お世話になっております。

西日本の雨の被害にあわれている方々、お大事にされてください。またお亡くなりになられた方、ご冥福お祈りいたします。また、先日も、また千葉で大きめの地震がありましたね。そうそう、前回の記事に書いた危険日間違えです。日付だけで足して9日です。
なので、7/9の月曜日のが危険でした。あとは、18,27ですね。来月は、日付だけで8になる日が危険で、8,17,26で、8,17は数字的には気になります。ちょっとあまりにいろんなことが起きているので、兆候現象な気がします。注意でいきましょう。

さて、先週末はまたそぞろ千葉、館山の方へ。前回は常磐道経由でしたので、300キロ超えでしたが、今回はまっすぐ東北道から都心をこえてまっすぐ南下するため、270キロ程度でしょうか。

(参考:安房神社に5月5日(丁酉)立夏に霊水取得、富津海岸にて潮干狩りの旅 )

前回の安房神社と双璧をなす、もう1つの一之宮があるというのです。しかしまあ、考えすぎだとは思いますが、忌部の神様にご縁をもってから、何んとなしにフリーメーソンの東京ロッジ近くに縁ができたり、やはりユダヤ失われた十氏族は日本に来たようにも思えます。

(参考:失われたユダヤ十支族は日本にきていた?古代忌部氏の謎 )

歴史の陰に忌部あり?!

ともかくも到着です。(参考:洲崎神社)様。

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〇ご祭神

主  神 天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)
相殿神 天太玉命(あめのふとだまのみこと)、天富命(あめのとみのみこと)
御神徳 古来より伝承されている数々の御霊験から安産・航海安全・豊漁・五穀豊穣・厄除開運・交通安全の守護神として、また源頼朝公の故事に倣い、再起・再興の神様として信仰されています。

〇ご由来(一部抜粋です)

神武天皇の御代、安房忌部一族の祖天富命が勅命により四国の忌部族を率いて房総半島を開拓され、忌部族の総祖神天太玉命の后神天比理乃咩命を祀ったのが当社です。平安時代の延喜式神名帳に式内大社后神天比理刀咩命神社とあり、元の名を洲ノ神(すさきのかみ)と称されていました。
  鎌倉時代の治承4年(1180)石橋山の合戦に敗れ房総半島に逃れてきた源頼朝公は、先ず当社に参詣し源氏の再興を祈願し、寿永元年(1182)には奉幣使を派遣し妻政子の安産を祈願して、広大な神殿を当社に寄進されました。以降関東武士の崇敬篤く、里見家七代義弘は社領五石を寄進。徳川幕府も朱印状で安堵しています。

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神社のページを見ますと、役行者を祀っていたり、光明真言塔のようなものもあると書いてあります。神仏習合の神社であったようです。隣にお寺があるし明治前は一つであった可能性ありですね。

こちらの神様は安房神社の神様が男性神、こちらが女神様です。できれば、両方にお参りされるとよいでしょう。

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入り口近くのご由来ですね。丁度、山梨の方からこられた感じのよさそうなご夫婦がおり、ふいに「源頼朝?何かご利益ある神社なのかしら?」と、全くご存知なかったようですので、失礼ながら解説をさせていただきました。多分、地元のガイドレベルではあったでしょうw。(ただし、失われた十氏族の話までしてますので、偏りがあるかもしれませんがw)

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門へ進みます。

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門のところに、普段はたくさんの神社を管轄しているため、宮司様がご不在のようです。御朱印は書置きのものをここで買えます。

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祓いの坂ですかね。気がぐんぐん体にはいってくるきがします。

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歴史上、この仮説を促す事件がいくつかありますが、明らかに圧倒的に戦局がかわってしまうような事件に関りがありそうで、私の考えが間違っていなければ、今でも脈々と忌部の血族はいらっしゃることでしょう。

