お世話になっております。

昨日は小野先生の手相セミナーAに参加させていただきました。
実はこの日、別の用事があり午前中にその用事に参加し、午後からでもセミナーに駆け付ける予定でしたが、なんと朝から大雨でそのイベントが翌日に繰り越しに。お陰様で両方フルで参加できることになったのです。雨なのはそのエリアだけで新幹線が走り出すと暫くすると晴れ間がみえ、東京は晴れ。全く不思議でした。

いつもの神田の会議室に向かいますと、小野先生美女軍団の先発隊と交差点で遭遇です。

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到着です。

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トランプを受付で引き、トランプのある座席に座るようになっております、こういう細かいサプライズも素晴らしいですね。

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今回のセミナーは西洋系の手相術です。占いというのは相当な歴史があり、古代バビロニアぐらいの時代からシルクロードを通して交流があり、特にヨーロッパはエジプト、インダス、インド、中国の四大文明との交流を通して独自の世界観を作ってきました。

西洋、東洋の最も違いは、西洋は実星を使い、東洋は虚星を使うことです。

(参考:アナログとデジタル、占いでの実星と虚星について)

どちらに優劣があるわけではありませんが、実星と虚星の前の記事でも説明したことがございますが、前者がアナログで後者がデジタルとも言えます。アナログはレコードプレーヤでありままの音、音楽家など以外には聞こえない高周波などや雑音も全て録音する方法であり、逆にデジタルはCDプレーヤなどに使われておりますが、人間が聞こえない高周波などは、雑音と一緒にざっくり削除する、現在では主流の方法です。

正にこれも実星と虚星の考え方に繋がります。実星のポイントはリアリズムであり、見えないところも全部解剖してみる西洋医学に繋がりますし、逆に虚星の東洋占術の世界観は天地人、この見える天地のみ、そして肉体の中まで解剖などはせず、針や漢方などを使って直していく方法をとります。中国が生み出したデジタル、2進数の基になった陰陽哲学が、イエスズ会を通してドイツに渡り、ライプニッツによって2進数という数学の概念に精錬されたとき、コンピュータが生まれる道が生まれたのです。「2進数⇒デジタル⇒自動計算器⇒世界最初のコンピュータ(ENIAC、世界大戦の弾道計算)」へと。これは真面目な歴史です。

扱うデータ量を絞ったことに、演算に使う素子の限界に合わせて演算を自動化させることができました。「手動⇒真空管⇒半導体(IC)」へと演算素子はスケールアップしてきました。もっと、分かりやすくいうと、余分な情報、CDの例だと雑音や高周波ですが、ざっくり消すことによってクリアーなデジタル音源を手に入れ、また加工も容易にさせ、現在のデジタル文明を作り上げたとまでいえましょうか。

今見えている伝統文化が他国の文化と影響しあい、お互いに補完しあっている可能性を否定することはナンセンスなことがこの一点からもお判りになると思います。特に中国は清朝時代から近代にかけて事大主義がまかり通り、貴重な時間と文化を失ってしまいました。全く持って勿体ない話であります。このような尊大主義、事大主義を持ったら破綻の始まり、と歴史から学ぶこともできますよね。これは国だけではなく個人の生き方もですが。

さて、前説はこの辺で失礼しまして、今回の手相セミナーの源流は、(参考 世界大百科事典様:Cheiro(キロ))という方のフランス語の原典を小野先生が数年かけてご自身で翻訳した代物だそうです。

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紀元前3000年ころにインダス川の上流から中流にかけて移住し,モヘンジョ・ダロやハラッパーの古代都市文化を築いた民族が手相術を創始したとされる。イギリス貴族出身の手相家ケイロCheiro(本名Louis Hamon,1866‐1936。日本ではもっぱらキロの名で紹介されている)によれば,この地方に太古から住むジョーシと呼ばれる階級の人々が手相術を継承してきたという
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日本語のWiki様にはありませんね。Louis Hamonでgoogleすると、英語版のwiki様にでてきます。

(参考 Wiki様:Cheiro)

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William John Warner (also known as Count Louis Hamon according to some sources), popularly known as Cheiro (November 1, 1866 – October 8, 1936), was an Irish astrologer and colorful occult figure of the early 20th century. His sobriquet, Cheiro, derives from the word cheiromancy, meaning palmistry. He was a self-described clairvoyant who taught palmistry, astrology, and Chaldean numerology. During his career, he was celebrated for using these forms of divination to make personal predictions for famous clients and to foresee world events.

Google機械翻訳ですと

Cheiro(1866年11月1日〜1936年10月8日)として一般的に知られていたウィリアム・ジョン・ワーナーは、20世紀初頭のアイルランド占星術師で、カラフルなオカルトの人物です。彼のソブリケ、Cheiroは、手のひらを意味するcheiromancyという言葉に由来します。彼は手のひら検査、占星術、カルデア数秘術学を教えた自己記述の透視医でした。彼のキャリアにおいて、有名なクライアントのために個人的な予測を行い、世界の出来事を予見するために、これらの形式の占いを使用した。

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この方は、インドにまで手相を追いこれら、手相の原書を残したようですね。

占いに使うのですが、元はリアリズム、西洋医学のアプローチでありまして、普通に使っても健康判断に使える代物です。健康なくして財運、恋愛運も意味がありませんし、連動しているのが実際なので当然といえば当然となります。

このセミナーですが、あと、3回予定しておりまして、今回だけで40ページ程度のボリューム。

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しかも最後に確認テスト付です。実際、いつのもセミナーよりも詰め込み率が半端なかったです。満足度高いと思われます。今回の内容は手相の基本ですが、これだけでイマイチすっきりしなかった手相が身近に、且つ、実用として使えると思えました。しかも全てのセミナーが終わったら修了証をご発行いただけるとのお話まで。これはありがたいです。

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お昼にはお弁当が。途中におやつのプリンもありがたや。

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懇親会は近場の居酒屋で。また占い談議に花が咲きました。次回も皆様と再開が楽しみです。

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引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

先日、移動中に東十条まで出撃し、久しぶりに(参考:鴨書店)様へ。

断易高等科に備え、気持ちを一新して真剣に学びたいと思いまして、神蓍を買いに参りました。

(参考:十傳スクール 断易中等科 本日 完了! 次は上等科へ! )

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東十条に来る理由って鴨書店様しかありませんよね?ってすみません。東十条も意外と独特な雰囲気です。

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徒歩十五分と地図にありましたが、このようなフツーの住宅街が続きます。会社のバック肩にかけては汗だくになります。

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着きました!

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店内は撮影禁止にて失礼しますが、所狭しと占い関係の本がわんさとおいてあります。

おっ!神蓍(しんし)だ!ちょっと太めの白木の物に交じって一つだけあったものを値段聞きますと、白木のが4千円ですがこちらは在庫もこれだけで2万円弱。買っちゃいました!でも4千円のもいいですよ。道具のそろいもGood!

