お世話になっております。

昨日も奇門遁甲を使って小旅行です。っと迂闊に書きますと、「根付けしてんのかよ?!」とかチェックを頂いたりする方がいたりしますが、逆に凶方位は即座に効きますからチェックせざるを得ないではないですかw (こういうのもノウハウなんでまともに反応すると自爆しかねないので検閲しないとw)

昔の暦では時間を一刻(2時間)、十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)で分割し、一刻の境目を2つ超える根付けは重要ですが、明らかにこれはちょっと違うぞ、ちゃんと影響でているぞってのはやり続けていると分かってくるものです。(というかその辺もスクールでの内容に抵触してくるので、検閲してかいておりますがw あまり正直に書きすぎると危ないぞ、どの言葉がどういう漏洩になるか、常にチェックしながら書いておりますけどね。悪しからずw)

兎も角、何事も気に敏感になるのが重要であります。折角なのでどういう要素だったのか書いておきましょうか。

○丁酉年戊申月癸巳日乙卯時

方位:西
日盤:丙辛(日月相会)、驚門
時盤(5-1、卯時):乙己(乙奇得使)、杜門

何気に八門が凶門ですが、現象は気にせず天地盤重視です。7時の盤の北の青龍辺首と迷いましたが、今回はこれでいきます。だって行先で何をするかもありますから。また注意点として、同行者にもいってますが、必ず自分の願望に役立てるような心持をもっておくことと。単に吉方ばっかりとっても願望無しでやっては意味無しですし、エネルギーがあらぬ方向にいって物が壊れたりしますから。

で、結局、西に何があるんだ?と。実は10年以上前、仕事で、諏訪に本社のある精密機械メーカーさんに提案にいったことがありました。地元の企業さんだし、ここは地元の神社さんにお参りし受注できるようにと仕事が終わった後、バスに揺られてお参りにいったのです。それが(参考:諏訪大社)さんだったのです。その時行ったのは諏訪大社上社本宮さんでした。結果は?ご利益のお陰様か受注賜りました。そうだ!これは、お礼参り含めてまた行ってみたいと思ったのです。

さて、朝6時代に宇都宮の家を出まして、東北道⇒北関東道⇒上信越道、1時間程度で、横川SAからの妙義山です。凛々しく美しい御山です。実はハイキングに上るとか、この辺でいろいろ散策するというのも案にあがっていましたが。

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更に進みまして、長野道に折れ、ここは善光寺平と呼ばれる千曲あたりです。姨捨SAからの風景です。

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そして、ついに諏訪ICを出て、諏訪大社上社本宮に到着です。空が清々しいです。

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手水舎隣に温泉の手水舎ありw

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ここも素晴らしい気を感じます。折角なので諏訪大社四社巡りを開始です。ご朱印帳を購入しご朱印をいただきます。

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次は近くの諏訪大社前宮に到着です。ここは都市伝説ファン、ユダヤ失われた十氏族ネタに興味のある方なら重要なポイントだとご存知でしょう。イスラエルのユダヤ失われた十氏族を調査する団体、(参考 Wiki様:アミシャーブ)の関係者が訪れています。そしてなんと、イスラエルの駐日大使は就任すると訪れるとか、更に元大使(参考 Wiki様:エリ・コーヘン)さんに至ってはかなりの信奉者のようで、四国徳島剣山に十戒が刻まれた石板を収めた「契約の箱」(聖櫃、アーク)があるに違いない!といろいろと活動されているようですw

(参考 Youtube様:)



またネットネタですが、あの江原啓之さん曰く「前宮こそ日本屈指のスピリチュアル・サンクチュアリだったのです。(江原啓之著『江原啓之神紀行 5』、マガジンハウスより)」などと仰っている場所です。


うおお、確かにここは気が凄いですね。

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あったあった!あのYoutubeにアップされていた動画に出ていた看板!w マウント・モリヤ(守屋山)書いてある!w



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きたあ!w これが十間廊(じっけんろう)!聖書に記述された移動式神殿である「幕屋」と酷似しているそうです。ともに屋根はありますが壁がなく、柱を等間隔に並べた骨格だけの建物で、奥行きは約18m(十間)、また、幕屋の聖所は、長さが30キュビト(13m)、幅が10キュビト(約4m半)。アークも幕屋に置かれたそうですが、御頭祭というお祭りで神輿を十間廊の中に置くことにも類似しているそうです。

