その隆盛を極めます。
江戸時代、天海大僧正(慈眼大師/じげんだいし)が住職となり、山王一実神道(天台宗)の教えで「家康公」を東照大権現として日光山に迎えまつります。「輪王寺(りんのうじ)」の称号が天皇家から勅許され、さらに慈眼大師(天海大僧正)・三代将軍「家光」公が新たにまつられ、「日光門主」と呼ばれる輪王寺宮法親王(皇族出身の僧侶)が住し、宗門を管領することになりました。法親王は14代を数え、幕末に及びました。明治になり、神仏分離の荒波を越えて現在の「輪王寺(りんのうじ)」があるのです。
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護摩を受けて、東照宮に軽く挨拶しつつ移動です。

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今度は二荒山神社でお参りです。

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神宮大麻、二荒山神社玉串などを購入です。

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隣の二荒霊泉に参ります。この巫女キャラ、昨年同様設置してありました。かわいいですね。
 
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(参考:初詣、1月3日は日光、一筆書きの芸術を堪能、ラストは那須へ )

こちらに入苑するには、霊水や御土を取得するには千円以上お気持ちを出す必要があるようです。前はなかったですね。別に構いませんが、渡されたお守りについた注意書きには、湧水を過大にとらないでください、迷惑行為をやめてください、などと書いてあり、そういう連中がいたことが想起されます。そういう方々にいいたいのですが、聖域に入った以上、その言動や想念は神仏がじっとみておられます。寄りによってこのTPOでそうしたことをすると、クリティカルに運に影響する事、理解された方がいいと思います。(勿論、聖域以外でも同じですけどw)

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霊水をいただきました。こちらは、奥の院的な滝尾神社の全国の酒業者が信奉されるという酒の泉からの湧水と、東照宮奥の院がある恒例山の湧水を引き込んでいるようです。前者の奥には女峰山があり、後者は男体山の山塊の流れとするなら、男性原理と女性原理の合体、陰陽を意味するのでしょう。実際、東照宮奥の院の北東に位置する勝道上人の開山堂には陰陽石なる場所があり、滝尾神社の奥にも子宝石がありますし。

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鳥居からでると、丁度、風が吹いてきて、大杉についていた雪が降り注ぎ、光と雪が全身を包み凄い状況に。なんとなく吉祥かと。

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常行堂です。雪のせいか珍しく閉まっています。右側の渡り廊下みたいなところに奥の山への道があり、そこが大黒山という山で、家康公の黒衣の宰相、慈眼大師・天海大僧正の墓所と、その奥に、幻の東武皇帝、北白川宮能久親王の護王殿があります。今は一般には非公開になっているようです。北白川宮能久親王は最後の輪王寺宮の方。そもそも、東国に皇族を常駐させることで、西国で皇室を戴いて倒幕勢力が決起した際には、関東では輪王寺宮を「天皇」として擁立し、徳川家を一方的な「朝敵」とさせない為の安全装置だったという説もあったようです。

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輪王寺に戻ります。雪道が叙情をそそります。

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三仏堂は表からお祈りさせていただきました。香炉の煙はいただきました。

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さて、次は、中禅寺湖に向かいます。男体山は雪雲で全く見えません。いろは坂は雪道です。それは良いのですが、登りの雪道で怖いのは停車してスタック状態になることです。途中で路線バスが超低速で走っており、渋滞気味に。しかも雪で片側しか除雪されておらず、これは危ないですね。

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何とか無事に登れましたが。中禅寺湖までくるとぞっとするような別世界です。中善寺の方へいくと、地吹雪が道路を舞っています。中善寺到着です。誰もいない!w まあ、この大雪でまだ9時ぐらいですから。

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受付をすませて中に入ります。

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千本桂も雪に覆われています。

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手水をするお不動さんの場所も極寒。

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ここ数年は雪があっても男体山は見えていたのですが、暑い雪雲に覆われています。

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っと思いきや、真面目に実話ですが、急に湖の方の空に晴れ間が見えたと思ったら。

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どんどん山の雲がなくなって男体山が顔をだしました。これは吉祥でしょう。

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柴燈護摩のお不動さんにもお参りです。

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波之利大黒天(はしりだいこくてん)さんに外からお参りし。