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さて、断易用の賽子(サイコロ)はずっと狙っていたものが(参考:原書房)様にあるのです。

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象牙製の6万円代のもの。既にワシントン条約で象牙を取ることは禁止されていますから在庫だけです。元々、占いは甲骨文字にあるように、骨を使って占っていました。象は可哀そうですが、ともかくいろんな由縁を超えてこの断易用の賽子として存在しているいうことは、物凄く大切な機縁、貴重なことだと思います。まさに宝石、十干でいえば辛のような。これをゲット!!

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小野先生の断易はまさに日本刀の抜刀術のようにドンピシャであたります。そのために絶対外さない、そのための日本刀を手に入れた、そんな気持ちです。しかし、仏作って魂入れずはいけませんからw

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

先週の日曜は、また奇門遁甲方位取りをしました。目的地は奇しくも、奇門遁甲を使ったという説がある日本海海戦で活躍した戦艦三笠がある三笠公園の(参考:記念艦 三笠)へ。

方位が南しか開いておらず、そういう時はパワーも強力みたいです。奇門遁甲は単に方位の盤を算出すればよいのではなく、このように盤を自ら作成して掴める理解に、九天玄女の思いが込められていると思った方がよさそうです。
ともかく、この日の目的は、お客様の運命コンサルディングのお仕事があり、四柱推命を見るにあたってパワーが必要に感じていまして、甲丁の時盤をとります。(お陰でなんとか進みました、あと少しです。終わってからのブログ更新です。矢張り仕事に使うと強力に感じます)

(参考 Amazon様:「最新 奇門遁甲術入門: 世界の華僑に巨万の富をもたらし続ける秘中の勝占 (エルブックスシリーズ) 」)

(参考:奇門遁甲の真傳はどこからどこへ行ったのか?歴史だけがバロメータとなりえるのかと )


行くがてら、経路を間違えそうになったり、変な車に遭遇したりと、吉方ならではの現象を感じながら向かいます。

高速道路、横須賀に到着、海が開け、海上自衛隊の護衛艦が見えました。横須賀の町の中を通り過ぎ、三笠公園へ。周辺が満車で市役所のパーキングに置き、海岸通りを歩きます。何か南国ムードですよね。しかし、多いと思っていた在日米軍の方と思われる人が少なく、先日、テレビでやっていた北朝鮮の影響で基地の町から兵隊さんが消えているというのを思い出しました。

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ついにきました、三笠公園。始めてきました。東郷平八郎元帥が待っていてくれます。

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早速、(参考:三笠(戦艦))に突入です。

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全長130メートルぐらいあり、でかいです。

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海側からは、猿島がみえます。

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この日本海海戦で日本が負けていたら、ロシアの植民地になっていたと思われます。少なくても、イギリス、アメリカなどの列強諸国との分割統治になり、今の日本の国体(言語、文化、宗教など)は全く今の形ではなかったでしょう。それほど重要な戦いでした。対する世界最強と歌われたバルチック艦隊は、アフリカを超え1年ぐらいで日本に到着します。日英同盟がありスエズ運河を通されなかったので余計に時間がかかったのでした。イギリスは、ユダヤ財閥ロスチャイルド、ジェイコブエンリーシフ卿の資金援助もそうですが、戦艦三笠もイギリス、ヴィッカース社製ですし、前の記事に書いた高速巡洋艦、日進をイタリアに買い付けに行った時も、ロシアがスパイ映画よろしく追従しており、この時もユニオンジャックが翻えなければ、略奪、破壊されたかもしれません。まさに、007の世界です。

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この戦いは世界中に反響を呼びました。200年前までは世界中の黄色人種は白人の奴隷となり、ある万博では黄色人種が檻に入れられて陳列されるなど、機械文明によって植民地獲得合戦を広げていた世界でした。かつての大国インド、中国が割譲されている有様だったのです。その中に黄色人種の国が白人のしかも大国ロシアを撃破したのです。インド、ネール首相、ビルマのバ・モー首相、中国の孫文、をなど、アジア各国を奮い立たせ、白人側、イギリスやアメリカ各国、またロシアに苦しめられていたヨーロッパ各国などは絶賛し、子供の名前をトーゴーにしたり、フィンランドがトーゴービールを作ったり、それほどに影響を与えた戦いでした。
しかし、愚かな太平洋戦争でボロボロになった日本は、保存艦となっていた三笠は悲惨な状況となり、GHQ支配下では、「キャバレートーゴー」となり、こうした窮状を、イギリス人のジョン・S・ルービンが英字紙「ジャパンタイムズ」に投書、大きな反響を呼び、さらにアメリカ海軍のチェスター・ニミッツ提督が三笠の状況を憂いて本を著し、その売り上げを三笠の保存に寄付するなどして復元保存運動が徐々に盛り上がり今にいたったようです。何ともいつもながら、外国人の手で歴史を保存する動きとなるのは皮肉ではあります。

甲板を歩き、東郷元帥が指揮していた場所にいきます。ここで、ロシア、バルチック艦隊を目前に敵艦との距離8千メートルぐらい。

「どちら側で戦されるのですか?!」

東郷元帥が右手を左に下します。

(参考 youtube様:「取り舵いっぱい 」)




「取舵いっぱい」

「っとっ、取舵になされますか?!」

「左様」

「とおりかーじいっぱい!」 

とりあえず、真似して私もいってみましたw 

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ちゃんと操舵室で声が聞こえましたw

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「取舵いっぱい!」俗にいう、「T字戦法」、東郷ターンです。連合艦隊は、旗艦、三笠に追従し、一直線に左会頭していきます。ウラジオストクを目指し、北上するバルチック艦隊はしめたと!射撃していきますが、日本海の波は荒く、ほとんどあたりません。しかし、ターンが完了してしまい、連合艦隊はロシア艦隊の頭を押させつける形、まさに「T」字の形となり、正確無比な射撃をしていき、次々と沈没させていきます。ほとんどのロシア艦が撃沈、拿捕、最後は降伏し、帰還できた船は僅か三隻だったようです。圧倒的な勝利でした。

小野先生はこの時に利用された奇門遁甲のエネルギーは「獄神得奇(ごくしんとっき)」であると分析されています。

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(意味)地獄の神が奇跡を起こす象である。絶体絶命のところから大勝利に導かれる方位である。しかし運気を使い果たすため病気の心配があることは記憶すべきである。ちなみに、日露戦争において、東郷平八郎率いる連合艦隊はバルチック艦隊に対して、T字になるように進路を変えた。この進路を時盤でみると獄神得奇なのだ。これが奇跡的な大勝利につながったのである。
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この戦いに果たして奇門遁甲が使われたのか。しかも、実は陸軍も使っていた可能性もある、何のために?「ロシア革命を起こすために」。。。。。。。と小野十傳先生は仰います。

