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お世話になっております。

本年も皆様には大変お世話になりました。2017年、残すところ、後、1時間程度。

今日も大掃除に追われ、夕方は買い出しにでて、〆は海鮮鍋でした。〆〆はうどんにて。

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チョイ高めのスパークリングワイン、白、辛口にて。

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気が付いたら何回目のお正月なのかw

中学生になってはじめて手に入れたステレオコンポで聞いたのが、(参考 Youtube様:TOTO Stranger in town)でした。
紅白みながら、ノートPCから激しく鳴らせてうざがられていますが。。。。だって安室の番がきてるしw



うーん、懐かしい。TOTO。80'S。昭和から平成、そしてまた年号が変われども、引き続き燃え続けねば!w

今年は、新年早々、火急のプロジェクトに剣闘士・グラデュエーターのように投入され、無我夢中で仕事を断ち切ってきましたが、気が付けばプロジェクトは静謐に。そして次なるプロジェクトも、奇しくも殉死された方の御霊に導かれるように参画し、お客様の失望を繋ぎ、ベンダさんのマネジメントの一翼を担いました。ちょっと、かっこいいかもですw
そして、こちらの九流術師稼業も、皆様のお引き合いをいただき、私自身、かなりの勉強とパワーアップをいただきました。本当に皆様、ご縁のあった方、ありがとうございます。来年も何卒宜しくお願い致します。

来年は1月3日にはいつも日光山輪王寺に朝一7:30の護摩に伺います。護摩堂の管理者、柴田阿闍梨のお護摩が待っておりますので。その後は、二荒山神社さんや滝尾神社で霊水を取得予定です。中禅寺湖にもあがり中善寺にお参りも恒例です。霊符、呪符ご依頼の方はお早めにご連絡お願いします。

来年も精進してまいります!何卒よろしくお願いします。

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お世話になっております。

本日から休みとなりまして、親戚への挨拶が夜に控えており、昼間のうちに温泉に行くことに。

本日は南西か北西ですが、南西にしました。日盤:甲甲(双木盛森、大吉)、生門、時盤:丙辛(日月相会、吉)、休門でした。
温泉はいつもの(参考:栃木温泉 湯楽の里)さんへ。

15時から一刻(2時間)、温泉に滞在して取得しようとしましたが、時間があったので、近くの大平山へ。

山の下の方に六角堂という虚空蔵菩薩を祀ったお堂があります。明治維新前は、神道、仏教の境なく祀られていたようです。

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こちらも折角なのでご真言を。阿闍梨様より賜った真言には虚空蔵菩薩さんのもあるので。

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太平山の下から登山する場合はこの辺から登るようですが、車にて太平山神社を目指します。
途中、謙信平という見晴らしの場所にでます。この辺には、蕎麦屋などの食堂が並んでいまして、大平山名物、蕎麦、焼鳥、厚焼き卵、団子を、花見の時の野外テーブルみたいなところで食べることができます。流石に冬なので暖かくなってからでしょうが。
富士山やスカイツリーを確認できました。

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名前の通り、上杉謙信公が関東進出に来られた際の由縁があるようです。

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また車に戻って(参考:太平山神社)到着です。下りの階段を見ると凄い。車で上まできていますが。アジサイの季節はお勧めの道です。

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太平山神社の歴史は『諸神座記』を始め多くの古文書によれば、垂仁天皇の御宇に大物主神(おおものぬしのかみ)・天目一大神(あめのまひとつのおおかみ)が三輪山(現在の太平山)に鎮座されたときに始まると云われております。今からおよそ二千年も前のことですが、太平山神社の周辺からは古い時代の祭祀遺跡・祭祀遺物が出土しており、太平山は非常に古くから信仰されていた山であったことが伺い知れます。
『太平山開山記』によれば、「円仁(慈覚大師)は何年にもわたり太平山の入山を拒否されていたが、淳和天皇の御代の天長4年(827)、天皇の勅額を奉じることでついに入山を果たした」とあります。これが今日伝えられている「天長四年慈覚大師開山説」で、旧暦1月8日に執り行われる神蛇祭(しんださい)の祝詞にも伝えられています。こうして太平山神社は「神仏」を祭る山としての第一歩を迎えたのです。この後、太平山は神鎮まる御山として一大宗教の霊地となり、摂末社および寺院が八十余遷座・建立されました。さらに明徳3年(1392)には後小松天皇から「太平山神社」の額を下賜されましたが、天正13年(1585)の戦火で、これら淳和・後小松両天皇の額は焼失してしまいました。戦国時代に北条氏と対立する上杉謙信が太平山から関東を臨んだという言い伝えが残っているほど、関東平野を一望できる地に太平山神社は鎮座しております。天正年間に兵火によって社殿が焼失してしまう不幸がありましたが、近世の初期には早くも復興し、徳川幕府から朱印地50石を認められました。さらに寛政年中(1789~1801)には「御願御抱場」となるなど、民衆のみならず朝廷や幕府からも「天下太平を祈る社」として信仰されました。『雲上明鑑』『雲上明覧』にも「下野 太平山宮司」「野州 大平山神主」または「野州 大平山別當」と記載されるなど、武家伝奏が朝廷へ執奏する社でもありました。
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本殿、各社にお参りしました。

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東の方向を見ると筑波山が見えます。

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次は本殿裏手の山の上にある本宮を目指します。

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10分弱の距離とのことですが、結構な山道です。右手に栃木市内が広がります。

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ついに本宮到着。神々しい感じです。神域故、ロープで結界されています。

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先に進みますとこちらが本宮、剣宮・武治宮です。太平山山頂は更に奥ですが、ほぼ山頂に近い場所の陽です。森の中の不思議な場所です。

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ご祭神は天目一大神(あめのひとつのおおかみ)。天照大神の窟隠れの時に天利霊剣を造作された神様とのこと。剣を造作して神威助けたところから、悪を制して善育み、世の中をよくするご神徳があるようです。

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お参りしますと、とても良い気に満ちていて、超清々しいです。すると、不思議にも急に風がなかったのに、ふうっとザーっと風で林がたなびき始めました。まるで神々が囁いているような、心地よく歓迎してくれているような。是非、皆様にも聞いていただきたく、動画にしてみました。

(参考 Youtube様:太平山神社奥宮 剣宮 風の声)



すっかり癒された感じですが、15時前に温泉へ。2時間たっぷりとゆっくりしまして、17時過ぎに出ました。根付け完了w
親戚に挨拶し、今夜もふけていきます。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

本日は御用納めでした。ですが、先週末の写真が溜まっているのでw、書いておきます。

この日はクリスマスでしたが、真珠アクセサリー作り体験というのがあって、那珂川町というところへ。
奇門遁甲の東北方向の日盤は、辛壬:寒風刃月(凶)、傷門で微妙、時盤は、乙丁:草花温順(大吉)、開門でOK。