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千手観音堂へ。太陽がでてきました。神々しい。

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こちらには、日光開山勝道上人が立木に掘った十一面千手観音像があります。なんと根がある状態のままだとか。この観音様も霊験深く、日光山中善寺さんの坂東霊場向けホームページのご住職のお話しで見たのですが、一心に祈る男性がいたので、どのようなご縁でそのようにお参りされるのか?聞いてみると、その男性は数年前、会社経営に失敗し、華厳の滝で自殺を覚悟して最後のお参りに来たそうですが、祈り始めると頭の中に「死んではいけない。」と声が聞こえ、心を持ち直したこの男性は一心不乱に仕事をして見事に復活されて、お礼参りでこられたいたそうです。本当、お優しいご尊顔に癒されます。こちらには福銭が売っておりこれはお勧め。上にある五大明王堂にいき、いつもの宝槌1年祈願をします。こちらは毎日、祈願者の皆様をご住職が祈ってくれます。お勧めです。

すっかり湖が見えるようになっていました。

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南無日光三所大権現、今年もよろしくお願いします。

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さて、下山です。いろは坂下りも雪が酷いですが、スタックするよりは滑っても落ちる方が確実に降りれるかもw そのまま那須方面へ。那須の方も雪が降ったといっても、中禅寺湖までいってきた私にとっては平地の雪でしかありませんw

さて、程なく、波切不動金乗院さまに到着し、護摩の申し込みをして、お寺内を散策します。

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こちらは高野山真言宗のお寺で、九州ご出身のご住職に聞いたお話しですと、ご住職がこちらに赴任した際には、赴任を断ろうかと思った程、寂れた状態だったようです。実際、何人か本山に帰った後に赴任されたようですが、不思議とご縁あり、今に至ったとか。それを少しずつ信者さん達と共にここまで立派なお寺にされたようでした。一山の主になるのはどの世界であろうとも生半可の努力ではできず、また、ご信者との和合、相互協力なくしてはというところでしょうか。ご住職のお父様も九州では有名な験力のあるお坊様であったそうで、そうした実践主義は修験式の火渡りなどをされるご住職に引き継がれているように感じました。本堂内の檀家さんとのお遍路、観音霊場巡りの写真の多さが圧巻です。素晴らしいですね。

きっちりしたご作法の気合の入った護摩の間、阿闍梨様や僧侶の方々の壇を自宅の神殿を観想し、自宅の不動明王にも祈っておりました。体は熱く、頭は清々しいです。

護摩が終わっていただいた法話です。高野山の成り立ち、嵯峨天皇に賜ったといえども、地元の神、四社明神にしっかりとお願いして聖地をつくっていかれたこと。
更に有難かったのは、「経済」という言葉は、開国と共に明治時代に作られた言葉で、英語の「Economy」に対してあてはめられた言葉なのですが、元々は「(参考 Wiki様:経世済民)」という熟語をあてたこと。「世を經(おさ)め、民を濟(すく)うの意」を持たせたかったとのことです、字義的には「今日の「経済」とは異なり、本来はより広く政治・統治・行政全般を指示する語であった」とのことです。仏教哲学を学ぶと商売でも成功するというのはこういう話から垣間見れることでありまして、現在流にいえば、この娑婆も一人では生きて行けず、相互補完のエコシステムの中に見えない縁起で関連しあっているのが実態です。聖地とあれど、勝手に聖地ができているわけでなく、天地人、そこに守る人がいたから、娑婆の我々も伺えるというものです。こうしたマインドセット、成功には必要なことなのかな、と思いました。
護摩札に祈っていただいたこの仏の種を大きくするかは自分次第という言葉も有難いですね。何事も、気が大切です。この気をうけてこの気を大きくできるか。この気を消さず、濁らさず、大きく炎として燃やし、自分という器を精錬し、清め、磨き、大きくできるか。

更に散策です。この星のオブジェおもしろいですね。生まれ年とかで梵字を触りつつこの穴をくぐります。

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波切不動さんです。でかいです。先日の妖怪ウォッチの映画の不動明王を見たとき、この不動明王を思い出しましたw

(参考:風花舞う中、那須の温泉と映画鑑賞。再び冬至が迫る東京へ。 )