その一つが今回、お伺いした洲崎神社様です。ここはなんと、平家との戦いでぼろぼろに木っ端にされ、近侍のもの数名と海を渡って命かからがら逃げ延びてきた、初めて武家政権を樹立したあの源頼朝公が全てを失ったあとに訪れ、源氏再興と戦勝祈願し、その後、なんと味方が恐ろしい勢いでふえていきます。千葉の内房のあちこちには、この頼朝公の北上した後を記す地名が残っており、10人坂とか50人坂とか100、1000と武者がかけつけていったそうです。地元、千葉氏が味方します。そして、千葉最大の豪族、兵力は2万を超える上総 広常公の大将と合流し、当初、平家に追われた頼朝公を試して、小物ならばその場で打ち取って、平家に献上するつもりだったようですが、頼朝公から遅参を叱られ、おもわず平伏し、のちに「頼朝公は大将軍なり」と記するようでした。そして、鎌倉への難関、荒川まで到着し、集まった兵力はすでに10万程度。しかし、この川は秩父の豪族、桓武平家がおり、彼らの水運と合力がなくては渡れません。昔は川幅も泥沼化しており2キロを超えてたようです。そこで、頼朝公は70本余の白い旗をかかげます。これは源氏の象徴であり、始祖、八幡太郎義家の恩義を意味するものだったようです。桓武平家は今は平家に使えど、四代の君は頼朝公だと合流にいたります。無事、鎌倉に到着したときの総兵力、なんと、20万!5人程度のボロボロ状態からわずか数か月でこれです。

対する平家も軍団を差し向けますが、合力する武士が集まらない。富士川に到着したときには、3万程度であったようです。川を挟み睨みあい、夜にたくさんの鳥が突然、羽ばたき始めると平家軍は恐怖のあまり撤退をしてしまいました。ここに大勝利をへて、鎌倉に戻った頼朝公は、豪族たちに失われた領地を再分配し、鎌倉幕府の基礎が培われます。

もう2つだけ、事例を書きましょう。鎌倉時代から戦国時代へ。織田信長公が武田信玄公の跡取り、勝頼公と、長篠の合戦をしたときでした。有名な火縄銃三千丁をもとに騎馬軍団を撃破するあの戦いです。あの長篠の戦の絵がありますが、信長公の近くをみてください。白衣に六芒星がかかれた奇妙な服をきた人間が描かれています。

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これも忌部の方々ではないのか?一個目は、確実ですね。館山は四国の阿波忌部が船で開拓にきた土地。まつられている神々はもろ忌部の神々。そこにいのって天下をとった頼朝公。2個目も信長公はそのご、天下を統一する寸前まではいきました。これは偶然なのか?

歴史をもっとすすめれば、明治維新後の日露戦争の戦費調達に力をかしたグラバーがいます。そしてグラバー邸の門にはフリーメーソンのシンボルである定規にコンパス、中央にGが描かれているのでした。

まあ、真実はどうなのか?わかりません。ただ、そこがめっちゃパワースポットなのは間違いない!w
このような知識をもって神社にいくとさらに楽しいですよね。

そんなことを思いながら階段をのぼりつめます。

本殿です。気がすごいかも。。。。例の神道灌頂でえた印や真言をとなえつつご縁をいただいたことに感謝です。なぜにわざわざこうした作法をしにくるのか?いろいろと情報をあつめておりますが、東南海地震や首都直下型地震がくるポイントとして房総半島がトリガーになるという話がありまして、できるだけご縁があれば、キーポイントにお伺いし天災も起きないようお祈りしたいという面もあります。まあ、私がいったところでお祈りしているところを線で結ぶと、関東全域に結界ができるでしょう。。。。とか、なんとかw

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振り返ると、その先には海が。今日は曇っているためみえませんが、富士山がこの鳥居に入る形となり、また、夕方になると、夕日が入るようです。

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富士山が見えるようで。

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よかった。1,2分あるいて到着です。

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この輝く世界を見てください。富士山は雲で見れず残念でしたが、この清涼感、すごい。

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そして、頼朝公が腰かけたという松。今は数世代たっている新たに植えた木ですが。ありがたさは変わりません。ありがとうございます。

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暑いので、海水浴まではともかく、浜辺を散歩です。少し海に足をつけてみます。気持ちよかったです。

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夕方になっておなかがすいたので、お寿司屋さんへ。

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地魚のすしがありまして、ありがたや。うまかったです。

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確実に、頼朝公も得た、リベンジパワーいただけた気がします。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

先週末の日曜日、母親が「クレソンってハーブ知ってる?テレビでやっていたんだけど、免疫効果が高くてずっと食べていた人が癌克服したんだってさ」と言い出したので調べてみました。ハーブガーデン的な観光農場みたいなのないかねえ?とあちこちGoogleしておりますと、宇都宮市の白沢町に(参考:カワチのクレソン)なる会社さんが。こちらはクレソン専門の農場さんのようですね。しかし、残念なことに今年の販売は5月末で終了し、次の収穫期は9月とのことでした。