予約時間までまだあるので、ちょっと寄り道を。

ここは日本一の梟(フクロウ)の神社、(参考:鷲子山上神社)ということです。フクロウというとイルミナティしか思い出さないのですがw

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鷲子山上神社は、栃木県(那珂川町)と茨城県(常陸大宮市)の県境に位置し、標高470メートルの山頂にあります。 緑深い木々に覆われ、四季それぞれの自然美をたたえています。 古来より霊峰と言われ、境内全域が現代の言葉で言われるパワースポット・スピリチュアルスポットです。
神社の創建は、大同2年(807)大蔵坊宝珠上人が諸国遍歴中に四国の阿波国(徳島県)に立ち寄り、製紙業が盛んであることを知り、紙漉きの技術と共に守護神である天日鷲命(あめのひわしのみこと)を勧請し、鷲子山に社殿を建立したといわれます。
その後、大巳貴命や小彦名命がまつられました。鎌倉時代末期になると、当地方は下野国中央部を勢力圏とした宇都宮氏支族の武茂氏が統治していました。神社はかつて朝日嶽と呼ばれる地にありましたが、天文21年(1552)現在地に再建したと伝えられています。現在は、栃木県、茨城県の指定文化財となっています。鷲子山上神社は、大鳥居 の中央が県境という、全国でもめずらしい神社です。また近年は、フクロウの神社(不苦労神社)として知られ、運気上昇・金運福徳・厄難消除を願い、多くの方が来山されてます。
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栃木県と茨城県の県境にあり結構なワインディングを上っていくと到着です。

この神社にお参りする方々には宝くじ大当たりする方が多いようです。というか、神社側も当たった方は積極的に教えてという感じで自然とそういう方がふえるのでしょうw 私も似たようなものですがw

駐車場から本殿に向かうと左手に旧本社がありそこに巨大な日本一?のフクロウが。

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このフクロウの中央の柱をバチで3回叩いて柱を抱きしめるらしいですw 

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さらに、四方の柱は四神、玄武、青龍、朱雀、白虎にみたててありそこに手を触れろとか凝っています。シュールでなんじゃこりゃ?感がありますが、気軽に見聞するには悪くないです。

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何気に小雨がふってきました。一旦、車に戻って傘持ってこようかな?でもいいや、と本殿に向かっていると止んでいました。吉祥の雨ではあります。

門前町に食堂、売店、社務所が立ち並びます。

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この神社を分断する感じで県境がありますね。

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本殿への大門を潜ります。途中、富士山が見えるポイントがありますが曇りで見えないですね。

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本殿到着です。

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本殿裏手に回ると稲荷さんと椿園への道が。

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椿、いいですね。

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美しい。。。。奇門遁甲の造作の触媒に持って帰りたくなる衝動にかられましたが、ぐっとこらえますw

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こちらにはあちこちに梟が置かれています。見ざる聞かざる言わざる梟がかわいいです。

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十干十二支梟?

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九星梟?

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フクロウロードとはw 本殿から降りてくると逆ルートだったみたいです。

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イヤーシュールですw お触りしてと書いてあり、可愛いのでお触りしていっちゃいます。これに奇門遁甲梟とか六十四卦梟とかあったらいいのにw

掘り出し物はこちら。亀井戸。勿論、湧水。東北の霊水はこちらもよろし。

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昔ながらのポンプでよいです。

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げっ!気がついたら時間がやばい!梟さわりすぎたw

急ぎ車に飛び乗り、アクセサリー体験の場所に向かいます。この御山は道が狭いため一方通行なのですが、下りで間違えてしまって、来た時の道じゃない道に。奇門遁甲の吉盤を取るとよく起きる現象です。(って自分でこういうミスが多発することも含まれます)
でもこちらは一切信号がなく、なんとか滑り込みセーフでした。結果オーライにて。

こちらは(参考:なかがわ水遊園)さんです。

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池もあり気持ちのいい場所です。真っ白な鷺がまっていました。

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こちらは淡水魚中心の水族館なのですが、こうした体験コーナーもあるのです。右側に行くと水族館やショップですが、左手は一面体験コーナーです。

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「真珠でアクセサリー作り」体験ですね。今回は体験にまっしぐら。

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「水遊園のおさかな研究室で、本物の真珠貝から真珠を取り出して、ネックレスやストラップのアクセサリー作りが体験できる。」というもの。どちらかというと理科、生物学的なお勉強の延長としてのアクセサリー作りという感じみたいです。モロ、研究室みたいな感じ。

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入場時に、ペンダント、ストラップなど作るもの、個数などをいいます。900~1,500円程度の良心的な価格設定。私はペンダント、ストラップをチョイス。

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先生方がプロジェクターに資料を映しながら養殖の歴史や貝の生体などをご説明です。

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御木本さんが真珠の養殖に世界で初めて成功したらしいですね。あのミキモトってそうだったんだ。

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これアコヤ貝。

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このヘラみたいな器具で貝をひらきます。貝柱があり少し力が必要です。

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中から真珠が!

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これを綺麗にあらって、アクセサリーにいれて完成です。

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これは金運上昇でしょうw ストラップとペンダントですが、ストラップは自分の財布に。ペンダントは御袋にもであげましょうか。

帰りは(参考:大田原温泉 太陽の湯)に立ち寄りすっきり。中々のドライブでした。

もうすぐお正月ですね。お正月は日光など各地へ行きますので、霊符の作成をご要望の方はお早めにご連絡ください。また、霊符・呪符総合メニュー(PDFファイル)をご要望の方にはメールで電子版をお送りします。リンクの【紀右衛門への問い合わせ】より必要事項を記載の上ご連絡ください。

引き続きよろしくお願いいたします。
 
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お世話になっております。

タイトル通りですが、実は、時盤とはいえ、これから座山時盤に鬼遁出現。既に、12月22日の冬至で奇門遁甲の時盤の陰遁、陽遁も切り替わりました。西ですね。丁戊(守火有炉)、開門で鬼遁。この神楽坂部屋は「精神と時の部屋」でして、いろいろと実験中ですが、良い盤を頂こうとすると、邪魔が入ります。神遁だ!とか思っていたら立向盤じゃねーか!とかw

イメージ的には、自宅で100倍重力で修業するベジータみたいなものでしょうか、しかしブルマの声優の鶴ひろみさん、お亡くなりになられたの本当悲しい。ブルマやドキンちゃんの声、ちょっと悪戯娘、悪っぽいんだけど、実は愛には真っすぐな女性的な声で好ききでした。ご冥福をお祈りいたします。

(参考 Youtube様:ベジータ450倍 重力特訓)



でも、今トライしていている方法は、結構、効くかも。。。。。実証が必要ですね。

神楽坂といえば、結局、高い店はいけませんからw、あまり徘徊しているわけではないのですが、貧乏人の甲斐性でしょうが、先日、近くの白銀公園にいってみました。ここは昔、渡部温という方の屋敷があったようです。(参考:白銀公園を遺した人・渡部温物語)