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いよいよ本殿です。裏手に青々とした守屋山があり、小川が流れ、木々に囲まれ、気が半端なく良いです。4つの御柱にお参りもします。

御柱一の柱が見えます。

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水が綺麗すぎます。

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光のシャワーw

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木漏れ日の中で清々しき風と水のせせらぎを聞きながら太陽を見上げます。

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心や体が洗われるようです。清々しくパワフル!ここが実は最強かもですね。さて、社務所でご朱印ついでに御神籤をいただくと大吉でしたが、びっくりしたのが、実は上社本宮でとっていた番号の次の番号がでました。何か暗示的です。

あー来てよかった。次は下社に向かいますが、地図上の順番で言うと、あの聖地に先によった方がいいですね。聖地といって私は本当の聖地巡りしていますが、アニメ聖地なるものが流行っています。そう、あの大ヒットアニメ映画「君の名は」のアニメ聖地といわれる、立石公園に立ち寄ります。気分を盛り上げるため「前々前世」を聞きながらw

どうでしょう?これはまさに映画に出てくる糸守湖にそっくりかも。ともかくここも気がいい場所です。

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(参考 Youtube様:)



さて、次の場所へ向かうため湖の畔の道を走っていますと「あっ!ここを訪問させていただいていたんだ!」ってよく見れば、立石公園を背後に控え、前に諏訪湖のある場所で、この会社のある場所は、風水のパワースポット、所謂、龍穴でしょう。あーそうだったんだw と変に納得しつつ、諏訪大社下社秋宮に向かいます。

秋宮さん、到着しました。こちらも清々しい。ご朱印をまた書いてもらいます。あと1つです。本当、温泉の手水舎もこの辺だと当たり前なんでしょうか。

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最期が諏訪大社下社春宮さんですね。これで四社巡り完了です!

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また高速に戻り、安曇野ICで降り、最後の聖地に向かいます。それは?(参考:大王わさび農場)さんです。

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ワサビ畑が広がります。

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ここで蕎麦喰いてえ!と行きますが、残念。到着したのが15時で蕎麦屋終わってました。ともかく、ワサビコロッケやワサビソフトなどをいただきます。うまい!

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実は移動中、もの作り体験を予約したのでした。(参考:My箸作り)です。1時間ぐらいとは聞いてましたが、なんと角材からカンナ削りで作るとは!

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中々充実です。最後は焼き入れしました。「不動明王、大日如来」とw あとは漆塗り処理をお願いして、ひと月ぐらいで仕上がって郵送されます。

閉園ぎりぎりですが、あの映画のあの川は?と探します。なんだ、駐車場の近くだったんだ。この風景を見てすぐに反応できる方は凄いw

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これは、黒澤明監督 映画(参考 Wiki様:「夢」)に出てくる撮影場所なのです。8話からなるオムニバス映画でして、最終章の「水車のある村」のロケが大王わさび農場と万水川・蓼川の合流地点で行われましたそうです。これが物語のモチーフとなった水車です。本当、水が美しいです。

この映画、実は都市伝説映画とも言われております。あくまで内容は私の雑駁な理解での説明ですが、「自然と共に昔からの信仰を忘れて生きる現在人は天罰を受けるかもしれない。それを避けるには元あった心を取り戻せ」だと思っています。

天罰とは、富士山が爆発し、原子力発電所が爆発し、放射能だらけで逃げ場を失った日本人が我先に海に自殺する、恐怖の夢「赤冨士」。

(参考 Youtube様:)



そして、放射能によって鬼となった人間が徘徊する、死の夢「鬼哭」。

(参考 Youtube様:)




最期は、それをさけて心の故郷にたどり着いた、平安の夢「水車のある村」。これがこの場所です。

(参考 Youtube様:)




何事も心一つ。我々も平安の夢にたどり着きたいですよね。さて、最期に近くの日帰り温泉、(参考:湯多里 山の神)さんへ。すべすべで最高でした。

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帰りの高速で、途中に立ち寄った姨捨SAによりますと、昼間見た風景がこのような夜景に。美しいです。