じゃあ、購入するにしても在庫分があるような専門店みたいなところかなあ。と思っていたら、普通にスーパーで売っているとのこと。

兎も角、奇門遁甲はこの時間は吉は西になっており、例の安房忌部の末裔の方々がこちらまで来たであろう鹿沼市の粟野町とハーブで検索しますと、(参考:花農場 あわの)さんを発見。ハーブを使ったイタリアンなどを食べられるレストランと農場見学、体験やドライフラワー作成の体験などいろいろできそうですね。電話をしてみますと、クレソンはないですが、今はブルーベリーの時期ということ。

ということで出撃です。ここを見学してその後、温泉という算段です。

さて、鹿沼方面に向かっていきまして国道293号線から粟野町方面へ右に曲がりますと、前から気になっていましたが、何故か行かなかった(参考:東高野山 医王寺)さんがあります。今日は何かピンときましたので寄っていきましょうか。

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(ご縁起)
医王寺は東高野山弥勒院と号する、真言宗豊山派の寺院です。薬師如来の別名である医王如来の名を寺号としていることからも知られるように、薬師如来を本尊とする寺院であり、講堂の秘仏本尊として薬師如来坐像を、金堂の本尊として薬師三尊像を安置しています。
 縁起によれば、敏達天皇の勅願により聖徳太子が自ら薬師如来を造立して伽藍を整えられ、大同4年(809)、弘法大師空海(774~835)が東国を巡錫した際に自らの御影像や不動明王などを納めて鎮護国家の道場とし、弘仁年間(810~824)、高野山の開創によって当地を「東高野山」と呼ぶようになったと伝えられています。また、日光開山の勝道上人(735~817)が夢告にしたがい山中より薬師如来を発見し堂閣を建立して尊像を安置したとも伝えられています。
 医王寺の創建については必ずしも明らかではありませんが、講堂の秘仏本尊薬師如来坐像が、平安時代後期の作と推定されることから、遅くともこの頃までには寺院としての体裁を整えていたものと考えられます。鎌倉時代には、金堂の本尊薬師三尊像を始めとして、数多くの仏像が造立され、大がかりな造営事業が進められたようです。縁起では、正中2年(1325)に、西方遠江守烏丸貞泰(~1333~)が堂宇の再建に尽力したと伝えられていますが、近年は、京都・畿内で活動し仏教信仰も厚かった宇都宮氏が、鎌倉時代における医王寺の造営事業を支援した可能性も指摘されています。また近年、吉祥天立像の納入品(『金光明最勝王経』)に記名がある晴空(1262~?)という僧侶の鎌倉における活動が金沢文庫の史料から確認され、北関東と鎌倉の間を活発に往来していた僧侶の動向が明らかとなりました。
 医王寺は中世以降、地方における仏教修学の道場としての機能を有していたようです。江戸時代・寛政7年(1795)の『新義真言宗本末帳』には、本末関係では醍醐寺報恩院流の直末寺(法流末寺)であり、末寺6ヶ寺、門徒5ヶ寺を統領する田舎本寺(中本寺)・談林寺院であったことが記録されています。江戸時代には幕府から朱印地として寺領五十石を下賜され、歴代住職の尽力により寛永年間(1624~1644)に焼失したとされる堂宇も再建されて、現在の伽藍が完成したと考えられています。当寺が所蔵する古絵図には、寛永の焼失以前の境内が描かれており、南から順に「仁王門」「大堂」「小堂」「客殿」が並ぶ、現在とは異なる配置であったことがわかります。それら堂宇のうち、現在の金堂の位置にあった「大堂」には現講堂秘仏本尊の秘仏薬師如来坐像を本尊、現金堂本尊の薬師三尊像を前立本尊として安置し、金堂の北側にあった「小堂」には弥勒菩薩坐像を安置していた可能性も指摘されています。
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開山は弘法大師とも日光開山の勝道上人とも言われているようです。また、中世においては密教修行の道場として機能し、仏教に深く帰依していた宇都宮氏が支援していたようですね。

いい感じの参道がつづきます。紫陽花が美しいです。

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立派な門です。

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金堂の屋根が凄い。

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本尊は薬師如来とのことです。中には十二神将もいらっしゃるのでしょうか。御開帳の際には是非拝見したいものです。

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そして大師堂で「南無大師遍照金剛」を唱え、少し腰を落とすと御大師様と目があうようで。