こちらは滝行も体験できるようです。

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程なく終わって帰宅です。帰宅途中、夕方の羽黒山近くの山の稜線が美しいです。

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帰宅後は霊符、呪符を作成します。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

本日から休みとなりまして、親戚への挨拶が夜に控えており、昼間のうちに温泉に行くことに。

本日は南西か北西ですが、南西にしました。日盤:甲甲(双木盛森、大吉)、生門、時盤:丙辛(日月相会、吉)、休門でした。
温泉はいつもの(参考:栃木温泉 湯楽の里)さんへ。

15時から一刻(2時間)、温泉に滞在して取得しようとしましたが、時間があったので、近くの大平山へ。

山の下の方に六角堂という虚空蔵菩薩を祀ったお堂があります。明治維新前は、神道、仏教の境なく祀られていたようです。

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こちらも折角なのでご真言を。阿闍梨様より賜った真言には虚空蔵菩薩さんのもあるので。

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太平山の下から登山する場合はこの辺から登るようですが、車にて太平山神社を目指します。
途中、謙信平という見晴らしの場所にでます。この辺には、蕎麦屋などの食堂が並んでいまして、大平山名物、蕎麦、焼鳥、厚焼き卵、団子を、花見の時の野外テーブルみたいなところで食べることができます。流石に冬なので暖かくなってからでしょうが。
富士山やスカイツリーを確認できました。

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名前の通り、上杉謙信公が関東進出に来られた際の由縁があるようです。

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また車に戻って(参考:太平山神社)到着です。下りの階段を見ると凄い。車で上まできていますが。アジサイの季節はお勧めの道です。

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太平山神社の歴史は『諸神座記』を始め多くの古文書によれば、垂仁天皇の御宇に大物主神(おおものぬしのかみ)・天目一大神(あめのまひとつのおおかみ)が三輪山(現在の太平山)に鎮座されたときに始まると云われております。今からおよそ二千年も前のことですが、太平山神社の周辺からは古い時代の祭祀遺跡・祭祀遺物が出土しており、太平山は非常に古くから信仰されていた山であったことが伺い知れます。
『太平山開山記』によれば、「円仁(慈覚大師)は何年にもわたり太平山の入山を拒否されていたが、淳和天皇の御代の天長4年(827)、天皇の勅額を奉じることでついに入山を果たした」とあります。これが今日伝えられている「天長四年慈覚大師開山説」で、旧暦1月8日に執り行われる神蛇祭(しんださい)の祝詞にも伝えられています。こうして太平山神社は「神仏」を祭る山としての第一歩を迎えたのです。この後、太平山は神鎮まる御山として一大宗教の霊地となり、摂末社および寺院が八十余遷座・建立されました。さらに明徳3年(1392)には後小松天皇から「太平山神社」の額を下賜されましたが、天正13年(1585)の戦火で、これら淳和・後小松両天皇の額は焼失してしまいました。戦国時代に北条氏と対立する上杉謙信が太平山から関東を臨んだという言い伝えが残っているほど、関東平野を一望できる地に太平山神社は鎮座しております。天正年間に兵火によって社殿が焼失してしまう不幸がありましたが、近世の初期には早くも復興し、徳川幕府から朱印地50石を認められました。さらに寛政年中(1789~1801)には「御願御抱場」となるなど、民衆のみならず朝廷や幕府からも「天下太平を祈る社」として信仰されました。『雲上明鑑』『雲上明覧』にも「下野 太平山宮司」「野州 大平山神主」または「野州 大平山別當」と記載されるなど、武家伝奏が朝廷へ執奏する社でもありました。
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本殿、各社にお参りしました。

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東の方向を見ると筑波山が見えます。

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次は本殿裏手の山の上にある本宮を目指します。

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10分弱の距離とのことですが、結構な山道です。右手に栃木市内が広がります。

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ついに本宮到着。神々しい感じです。神域故、ロープで結界されています。

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先に進みますとこちらが本宮、剣宮・武治宮です。太平山山頂は更に奥ですが、ほぼ山頂に近い場所の陽です。森の中の不思議な場所です。

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ご祭神は天目一大神(あめのひとつのおおかみ)。天照大神の窟隠れの時に天利霊剣を造作された神様とのこと。剣を造作して神威助けたところから、悪を制して善育み、世の中をよくするご神徳があるようです。