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空を見上げますと、おっ、月は満月に近いですね。あーこの象はそうか。「日月相会」みたいだ。小野先生ご著作の(参考 Amazon様:「奇門遁甲入門 世界の環境に巨万の富をもたらし続ける秘中の勝占」)によれば、「昼は太陽が、夜には月が煌々と輝く象である。太陽と月、つまり陽と陰が秩序正しく回るように運勢も順調に上昇する方位である。」とあります。

22時近く、宇都宮到着。やっと、見慣れた風景が近づいてきましたが、あれ?泊りの旅にいってきたような、初めての場所にきたような不思議な感覚に囚われます。そう、気が完全に旅行先に染まったためこのような現象がおきるのかと。
さて、ご朱印と結願した人への記念品などを眺めながらワサビ漬けなどを肴に晩酌で反省会です。聖地巡り、充実でした。

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引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

先日は、関東の臍と呼ばれる(参考:武蔵一宮 氷川神社)様に行ってまいりました。社記によりますと今から凡そ二千有余年、第五代孝昭天皇の御代からあるという相当歴史のある神社様です。

車で高速を使って1時間程度でしょうか。神社の駐車場まできますと、大宮のど真ん中なのに、都会とは思えない雰囲気です。本殿手前にある池です。

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いきなり御神水があります。頂いてまいりました。

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門を潜りますと、大きなご神木が迎えてくれます。

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ご本殿です。

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お祈りします。本殿から10メートルぐらい離れた処にパワースポットがあります。ここで目を閉じて気をチャージします。この神社は別格ですね。良い気が充満しております。

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ふと後ろを見ると、舞殿、門が重なり、美しいです。

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舞殿を横から。ここで薪能などみたらよいでしょうね。

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この日はトンボ帰りして、栃木インターでおり、いつもの湯楽の里で汗を流しました。神社で良い気を浴び、温泉に入りながら、満足しておりましがが。。。。。
そうだ!密教セミナー!についてお知らせしないと、と思い、無理やりこの記事にインプラント失礼します。

こちらでお知らせで失礼しますが、10月14日に予定させていただいた密教セミナーですが、私の予定が合わず、先に予定を変更させていただくことになりました。また、開催方式も、大人数を集める方式にするか、検討中で、ご縁を感じていただき真剣に学びたい方など、少人数ゼミのような形となるかもしれません。申し訳ございませんが、正直、今の時代、変な方も多いため、ちょっといろいろと仕組みで防ぐなどしていく必要性を感じております。また、追って、情報展開させていただきたく存じます。

逆に、一部、熱心な方がいらっしゃいまして、「彼は私が結縁灌頂良いといったら、すぐに受けに行っちゃいましたよ」などと阿闍梨様にお伝えしたところ、非常に喜ばれていて、必ず、ご縁はお繋げしたく考えております、ご安心を。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

本日も奇門遁甲の立向盤で吉方へ。今日は西でした。「これは昨日のリベンジで厳島弁財天社にいけるかな?」っと断易を立てると問題ありません。家を出る時間が11時で買い物ついでにでかけます。朝を食べず、お昼を現地でとる予定で調整します。

(参考:花之江の里で森林浴とココファームワイナリーでワイン試飲)

「出流山満願寺でお参りし、蕎麦と天婦羅食べよう」とでかけます。買い物では今夜の奇門遁甲パワーボックス作成の準備のため材料を購入にホームセンターへ。材料はそろいましたので、お寺へ向かいます。

今日は、お寺の方は、山の上は霧がかかっており何とも神秘的です。途中、巨大な石灰採掘の会社の工場をいくつもすりぬけていきます。
そして蕎麦屋街を抜けて一番奥にお寺があります。到着です、(参考:出流山満願寺)さん。ここは坂東観音霊場でもお馴染みです。

(参考:坂東三十三観音霊場の思い出)

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力があるお寺ですね。いい感じです。このお寺は日光開山勝道上人に所縁のお寺なんです。

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香炉でお香を立て、煙を体にいただきます。そして本堂で拝みます。

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実は本堂奥には奥の院があり、途中にお滝場などがあります。その奥の院は崖際に清水寺を思わせる神殿があり、その奥に鍾乳石を本尊とし、十一観世音菩薩本尊がおられます。今回は小雨が降っておりますので次回ですね。その神殿に昇るには梯子みたいなのを上らないといけないので。