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こちらが本堂や客殿のようです。こちらも門が立派。

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いろんな紫陽花が咲いてます。

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何か禅寺のような清々しさがあるお寺でした。

続いて、花農場あわのさんへ向かいます。ここから更に10キロ程度西に向かう感じでしょうか。程なく到着です。

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いい感じのログハウス調のお店です。こちらは地元の農家の奥様方が集まって会社を興し、観光農場の成功事例としていろいろと評価されているようですね。いろんな芸能人さんも来ています。

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農場が広がっています。

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早速、ブルーベリー摘み体験です。

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少し味見をしながら、ほろ甘でうまいですね。結局、700グラム程度、1200円(100g180円とのことです。摘み分のお値段だけなのでかなり良心的かと)ぐらいを購入です。

店内に戻り、ドライフラワーなどの商品を見学です。ドライフラワーを見ると直感的に、奇門遁甲の造作科を思い出すのは中毒者状態ですね。

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折角なのでドライフラワーを使ったリース作りを体験。気が付いたら1時間ぐらいしっかりと指導していただき、なかなか見事な出来に。

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飯は食べてきてしまっているので、体験しながらハーブティーをいただきます。5種ブレンドで氷までハーブの水でつくってあるとのこと。さっぱりして最高でした。

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今度はハーブの寄せ植え?体験とか、イタリアンランチをいただきたいものです。兎も角、またこちらの方面で良いスポットを発見です。

さて気が付けば17時近く、お店も閉店近くになりましたので(参考:前日光つつじの湯交流館)さんへ。ここから、一旦、5キロ程度、粟野町市街地に戻り、つつじの湯への道に行く道で17キロ程度走ります。

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ここの右側には直売所がありまして、恒例のガッツ石松卵を購入しようとしたら売り切れでした。(ガッツ石松さんはここ粟野のご出身なので)

こちらに来る頃にはさすがに小腹が空いたので、山菜蕎麦をいただきました。

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結構な湯質ですっきりです。温泉をでるころは19時30分ぐらいでしたが、まだ夕焼けの赤味が残っていました。この山を越えると、日光連山が見渡せる前日光牧場があり、壮大な景色が広がっています。その近くに日光を開山した勝道上人や弟子が修行した三昧岩があり、更に天狗で有名な古峰ヶ原があります。ここのご朱印は天狗を筆書きしてくれて、人気が殺到し、予約3ヵ月待ち状態だとか。また機会があればいってみたいですね。

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帰宅後は、スーパーで適当な野菜を購入し、炒めものにして晩酌です。例のクレソンも発見し、炒めて、岩塩、胡椒でまぶして食べたらゲキウマでした。これは酒のつまみによいです。しかも健康に超よいらしく。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

先日、自宅でもんじゃを作りながらテレビを見ていますと、(参考 TV Tokyo様:「出没!アド街ック天国|)さんをやっていました。

(参考 DaliyMotion様:出没!出没!アド街ック天国 埼玉県SP 6月2日)




「チャーミングな埼玉」ということで、BEST20の19位の(参考:百観音温泉)さんを見て、市街地にあるとはいえ、室内施設が充実してそうで、湯質もナトリウム塩化物強塩泉で毎分1000リットルも噴出しているそうで凄そうだし、おお!これはいきたい!と思いました。

その他にも以前いったことがある(参考:サイボクハム)さんなんかも出ていました。ここでパターゴルフをやって、陶芸体験などして、バーベキューして温泉に入れるという正に食のワンダーランドですね。年間400万人来場してるのは伊達じゃないですね。

(参考:奇門遁甲ドライブ、「樺崎八幡宮」、「聖天宮」、「サイボクハム」)

折角なので、その辺で寺社仏閣とかないかなあ?と思っていますと、(参考:鷲宮神社)様が。これは先日の、安房神社並に古い神社のようですね。これは良さげだ!しかも安房神社の時に書きましたが、酉の神社関連は忌部の神々にも関連してそうです。

というわけで、行ってみました。

国道4号線バイパスを通って南下します。1時間30分ぐらいですかね。程なく到着です。

日曜はスカッと晴れて気持ち良かったですね。まずは大鳥居です。

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ご由来が。

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当神社は、出雲族の草創に係る関東最古といわれる大社である。