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お参りしますと、とても良い気に満ちていて、超清々しいです。すると、不思議にも急に風がなかったのに、ふうっとザーっと風で林がたなびき始めました。まるで神々が囁いているような、心地よく歓迎してくれているような。是非、皆様にも聞いていただきたく、動画にしてみました。

(参考 Youtube様:太平山神社奥宮 剣宮 風の声)



すっかり癒された感じですが、15時前に温泉へ。2時間たっぷりとゆっくりしまして、17時過ぎに出ました。根付け完了w
親戚に挨拶し、今夜もふけていきます。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

本日は御用納めでした。ですが、先週末の写真が溜まっているのでw、書いておきます。

この日はクリスマスでしたが、真珠アクセサリー作り体験というのがあって、那珂川町というところへ。
奇門遁甲の東北方向の日盤は、辛壬:寒風刃月(凶)、傷門で微妙、時盤は、乙丁:草花温順(大吉)、開門でOK。

予約時間までまだあるので、ちょっと寄り道を。

ここは日本一の梟(フクロウ)の神社、(参考:鷲子山上神社)ということです。フクロウというとイルミナティしか思い出さないのですがw

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鷲子山上神社は、栃木県(那珂川町)と茨城県(常陸大宮市)の県境に位置し、標高470メートルの山頂にあります。 緑深い木々に覆われ、四季それぞれの自然美をたたえています。 古来より霊峰と言われ、境内全域が現代の言葉で言われるパワースポット・スピリチュアルスポットです。
神社の創建は、大同2年(807)大蔵坊宝珠上人が諸国遍歴中に四国の阿波国(徳島県)に立ち寄り、製紙業が盛んであることを知り、紙漉きの技術と共に守護神である天日鷲命(あめのひわしのみこと)を勧請し、鷲子山に社殿を建立したといわれます。
その後、大巳貴命や小彦名命がまつられました。鎌倉時代末期になると、当地方は下野国中央部を勢力圏とした宇都宮氏支族の武茂氏が統治していました。神社はかつて朝日嶽と呼ばれる地にありましたが、天文21年(1552)現在地に再建したと伝えられています。現在は、栃木県、茨城県の指定文化財となっています。鷲子山上神社は、大鳥居 の中央が県境という、全国でもめずらしい神社です。また近年は、フクロウの神社(不苦労神社)として知られ、運気上昇・金運福徳・厄難消除を願い、多くの方が来山されてます。
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栃木県と茨城県の県境にあり結構なワインディングを上っていくと到着です。

この神社にお参りする方々には宝くじ大当たりする方が多いようです。というか、神社側も当たった方は積極的に教えてという感じで自然とそういう方がふえるのでしょうw 私も似たようなものですがw

駐車場から本殿に向かうと左手に旧本社がありそこに巨大な日本一?のフクロウが。

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このフクロウの中央の柱をバチで3回叩いて柱を抱きしめるらしいですw 

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さらに、四方の柱は四神、玄武、青龍、朱雀、白虎にみたててありそこに手を触れろとか凝っています。シュールでなんじゃこりゃ?感がありますが、気軽に見聞するには悪くないです。

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何気に小雨がふってきました。一旦、車に戻って傘持ってこようかな?でもいいや、と本殿に向かっていると止んでいました。吉祥の雨ではあります。

門前町に食堂、売店、社務所が立ち並びます。

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この神社を分断する感じで県境がありますね。

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本殿への大門を潜ります。途中、富士山が見えるポイントがありますが曇りで見えないですね。

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本殿到着です。

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本殿裏手に回ると稲荷さんと椿園への道が。

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椿、いいですね。

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美しい。。。。奇門遁甲の造作の触媒に持って帰りたくなる衝動にかられましたが、ぐっとこらえますw

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こちらにはあちこちに梟が置かれています。見ざる聞かざる言わざる梟がかわいいです。

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十干十二支梟?

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九星梟?