この方は誰?(参考 Wiki様:渡部温)

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渡部 温(わたなべ おん、天保8年6月20日(1837年7月22日) - 明治31年(1898年)8月7日)は江戸時代末期から明治時代にかけての日本の英学者、教育者、実業家。幕臣で漢学者の渡部重三郎の子として生まれ、長崎その他で洋学を学んだ。幕府の洋書調所(後に開成所)で英語を教え、大政奉還の後は幕臣を中心として開かれ、西周を頭取(校長)とする沼津兵学校の教授となった(この頃までは旧名「一郎」を用い、維新後に「温」を名乗る)。廃藩置県後に東京に戻り、新政府に出仕、大蔵省などを経て東京外国語学校校長などを務めた後、漢学の世界に戻って「康煕字典」の校訂をほとんど独力で成し遂げた。その後、実業界に転じ、渋沢栄一等と共に東京製綱株式会社の設立に参画、同社の初代社長となる。また東京瓦斯(都市ガス普及以前の時代であるが、ガス灯の需要が大きかった)や横浜船渠の開業にも関係している。生涯に一度も欧米の土を踏んだことがないにもかかわらず、その語学力は群を抜いており、多くの分野での翻訳実績を作った。地学、軍事、経済(アダム・スミスに最初に言及した一人と言われる)などの多方面に及んでいるが、もっとも知られているのが、イソップ物語を翻訳した「通俗伊蘇普物語」であり、これがベストセラーとなり、修身の教育にも採り上げられたために、「イソップで蔵が建った」と噂されるほどの財を築いた。
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凄い方ですね。康煕字典ってのは、中国清王朝時代の五大帝の一人、康煕帝の折、百官の学者を全国より集めて、中華思想の体現でもあるでしょうが、漢字辞書を編纂したのです。とはいえ、やはり帝国のバイアスのせいか、間違いも万単位であるようで、
それを独力で治した方がこの方らしいです。風水マニアなら五帝古銭とか六帝古銭とか聞いたことあるでしょう?あれの一人の帝です。
上記の記事では、日本女子大名誉教授の片桐教授は、この方のバックヤードにはここ、神楽坂が元々、徳川譜代の幕臣達の屋敷の土地であり、明治維新後もそれら元幕臣達の博学に頼ったのでは?と結んでおられます。
この辞書が何か関係あるの?と思われる方。手持ちの国語辞書の冒頭か巻末を見てください。掲載の漢字は、康煕字典に基づくって書いてあるはず。そう、なんと、中華に生まれし漢文化の漢字を我々がしっかり継承し、本場中国は、簡略化され失われているのです。一応、台湾には継承されていますが、北京語だと元の漢字と違います。なので、古い風水文献や仏教書など、現在の中国人は読めない。何なんでしょうかね。。。。

さて、矢来公園は杉田玄白さんが出てるし、こっちは実業家にして辞書を治しちゃうは、イソップ童話で蔵立てちゃう方ですか?wやっぱり土地って重要なんですね。

そんなノスタルジーに浸りつつ、神楽坂駅の神楽坂口から北の方へ。こういう狭い通りの先に期待感があったりしますね。

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公園を軽く見ました。矢来公園と違って石碑等はありませんでした。普通の公園。

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赤城神社で軽くお参りし、赤城坂を下りていきます。神社の横の坂ですね。

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赤城坂の途中。ここに、(参考:MOJO COFFEE)さんがあります。ニュージーランド、ウィリントンで展開され、日本ではここ神楽坂が一号店のようですね。何となく惹かれて行ってみました。

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ニュージーランドは、私の大好きな映画、ロードオブザリングの撮影地で一度行きたいと思っていました。現地でも凄く愛された映画のようで、一般の方でエキストラ参加して結婚した人や離婚した人もいるぐらいのムーブメントだったとかw
もしかしたら、現地でスタッフ達が飲んだかもしれませんね。

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うん、こじゃれてるけど、何か機能的というかさっぱり感がありますね。

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モーニングですが、うまい。何かきゅっとしまりがありますね。アボガドの云々というサンドイッチを食べました。

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ぼーっとしていると、やはり英語圏の人が多く来ますね。べらべら英語しゃべってます。渡部 温さんだったら、彼らにベラベラ喋りかけるのでしょうねw

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

昨日は冬至。霊符・呪符作成のご依頼をいただいておりました。
前回までの話で一陽来復は陰の極みからの陽への反転。そして、極陰の場所はつまり、陽の誕生地であること、もっと踏み込めば母なる女性を意味するのかと思うのです。この冬至、一陽来復の陽の出発点にふさわしい場所はどこか?それもできるなら奇門遁甲の吉方で霊地があり極上の湧水が取れる場所。私は既に全方位に霊水取得ポインをを抑えております。この点は抜かりなしw

(参考:冬至の前の本日は節分?縄文時代から冬至は太陽信仰(日の本)。明日の冬至は寺社仏閣へ!)

今日の日盤を確認すると、北、東北、西あたりがでてきます。北ならあそこだな、東北ならあそこ。。。。西かあ。あっ!勝道上人!そう、日光山を開いた勝道上人の誕生にご縁のある寺、出流山満願寺は?しかもあの奥の院で勝道上人のご両親が子宝を祈願してお生まれになったのが勝道上人と聞いた気が。これだ!

以前も坂東霊場巡りでお世話になりました。あの時はお巡りしていたので奥の院は次回と思っていました。(だって、坂東霊場は関東一円、最短距離でも1,100キロ必要でして。。。)

(参考:坂東三十三観音霊場の思い出 )

(参考:出流山 満願寺)
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〇縁起
真言宗智山派 出流山満願寺は、弘法大師御作の千手観音菩薩をご本尊とする坂東三十三観音第十七番札所です。今から千二百余年前に修験の行者、役の小角によって「観音の霊窟」(鍾乳洞)が見つけられ、天平神護元年(765年)日光山繁栄の源を作られた勝道上人によって開山されました。この「観音の霊窟」には鍾乳石によって自然にできた十一面観音像があります。

 下野の国司(今の県知事)の高藤介の妻が子宝に恵まれず、この「観音の霊窟」で子宝を得ることができるということを聞いて21日間「観音の霊窟」に籠り、翌天平七年に男の子を授かりました。この子がのちの勝道上人です。以来、当山の奥之院にお祀りされている鍾乳洞で自然にできた「十一面観音菩薩」は子授け、安産、子育てのご利益があると信仰されています。