信じるか信じないかはあなた次第でーす!w

中艦橋内では、いろいろと展示物が楽しめます。連合艦隊各艦です。

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三笠の船首にあった菊門です。

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東郷元帥お写真。

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東郷元帥の軍服です。

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ビデオ室や一番、うけたのがバーチャル日本海海戦です。
Oculus Riftというfacebook社が莫大な金でM&Aした会社の3Dゴーグルで、凄いです。マジに世界観に入り込めました。

さて、なかなか楽しめました。

最期に三笠の勇士を見ます。壮観ですね。

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近場のお土産屋で買い物です。看板まで(参考 Wiki様:Z旗)になってますw

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近場にある(参考 食べログ様:ポットラック)様の海軍カレーをいただきました。ミルクは定番らしいです。

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奇門遁甲の肝心の時盤をとらないと。一刻(現在の2時間)の境目までに入場し、実際には17時前、そして19時まで次の一刻の境を超えるのです。こちらは、防衛大学の近くにある(参考:横須賀温泉 湯楽の里)様。

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写真奥に写っていらっしゃいますが、防衛大学生が。矢張り土地柄ですね。

オーシャンビューの露天などを楽しみ、休憩スペースでも海を眺めつつ、落ち付きます。

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200キロの彼方の宇都宮に3時間弱で帰ります。今日のは効きそう、帰りも邪魔現象がありました。やっと到着し、軽く晩酌しつつ、お土産のあれを開きます。そう、東郷ターンZIPPOw

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ぼちぼち眠りにつきました。

引き続きよろしくお願いいたします。
 
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お世話になっております。

昨日はついに、小野十傳先生のスクール、四柱推命卒論科にて丙日編のテキストを賜りました。残りは「丁(ひのと)、戊(つちのえ)、己(つちのと)、庚(かのえ)、辛(かのと)、壬(みずのえ)、癸(みずのと)」と果てしないですがw

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とはいってもこの日は乙編をやっておりました。木行の方、特に乙の方は運命的に一度折れると回復不能な傾向が強いので注意が必要です。甲のみ「死木(しぼく)」という生き方が残されているようですが、草花、つる草である乙は刈られればそこで終わりです。
乙編のテキストも終盤です。季節は秋、冬。乙にとって秋の月例は最も忌む季節となります。与えられた命盤が悪くても、大運は等しく、平等に訪れますし、またこの大運が如何なるエネルギーで、自分の命盤の各要素にどのような影響があり、想定される結果はどうなのかを知ることが大切となります。

あくまで想定です。

よく四柱推命は運命は変えられない。またそれを言い切る占いのため云々という議論があります。

そうですね、母親から生まれる際、肺から溶液が吐き出され、初めて外気に触れた際、その時点の地球上の地磁気によって、子供の大脳にリズムが刻印される、その刻印がパソコンのBIOS、OSのような形で吉凶禍福に様々に影響していく、それが四柱推命です。

ではこの刻印を変えることはできるのか?

お判りのように過去は変えられないのでできません。しかし、過去を知る、過去の解釈を改善することで未来に活かすことはできます。具体的には、OSパッチソフト、アプリケーション部分に相当するところ奇門遁甲などの法術に該当します。

そのままにしていたら、そうした事象が発生する、具体的には不幸になる未来を想定し、幸福になる想定のエネルギー配合を導き出します。そう、喜神(きじん)を取り、忌神(いむかみ)を避け、奇門遁甲方位エネルギーを取得する。そして幸福な未来の予想図に向かった行動をとることで、元々の忌む想定は回避されていきます。

重要なのは、例えばパソコンだってハードウェアだけでなくソフトウェア同時に改善しなければよくなりません。運命も同じです。
私のような九流術師だけでなく、お客様ご自身が、これに気づき、意識的にそのエネルギーをとり、またそのエネルギーに即した生き方をしなければ具現化致しません。

ところが、どうしてもお生まれによっては絶望的な配合、絶望的な大運の方はいらっしゃいます。しかし、神はいらっしゃるのですね。また御父母の切なる子供への願いが、必ず四柱推命には秘められています。忌む運命からの脱出ルートが。これを見極めるのが四柱推命卒論科に課せられております。

こうした四面楚歌的な運命の状況で絶中生(ぜっちゅうせい)、絶の中に生を得る、まさに運命の奥の細道を割り出し、皆様を幸福に導く秘鍵をまた一つ賜りました。

暑い日で6時間耐久の授業の後は五臓六腑に染み渡る酒を。断易師範の水守先生や門下生の皆様と。至福の時ですねw

(参考 食べログ様:どったんば)様。

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丁度、手相セミナーを来週に控えており、皆さん、手を広げあって話の花がさきました。命卜相の相学としての手相は重要です。

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そうそう、別件でございますが、阿闍梨との密教セミナーの打ち合わせを昨夜やりまして、御数珠、輪袈裟なども事前に準備し、事前にお加持し、当日は数珠、輪袈裟の扱い方、そして在家次第、在家次第の中にある真言の伝授なども範疇に企画しようと膨らみました。こうご期待!でございますが、先日書きました7/8は準備やご予定も立て込んできていらっしゃるようで、秋口あたりを想定しております。素晴らしい教えを日本に展開する!をミッションとしてラインナップ充実させてまいります。

(参考:「思い切った断捨離は過去の自分との決別に等しいかも 」)

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

道教セミナー興奮冷めやらぬまま、気が付けば週末。さて、私としては、神秘学領域の三人の先生のうち、もう一人の方。普段よりお世話になっている日本の真言密教の神仏の世界もご紹介したいのです。それも最高の阿闍梨を。もし反響があれば7月8日にご予定をとれそうですが、腰を据えてもうちょっと先とも考えております。反響次第ですが。

(参考:「我が家の守護神、立里荒神とのご縁」)

この日は、知人の方とふと話題になった、有名な方に開光してもらった霊的オブジェがあるというのですが、その有名な方は実は、あちこちで問題を起こしており、いずれ日の目に当たるだろうと思っていたら、なんとその方が結構、霊的オブジェを買い込んでいた模様。私が知る裏情報では、その有名な方が作ったオブジェには邪霊?まあ、邪気でしょうね、が入っているようで、不幸になるようです。まあ当たり前です。しかも高額らしいです。めっちゃ高いは、糞みたいなおまけつきだわ、おまけに最後はストーカ的になるはで、ろくでもないですね。そういう時は北京語でこう言いたいです。

不要!(ぷーやう!)