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フクロウロードとはw 本殿から降りてくると逆ルートだったみたいです。

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イヤーシュールですw お触りしてと書いてあり、可愛いのでお触りしていっちゃいます。これに奇門遁甲梟とか六十四卦梟とかあったらいいのにw

掘り出し物はこちら。亀井戸。勿論、湧水。東北の霊水はこちらもよろし。

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昔ながらのポンプでよいです。

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げっ!気がついたら時間がやばい!梟さわりすぎたw

急ぎ車に飛び乗り、アクセサリー体験の場所に向かいます。この御山は道が狭いため一方通行なのですが、下りで間違えてしまって、来た時の道じゃない道に。奇門遁甲の吉盤を取るとよく起きる現象です。(って自分でこういうミスが多発することも含まれます)
でもこちらは一切信号がなく、なんとか滑り込みセーフでした。結果オーライにて。

こちらは(参考:なかがわ水遊園)さんです。

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池もあり気持ちのいい場所です。真っ白な鷺がまっていました。

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こちらは淡水魚中心の水族館なのですが、こうした体験コーナーもあるのです。右側に行くと水族館やショップですが、左手は一面体験コーナーです。

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「真珠でアクセサリー作り」体験ですね。今回は体験にまっしぐら。

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「水遊園のおさかな研究室で、本物の真珠貝から真珠を取り出して、ネックレスやストラップのアクセサリー作りが体験できる。」というもの。どちらかというと理科、生物学的なお勉強の延長としてのアクセサリー作りという感じみたいです。モロ、研究室みたいな感じ。

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入場時に、ペンダント、ストラップなど作るもの、個数などをいいます。900~1,500円程度の良心的な価格設定。私はペンダント、ストラップをチョイス。

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先生方がプロジェクターに資料を映しながら養殖の歴史や貝の生体などをご説明です。

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御木本さんが真珠の養殖に世界で初めて成功したらしいですね。あのミキモトってそうだったんだ。

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これアコヤ貝。

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このヘラみたいな器具で貝をひらきます。貝柱があり少し力が必要です。

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中から真珠が!

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これを綺麗にあらって、アクセサリーにいれて完成です。

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これは金運上昇でしょうw ストラップとペンダントですが、ストラップは自分の財布に。ペンダントは御袋にもであげましょうか。

帰りは(参考:大田原温泉 太陽の湯)に立ち寄りすっきり。中々のドライブでした。

もうすぐお正月ですね。お正月は日光など各地へ行きますので、霊符の作成をご要望の方はお早めにご連絡ください。また、霊符・呪符総合メニュー(PDFファイル)をご要望の方にはメールで電子版をお送りします。リンクの【紀右衛門への問い合わせ】より必要事項を記載の上ご連絡ください。

引き続きよろしくお願いいたします。
 
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お世話になっております。

昨日、12/3(日)は陰暦、六十干支の巡回で初めに戻り、今年最後の甲子日。

奇門遁甲では時、日、月、年単位の各方位毎の遁甲盤を作成するのですが、冬至(12月22日)に最も近い甲子日はそのうち日盤がガラッと変わってしまうのです。(その他の盤含め、変更日は諸説あり)
またこうした切替の日や春分、冬至などの暦のエポックの日は寺社仏閣に参拝すると良いといわれています。

(参考:あっという間にクリスマス、お正月。新年に向け冬至、元旦、立春などの区切りに霊符作成がお勧めです )

この日を軸に吉方を見ていましたら、西が良さげ。西というと赤城山、妙義山、更に先の長野などがありますが、折角の甲子日なのでご縁日である大黒天の寺社仏閣を探しておりました。あれ?(参考:妙義山 中之嶽神社様)の甲子祭?1回お参りにはいったことがありましたが、あれ?なんと前日の土曜日の23時、運命学的に暦上では子の刻は前日の23時から当日の1時までの一刻(2時間)となっておりまして、23時30分からご祈祷が始まるとのこと。しかもこのお祀り300年続いているとのこと!これは激熱!w でさっそく、ご祈祷の申し込み含めてお電話お問い合わせしてみますと、御参拝者の方々、結構こられるようで、良し!行ってみようとなりました。流石に宿泊して、何気に行けてなかった(参考:世界遺産 富岡製糸場)にも寄りましょうか。これを決めたのが金曜日の午前中w 妙義山自体は何度か行っており、ますが、実際の御山の名前は妙義山という名前はなく、白雲山・金洞山・金鶏山・相馬岳・御岳・丁須ノ頭・谷急山などを合わせた総称なんですね。この金洞山が中之嶽となります。よく妙義神社様にお参りし霊水もいただいておりました。