次は、お待ちかねの蕎麦屋街に戻ります。どのお店も美味しいでしょうが、私の行きつけは、(参考:出流名物 手打ちそば いしやま)さん。

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いい雰囲気です。

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来ました、五合蕎麦と天婦羅です。うまい!蕎麦は少し緑がかっているようにみえ、相当新鮮なんでしょうね。コシがあって蕎麦の風味がうまい。閉めは蕎麦湯にて。

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天婦羅はカリっとうまし。塩で食べると野菜の素の味がまたうましです。

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フー満足、次は、名草にGOです。到着です。今度は妙な迷いなく。(参考 足利市公式サイト:名草厳島神社)

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おお、正面からでも気を感じますね。さて登り始めます。本殿まで1キロ程度でしょうか。ともかく、運動不足が祟り辛い辛い。でも、あれ?なんだ?暑さと湿気が酷いですが、体が熱く蒸気がでてきます。途中までは単に季節がらの暑さ、運動不足で傾斜を上っているからだと思っているのですが、途中からそうでないことに気づきます。ポーンと力が入っていく感じ。急に笑いがこみあげてきて、スキップしたり走り出したい感じ。きた!気が入ってきた。気が付けば小走りになっていました。

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つきました。強い気を感じます。疲れは全くなく体の中から笑いがこみあげてきます。これです、陽気が発生しています。

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これは弁慶が割ったという岩。

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そして本殿です。凄いです、岩は高さ4,5メートルはありますか。

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本殿にいたりお参りします。本殿から、岩の方を見ます。結構怖いです、この橋。

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そして、橋を渡り、岩の上へ。ここで祈りつつ、岩に触れて、気をいただきます。体が熱い!体から蒸気というか熱気がでてきます。

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又橋を渡り本殿へ。

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そして、岩の前へ。

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岩の中、胎内巡りへ向かいます。

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入口です。

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中です。不思議な空間です。

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出口です。出てから振り向きました。

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少し岩を前に気をチャージします。もういいかな。熱い。帰り道、上を見上げると、杉についた雨の雫が宝石のように輝いていました。凛凛とパワーを感じます。すげーなここw

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入口の鳥居をこちらから見ると、明らかにあちらとこちらの違いが分かりました。あれ?この感じどこかで。そういえば、この神社の創建は弘法大師ですね。まあ、実際は関東に来るわけないだろう?高野聖だろう?というのはさておき、日光含め栃木には来山説が多いのです。そして、この雰囲気に似ているのはあの神社、そう、日光のパワースポットとして有名な滝尾神社です。ただ、あそこは本殿の三本杉の裏手に駐車場が作られてから少しパワーダウンしている気がしますが、こちらは凛凛とパワーがありました。

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さて、折角なので入口近くにある釣り堀で鱒を釣り、焼いてもらいいただきました。(参考 facebook様:つりぼり 弁天屋)

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何か充実でした。ドライブの閉めは温泉ですね。いつもの(参考:栃木湯楽の里)様へ。

すっきりして、自宅で晩酌で、一日が終わります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

実は先日、お客様から「どうも持っていると、イライラとしてきて心の中が掻き乱れるようになるだけでなく、回りからも平穏だったのが急に攻撃されるようになった、この御守をもらってから気がするので見てほしい」とご依頼がありまして、「一旦、身に着けるのをやめてください」といいましたら、さっと現象が収まったようでした。でもまだわずかに危険な気がするので、「では、そのお守りをアルミホイルで囲ってください」といいましたら、収まったと喜んでおられました。
その後、「お守りをお焚き上げした方いいか?」と聞かれましたので、断易を立てますと、もろ、因縁が関わっているのが卦にあらわれていました。用神は空亡で、刑もある。六獣は勾陳。どうも、先祖因縁なのでしょう。墓系の祟りですね。この行者の方ご当人が気付かないかぎり、このように信者にも被害がでるのでどうにもならないですね。もちろん、お焚き上げしてもらい静謐を取り戻したようでした。

さて、暦も隠遁に切り替わり、お客様の呪符のオーダなどもあり、そんなこんながある中で何らかの邪気を受けたのか、木曜夜ぐらいから風邪がひどくなり、土曜もグロッキー状態でした。これは宇都宮餃子で回復を狙うしかない!