神代の昔に、天穂日宮とその御子武夷鳥宮とが、昌彦・昌武父子外二十七人の部族等を率いて神崎神社(大己貴命)を建てて奉祀したのに始まり、次に天穂日宮の御霊徳を崇め、別宮を建てて奉祀した。この別宮が現在の本殿である。崇神天皇の御世には、太田々根子命が司祭し、豊城入彦命、彦狭島命、御諸別王が、それぞれ幣帛を奉納した。景行天皇の御世には、日本武尊が当神社の神威を崇め尊み、社殿の造営をし、併せて相殿に武夷鳥宮を奉祀した。桓武天皇の御世には、征夷大将軍坂上田村麿が、武運長久を祈り奥州鷲の巣に当神社の御分社を奉祀した。中世以降には、関東の総社また関東鎮護の神として、武将の尊崇が厚く、歴史上有名な武将だけでも藤原秀郷・源義家・源頼朝・源義経・北条時頼・北条貞時・新田義貞・小山義政・足利氏歴代・古河公方・関東管領上杉氏歴代・武田信玄・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康等があげられ、武運長久等を祈る幣帛の奉納や神領の寄進、社殿の造営等がなされた。なかでも江戸時代には、四百石の神領を与えられ、代々の将軍の名で朱印状が残されている。明治天皇の御世には、神祗官達により准勅祭社に定められ、勅使参向のもと幣帛の奉納がなされた。そして明治天皇行幸の際、当神社に御少憩され、祭祀料として金壱封を賜り、昭和天皇の御世にも、幣帛を賜った。

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やはり、安房忌部氏を彷彿とさせる、渡来人のようですね。出雲の流れとは。

さて参道を進みます。

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ここも相当古いようですね。関東最古ということで、縄文時代、弥生時代、古墳時代の遺構と神社がそろっているようで、2000年クラスの古社さんです。

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裏にはそんなことが書いてあります。

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見てください、本殿を真横に見ていますが鳳凰のような雲が。吉祥ですね。遠くに白鷺がとんでいたし。

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正面に回ってお祈りです。本殿でお参りしていますと、御祈祷の和楽器の音が聞こえてきます。清々しいですね。これも吉祥です。

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ともかく町中なのに神社の背後の森が重厚です。こちらは八幡社でしょうか。

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入り口の紫陽花が美しいです。

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ぐるっと本殿をまわっていきます。この神社凄いですね。

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それぞれの神様にもちゃんとお参りしていきます。特に一番奥の天照大御神の社はかなり神秘的でした。ここでこそ、例の神道灌頂の法印や真言をやらないと。お経を唱えることは感謝であり、布施波羅蜜(ふせはらみつ)の実施になります。具体的な感謝の実施、感謝の形を示しているわけですね。別にそういうマニアックなものを知らなくても、二礼二拍手など礼儀をしっかりやることも同じ延長線上にあります。その実施の心の境涯が神社の気とシンクロするのです。

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最後に神楽殿をみますと、神社のご案内にもありましたが、古代より続く神楽が無形文化資産になっているようですね。

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そして、天皇皇后さまが、スウェーデン大使と共にこられたようです。宮内庁からのご要請だったようですね。

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御神籤をいただき、呪術セミナーで賜った、絵馬作法を行います。こういう良い神社では絶対やった方がいいです。

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しかも、これか!(参考 Wiki様:らき☆すた)の聖地ってここなんですね。10年前なのに一杯、キャラの絵馬があります。聞いた話では、アニメ放送前が初詣の来場者が10万人だったのが、40万人になったとか。しかも未だに町全体で町おこしをされていて、余波が続いているそうで。素晴らしいですね。

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さて、小一時間ぐらいはゆっくり堪能させていただき、続いて、百観音温泉です。

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名前通り?建物左手にお堂がw テレビでは写さなかったですね。観音様みたいですね。お参りしました。

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続いて入館しますと、また観音様が祀ってありました。小腹が空いたので食堂で軽くラーメンなどを食べて入浴です。

いやー湯質もいいし、例の46.7度の湯は痛い痛い!冷風呂でさまして、何より、寝湯で空を見上げながら、今度は龍のような雲をみつつ寝入ってしまいました。充実ですね。

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帰りに国道125号を通っていたら、おっ!あれも出たよね?!そう、18位にランクしていた(参考 食べログ様:オートパーラーまんぷく)さんをみかけました。この辺はレトロ自販機ショップの聖地だとか。テレビの影響か結構、車止まってましたね。すいません、私は素通りしちぃいましたが、次回はいってみます。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

昨日は早朝に出撃しまして、千葉館山の安房神社を目指しました。奇門遁甲は南方は日盤:丙乙(順陽豊作)、八門は景門で、卯時の時盤:乙丙(開花陽光)、八門は景門でした。
この日は事故渋滞があちこちで起きており、中々進みません。当初は安房神社に先にいって富津に戻って潮干狩りをする予定でしたが、潮が引く時間が12時30分~15時30分とのことで、予定を変え、富津海岸にて潮干狩りから参ります。約5時間はかかりました。海で清めの意味もありいいでしょう。