まあ、勿体ないから、①お清め、お祓いして残す、②古物商、ヤフオクなどで売るw(これは紛い物で迷惑かけるので陰徳損失!w)、③寺社仏閣に収める、④普通にゴミに出す。などの選択肢を示しましたが、真面目な方ですので、③を選んだようです。

いずれにしろ、本当にそのオブジェがやばいものなら、絶対、捨てる時に邪魔をしてくる。これは奇門遁甲の吉方位を取る際と同じですね。ただ、この場合、今の運気より高い運気を取るアゲインストとしてのバイアスと、今の運気を少しずつ抜き取り、分からないようにして支配しようとしてくるオブジェの違いがあるので、感覚を鋭くして、また、「おかしいな?」と思ったら、すぐに時系列でおかしくなる前、後を比較し、誰と会ったのか?何かを買ったのか?どこに行ったのか?などと点検した方がいいです。因果の法則。必ず原因、トリガーがあります。ちょっと戻ってみて、何か買った後に変になったらそれを身に着けない、など切り分けしたり、勿論、私のように断易でみたりするのもいいでしょう。私は以前、実家にあるでかいやばい石があり、捨てに行くとき家族喧嘩は起きるは、目が急に充血してくるは怖かった経験あります。石も生まれに種類があるという話があり、迂闊にたくさんもつのは注意ですね。

その方が相当お金突っ込んでいたし、もっと早く教えてあげればと、情報共有も兼ねてご飯食べようかと誘ったら、お忙しいようで仕方なく一人で、呑んでおりました。

場所はまた神楽坂、(参考 食べログ様: 侍 神楽坂店)様。丁度、(参考:神楽坂毘沙門天)様の隣のビル。

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ふと呑み始めますと、「あっ!あの先生を一回お誘いしてそのままにしていた!」と頭に浮かび、これならどうだ?と、イカの画像wを送ります。

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「そのイカ食べに行こうかな?」とご回答。見事ゲット!w これがまた刺身食べた後、尻尾のところを焼くか、天婦羅にしてくれてこれもうまい。

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この方はYoutube成功者、まさに流行りのYoutuber。

この美熟女整体先生は骨格整体の先生です。しかし、そのお年から考えられない程キュートな方。その辺の一流企業のマネージャ同等以上に相当稼いでおられる様子。いろいろとビジネスや神秘学にて参考になるお話しいただきました。

美熟女整体先生「その人が運命が変わる時は衝動に駆られるように変わるわよ」

私「所謂、四柱推命の大運のようなものですよね」

美熟女整体先生「そうね、自分で変えるというより、突き動かされる感じでしょうね。でも大切なのは心。その人が根本から変わろうとしないとどんなに高等な施術を行っても無駄よ。私自身、お客様が過去と決別し変わろうとする決意を見せたとき、サービス以上に対応するわ。その時の変わりようは恐ろしいわよ。」

などと、お客様の導入事例写真を見せられましたが、別人か!と思うような変わりようでした。しかしまあ、おおおおお。これはまた四柱推命や占いのポイントとなるようなナレッジのご共有でした。奇しくも、捨てることにより変わるという点が何か共通点を感じました。

帰りは神楽坂駅まで先生を見送り、流石におとなしく事務所に帰りました。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

第一回、道教セミナーご参加の皆様、また、ご興味をお持ちの方、本記事を見ていただきありがとうございました。
マネジメントをご支援させていただきましたが、今後、道教セミナー、三多道長様へのお問い合わせは、直接、三多道長様へお問い合わせください。

Google検索エンジンにて、ブログ、facebookが直接検索可能です。

当ブログ、ご愛顧いただき誠にありがとうございました。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

先日、食べた店でなくもう1軒有名店が。(参考 食べログ:もつ鍋 やましょう 神楽坂店)様。前回、予約一杯でのリベンジです。有名店みたいです。

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ん?上座に今日のお客様の女性を座らせたら、お箸に花が。僕にはなかったので粋な計らいですね。

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馬肉は霜降り、トロ?凄いですね。

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やましょう鍋さっぱりでした。

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今夜のお客様は、霊視能力者、リーディング、ヒーラーの美熟女先生と夕食を。お年はめいていても美しいので緊張しますね。子供の頃から霊能力があり、霊障に悩まされ続けましたが、持ち前のパワーでシングルマザーながら、お子様二人を有名学校に入学させるなど立派に育て上げ、今ではお子様も独立され、お孫さんもいらっしゃる立派な方です。丁度、四柱推命の大運の変わる時、避けていた霊能力に向かい合い、諦めて(腹をくくってと彼女曰く)これと向きあって、修行して使いこなそう、仕事にしようと決心され、アメリカに渡り、エドガーケイシー系のリーディングを学び、元々の能力を活かしてこの世界に入られた方のようです。ともかく初めて会ってからそうですが、ズバズバ言ってきて、正直、はじめは「ホンマかいな?フーン」と思ってました。良いお年のはずですが、キャバ嬢顔負けの雰囲気もあるかもですが(^^; 
私も実業はITコンサルタントやってますし、職業柄、エビデンス(証拠、実証)がないのに見えるとか言いきれない性分でして、こちらの世界でのフィルターも必ず歴史、由縁、血脈、内容と概念(コンセプチャル)面の確認をしつつ、本当に効くのか?実績はどうか?事実(ファクト)、エビデンスを確認を怠れない性分です。どちらの世界も紙一重、インチキ、まがい物がいますのでバランスが重要かと。
今夜は四柱推命での見立てをこちらに持っておいていた方を彼女が一方的に言ってきて、一応、試すためにこちらは云わずに聞いていると、ズバズバこちらの見立てを当てていくので結構凄いなと。勿論、小野先生の四柱推命卒論科の圧倒的な戦闘力をかみしめているこの頃ですがw
ビジョンで見えるようですね。ならば、これはどうだい?と、ちょっとエロイこと僕が考えたら見えるのかな~と、喰いながら反応見ていましたが、反応なし。こういうのはフィルタされるのかな?w(ってすみません)

さて、おアホなことはともかく、いつもの都市伝説ネタ。5月11日(って今日ですねw)、12日、13日危なそうだね、と。まあ、落ちは「信じるか信じないかはあなた次第です!」ですがw

(参考:中壇元帥(哪吒太子)道教セミナー来臨!5.11、5.12、5.13都市伝説系の妄動を破邪顕正か?! )
(参考:Kiruna乱舞開始(4.22) 、イルミナティカード「Up against the wall」実現か?! )

彼女曰く「それね。ビジョン見えてるよ。ぶっちゃけ、もうすぐ戦争きそうだね。地震とか災害でなく。北朝鮮の金なんとか、お兄さん暗殺されたでしょ?あれが全ての始まりになりそう。あの報道あったとき、ビジョン来たんだ。アメリカの自作自演系もありそう。だって、戦争はビジネスだよ」