宇都宮餃子と言えば、たくさんのお店がありますが、(参考:宇都宮・餃子専門店正嗣(まさし))、と(参考:宇都宮みんみん)が代表店です。前者は県外の人は中々知らないお店ですが、地元では有名なのです。カラッとした焼き上がりですね。

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これをタレに擦りニンニクをいれまして。

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うまい!なんとなく力が蘇ってきたような気がします。早めに就寝しました。

しかし、今日になってもまだグロッキーです。風邪は治っているの間違いないのですが体がガチガチ。呪符などを作成できる状態でもありません。このようなことは初めてです。これは良い気の聖地に行くしかない!ということで、とりあえず、南西が吉でしたので、高速で南西に向かいます。しかし、どこにいくんだ?状態です。うーむ、もう1時過ぎで今更、秩父は遠いし、そうだ、とりあえず、足利に向かおうと、とりあえず東北道を走っていたら、ぴかっとひらめいたのが、「そうだ!(参考:大岩山毘沙門天)は?これなら破邪顕正に良いだろうし、高い山の上で良い気をいただけそうだ!もう何十年ぶりだ、久しぶりだ」と。

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大岩毘沙門天と呼ばれ、奈良の信貴山、京都の鞍馬山とともに日本三毘沙門天の一つとして知られています。天平17年(745年)、行基上人が純金像を祀るのにふさわしい場所を探していたときに夢枕に神人が立ち、大岩山を教えてくれたということに起源を発します。毎年大晦日の夜半から奇祭「悪口(あくたい)まつり」、元日早朝に「滝流しの式」が行われます。足利七福神めぐり社寺の一つで毘沙門天<開運厄除・学業成就>のお寺です。

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北関東自動車道、足利ICで降り、一路、大岩山毘沙門天に向かいます。見えてきました。

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到着です。

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御本堂でお祈りしまして、中に御守売り場などがあるようで、私も20年近く前ですが確かにここで、毘沙門天様の御影を購入し、自宅で祀っていたのです。余りに古くなりお焚き上げしたのですが、もし、掛け軸などあればよいななどと思いながら、ご挨拶しますと、お返事があり、丁度、ご住職が護摩行を終えたところでした。

ご住職「地元の野球部の若手さんたちがきて、護摩を焚いておりましてね。普段は毎朝5時30分と1日や縁日だけなんですが、今日は特別だったんですよ。随分、タイミングがいいですね、相当なご縁ですね」

私「そうでしたか、ありがとうございます。これからお護摩のお願いはだめでしょうか?」

ご住職「今日は例外だったので。翌朝、護摩は焚きますので護摩木を書かれるとよいです。とはいえ、折角来ていただいたので、心経一巻御唱えしましょう、こちらに」

私「は!では失礼します。」

と本殿に入れていただきました、ふと目に飛び込んできたのは、見事な御幣です。しかも五大明王の。

私「これは?!」

ご住職「それね、前の御祭りの際に、知り合いの御嶽行者の方がね」

私「見事ですね」

ともかく、暖かい気が体に入っていくのが感じます。これは来ましたね。方向効果でしょうか。

ご住職「では、塗香を。この心経のプリントもらってね。では始めましょう」

ご住職、徐に、修験道の修多羅袈裟をつけて、太鼓のところで、九条錫杖を唱えていただきます。ドンドンドン!と太鼓とお経の旋律が、何かしら、体を蝕んでいた邪気が破壊されていくような気がしました。そして、

ご住職「仏説、魔訶般若波羅蜜多心経~」

我々「観自在菩薩~」

完全に神仏の気を感じ、今までの気が変わったのが感じられました。

諸真言を唱え、終了しました。

ご住職「よく御唱えでしたね」

私「ありがとうございます。お仕事中に失礼しました。実は、こちらには20年ぶりでして、昔、いただいた御影を祀っていたのですが、古くなりお焚き上げしたので、新しいのがあればと。」

ご住職「そうでしたか。ちょっと待っていてくださいね」

で見せていたただいたのは、昔、頂いたのは、A3ぐらいのでかいものでしたが、小さいもので、ちょっと違う物でした。まあ、それでもご縁をいただくために良いかなあ。。。。と目の前にみるとなんと、掛け軸か。なんと、在庫ありw