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結構人がきておりますが、海岸が広いので気になりません。海風が気持ちいいです。

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結構大量でした。

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続いて、館山に向かいます。ここから60キロはあります。

ようやく、安房神社に到着しました。時間は16時ぐらい。距離は宇都宮から300キロ程度、いろいろと邪魔が入る感じで流石です。純粋な吉方だと邪魔の程度も強烈です。

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(参考:安房神社)

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◎御祭神
〇主祭神:天太玉命 (アメノフトダマノミコト):日本の全ての産業創始の神。
〇相殿神
 天比理刀咩命 (アメノヒリトメノミコト)
 天太玉命の妃神。
〇忌部五部神
 櫛明玉命 (クシアカルタマノミコト) 出雲(島根県)忌部の祖。 装飾・美術の神。
 天日鷲命 (アメノヒワシノミコト)阿波(徳島県)忌部の祖。 紡績業・製紙業の神。
 彦狭知命 (ヒコサシリノミコト) 紀伊(和歌山県)忌部の祖。 林業・建築業・武器製造業の神。
 手置帆負命 (タオキホオイノミコト)讃岐(香川県)忌部の祖。 林業・建築業・武器製造業の神。
 天目一箇命 (アメノマヒトツノミコト)筑紫(福岡県)・伊勢(三重県)忌部の祖。 金属鉱業の神。
〇摂社 
 天富命 (アメノトミノミコト)天太玉命の孫神。
天忍日命 (アメノオシヒノミコト)天太玉命の兄弟神。
〇末社
 市杵島姫命 (イチキシマヒメノミコト) 海上交通を守護される海の神。
 琴平社
 大物主神 (オオモノヌシノカミ)海上交通・航海安全の神。

◎御由来
安房神社の創始は、今から2670年以上も前に遡り、神武天皇が初代の天皇として御即位になられた皇紀元年(西暦紀元前660年)と伝えられております。神武天皇の御命令を受けられた天富命(下の宮御祭神)は、肥沃な土地を求められ、最初は阿波国(現徳島県)に上陸、そこに麻や穀(カジ=紙などの原料)を植えられ、開拓を進められました。
その後、天富命御一行は更に肥沃な土地を求めて、阿波国に住む忌部氏の一部を引き連れて海路黒潮に乗り、房総半島南端に上陸され、ここにも麻や穀を植えられました。  この時、天富命は上陸地である布良浜の男神山・女神山という二つの山に、御自身の御先祖にあたる天太玉命と天比理刀咩命をお祭りされており、これが現在の安房神社の起源となります。

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前回の記事のwiki様の記事の再掲ともなっております。

(参考:忌部氏?神道を探る旅。奇門遁甲の吉盤は良縁を呼び新たな機縁をもたらす )

ことに(参考 Wiki様:天太玉命)は神事、占いの神様でもあり更にご縁を感じます。
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フトダマは、日本神話に登場する神。『古事記』では布刀玉命、『日本書紀』では太玉命、『古語拾遺』では天太玉命(あめのふとだまのみこと)と表記する。忌部氏(後に斎部氏)の祖の一柱とされる。出自は『記紀』には書かれていないが、『古語拾遺』などでは高皇産霊尊(たかみむすび)の子と記されている。岩戸隠れの際、思兼神が考えた天照大神を岩戸から出すための策で良いかどうかを占うため、天児屋命とともに太占(ふとまに)を行った。 そして、八尺瓊勾玉や八咫鏡などを下げた天の香山の五百箇真賢木(いおつまさかき)を捧げ持ち、アマテラスが岩戸から顔をのぞかせると、アメノコヤネとともにその前に鏡を差し出した。
天孫降臨の際には、瓊瓊杵尊に従って天降るよう命じられ、五伴緒の一人として随伴した。『日本書紀』の一書では、アメノコヤネと共にアマテラスを祀る神殿(伊勢神宮)の守護神になるよう命じられたとも書かれている。天児屋命(アメノコヤネ)と共に祭祀を司どる神である。岩戸隠れにおいて『記紀』では太玉命よりも天児屋命の方が重要な役割をしている。これは『記紀』が書かれた当時の斎部氏と中臣氏の力関係を反映している。斎部氏の斎部広成が書いた『古語拾遺』では、逆にフトダマの方が中心的な役割を果たしている。
占いの神、神事の神として信仰されており、天太玉命神社(奈良県橿原市)、大麻比古神社(徳島県鳴門市)、安房神社(千葉県館山市)、大原神社(千葉県君津市)、洲崎大神(神奈川県横浜市)、金札宮(京都府京都市)などで祀られている。
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駐車場がある広い参道から既に清々しい気を感じております。