私「やっぱりかー。米軍基地近くは危ないとかなんとか。一説には、ベトナム戦争の原因となったトンキン湾事件を真似て、相模湾事件なんて都市伝説もね」

彼女「でも日本は大丈夫。あと、戦争はじまってもすぐに終わっちゃいそう。ただ、今年はいろいろと歴史が変わる転換点になりそう」

私「事件はいつぐらい?今年?」

彼女「今年。でも細かい月までは。。。。」

とのこと。まあ、こういう風に出していると起きないバイアスかかることを信じて書いてますがw

こういう人、例の観落陰などやってもらうとすぐに霊界にいけそうですし、ご当人も行きたかったようですが、今回は残念なことにご予定ありで、道教セミナーにはこられないです。でも、ご縁ありそうだから別途か次回には道教セミナー出会えるかもですね。勿論、十傳スクールではいろんなコースに出られているし、手相セミナーにもこられるのでご縁はあるかもです。

(参考:「【拡散希望!】『 第一回 道教セミナー 初伝 本邦初!!北斗星君を勧請する秘密科儀』(追加リーク)」)

道教セミナーご参加者、かなりレベル高い方が結集しそうな予感。これも有難いご縁になるかと楽しみです。

いろいろと談笑し、大久保通りにて、タクシー御見送りしました。

もつ鍋はこの辺でw 次はイタリアン、おフランスでも開拓します。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

昨日は日光へ。奥日光に一泊し、東照宮で陽明門が修復が完了したとのことで行ってみましょうかと。

勿論、いつもの奇門遁甲はチェック済みです。宇都宮からですから2時間かからず中禅寺湖に到着します。チェックインまで時間がありますし、中禅寺湖の歌が浜で写真を。気温は暖かく小さな虫がたくさん飛んでいました。この辺で海抜1000メートルはあります。

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チェックインまで時間がありそうだと近くの(参考 食べログ様:メープル)様で遅れたお昼を。

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中禅寺湖を見ながらの食事は格別でした。

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次は一気にホテルへ。戦場ヶ原を超え、奥日光湯の湖畔の温泉郷へ。こちらは(参考:奥日光小西ホテル)様。こちらは、前からよく日帰り入浴には来ておりまして、湯質や雰囲気など良いとよく知っていての予約でした。ともかくこの湯の湖温泉郷の湯質は半端ないっす。

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夕食まで時間がありますので、ちょっと湯の湖を散策を。やっと春が終わった感じです。こちらは海抜1400メートルの場所です。でもさほど寒くなく丁度良い感じでした。

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湖畔を少し歩くと、野鳥の声などが聞こえてきます。癒されますね。

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ホテルへ戻って温泉へ。この白濁の湯がたまりません。夕食もとても美味しかったです。

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夕食が終わってロビーに参りますと何かイベントが。(参考 Wiki様:投扇興)大会が行われていました。

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投扇興(とうせんきょう)とは日本の伝統的対戦型ゲームの一種である。桐箱の台に立てられた「蝶」と呼ばれる的に向かって扇を投げ、その扇・蝶・枕によって作られる形を、源氏物語や百人一首になぞられた点式にそって採点し、その得点を競う。
投扇興の起こりは江戸時代の中期、安永二年 (1773) の頃の京都であったとされている。中国伝来の投壺(とうこ)という遊びがあったが、これは作法やルールが煩わしく、誰でも手軽に遊べるものではなかった。そこで女性や子供でも、手軽に楽しめる遊びとして投扇興が考案され、庶民の間で大流行した。しかし、投扇興が賭博に利用されることもあり、幕府からたびたび禁止令が出さることもあった。そして明治以降は、西洋化の影響などによって投扇興も、ごく一部の人の間で楽しまれる程度に衰退していった。戦後になって復古され、現在は大小の団体が様々なルールや形式を用いてそれぞれ活動している。またマスメディアによって、度々取り上げられ、認知度もかなり上がっている。

(ルール)
流派によっても違うが、緋毛氈の中央に的を置き、投者2名が向かい合って扇子を交互に10回程度投げて、合計得点の高いほうが勝者となる。投げる距離は0.9 - 1.8m。距離が近い流派の場合、投げる際に前かがみになってはならない、など制約がある。
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枕(台)の上に置かれた、蝶(的)を目がけて、投扇興用の扇を投げます。

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点数表の紙が渡されまして、まずは練習を続けます。右手の手の甲の代に関節あたりに扇をのせ、親指を添え、まっすぐ振り下ろすと、扇がふわっと飛んでいきます。

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単純に蝶を落とせばよいのではなく、落ちた結果、蝶が立っているとか、扇と位置関係で点数が大きく変わるようです。内容とは百人一首などをが使われえており、なんとも雅な雰囲気の遊びです。中々楽しめました。

たっぷりと温泉を堪能しまして、翌日、宿を後にしました。また来たいですね。マナー、サービスも良い素晴らしい宿でした。

さて、日光市内まで降りてきてへ東照宮へ向かいます。ゴールデンウイークですし、陽明門修復イベントもあり、混んでますね。

(参考:日光東照宮)様です。

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三猿です。

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続いて陽明門です。綺麗に修復されているようです。

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この門の上に北斗七星が輝きます。門をくぐり、本殿でお祈りした後、奥の院へ。眠り猫がいます。

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細い回廊を辿っていきます。階段は若干多く200段程。

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途中でこのような看板が。胸に響きますw

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ついに奥の院へ。

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こちらが家康公の墓所です。

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家康公は一度、静岡の久能山東照宮に埋葬された後、武者行列しながらこちらに運ばれました。隠宅風水で行う二度葬ですね。徳川将軍家の墓は日光は、東照宮の近くにある(参考:大猷院)に三代将軍の家光公の墓所があります。あとは東京の上野の寛永寺、芝の増上寺の3箇所になっています。特に芝増上寺では戦時中、爆撃でお墓が破壊され、中の水銀処理されたミイラがでてきたようです。二度葬の中にピラミッドにつながるような半永久的に子孫にパワーを与えるような思想がありそうですね。水銀は、高野山の弘法大師の奥の院でもでてくるキーワードであります。

この辺のお勧め本は、東照宮の文庫長の方が書かれた、(参考:日光東照宮の謎)がお勧めです。

吉田神道に人を神にして祀る技法が伝えれており、実は家康公の前にこれを実施した人物がおりました。それは誰か?