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一口に日光開山に何か意味があるのか?と思われると思いますが、勝道上人の志に日光山を開いてたくさんの人の利生を開くというものがあったようです。で、話が飛びますが、徳川家康が関東に移封されて、江戸を開くにあたり、日光にいずれ家康公を神にする法、それは吉田神道に人間を神として祀る法があったらしいです。家康の宗教政策を取り仕切った黒衣の宰相と呼ばれた慈眼大師・天海大僧正は日光に天海蔵という書庫の倉があるほど、世界の書物をかき集めていたようです。そのような方ですから、その霊廟を置く場所すら先に考えをもっていた可能性がありました。正に江戸の風水師と呼べる方です。東照大権現として祀るにふさわしい場所は日光に選ばれ、東照宮の奥の院、家康公の墓所の場所は恒例山という龍穴ですが、かつて勝道上人の廟があったところです。家康公の墓所にするうえで、北東に勝道上人の廟を移築した、それが現在の開山堂です。このように縁起を考えていくと、そこには勝道上人が日光山で修業して利生を開いていなければなかったかもしれません。そして、その勝道上人もご両親がこの出流山満願寺の奥の院にこなければ生まれなかったかもしれない。こうした縁起の連鎖は、偶然なのか必然なのか?
いずれにしても明確なのは、根があること。根源を辿ることです。間違いなく一陽来復の根の根源の力を賜るテーマに合い、奇門遁甲の吉方であり、名水の湧水があること、これに合致しているのが、出流山満願寺さんかと。

奇門遁甲は?西は、日盤の天盤と地盤のは、甲癸(樹根甘雨、吉)、八門は驚門。時盤は、辰時(7-9時)、甲丙(青龍返首、大吉)、景門です。いける!w

さて、やっぱり吉方確定ですね。家を出て幹線に入った途端、電柱を積んだ車がUターン失敗して目の前で切替しているわ、車線かえてぬかしたら、砂利がこぼれそうな状態のトラックがいるわ、やけに危険系の車が妙にでてきます。しかし、これもいつもの現象だとわかっているので、気にせず進みます。

一時間程走らせますと、いい感じの山が見えてきます。

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途中、石灰業者の工場が広がり、デカいトラックにすれ違うのでちょっと怖いです。こちらでもトラックの駐車に巻き込まれ止まったり。でもこの辺、圧巻ですね。さてさて程なく到着です。

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あれ?さっきずっと前を走っていた車?トラック駐車のときわざわざハザードランプたいた人っぽい。この謹賀新年の看板を取り付ける業者の方だったんですね。正に新年と共に来た感じでしょうか。取付中の山門を潜り、ご挨拶してくぐります。

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本堂前の手水舎です。こちらも湧水を引き込んでいるので、この水でもよいですね。でも、今日は別の場所。

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本堂に向かいます。途中、お不動さん、弁天さん、稲荷さん、など小さい社もできるだけ拝んでいきます。本堂で焼香を。でも売ってない。。。でも、持参していたりしてw 吉方ではお香を受けた方がいいです。

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本堂向かって左手にも湧水が。こちらも引き込んでいるものです。この水でもよいですね。でも今日は別の場所。

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本堂右手から奥の院に入れます。

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いつもはいらっしゃる受付に誰もいないです。

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一旦、社務所まで戻り、入山料300円を支払います。その際、霊水についてお聞きしますと、先ほどの2箇所をお教えいただきました。

私「その奥の、奥の院の方に湧き水ございますか?」

社務所の方「ありますよ、不動滝の滝場が源泉で滝となっているものです。」

私「そこでいただいてもよろしいでしょうか?」

社務所の方「大丈夫ですが、滝場で入水して数メートル歩いて滝が落ちる場所で水をうけなくては無理です。この寒さの中ではねえ。。。。」

私「そうですか、わかりました」

と答えましたが、こりゃ、そこが一番かもしれないと確信しましたw

さて再び本堂まで来て、右手の奥の院への道に向かいます。入口には弘法大師が立たれていました。更なる聖域でしょうから、袈裟を装着し、数珠をもって進みます。

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凄いです。正に修験者の道って感じです。周辺には苔むした石塔群があります。永遠の時を感じさせます。

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苔むした仏像や石塔が立ち並ぶ道を歩いていきます。

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落石注意の看板が。熊もでそうです。ここはまさに山w

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渓流の水が美しい。ここの水だって問題ないですよ。

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平道かと思ったら、傾斜きついです。息が上がってきました。

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1.5キロということで、20分近くあるきましたか。同じ距離数でも平地と山は全く異なるので注意が必要です。甘く見て低山だからと遭難する人もいますので。妙な獣道などにはいかないことが大切ですね。これ以上は勘弁とおもったぐらいにやっと見えてきました。

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これが出流山満願寺奥の院。。。。。凄い!崖に張り付くように立つ奥の院です。

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あの建物の奥の洞窟にご本尊がいるのです。崖から源泉となって滝が噴き出ている感じで不動滝があります。

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靴、靴下を脱ぎ、ズボンをまくります。お不動様ご真言を唱え、お水をいただく旨お断りして入水します。吉方なのでこのぐらいの禊があった方が丁度いいです。いくぜ!

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ご依頼者の方々のため、例え極寒の寒さでも我進む!的なw あれ?冷たいは冷たいですがそんなに寒くない?気合の御蔭か、やはり山の岩盤の熱のためか源泉地点は意外と暖かいのかもしれません。氷結もしてないし。

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手を滝に伸ばすとやはり濡れますが仕方ありません。不動真言を唱えながら、我、即ち不動明王なり。。。。有難うございます。無事完了。

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滝と奥の院を俯瞰するとこんな立ち位置です。凄いですよね。

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何か荘厳な感じでした。逆に体が熱いです。さて、奥の院を見上げ、階段をのぼっていきます。

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そして奥の院にはいります。おお!十一面観音様はわかるのですが、何故に、三面大黒天?、そして、右側は勝道上人ですよね。

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ただ、日光三所大権現は大黒天、弁財天、毘沙門天を有しており、その根の場所ともいえるこの場所に三面大黒天がいるのも納得できます。何故なら、三面大黒天はこの三神の合体神ですから。豊臣秀吉公の自念仏として有名ですよね。そして我が家にも三面大黒天をお祀りしています。先日も奇しくも奇門遁甲の陰遁と陽遁が切り替わる甲子の日に、妙義山中之嶽神社様で大黒様にご縁がありました。吉祥の連鎖を感じますね。

(参考:陽遁に変わる甲子日 満月に向かう月を仰ぎ「中之嶽神社大黒天」に御参拝 )

さて、洞窟に参ります。

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この鍾乳石がご神体です。中央が十一面観音の御後ろ姿、左手が三面六臂の大黒天、右手が勝道上人、左奥に延命地蔵尊様、乗っている台座が蓮華、右手に観音様の宝袋と、そして台座の下には白龍、黒龍、四十八海の島々と。

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こちらが解説ですね。

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さて、先ほどの霊水を傍らに勤行です。何か凄い暖かいです。やはり岩盤の中は暖かいのか、ご神体の気をうけて暖かいのか。何れにもしても荘厳です。

完了!帰路につきます。こんな道を歩いてきたのかw 凄いパワーをいただけたのか、心が超陽気になり、体は熱いです。頭は清々しく、涼しい風が通り抜ける感じでしょうか。

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帰りは下りなので若干楽です。正午に近づき、太陽がまぶしいです。