(参考:お盆ならでは?妙義神社の霊水で武帝応用符三十番謹製。効果抜群?! )

そんな計画を練りつつ「はなきん」は「はなきん」で過ごすべきだろうと、金曜日は十傳スクールのエバラ、ヒフミンともマツコと呼ばれる?御方とたまには飲もうと連絡しますと、突如、「神楽坂占い奇襲のみ会」の開催が議決されますw ただし、「野郎だけだと無粋でつまらないわ!女子を呼ぶ!」というので、どーぞどーぞ!としていましたら十傳スクールの美女が到来!女王様系美女、癒しヒーラー系美女様を含め、占い談議に盛り上がりました。そんな中、霊符・呪符の作成のご依頼メールが届き、「そうそう、実は明日、陰遁陽遁切替の甲子で妙義山に行くんですよ」と話題になりましたが、何か呼ばれている感じになりましたね。「神楽坂占い奇襲のみ会」楽しい時間となりました。突然のお声がけにも関わらずご参加の皆様、ありがとうございました。またそのうち奇襲的に行われるでしょうw

さて、明けて土曜日です。朝から部屋を掃除して、近くの珈琲館で朝食。

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歩いて神楽坂の小野先生の事務所に伺います。この日は、黄金策テキストを更に深めていかれたのでした。原理原則を持ちながら状況に応じて柔軟に切替するのが奥義です。さすがに上級科です。上級科で小野先生の御師匠様であった鷲尾先生(故人)のノートの伝授が終わり、この後は小野先生が長年かけて培ったノウハウのお伝授が予定されているようです。これは勿論、参加しないとですね。
さて、いつもの6時間耐久授業が終わり、宇都宮に戻ります。

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福島のラッキーボーイ(何故、ラッキーかはご縁がある方は、小野先生の金持ち前夜祭でのことを聞いてみてくださいw)さんと途中まで帰りまして、またこちらも神秘学談義に盛り上がりました。彼も日光の大黒天にお参りにいくようでした。GJ(Good Job)!ですねw

宇都宮到着は18時ぐらい。帰宅後大急ぎで準備して、19時半ぐらいには出撃です。月齢カレンダーによると満月は12/4(月)とのこと。ほぼ満月状態です。雲一つなく星がきれいです。

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東北道⇒北関東道⇒関越道⇒長野道と進んでいって、途中、PAで飯を食いながら、妙技松田ICを出て、22時ぐらいに神社に到着です。この時間だと奥の駐車場は閉鎖されていまして、今日だけは境内内に車を駐車させていただきます。

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何か年末の初詣のようないい雰囲気ですね。社務所にお伺いしますと、宮司様や奥様が暖かく迎えていただきました。日本武尊開山で伝説の草薙の剣の形代、本体と同じく作られた分身がこちらのご本尊である轟岩の風穴から見つかっているそうで、歴史の中で本体が置かれていた時間もあったようでした。こんなお話しは四国、剣山に失われたアークが、長安、平安京を超えて、収められている話を彷彿とさせて興奮しますね。日本武尊の関係もあってか菊紋を掲げることを許されているというお話しでした。ともかく、この大黒天様は和装で剣を持つ神様で変わっています。不動明王との習合という説もあるようです。武器をもつ大黒天といえば、豊臣秀吉が生涯、御持仏とした三面大黒天がありますね。折角なので掛け軸を購入します。

祈祷を受ける方々は社務所の休憩所で暖をいただきます。

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記帳などをした後、お茶をいただきました。地元の方を中心に旦那衆の方々やよく来られる方が多いようです。あら?このタイミングで別の方から呪符・霊符のご依頼。凄く運がいい方々だと思います。今日の霊水は半端ないw

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お祭りが開始されると、いろいろと忙しいだろうと思い、時間があったので境内内を散策です。神社手前にあるのが、仲見世と、上に見えるのが御前立ち神像の大黒天様。でかい!