阿弥陀ヶ峰、(参考 京都観光Navi様:豊国廟(駒札))の豊臣秀吉公です。

上に挙げた日光東照宮の謎にこのことが詳しく書かれています。秀吉公も実は神になっており、豊国大明神(とよくにだいみょうじん)という神号です。この辺の経緯は歴史的にもかなり面白いですし、密教、神道、そして風水的な観点でとても興味深いと思います。

こちらの東照宮や奥の院の場所は、恒例山という小さな山の峰に建てられておりまして、元々は、日光開山勝道上人の墓所があったようですが、奥の院から表鬼門、北東に位置する現在の開山堂に移動されています。対して、裏鬼門、南西に家康公を日光に祀った人物であり、信長公によって焼き討ちされた比叡山の復興をはじめ、寛永寺と共に天台宗中興の祖といえる、徳川幕府の黒衣の宰相と言われた天海、慈眼大師の墓所があります。西は三代将軍、家光公の墓所があります。このように日光山内でも霊的な結界が張られているのです。勿論、その他の歴代将軍の墓所がある、東京の寛永寺、芝増上寺と結ぶと、日光と江戸を結ぶ霊的結界がみてとれます。

日光山は1200年前からの古い山岳信仰がありまして、熊野信仰、出羽山岳信仰などとも深い関わりを持っておりました。日光三山にはそれぞれ神仏が習合されています。神仏習合の世界観です。さらにこの古代信仰を活かす形で東照大権現、山王一実神道の世界観が組まれています。

奥の院の場所は、関東平野全域の巒頭(らんとう)としてみなした最強の龍穴(りゅうけつ)、もはや徳川家だけの風水を超えており、徳川の繁栄だけでなく、江戸、東京は、日本全域に影響を及ぼす風水装置が作られており、そしてその起点となるこの場所は重要な場所であるといえるでしょう。

家康公は400年前にその基礎を作ってくださった、と頭が下がるばかりです。前の記事でも書きましたが、都市の基礎となる治水の点で、元々、江戸は荒川、墨田川、江戸川、そしてなんと利根川まで江戸湾に流れ込んでいた、首都にするには不適切な土地だったのです。それを利根川を銚子に東遷事業を50年かけて今の江戸が完成しています。このようなハードウェア面を補うのが、風水という霊的な仕掛けです。まさに家康公は、その馬印「厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)」そのものに、江戸の枯山水を浄土に変えてしまった。

(参考 Wiki様:厭離穢土)
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厭離穢土 (おんりえど、えんりえど)とは、浄土教の用語。欣求浄土と対句で使われることが多い。読みは、おんり-が一般的だが、辞書によってはえんり-を採用しており、逆におんり-は誤りとするものもある。この娑婆世界を「穢れた国土」(穢国)として、それを厭い離れるという意味であり、阿弥陀如来の極楽世界は清浄な国土であるから、そこへの往生を切望するという意味。語源は、源信の『往生要集』冒頭の章名に由来するが、その内容は「欣求浄土」とともに、浄土教思想の基本的特質を表している。
厭離穢土欣求浄土」は戦国時代、徳川家康の馬印に用いられたことで知られる。松平元康(後の徳川家康)は、桶狭間の戦いで今川義元討死の後、菩提寺である三河国大樹寺へと逃げ隠れた。前途を悲観した元康は松平家の墓前で自害を試みるが、その時13代住職の登誉が「厭離穢土欣求浄土」と説き、切腹を思いとどまらせたと言われる。すなわち、戦国の世は、誰もが自己の欲望のために戦いをしているから、国土が穢れきっている。その穢土を厭い離れ、永遠に平和な浄土をねがい求めるならば、必ず仏の加護を得て事を成すとの意味であった。
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(参考:「風水都市『東京(江戸)』における四神相応と『五帝霊符』について 」)

奥の院からふと北東方向をみながら、目を閉じると、まるでドローンにつけられたカメラのようにこの辺の風景がイメージできます。このあたりのハイキングコースはくまなく歩いており、イメージできるのです。山から下りれば、パワースポットとして昨今有名になりつつある滝尾神社が。滝尾神社から石畳の歴史散策路を南に下り、開山堂、そして山内に至り、四本龍寺から神橋へ。そこからまた北に戻れば、輪王寺の各院のお寺などがあり、輪王寺が、そして東照宮の正面へと。西に大猷院、南西の大黒山に慈眼堂が。日光の風水曼荼羅がイメージできる気がします。

このような日光山内の俯瞰イメージをしたら、今度は意識を高いところにもっていくと、家康公が終生愛した富士山から発した龍気は実は男体山の頂上から見えるのですが、日光三山(男体山、女体山、太郎山)に至り、そこから龍は東照宮の龍穴から吹き出し、平野へ驀進します。時折小さな山など山海を生みながら。男体山からスカイツリーの海抜634メートルと同じ高さの東照宮から発した龍のエネルギーは、波打ちながら日光街道を下り、東京の皇居に至ります。皇居は東の丸、西の丸と太極図のような構成となっています。ここで龍が太極でうねりながら、天空に駆け上がり、天から関東全体、日本全域に気が降り注ぐようなイメージが持てます。

観想を終え、目を開けますと心地よいパワーが満たされておりました。しかしまあ、このようなことをビジョンをもたれていたのですかね、慈眼大師は。凄すぎますね。良い満足感に満ちつつ、東照宮を後にしました。

そうだ!先日の達磨の自分の開眼のために霊水をとらないと。二荒山神社により、霊水をいただきました。神泉苑入口にはこのようなアニメキャラが。昨今多いですねw

(参考:達磨の里にて師匠様から達磨式開運ポイント、達磨寺にて鎮宅霊符神のご神徳賜りました )

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さて、自宅に戻り晩酌にします。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

昨日は西方、11時からは天盤:丁、地盤:甲で青竜援軍(吉)、天補星、休門、九地で総合的に良しです。

さあ、いつも傍らに小野先生の著書(参考 Amazon様:最新 奇門遁甲術入門 世界の華僑に巨万の富をもたらし続ける秘中の勝占)を開きましょうw

〇丁甲:青龍援軍
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(意味)薪という燃料を得て、炎が勢いよく燃え上がっている象である。丁奇の頭脳の良さが遺憾なく発揮され、物事が気持ちよく調和されていく意味である。多くの人たちに支持され、王道を歩んでいくだろう。
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内容良し!ですね。西かあ。。。長野善行寺でも?ちょっと遠いですね。それに百観音霊場の締めにいきたいのですよね、現時点で、坂東霊場三十三観音霊場、秩父三十四観音霊場は満願しておりますので、西国三十三観音霊場を終えれば、その締めにいくのが一番良いのですよね。なかなか近畿攻めきれてないw

(参考:坂東三十三観音霊場の思い出)
(参考:開運ツアー『秩父観音霊場』の思い出 )

「達磨の絵付け体験にいこう!」などという人がいます。じゃ、それにしましょう!

やはり吉方。なんとなく邪魔が入るような感じを感じつつ、高速道路で向かいます。途中、何かトイレ行く人いない?と気になり案の定、高崎ICを降りて一般道に入ってもなかなか左側にコンビニがないです。あーいう感じにでるんだ、と納得。と言っている間についてしまったので、良かったですが。

到着です。

(参考:だるまのふるさと 大門屋)様。

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大きな達磨、たくさんの達磨がお迎えです。

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体験では、一回目はこちらから選びます。

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私は金のやつを。

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暫し前の組の方が終わるのを待ちます。その間に見回っていると、なんと前ブッシュ大統領に達磨を渡している写真が。

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あちらが工房です。ある種、神域らしく、おしゃべり厳禁のエリアらしいです。

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いよいよ時間がきて、達磨作成の匠であらせられる中田純一様にご指導いただきます。まさに達磨師匠様!