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雰囲気的には建物もそうですが、伊勢神宮系ですね。

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早速、社務所に伺い「お水取り、お砂取りの御祈祷をお願いします」とお願いします。ここのお水取り、お砂取りは聖域に入るため、お祓いを受けないと入れないのです。三千円にてお願いし、本殿に向かいます。

まずは手水舎にて手口を清めます。

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御由来ですね。

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木が凄いです。

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本殿です。本日、万難を排してお参りできたことに感謝と諸々の願意をお伝えします。(今回、霊符作成の方々の願意も含め)

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本殿にて少々待機です。今日は暑い日で、虫がとんでいました。ほどなく、宮司様がこられて御祈祷が開始されます。大神の前では基本、伏し目がちで畏れ多い気持ちで恭しくいるのが良いようです。こちらは、心の中で諸真言などを唱え、感謝と願意をお願いします。ふと、中央の神鏡が気になります。凄く綺麗な神鏡で、背後の参拝者が映っていましたが、途中から居なくなり、空間が揺らいでいるような映像が見えたと思ったら、鏡の中が輝く感じになり、ふいにそよ風が吹いてきて、本殿内の幔幕がユラユラと結構、揺れました。「おお!これは大神様降臨された気がする」と思ったら、急に畏れ多い感じが強まり、足が震える感じです。これは灌頂を受けたときと似ています。心の中は暖かい感じを感じます。ありがとうございます。

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無事終わりますと、本殿後方のお水取り場とお砂取り場を紹介されまして、そちらに向かいました。

こちらがお水取り場です。奥からポチャンポチャンと水の滴る音が聞こえます。井戸になっていて、蛇口から取得できる形となっています。この水で霊符・呪符を作成するのです。これは最強クラスですね。

(参考:5月5日(丁酉)立夏に霊水取得し霊符作成予定です)

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続いて、お砂取り場へ、本殿裏は崖になっており、落石に注意だそうです。本殿沿いに向かいます。

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こちらが御砂場。お砂をいただきました。今回、霊符・呪符、鑑定をご依頼してくださった皆様にもプレゼントする予定です。

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その後、各社をお参りし、野鳥の杜ともなっている裏山に昇ります。

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天気がよければ富士山も見えるそうですが、ガスがかかり残念です。ですが、景色最高です。遠く、四国の阿波、徳島から忌部の方々は海を渡り、ここまできたのですね。感慨深いです。

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清々しい気をいただき、神社を後にしました。途中でみかけたお土産屋に立ち寄ります。お土産などを購入し、時間をつぶします。

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やはりペッパー君はどこでも独り言を唱えていますw

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変わった雲をみかけました。地震雲っぽいですが、龍のような雲にも見えます。

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夕方が近づき、館山湾に向かい、夕日と富士山が見えました。

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真っ赤な夕日と富士山。正に吉祥。素晴らしい光景を賜りました。

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さて、急ぎ、自宅へと帰ります。

帰宅後は、急ぎ、霊符・呪符を作成です。いただいた霊水を自宅の諸神に供します。自宅神殿に籠り、勤行を行い、呪符作成作法にて一気呵成の下、作成です。最後は香炉、法具にてお加持して完成です。

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ご依頼の皆様の呪符・霊符を作成いたしました。追って、ご郵送です。折角の霊水なので、以下の霊符を別途作り置きしておきました。ご興味ある方はご連絡ください。

・金融融通符(すいすいとお金が転がり込むという霊符。神道系) × 2部
 (※諸願成就符と一旦記載しましたが、再確認し、在庫数と含めて修正しております)
・怨敵退散霊符 × 2部

※今回、安房神社で賜った奇門遁甲吉方で取得した御砂(自宅神殿で加持中)をおまけで添付します。
※霊符本体を今回の霊水で作成済みです。霊符自体は自宅神殿の中央の法具の上でお加持をしております。申し込みがありましたら、霊符本体を和紙で包み、更に押印し封印をする呪を記載しますので、別途霊水を汲む必要があるため週末の対応となります。予めご了承のほどお願いいたします。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