私「ご開眼は?」

ご住職「やりましょうか」

といっていただき、即席でやっていただきました。感謝感謝です。

ご住職「やっぱり、土日だとこのようにお客様こられて良いのですが。。。土日は、法事が入りやすくてね」

私「ですよね。」

ご住職「先程、般若心経唱えていただきましたが、実は、宇都宮のNHKカルチャーセンターで般若心経講座をやっているのです」

私「貴重ですね、私も、実は、本職はITコンサルタントですが、副業で占い師をやっておりまして、密教、古神道などに興味をもっております。私の先生に真言僧の方がおりまして、般若心経のことや大乗仏教、密教のことなどお教えいただきました。ご講座、素晴らしいですね」

ご住職「そうでしたか。般若心経の解説やサンスクリットや。あそこにあるでしょう?あとね、御詠歌なども」

私「意味が分かって唱えることが大切だと聞きました。御詠歌ですね、そういえば前回行ったー高野山の奥の院の休憩所のところで拝見しましたね」

ご住職「高野山開山1200年大祭の時ですね?私も参列しましてね、90歳の母連れていきましたよ。私の伝授いただいた御詠歌は金剛流といってね。私は豊山ですが、今回の大祭もそうでしたが、高野山は伝授させてくれというと受け入れてくれるんだよね」

と、終始、飾らず、フランクに話をしてくださるご住職は本当に素晴らしい方だなと。カルチャーセンターも良さげですね。

(参考:般若心経 ~お話と写経~講師 真言宗豊山派 大岩山毘沙門天最勝寺住職 沼尻 了憲)

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護摩木などのお願いして、本堂を後にしました。少し上に行くと展望が開けます。ここで、深呼吸をして邪気を完全に払います。あとは、温泉が必要!

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いつもの(参考:栃木温泉 湯楽の里)に入ります。本当に疲れていると、30分、1時間もずっと同じ場所で入っていられますね。今回はそんな感じです。

流石にすっきりしました。帰宅後、新潟の弥彦神社で買った金の御猪口で地元の酒で更に良い気を頂きました。なんとか週明け仕事に復帰できそうです。

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引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

昨日は日光へ。奥日光に一泊し、東照宮で陽明門が修復が完了したとのことで行ってみましょうかと。

勿論、いつもの奇門遁甲はチェック済みです。宇都宮からですから2時間かからず中禅寺湖に到着します。チェックインまで時間がありますし、中禅寺湖の歌が浜で写真を。気温は暖かく小さな虫がたくさん飛んでいました。この辺で海抜1000メートルはあります。

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チェックインまで時間がありそうだと近くの(参考 食べログ様:メープル)様で遅れたお昼を。

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中禅寺湖を見ながらの食事は格別でした。

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次は一気にホテルへ。戦場ヶ原を超え、奥日光湯の湖畔の温泉郷へ。こちらは(参考:奥日光小西ホテル)様。こちらは、前からよく日帰り入浴には来ておりまして、湯質や雰囲気など良いとよく知っていての予約でした。ともかくこの湯の湖温泉郷の湯質は半端ないっす。

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夕食まで時間がありますので、ちょっと湯の湖を散策を。やっと春が終わった感じです。こちらは海抜1400メートルの場所です。でもさほど寒くなく丁度良い感じでした。

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湖畔を少し歩くと、野鳥の声などが聞こえてきます。癒されますね。

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ホテルへ戻って温泉へ。この白濁の湯がたまりません。夕食もとても美味しかったです。

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夕食が終わってロビーに参りますと何かイベントが。(参考 Wiki様:投扇興)大会が行われていました。

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投扇興(とうせんきょう)とは日本の伝統的対戦型ゲームの一種である。桐箱の台に立てられた「蝶」と呼ばれる的に向かって扇を投げ、その扇・蝶・枕によって作られる形を、源氏物語や百人一首になぞられた点式にそって採点し、その得点を競う。
投扇興の起こりは江戸時代の中期、安永二年 (1773) の頃の京都であったとされている。中国伝来の投壺(とうこ)という遊びがあったが、これは作法やルールが煩わしく、誰でも手軽に遊べるものではなかった。そこで女性や子供でも、手軽に楽しめる遊びとして投扇興が考案され、庶民の間で大流行した。しかし、投扇興が賭博に利用されることもあり、幕府からたびたび禁止令が出さることもあった。そして明治以降は、西洋化の影響などによって投扇興も、ごく一部の人の間で楽しまれる程度に衰退していった。戦後になって復古され、現在は大小の団体が様々なルールや形式を用いてそれぞれ活動している。またマスメディアによって、度々取り上げられ、認知度もかなり上がっている。