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ついに、本堂まで来ました。素晴らしいお寺でした。ありがとうございました。

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さて、お腹が空いてきました。ここ出流山満願寺の門前町は名水の里として蕎麦屋で有名です。今日な何気にいつもお世話になっている、(参考:手打そば 石山)さんがお休みでした。そもそも、Googleで「満願寺 霊水」などと検索していたましたら「不動滝にソバの実を10日漬けて。。。」というネタを拝見して、いいね!と思っていた(参考:元祖手打ちそば いずるや)さんへ。電話してみたら心地よいご対応、これは良さげ。

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行ってみますと、先ほどの電話の旦那様か清々しいご対応。芸能人がたくさんきてますね。前から大きな店で気になってはいました。

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蕎麦が中心なのは当たり前ですが、メニューが豊富に思いました。五合蕎麦、舞茸汁、季節の天婦羅(舞茸、椎茸、シメジ、ししとう、かぼちゃ)です。かぼちゃは冬至の縁起物でよいですね。

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ふー、舞茸汁あったまりますね。そして蕎麦。うまい!この天婦羅、特に椎茸の皿の裏側のところに油がいい感じでしみ込んでいて、塩で食べると超旨い!

イヤー満喫でした。急ぎ、戻りまして、霊符・呪符作成です。この霊水も半端ないw 今日は自宅の神殿の神々にも奉仕しませんと。霊水も含めて供物をはずみ、勤行の後、作成開始です。完了!!!やはり3時間コースでしたw 終わって家族の元へ戻ったら「いい香り、お坊さんみたい」と言われましたが、線香ガンガンたいていたからですねw

終わったら、宇都宮餃子の有名どころ、(参考:餃子専門店「正嗣」)さんの餃子を買ってきてくれていました。

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宇都宮餃子といったら、正嗣派か?みんみん派か?と言われるぐらいのものでして、みんみんは宇都宮餃子会などでメディアでも有名ですが、正嗣は独自路線でやっていますが、宇都宮では昔から超有名な店だったりします。冷凍の奴を作ってくれて。

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ビールと餃子!これで復活ですw

残った霊水は翌朝、珈琲でいただきました。とても美味でした。

良い冬至になりました。皆様も風邪などには注意して良い週末をお送りくださいませ。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

本日は何気に節分の日です。え?違うでしょ?2月3日でしょ?

では、wikiで見てみましょう。(参考 Wiki様:節分)

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節分(せつぶん/せちぶん)は、雑節の一つで、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のこと。節分とは「季節を分ける」ことも意味している。江戸時代以降は特に立春(毎年2月4日ごろ)の前日を指す場合が多い。
この場合、節切月日の大晦日にあたる。本項目では、立春の前日、およびその日に行われる伝統的な行事について述べる。一般的には「福は内、鬼は外」と声を出しながら福豆(煎り大豆)を撒いて、年齢の数だけ(もしくは1つ多く)豆を食べる厄除けを行う。また、邪気除けの柊鰯などを飾る。これらは、地方や神社などによって異なってくる。

〇概要
季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、それを追い払うための悪霊ばらい行事が執り行われる。宮中での年中行事であり、『延喜式』では、彩色した土で作成した牛と童子の人形を大内裏の各門に飾っていた。「土牛童子」ともいわれ、大寒の日の前夜の夜半に立てられ、立春の日の前夜の夜半に撤去された。『延喜式』によれば、土偶(土人形の意)も土牛も、各門での大きさは同じで、土偶は高さ2尺で、方1尺5寸・厚さ2寸の板に立てる。土牛は高さ2尺・長さ3尺で、長さ3尺5寸・広さ1尺5寸・厚さ2寸の板に立てる。陽明門および待賢門には、青色のものを、美福門および朱雀門には、赤色のものを、郁芳門、皇嘉門、殷富門および達智門には、黄色のものを、藻壁門および談天門には、白色のものを、安嘉門および偉鑒門には、黒色のものを、立てる。『公事根源』十二月には、「青色は春の色ひんかしにたつ赤色は夏のいろ南にたつ白色は秋のいろ西にたつ黒色は冬の色北にたつ四方の門にまた黄色の土牛をたてくはふるは中央土のいろなり木火金水は土ははなれぬ理有」とある。これは、平安時代頃から行われている「追儺」から生まれた。『続日本紀』慶雲三年十二月の条によると706年にこの追儺が始まり(「是年天下諸国疫疾百姓多死始作土牛大儺」とある)、室町時代に使用されていた「桃の枝」への信仰にかわって、炒った豆で鬼を追い払う行事となって行った。『臥雲日件録(瑞渓周鳳)』によると、1447年に「鬼外福内」を唱えたと記されている。近代、上記の宮中行事が庶民に採り入れられたころから、当日の夕暮れ、柊の枝に鰯の頭を刺したもの(柊鰯)を戸口に立てておいたり、寺社で豆撒きをしたりするようになった。
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元々の意味は明日の冬至の前の日ということで、季節の変わり目の日の前日という意味では節分の日ともいえるようでしょうか?敢えて書いてみました。ちょっと無理がありますね。

そしてこのような季節の変わり目には邪気(鬼)が生じるということで、節分の儀式、所謂「鬼は外、福は内」の豆まきの儀式が始まったようですね。このような変化の繋ぎ目に注意せよって考え方って四柱推命でもありますね。所謂、濁るという形容をします。元命式の中で壬己の有名な己土濁壬(きどだくじん)もありますが、これも濁ることで、水の喜神をとっていいのか、土の喜神をとっていいのか、混ざり合う状態の為どちらも効力を発揮するどころか忌神になりかねない。そもそも濁ること自体、災禍の種になりえるというもので、陽から陰、陰から陽などの混ざり合う刹那はまさに鬼が生じる様なのでしょう。ちなみに、四柱推命では大運、流運の境目の前後の数年は節木運(せつぎうん)といって警戒期間であるという話がございます。

この後半の(参考 Wiki様:公事根源)の引用も面白いですね。
「『公事根源』十二月には、「青色は春の色ひんかしにたつ赤色は夏のいろ南にたつ白色は秋のいろ西にたつ黒色は冬の色北にたつ四方の門にまた黄色の土牛をたてくはふるは中央土のいろなり木火金水は土ははなれぬ理有」とある。」
公事根源(くじこんげん)は、室町時代に一条兼良により記された有職故実書(ゆうそくこじつ:古来の先例に基づいた、朝廷や公家、武家の行事や法令・制度・風俗・習慣・官職・儀式・装束などのこと。また、それらを研究すること)だそうで、この時代にはすっかり陰陽五行説が根付いているのが分かります。