先日、昨日と打合せついでににサクっと日帰り温泉にいきました。当然、奇門遁甲の盤をチェックの上です。

で、タイトルにありますが、東京23区の温泉密集率は日本一らしいです。探せばぽろぽろでてきます。

(参考 AERA.dot:意外! 「温泉密度」日本一は東京23区だった)

一昨日は、茅場町に用事があり、その後、東北方面、日盤は丁乙(草花温順:大吉)の景門、時盤は戊乙(巨岩梅花:吉)の休門です。そちらの方位で温泉で目をつけていた、(参考:大谷田温泉 明神の湯)さんに向かいました。

40分くらいかかりましたね。で、最寄は亀有です。始めておりました。

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こち亀はよく読みました。両さん像発見w

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で、バスもでていますが、スーツのままタラタラやっていると汗だくになっちゃいますので、タクシーで。5分くらいでしょうか、程なく到着です。お値段も700円台でリーズナブル。私が好きなタイプの温泉です。

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都内でこんな感じ、癒されます。

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湯質は透明ですがとろみがあり、少し温泉の匂いもします。ナトリウム塩化物強塩泉(弱アルカリ性高張性温泉)ということで、大体、関東平野の温泉は古代、海だった層まで、深く掘りますので、古代の海の塩系の温泉が多いようです。流石に平野部といっても海抜100メートルぐらいの宇都宮から、海抜150-200メートル矢板ぐらいになりますと、火山帯が近づくほど湯質に変化があるようです。都市部の温泉はサウナ等の施設と共に2時間程度、長めの風呂に向いている湯質ですし、山岳部の湯元の白濁湯は熱めで濃いので1時間程度で入浴のみに集中といった感じでしょうか。いずれにしても温泉はミネラル等の成分が体にしみこみ疲れがとれやすく、毒が抜けたような感じを感じますが、単に水を沸かしたお湯ですと、特に塩素が強い場合疲れるだけなきがします。これは入り続けているとわかる圧倒的な差ですね。(だったら自宅でバスクリン使った方がいいかも)

すっかり癒されて、神楽坂事務所に帰還しました。

翌日は、天王洲アイルに用事がありました。夜景などもしゃれてます。でも埋め立てで津波とかきたらやばいだろうななどとくだらないことばかり考えますw

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東京タワーと高速道路が映り風景はよいです。

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この日は南方がよく、温泉を調べたら、(参考:北品川温泉 天神の湯)さんを発見。黒い温泉らしく、これも古代海水層の植物の化石系のお湯なのでしょう。
しかも天王洲アイルから近い位置。でも徒歩ではきつく、交通機関は直行できな位置なので、またタクシーです。日盤は丁乙(焼田撒種、吉)で休門、時盤は戊乙(巨岩梅花:吉)で休門でした。ん?2日間とも似たような配列ですね、時盤は巨岩梅花連荘だし。これはついてる!?

離れ小島の天王洲アイルなのでw?誰かを乗せたタクシーが降りたのでそのまま、私が乗り込み、若い運転手さんと会話です。品川辺りからこちらに飛んできたとのこと。連荘で乗り継ぎがくると有難いでしょ?などと。で、これから温泉にいくといったら驚いていましたw 温泉密集率の話や黒い温泉の話も超うけていました。ついたのはまさに国道沿いの一見何もないところ。でも、よく見るとビルに温泉の看板がありました。私が降りるとこんなところで普通人が乗るか?といった感じですが、また乗り込んでいて、運転手さん、顔が笑っていました。余りに連荘だからでしょうか。私としては、吉方位に向かいつつの現象なので、あーなんとかく良い流れにいっているな。と勝手なことを考えていました。

一見、わからないところにあります。

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カウンター辺りも綺麗ですね。入浴料400円だいとはびっくり。

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で、肝心の温泉です。「地下100メートルから汲み上げた黒湯は、古生代からの植物が分解されて有機物となり、ゆっくりと時間をかけて地下水に溶け込んだ天然温泉です。 有機物に結びついたミネラル分が含まれているのが特長で、地表に出ても劣化することがありません。 豊富なミネラル分が肌に優しく、湯上がり後もしっとりとなめらかに保ちます。」だそうで、ちょっとオイルっぽい匂いがします。石油も化石燃料なので、匂いが似ている気がします。本当に真っ黒で、とろみがあり、体は相当温まります。

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この後はほどなく神楽坂に戻りますが、異常に腹が減り、ゴールデンウイーク前だし、一回顔を出そうかとマリアージュさんにいってみました。その話はまた次回に。

引き続きよろしくお願いいたします。

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