(ルール)
流派によっても違うが、緋毛氈の中央に的を置き、投者2名が向かい合って扇子を交互に10回程度投げて、合計得点の高いほうが勝者となる。投げる距離は0.9 - 1.8m。距離が近い流派の場合、投げる際に前かがみになってはならない、など制約がある。
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枕(台)の上に置かれた、蝶(的)を目がけて、投扇興用の扇を投げます。

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点数表の紙が渡されまして、まずは練習を続けます。右手の手の甲の代に関節あたりに扇をのせ、親指を添え、まっすぐ振り下ろすと、扇がふわっと飛んでいきます。

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単純に蝶を落とせばよいのではなく、落ちた結果、蝶が立っているとか、扇と位置関係で点数が大きく変わるようです。内容とは百人一首などをが使われえており、なんとも雅な雰囲気の遊びです。中々楽しめました。

たっぷりと温泉を堪能しまして、翌日、宿を後にしました。また来たいですね。マナー、サービスも良い素晴らしい宿でした。

さて、日光市内まで降りてきてへ東照宮へ向かいます。ゴールデンウイークですし、陽明門修復イベントもあり、混んでますね。

(参考:日光東照宮)様です。

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三猿です。

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続いて陽明門です。綺麗に修復されているようです。

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この門の上に北斗七星が輝きます。門をくぐり、本殿でお祈りした後、奥の院へ。眠り猫がいます。

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細い回廊を辿っていきます。階段は若干多く200段程。

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途中でこのような看板が。胸に響きますw

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ついに奥の院へ。

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こちらが家康公の墓所です。

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家康公は一度、静岡の久能山東照宮に埋葬された後、武者行列しながらこちらに運ばれました。隠宅風水で行う二度葬ですね。徳川将軍家の墓は日光は、東照宮の近くにある(参考:大猷院)に三代将軍の家光公の墓所があります。あとは東京の上野の寛永寺、芝の増上寺の3箇所になっています。特に芝増上寺では戦時中、爆撃でお墓が破壊され、中の水銀処理されたミイラがでてきたようです。二度葬の中にピラミッドにつながるような半永久的に子孫にパワーを与えるような思想がありそうですね。水銀は、高野山の弘法大師の奥の院でもでてくるキーワードであります。

この辺のお勧め本は、東照宮の文庫長の方が書かれた、(参考:日光東照宮の謎)がお勧めです。

吉田神道に人を神にして祀る技法が伝えれており、実は家康公の前にこれを実施した人物がおりました。それは誰か?

阿弥陀ヶ峰、(参考 京都観光Navi様:豊国廟(駒札))の豊臣秀吉公です。

上に挙げた日光東照宮の謎にこのことが詳しく書かれています。秀吉公も実は神になっており、豊国大明神(とよくにだいみょうじん)という神号です。この辺の経緯は歴史的にもかなり面白いですし、密教、神道、そして風水的な観点でとても興味深いと思います。

こちらの東照宮や奥の院の場所は、恒例山という小さな山の峰に建てられておりまして、元々は、日光開山勝道上人の墓所があったようですが、奥の院から表鬼門、北東に位置する現在の開山堂に移動されています。対して、裏鬼門、南西に家康公を日光に祀った人物であり、信長公によって焼き討ちされた比叡山の復興をはじめ、寛永寺と共に天台宗中興の祖といえる、徳川幕府の黒衣の宰相と言われた天海、慈眼大師の墓所があります。西は三代将軍、家光公の墓所があります。このように日光山内でも霊的な結界が張られているのです。勿論、その他の歴代将軍の墓所がある、東京の寛永寺、芝増上寺と結ぶと、日光と江戸を結ぶ霊的結界がみてとれます。

日光山は1200年前からの古い山岳信仰がありまして、熊野信仰、出羽山岳信仰などとも深い関わりを持っておりました。日光三山にはそれぞれ神仏が習合されています。神仏習合の世界観です。さらにこの古代信仰を活かす形で東照大権現、山王一実神道の世界観が組まれています。