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達磨師匠様「ここに来た方はみな遊び気分でくるが、今回の達磨は誰のために絵付けするんですか?」

私「これは勿論自分のためですね」

達磨師匠様「ならば、いい加減な気持ちで作って願望が達成すると思いますか?」

私「それは絶対ないですね。そりゃそうです」

達磨師匠様「あと、目を入れるのは知っておられると思いますが、達磨さんってのは片目を入れられて、願望を達成するために頑張ってくれるんですよね。あと片目をいれてもらうために。で、その願望をご自身が頑張るわけだから、他の人に入れてもらうのはどうなんだろうと思いますよ。だって願望に向かって頑張るのは自分ですからね」

確かに納得いくお話しですよね。ただ、神仏信仰者としては、特に真言密教的な発想をする私ですと、三密加持、つまり、神、行者、人(信者)が揃うと成就するような発想がありまして、とはいいつつ、人たる我々信者も達磨師匠様のいうぐらい、気持ちを入れ、本気で願いを込めることが大切なんだと思いました。そう、行者が代わりに願望達成のために身代わりになることはありませんから。あくまでその機縁、偶然、僥倖、タイミングを作ってくれるのが神仏であると考えております。その神仏に人(信者)より修行して作法を以て取次してくれるのが行者さんという理解です。でも、この師匠様の考え、重要かと。

さて、塗り方を師匠様にやっていただき、こちらもトライです。筆とサンプルがあります。

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完成です。乾かしてもらい、袋をいただきます。

達磨師匠様「どうでした?筆の持ち方難しかったですかね。あと一つ難しかったことありませんでした?」

私「一生懸命書くのですがなかなか」

達磨師匠様「そうです、真剣になるから難しくなった。それが大切です」

とまあ、まるで禅問答をいただいたような。そんなこんなで、少しお話しさせていただきますと、目の前にたくさんある達磨は中尊寺さん向けらしいです。ご供物用らしく。全国の寺院ご用達は本物。

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達磨師匠様「これからどこいかれますか?」と最初の厳しげな顔から優しいお顔になり、お言葉。

私「いえ、達磨寺にいって、その辺散策ですかね」

達磨師匠様「でしたら、鼻高展望花の丘に行かれるとよいです。山と平地の境目のような場所で、赤城山、子持山、榛名山、妙義山、浅間山などが見渡せる素晴らしい場所です」

私「なるほど、昔、赤坂の大企業にお勤めの一流大学出の若い方が、群馬出身の方で、僕の生まれた場所からは毎朝、たくさんの山がまるで朝日にお辞儀をしているかのような場所でした、と言っておられましたが、それを思い出しました。良い土地には良い人が生まれますね。」

達磨師匠様「いやいや、そんなことは」

っとご謙遜していましたが、群馬には有名な政治家など多いです。達磨師匠様しかり。良い土地は人を育む、なるほどです。

大変有難いお言葉と達磨を手に入れました。ありがとうございました。

さて、次は(参考:少林山 達磨寺)様です。
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(ご縁起)昔、碓氷川のほとりに観音様を祀るお堂がありました。ある年の大洪水のあと、村人たちが川の中から香気のある古木を引き上げて霊木として観音堂に納めておきますと、延宝八年(1680)一了居士いちりょうこじという行者が霊夢によって訪れ、信心を凝らして一刀三礼、達磨大師の座像を彫り上げ観音堂にお祀りしました。この噂は「達磨出現の霊地・少林山」として近隣に広まりました。その頃の領主・酒井雅楽頭忠挙公さかいうたのかみただたかは厩橋城(前橋城)の裏鬼門を護る寺として、水戸光圀公の帰依された中国僧・東皐心越禅師とうこうしんえつを開山と仰ぎ、弟子の天湫てんしゅう和尚を水戸から請じて、元禄十年(1697)少林山達磨寺(曹洞宗寿昌派)を開創しました。享保十一年(1726)水戸徳川家から三葉葵の紋と丸に水の徽章を賜い、永世の祈願所とされました。
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社務所も達磨だらです。

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社務所から本堂への階段です。

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こちら本堂です。供養用の達磨がたくさんありますね。

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徳川家にご縁深いようですね。正に達磨のお寺です。こちらでも絵付け体験できます。達磨堂の横にも社務所がおお!達磨開眼について書かれていますし、何気に横には鎮宅霊符の祈祷のご案内があります。

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私の場合は、持ち込んだうえで、達磨大師の開眼供養をお願いしました。こちらの達磨を買った場合は300円、持ち込みは500円。達磨大師の前で開眼してくれ、小さな点を入れてくれます。帰宅後、大きく塗りつぶすのです。この時、先の中田達磨師匠の念入れ作法をすれば倍増ですわw 勿論、霊水をとってきて、我が家の神殿で勤行して入れますがね。ひっひっひw マニアは徹底するのですw

お坊様が達磨堂にこられ、一個ずつご開眼儀式。無事、達磨開眼も終わり、小さな点をいれていただき、背中に御札を張っていただきます。

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吉方にきたら、香炉の煙を全身にすりつけるだけでなく、この開眼達磨も煙に浴びせます。15時から鎮宅霊符神の方位除け祈祷をうけます。受付は下の社務所です。こちらでも達磨開眼や写経受付などや休憩エリアには仏教書なども拝見できそうです。日差しが暑いですが、暫し、庭を散策。ツツジが美しい。

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時間が来たので本殿にあがろうと。鎮宅霊符神の木札が本殿に。

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本殿に入りますと、初めてです。鎮宅霊符のこのような大きな神像を拝見したのは。これは凄い。壇の手前に玄武、妙見神、又の名を玄天上帝の象徴たる亀に巻き付いた蛇の神像も。

お坊様がきました。禅宗さんが何がいいって、大般若転読でしょう。これがめちゃくちゃご利益があるというものです。ご真言を唱えながらやっていただけるのです。

(参考 Weblio様:転読)
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①法会において,経の題名と初・中・終の数行を読み,経巻を繰って全体を読んだことにする読み方。大部の経典,ことに大般若経で行われる。略読。転経。 ↔ 真読
②経典をきちんと読むこと。読経。
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お経の読み方って声を出す、目で読む、とかいろいろありますが、転読は経典をアコーディオンのようにブワーっとめくりながら、一回読んだとする作法です。これは真言が伴い、僧侶が伝法を受けないと使えない作法であります。ご利益はこの転読の風をうけるだけで地獄に行かないとかいろいろあるらしいですが、今日はこの辺にしておきましょう。

御祈祷が終わってお坊様から。「お札自体は神棚に設置いただきますが、こちらの御焼符は燃やして、丑の刻、2時にご自宅の四方に巻いて清めてください。やり方はこちらにありますから。」

うわー凝ってますね。流石。2時ってw 神秘行は何かと丑三つ時が多いですが、天魔外道の時間でもございます。

おお!清々しく力に満ちてお堂を後にしました。ありがとうございました!