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正面からです。20メートルあるそうで見事です。宮司様や長く神社を支えてきた旦那衆、信者の方々の結晶なのでしょう。

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いよいよ鳥居へ。

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お祭りが行われる大國神社です。

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橋を渡り、境内内に入りますと更に気が変わります。この時間だと益々、雰囲気が荘厳ですね。

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月や星の煌きが凄い。この清涼感半端ない。

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狛犬ではなく、大黒天さんが。左が小槌版で、

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右が剣版。

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次は、大國神社、右手に入口がある中之嶽神社様に向かいます。この先は急階段です。

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足元は暗く急階段ですが、本殿には明かりが見えます。登り始め天を見上げると、丁度、満月に向かう月と大黒天が視界に納まります。素晴らしい!

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スマホライト照らしながら登ります。凄い気を感じます。悪い気を吐き出させるように、ゼーハーと息があがりますが、苦しい!上り詰めると、体内の邪気が抜かれた感じで不思議と体に力がみなぎります。本殿です。

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本殿裏にご神体の巨大な岩があるのですが、真っ暗の為撮影できません。正にマカカーラ、大黒天様です。岩に触りますと熱く、心が広がるような気持になりました。

さて、ほどなく社務所に戻りまして、23時30分。子の刻に入りました。運命学的には既に甲子日です。いよいよ大國神社拝殿に向かいます。途中、宮司様にお聞きして霊水をいただきます。(神社の水は大國神社、左脇の場所含め同じ場所からくみ上げており、夜は氷結防止で止めていらっしゃいますが、元栓の場所で特別にいただきました)この霊水と共に入場です。

70,80人ぐらいはいらっしゃるでしょうか。いい感じです。本当、お正月の気分w

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御祈祷開始の冒頭、中之嶽神社宮司様や奥様、また高崎神社宮司様がご支援に来られており、雅楽の生演奏をご披露いただきました。中之嶽神社宮司様が篳篥(地の音)(ひちりき)、奥様が龍笛(横笛、おうてき)、高崎神社宮司様が笙(鳳笙、しょう)という、(参考:雅楽)でいうところの「三管」が御揃いで合奏することで、宇宙を創ることができると考えられているようです。

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三管については次のような説明がなされる。
「天から差し込む光」を表す笙(天の音)(しょう)。
「天と地の間を縦横無尽に駆け巡る龍」を表す龍笛(空の音)(りゅうてき・おうてき)。
「地上にこだまする人々の声」を表す篳篥(地の音)(ひちりき)。
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奥様は初めて1年とのことですが素晴らしい音色。中之嶽神社宮司様は有名な雅楽演奏家、東儀 秀樹さんが宮内庁式部職楽部の頃の先生から直接指導を受けていらっしゃるようで、神社や地元のイベントなどでもご演奏を御披露しているようでした。とはいえ、御祈祷中は作法を行うため、軽くご演奏を頂きましたが、素晴らしい音色でした。心が自然と澄み渡り、荘厳になり、正に、天地人が結集し、神が降臨されるような気持になる音色でした。

いよいよ御祈祷開始。祝詞などはかなりご丁寧にしっかりとやられます。私は神道の祝詞などの伝授は受けていませんので、小さい声で勤行次第、大黒天真言を唱えておりました。最後は、「大國大神(だいこくだいじん)!」を皆で唱え大団円で終わりました。最後に宮司様の御言葉がありましたが、栃木県の田沼市の気学の先生のお言葉を引用され「しっかりと丁寧に御祈祷を続けて行けば必ずご縁あるご信者がたくさんこられる」というお言葉を披露されておられましたが、宮司様自体、初めて来る私のような者にもお忙し中、気さくにご対応いただくし、きっちりと簡略化することなく御祈祷されている感じですし、また、御祈祷の最中、旦那衆の方々が宮司様達を支援されておいででしたし、ずっと篤い信仰心があるこうしたご信者の方々共に、長く信仰されてきたのだな、ということが凄く印象を受けました。まさに、陽遁に変わる甲子の天の時、妙義山中之嶽という吉祥の地、そして、神社関係者の方々の素晴らしい人々が揃った、凄い御祭りでした。

しかし、時間は?ゲッ!1時40分!なんと2時間の御祈祷でした。

この後は、急ぎ富岡に予約したビジネスホテルに向かいました。明日(というかもう日が変わっていますけど)は、富岡製糸場見学に参ります。そして帰宅後は霊符・呪符作成です。(続きはまた別記事にて。)

引き続きよろしくお願いいたします。

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