節分の説明はともかく、(参考 Wiki様:冬至)とは変わり目というか極みという方が正しいでしょうか。

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冬至(とうじ、英: winter solstice)は、二十四節気の第22。北半球ではこの日が一年のうちで最も昼(日の出から日没まで)の時間が短い。十一月中(旧暦11月内)。現在広まっている定気法では太陽黄経が270度のときで12月22日ごろ。恒気法は節気を冬至からの経過日数で定義するが、基点となる冬至は定気と同じ定義である。定気と恒気で一致する唯一の節気である。暦ではそれが起こる日を冬至とするが、天文学においては、太陽黄経が270度となる瞬間を「冬至」と定義している。この場合、冬至の瞬間を含む日を冬至日(とうじび)と呼ぶ。

〇習俗
・星祭
天台宗や真言宗の寺院で行われる「星供養」は、妙見系の神社等で行われる星祭(ほしまつり)とともに俗に「星祭」ともいわれる。各自の生まれ年の十二支に該当する当年星(北斗七星の7つの星が十二支のそれぞれに配当されている)を祀って、無病息災を祈る。

〇朔旦冬至(さくたんとうじ)
古代には、冬至を1年の始まりとしていた。近世語で「唐の正月」というと冬至を意味するが、中国で冬至を元旦としたからである。その名残で、現在でも冬至は暦の基準となっている。中国や日本で採用されていた太陰太陽暦では、冬至を含む月を11月と定義しているが、19年に1度、冬至の日が11月1日となることがあり、これを朔旦冬至(さくたんとうじ)という。
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冬至って、あの唐の正月だから冬至っていう説もあるんですね。どちらにしても、古代においては最も昼間が短い、陰の極みの冬至は一年の始まりだったようですね。朔旦冬至(さくたんとうじ)とか知らなかったです。密教の星供を冬至に行うお寺もこの唐の正月説だとしっくりきますね。密教は中国がかつて一番輝いていた時代、唐の時代のものですから。(もう輝かないと思いますがw)
一般的な説明としては、冬至は「日短きこと至る(きわまる)」という意味で、中国では、この日から新年の始まる日とされ先祖を祀る習俗があったようです。また、「一陽来復」とも言われますが、これは「易経」に出てくる言葉です。すべて陰の気で覆われたあと、陽の気が復活し、冬至を境に長くなっていくとされていることから、衰えていた太陽の力が再び勢いを増すという縁起に使われているようです。新年の訪れと、もし悪いことが続いた後に幸運に向かうという意味もあるようですね。良くないことが続いている人も、冬至が来たら「さあ、これからは良いことがどんどんやって来る」と気持ちを変えてみるのは如何でしょうか。

そもそも、一年の二十四分割した(参考 Wiki様:二十四節気)を知る必要があるようです。

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二十四節気は中国の戦国時代の頃、太陰暦の季節からのずれとは無関係に、季節を春夏秋冬の4等区分する暦のようなものとして考案された区分手法の1つで、一年を12の「節気」(正節とも)と12の「中気」に分類し、それらに季節を表す名前がつけられている。重要な中気である夏至・冬至の二至、春分・秋分の二分は併せて二至二分(にしにぶん)と言い、重要な節気である立春・立夏・立秋・立冬を四立(しりゅう)、二至二分と四立を併せて八節(はっせつ)という。また1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、それぞれをさらに6つに分けた24の期間を表すものとして使われることがある。この場合、二十四節気をさらに約5日ずつに分けた七十二候という分類があり、各気各候に応じた自然の特徴が記述された。日本でも暦注など生活暦において使われている。二十四節気はほんらい中国の気候をもとに名づけられたものなので、日本の気候とは合わない名称や時期もある。よって日本ではそれを補足するため二十四節気のほかに、土用、八十八夜、入梅、半夏生、二百十日などの「雑節」と呼ばれる季節の区分けを旧暦で取り入れている。
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このように、暦の分節点って重要ですね。

話が飛びますが、元々、何故、日本という国は日本というかといいますと、(参考 Wiki様:日本)
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「日本」という漢字による国号の表記は、日本列島が中国大陸から見て東の果て、つまり「日の本(ひのもと)」に位置することに由来するのではないかとされる。
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日の根本ってことですね。根ってのは草木の根っこですが、四柱推命では、人間の運命を見る際に自然と同じように見るところがあります。つまり人間を植物の繁茂のようにみるということです。根がなくなったり、根が腐れば草木は枯れる。逆に根がしっかりしていれば、すくすくと繁茂していくようにその人の運命も繁茂していくということなのでしょう。そのように考えますと、こうした運命学、神秘学の源泉には自然界の摂理がたっぷりとインプラントされているのだな、と気づきます。そうです、特に四柱推命は儒教的、仏教的な側面があり、周りの人と繁茂するのはどうするか?周りの人と幸せになるにはどうするか?の視点があり、奇門遁甲は兵法であるため、勝ちを得る、我がものにする覇道的であったりするそうです。このように書くと、何か四柱推命が宗教的なものかというと全くそのようなことはなく、寧ろ、自然科学、医学のように運命を診るため、凄い残酷な側面があると言われています。様々な組み合わせも自然現象のように読み解いていきます。これは自然には育む一面もありますが、恐ろしい自然の災禍をもたらすこともあり、何か神様とか人格があって動いているわけではなく、自然有りのままであるため仕方ありませんね。

(参考:「四柱推命は奇門遁甲の覇道学と異なる仏教的、儒教的な面がある」について考えてみる )

日本の寺社仏閣などは気の噴出点に立てられているという説がありまして、それは縄文時代の遺跡からも伺い知れるようです。以前、触れました、(参考 Wiki様:寺野東遺跡)さんですが、この遺跡の場所は、冬至の日に筑波山を見ると、丁度、筑波山頂が割れているところ(一つは男体山、一つは女体山)から日が昇るように作られているようです。

こちらは去年、東北新幹線から筑波山と日の出を撮影したものです。

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(参考:美肌の湯とダイヤモンド筑波山)

こちらを拝見しますと、(参考:日本の史跡 101選)

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小林達雄国学院大教授は「縄文人が冬至や夏至をわきまえていたことは確かだが、暦を使っていたわけではない。集団の連帯意識を高める聖なる広場、祭祀(さいし)の場だったのでは」と見る。
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こうした(参考 Wiki様:レイライン)と欧米では呼ばれる、山岳の頂点、太陽や星の位置を基にした宗教的な史跡を地図上で結んでみるとラインが引けて、偶然にもその直線状に宗教的な施設が立ち並ぶというあれの一種なのでしょう。