続いて、達磨師匠様に教わった(参考:花高展望花の丘)様です。

更に先にある農園に行き、ブルーベリーアイスを食べました。風景よく美味しさ倍増です。

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凍ったイチゴが激うまでした。今日は節季は立夏です。暑い!

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おっ!やばい、16時。17時から奇門遁甲の時盤とらなきゃ。17時前に建物に入らないと。温泉はどこにいきますかね。

(参考:相間川温泉ふれあい館)様に決定!

やはり細い道にダラダラ車でぎりぎりの到着となりました。なんとか10分前。Good Jobです。

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お湯は茶色から灰色っぽく濁っており、鉄っぽく、味は塩っぽいです。源泉かけ流し。湯質良いです。すっかり温まり、ご飯を食べてから帰宅しました。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

レッドクリフって三国志の映画ありますよね。度々、引用させていただいておりますが。

で、キャストもそうですが、何か暗示的なものを感じておりました。ちょっと書いておこうかと。何か、この呉が日本をイメージして作られているのでは?というのがこの記事のテーマです。

実際、歴史的にそんなことがあるのか?と調べてみるとあるんですね。

(参考 Wiki様:倭人 /呉人としての倭人)

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現在では、紀元前450年頃の、つまり春秋時代(「呉越同舟」で有名な呉越戦争の時代で、呉が滅亡した時期)の組織的な大規模な水田跡が九州で見つかっており、又、「倭人は周の子孫を自称した。」という記録もあることから、長江文明の象徴でもある水耕稲作文化の揚子江一帯の呉人が紀元前5世紀頃、呉王国滅亡とともに大挙して日本列島に漂着していたという説も有力になっている。春秋時代の呉人は百越のひとつでもある。『宋書』楽志「白紵舞歌」というものがあり、その一節に「東造扶桑游紫庭 西至崑崙戯曽城」(東、扶桑に造りて紫庭に游び、西、昆崙に至りて曾城に戯る。)とある。この「(白)紵」というのは呉に産する織物であった。近年、遺伝子分析技術の発達によって、筑紫地方(『日本書紀』の「国生み」)と、呉人は極めて関係が深いということが明らかになってきた(日本人#系統参照)。1999年3月18日、東京国立博物館で江南人骨日中共同調査団(山口敏団長)によって「江蘇省の墓から出土した六十体(二十八体が新石器時代、十七体が春秋戦国時代、十五体が前漢時代)の頭や太ももの骨、 歯を調査。特に、歯からDNAを抽出して調査し、福岡山口両県で出土した渡来系弥生人と縄文人の人骨と比較した結果、春秋時代人と前漢時代人は弥生人と酷似していた。DNA分析では、江蘇省徐州近郊の梁王城遺跡(春秋時代末)の人骨の歯から抽出したミトコンドリアDNAの持つ塩基配列の一部が、福岡県太宰府の隈西小田遺跡の人骨のDNAと一致したと発表された。『日本書紀』の「国生み」での「筑紫」の国名の命名では、「漢委奴国王印」が発掘された志賀島一帯の地名香椎(カシ(現在は「かしい」)は、百越人地帯としての「越(コシ)」の訛りとされる。元明天皇の時代には、百越人の住む地帯を『古事記』でも「コシ(越)」と読んだことから、北九州で百越人の一部族である「(春秋時代の)呉人の住み着いた場所」とされる。また、「越」は山陰地方名として『日本書紀』の「国生み」で登場する。また、律令制度では越国(越後・越中・能登・加賀・越前)として画定された。「越」は「高志」「古志」とも表記された。
「越人」も「呉人」も、どちらも「百越人」と呼ばれ長江文明の稲作水稲文明を日本にもたらした弥生人の一種といえ、春秋時代末期に「越」によって滅ぼされた「呉」の海岸沿いの住人たちには入れ墨の文化があり(荘子内篇第一逍遙遊篇)、これは魏志倭人伝などの倭人の風俗と類似したもので、呉人が海路、亡命して漂着したという説も有力である(安曇族も参照)。
崎谷満はY染色体ハプログループO1b1/O1b2系統を長江文明の担い手としている。長江文明の衰退に伴い、O1b1および一部のO1b2は南下し百越と呼ばれ、残りのO1b2は西方及び北方へと渡り、山東半島、朝鮮半島、日本列島へ渡ったとしており[14]、このO1b2系統が呉や越に関連する倭人と考えられる。
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とまあ、学術研究でも関係性が深いことが明らかみたいです。とすると、古い漢文化は漢字と共に日本にあるが、今の中国には誰がいるんでしょうか?少なくても元の漢文化の持ち主ではないでしょう、元の支配以降のモンゴルなど大陸系の人々の可能性が高いです。

まあそれはともかく、何故そう思っているかというと、パート1のシーンで呉が初めて出てくる以下のシーンです。

(参考 youtube様:Seeking Zhou Yu )



なんと、城の本陣に鳥居のようなものがあります。

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これは周瑜がのっている旗艦にも鳥居と太鼓があります。

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はじめ、船の方は偶然だろうと思っていましたが、この本陣のシーンを改めてみて間違いないと思いました。明らかに鳥居を意識している。中国の大陸の方は鳥居に嫌悪感を示す方もいます。世界大戦と以降の反日教育の影響です。日本軍事国家=神道のような形です。

それにこの練習シーンのやけに統率のとれた感じ、どうにも日本的です。それと、この後、笛を吹く少年が現れたときに見せる周瑜の風流なところなど。漢文化を表していながら、なんとなく日本の匂いを感じてしまいます。最後に少年のおじいちゃんの牛が軍隊内の誰かが盗んだことを軍全体の責任として、個人の責任を問わせないところなど、わざわざそこまで描写するのって何だろうと冷静にみますと、本当日本的だなあと思ってしまいました。実際、諸葛孔明役は金城武さんですし、甘興(甘寧をモデルにした架空の人物に中村獅童さんがキャストされています。

その他にもいろいろと感じるところがあるのですが、誰かが作為的にメッセージを込めているしたら、こういうことでしょうか。
いずれ、三国志のような戦争がアジアに再発するかもしれない。その時、魏は勿論、中国でしょう。蜀は?中原たる中国から脱出して力をつけた国、そう台湾でしょうか。そして、呉は日本です。

などと妄想ですが、見るたびにそう思ってしまいました。

引き続きよろしくお願いいたします。

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