奥の院の場所は、関東平野全域の巒頭(らんとう)としてみなした最強の龍穴(りゅうけつ)、もはや徳川家だけの風水を超えており、徳川の繁栄だけでなく、江戸、東京は、日本全域に影響を及ぼす風水装置が作られており、そしてその起点となるこの場所は重要な場所であるといえるでしょう。

家康公は400年前にその基礎を作ってくださった、と頭が下がるばかりです。前の記事でも書きましたが、都市の基礎となる治水の点で、元々、江戸は荒川、墨田川、江戸川、そしてなんと利根川まで江戸湾に流れ込んでいた、首都にするには不適切な土地だったのです。それを利根川を銚子に東遷事業を50年かけて今の江戸が完成しています。このようなハードウェア面を補うのが、風水という霊的な仕掛けです。まさに家康公は、その馬印「厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)」そのものに、江戸の枯山水を浄土に変えてしまった。

(参考 Wiki様:厭離穢土)
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厭離穢土 (おんりえど、えんりえど)とは、浄土教の用語。欣求浄土と対句で使われることが多い。読みは、おんり-が一般的だが、辞書によってはえんり-を採用しており、逆におんり-は誤りとするものもある。この娑婆世界を「穢れた国土」(穢国)として、それを厭い離れるという意味であり、阿弥陀如来の極楽世界は清浄な国土であるから、そこへの往生を切望するという意味。語源は、源信の『往生要集』冒頭の章名に由来するが、その内容は「欣求浄土」とともに、浄土教思想の基本的特質を表している。
厭離穢土欣求浄土」は戦国時代、徳川家康の馬印に用いられたことで知られる。松平元康(後の徳川家康)は、桶狭間の戦いで今川義元討死の後、菩提寺である三河国大樹寺へと逃げ隠れた。前途を悲観した元康は松平家の墓前で自害を試みるが、その時13代住職の登誉が「厭離穢土欣求浄土」と説き、切腹を思いとどまらせたと言われる。すなわち、戦国の世は、誰もが自己の欲望のために戦いをしているから、国土が穢れきっている。その穢土を厭い離れ、永遠に平和な浄土をねがい求めるならば、必ず仏の加護を得て事を成すとの意味であった。
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(参考:「風水都市『東京(江戸)』における四神相応と『五帝霊符』について 」)

奥の院からふと北東方向をみながら、目を閉じると、まるでドローンにつけられたカメラのようにこの辺の風景がイメージできます。このあたりのハイキングコースはくまなく歩いており、イメージできるのです。山から下りれば、パワースポットとして昨今有名になりつつある滝尾神社が。滝尾神社から石畳の歴史散策路を南に下り、開山堂、そして山内に至り、四本龍寺から神橋へ。そこからまた北に戻れば、輪王寺の各院のお寺などがあり、輪王寺が、そして東照宮の正面へと。西に大猷院、南西の大黒山に慈眼堂が。日光の風水曼荼羅がイメージできる気がします。

このような日光山内の俯瞰イメージをしたら、今度は意識を高いところにもっていくと、家康公が終生愛した富士山から発した龍気は実は男体山の頂上から見えるのですが、日光三山(男体山、女体山、太郎山)に至り、そこから龍は東照宮の龍穴から吹き出し、平野へ驀進します。時折小さな山など山海を生みながら。男体山からスカイツリーの海抜634メートルと同じ高さの東照宮から発した龍のエネルギーは、波打ちながら日光街道を下り、東京の皇居に至ります。皇居は東の丸、西の丸と太極図のような構成となっています。ここで龍が太極でうねりながら、天空に駆け上がり、天から関東全体、日本全域に気が降り注ぐようなイメージが持てます。

観想を終え、目を開けますと心地よいパワーが満たされておりました。しかしまあ、このようなことをビジョンをもたれていたのですかね、慈眼大師は。凄すぎますね。良い満足感に満ちつつ、東照宮を後にしました。

そうだ!先日の達磨の自分の開眼のために霊水をとらないと。二荒山神社により、霊水をいただきました。神泉苑入口にはこのようなアニメキャラが。昨今多いですねw

(参考:達磨の里にて師匠様から達磨式開運ポイント、達磨寺にて鎮宅霊符神のご神徳賜りました )

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さて、自宅に戻り晩酌にします。

引き続きよろしくお願いいたします。

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