縄文人ですら生まれの根源たる「根」を重視した、ということでしょうか。根とは母であり、そして父ですね。こういう自然界の法則を忘れるほど不幸になりそうですね。現在に満ち溢れる情報はそのようなものに満ちているように思えます。それは、誰かが意図的に流しているものもあるでしょう。支配する、金を得るために。身近なところではテレビ。テレビはCMによって成り立っています。朝のニュースを構成から観てみるとよいです。1つは社会面の話題、2つはスポーツ、最後はエンタメで三分割されていたりして、後者2つはスポンサーが色濃くでている分野ですよね。最後のエンタメなんかコンサート予定とかどうでもいいですよねw 極めつけは1つめも相撲会の話ばかりだったりして、重要なことが一切流れないのが日本のマスコミなんでしょうがw 兎も角、このような情報をまともに受け入れていますと、本来の地磁気、天地の気、運勢と言ってよいでしょうか。これを受け入れることができなくなり、病気になりやすくなり不幸になります。四柱推命で言えば、印綬過多。インプットが多すぎて、つまり考えすぎておかしくなる。この場合は、不要な情報がどんどん目や耳から入ってきて、大切なことを考えることができなくなる。インプット情報もゴミみたいなものばかりなら尚更です。

そういう意味でも、暦を始めとする自然界の摂理、また長く培われた暦の信仰は、人間の自然界における根の元に戻るためにも意識した方がいいのかもしれません。是非、明日の冬至にはご縁のある寺社仏閣に詣でられると良いと思います。きっといいことがあると存じます。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

忘年会翌日は宇都宮に帰還です。今日の奇門遁甲の吉方は北。出かけるのは未の刻(13時~)としましょう。日盤:戊壬(山青清水)、生門、時盤:甲己(生木養土)、開門です。

家を出ますと風花が。風花とは晴天の空から雪が降ってくる現象をいいます。やっぱり寒いってことですね。

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家族が映画を見たいというので、北にある映画館というと、(参考:フォーラム那須塩原)さんがあります。

やはり吉方は予定通りに進みにくいです。結局、上映時間が微妙で先に温泉へ。こちらは、更に10キロぐらい北にある(参考:源泉 那須山)さん。

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57度の熱めの源泉が湧き出でています。

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施設は食事処もあり充実ですね。髭剃りなどアメニティも完備です。

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露天の庭が広く開放的です。

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さて、戻って映画。見たのはスターウォーズ!!!でなくてwww、(参考:妖怪ウォッチ シャドウサイド 鬼王の復活)wwww

シャドーサイドってことで、今までのキャラと一新し、コロコロコミックから少年ジャンプになった感じでしょうかw ともかくバトルシーンが圧巻でしたw それにゲゲゲの鬼太郎がでているのが凄いw なんでもコラボかよって感じですが、元々、妖怪ウォッチはパクリを公言していて、鬼太郎の妖怪モドキもでてくるので全く違和感なしでしたねw やはり、私としては不動明王がでてくるのがいいですねえ。かっこよかったですよ。痛快で感動!でしたw シャドーサイドもよいですねw

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何気に充実充実w

さっさと帰宅したら、また皆で鍋つくりです。近頃、キムチ鍋にはまっています。いつもは野菜を買い過ぎて、〆の雑炊やラーメン、うどんなどが翌日になったりしていたので、少し抑えめに。

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〆はチーズ雑炊です。これがめちゃうま。

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レシピは大体はこちらを使いました。(参考 クックパッド様:鍋の素なしのキムチ鍋☆〆はチーズ入り雑炊)

満足して就寝。翌朝、車の窓を見れば氷結状態w

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宇都宮駅の新幹線フォームの一番東京寄りに立つと、富士山が見えます。見えずらいですが。

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それでも朝日を見ると元気になりますね。電車が走り出せば、東に筑波山、西に日光三山を見れます。

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そうそう、冬至の霊水取得予定に向けて、霊符・呪符のご依頼が来ております。

(参考:冬深まる夜、鉄板焼、もんじゃ焼き。霊符・呪符総合メニュー(β版)、冬至(12月22日)に霊水取得を予定)
(参考:陽遁に変わる甲子日 満月に向かう月を仰ぎ「中之嶽神社大黒天」に御参拝)
(参考:あっという間にクリスマス、お正月。新年に向け冬至、元旦、立春などの区切りに霊符作成がお勧めです )

霊符・呪符のご依頼に当たり、霊符・呪符を使った願望達成の仕組みや作成の概要、そして総合ラインナップが掲載されている、総合メニュー(フルカラー、PDF版、ファイルサイズが2.5M程度ありますので、授受可能なメールアドレスをお知らせください)は無料でメールでお送りしますので、ブログリンクの【紀右衛門への問い合わせ】からご用命いただければ幸いです。また、霊符、呪符のご依頼自体は、21日までに確認できないと22日当日は霊水を取得し一気に自坊に籠らねばなりませんので、お早めにいただけますと幸いです。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

昨日は2017年最後の小野十傳先生『十傳スクール 四柱推命卒論科』の授業でした。まずは神田西口商店街をいつもの会議室に向かいます。あら?小野先生の高弟、師範候補の水杜先生と遭遇。これはついてるw

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今回もまだ丁日w

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そうです、甲、乙、丙、と、来て丁です。十干(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)一つ一つと一二ヵ月毎なので60パターン、網羅的に授業いただいております。そこで、丁日の卯月、辰月、巳月、午月までをお伝授いただきました。
今回も前回に続いて、運気の流れについて奥義的なお伝授がありました。近頃、自分でも四柱推命卒論科を学ぶことで相当に戦闘力(ってドラゴンボールでないですがw)が高まっているのを感じておりましたが、本当に有難いお話しでございます。兎も角、不思議なものでそういう大事な話をする時に睡魔が襲ったりします。本当、連続授業でヘトヘトですが皆様も、相当お疲れだと思います。そして、最もお疲れなのが小野先生ですね、6時間耐久ご授業、大変お疲れ様でした、ありがとうございました。

さて、いよいよ『十傳スクール(四柱推命卒論科、接続科+α)忘年会』です。四柱推命卒論科に加え、接続科の方々、総勢17名の方々に来ていただきました。わざわざ忘年会まで来ていただきありがとうございます。

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お店は前回、下見に行きました(参考:和バル ko-iki(コイキ) 神田店)さんです。

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(参考:再び銀杏が染まって一年。忘年会シーズン、幹事の下見で一杯引っかける )

駅から1分で場所もいいですね。前回、何故こちらの店がいいかと思ったかといいますと、3階までこのお店が借り切っているからで、大部屋も見せていただき、座敷タイプでこれなら席の隔てもすくなくいいかなと。違うお店も一回行ったのですが、そこはたくさん店が入っているビルで下見に行った際も店長はテンパっているし、部屋も見せてくれないし、これはないなとw こちらのお店はスタッフレベルから礼儀正しく、ローストビーフもうまかったのでw 盛り上がりました!

小野先生にお言葉と乾杯の発声を賜り、

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皆さん呑んでいただきました。小野先生は御公開&公人化しておりますので失礼しますが、皆さんはモザイク入りで。

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ローストビーフもうまし。

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蒸し豚肉ご飯?これもうまし。

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〆のご挨拶はやはり水杜先生に賜りました。

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実は一次会幹事をやったらとっとと宇都宮帰還を考えておりましたので、二次会行かれる方は皆様お任せ!と思っていたのですが、酔っぱらっていい気になっていた私は「二次会行く方!」っとこちらの船頭もとっておりましたw
またもや宴会軍師の美女さんが「次はショットバーがいいでしょ?」と囁きますので、「ええ?バー?」って真面目に二次会は想定外でしたが、あー思い出した!あそこがいいや!で、来たのはマルテン?さん。こちらは、昔いた会社で転職を考えている人で集い、転職活動のことをそこの社内で隠語を「マルテン」と言っておりましてw、おお、店の名前がもろじゃんと通ったことがあったのでしたw

こちらでは、金持ち前夜祭の盛り上がりそうな企画のお話しや、流石持ってますねw 福島ラッキーボーイさん、凄い企画話がw
乞うご期待!みたいですw

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こちらも〆のご挨拶は水守先生ですw 前の日も早朝4時までお仕事されており、2時間しか寝てらっしゃらない中、本当にお疲れ様でした。明日も断易中等科(上級科まで一旦終わってらっしゃっていて、何と二巡目。流石に神戸で講義枠をいただいている先生です。研究に余念がないですね。)だとか、頭が下がります。

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気が付けば、10時を過ぎており、新幹線は終電ですw 今から宇都宮線で帰っても微妙だし、福島ラッキーボーイさんもいたので、では、私の神楽坂事務所にいきましょかと。5時起きで二人で東京駅へ。彼は10時には仕事があるそうでお疲れ様です。始発の新幹線で帰還です。途中、昨日の授業の目玉について再確認させてもらいましたw あの時は眠くなって不安でしたからw
地平線が赤みがかっている日の出が出る前も何かワクワクしますね。今回の忘年会はそんな来年への期待感を感じる会となりました。

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ご参加いただいた方、またご都合があった方やお声がけできなかった方も、来年もこのような形で懇親させていただければと思います。小野先生、皆様、本当にありがとうございました。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

月曜日に宇都宮から東京へ向かい日の出を見て。

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昼にはその辺をブラブラ。新橋の美味しい(参考 食べログ様:天ぷら屋 逢坂)さんでランチ。

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天婦羅定食ですが、一品一品目の前で揚げてくれます。

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目の前の皿に揚げた順においてくれます。

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うまい!

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折角なのでまた愛宕の愛宕神社にいけば、黄金に染まった銀杏の坂を見て。

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夜は渋谷ハチ公前で寒い中人と待ち合わせしたり。

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寒い中立っていたら、新幹線からの日の出から昼間の銀杏、夜のイルミネーションがつながって、何か、映画「君の名は」の「夢灯篭」が頭に流れていました。

(参考 Youtube様:【Yourname】【君の名は。】夢灯籠 - RADWIMPS)



本当にあっという間に時が流れていきます。ってカテゴリは「開運 グルメ、美酒」ですがw

そして、あっという間にクリスマス。そしてお正月ですね。あっ、今年最後の四柱推命卒論科とスクール忘年会がありますね。そうそう、スクール忘年会、お陰様で13名確定で。四柱推命卒論科、接続科さんなどから多数エントリー誠にありがとうございます。後は四柱推命卒論科開始前に声がけしましょうっと。(12/16(土)の16:30からですが、本ブログで気になった方は連絡くださいね。ご予定ありだったか方は、次回、新年会にて!)

(参考:再び銀杏が染まって一年。忘年会シーズン、幹事の下見で一杯引っかける)


それに鑑定のお客様の鑑定書の作成最終段階にも来ているし。そうだ!今年は冬至の日の朝には早稲田の穴八幡さんと、隣の放生寺さんに行っちゃうとか?

(参考:冬至の日)
(参考:一陽来復と一陽来福、和を以て貴しと成すでいきやしょうぜ!)

早朝にゲットして、その足で宇都宮に帰って霊水を取りに行こうっと。21日は北方向、丁戊(守火有炉:吉)ですが死門(大凶)ですね。だったら、早朝、御札を貰って、その足で北に向かうなら?翌日の22日なら丙乙(順陽豊作:吉)、休門(吉)なんでいいですね。この日までに霊符・呪符のオーダがあれば、作成に間に合います。勿論、ナルハヤがいいですが。いろいろ準備がありますので。
霊符・呪符総合メニュー(β版)は、鑑定書のような体裁で呪符作成の概要や願望発動のポイントなどが冒頭に書かれたメニューです。無料ですので、気になる方はこちらも、ブログメニューリンクにある、【紀右衛門への問い合わせ】よりお問い合わせください。

(参考:冬深まる夜、鉄板焼、もんじゃ焼き。霊符・呪符総合メニュー(β版)、冬至(12月22日)に霊水取得を予定 )

今年残りの時間を走り抜けましょう!

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

昨夜は温泉に行って道頓堀でもんじゃ。リーズナブルでメニュー豊富で好きです。

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まずは鉄板焼で、ジャガイモ。特製のソースをかけるといい香りが一面に広がります。

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続いてトマト、玉ねぎなど。ソースはいろいろありますが、塩だれで。

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続いて、冬季メニュー。去年もうまかった、「丸ごとカマンベールのリゾットもんじゃ」は、「まんまるクリームチーズのリゾットもんじゃ 」になっておりました。

(参考:激うま!丸ごとカマンベールのリゾットもんじゃ)

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できあがりはこちら。

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「カルボナーラ焼きうどん」もうまし!

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出来上がるとこちら。

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さて、この週末は不思議と霊符・呪符のお問い合わせが多くありました。総合メニューのご依頼もあり、道頓堀のメニューでないですが、PDFファイルに霊符・呪符総合メニュー(β版)をまとめました。今までブログに出た実績あるものばかりですが、ご用命の方は問い合わせよりお願いします。メールにてお送りします。

次の霊水取得予定は、暦の重要な変化点である冬至の日。奇門遁甲の時盤の変わり目でもあります。12月22日(金)の予定です。霊符・呪符作成のご用命の方はお早めにご依頼いただけますと幸いです。何か、前回の記事のリマインド的ですいませんがw

(参考:あっという間にクリスマス、お正月。新年に向け冬至、元旦、立春などの区切りに霊符作成がお勧めです )

口説くてすいませんがリンクも改めて載せておきます。

呪符関連の記事はブログカテゴリの「開運・破邪のお呪い、呪符」からか、以下の記事あたりをご参照の程お願いします。

(参考:呪符について、現在対応可能メニューです)
(参考:呪符メニュー詳細について)
(参考:風水都市『東京(江戸)』における四神相応と『五帝霊符』について)
(参考:元旦(農歴の旧正月)に滝尾神社にお参り ⇒ 鎮宅霊符外符『北斗七星霊符』完成!)
(参考:効きすぎ!!恐るべき呪符、霊符の効力!破邪系は特に最強!正に悪・即・斬! )


引き続きよろしくお願いいたします。

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