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お世話になっております。

先日は、徳川家康公と黒衣の宰相、慈眼大師天海が江戸を作るにあたって重要視したのが河川事業の重要ポイントに行きました。それは、埼玉県の羽生って金メダリストでなく、羽生市です。東北道の羽生PAは歴史情緒ある建物に変わりかなり充実していていつも混雑しています。今回はICから降りて、利根川沿いにある羽生の道の駅に向かいます。

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重要ポイントとは?ずばり、大量の河川が流れ込み泥だらけの僻地であった江戸を、利根川の流れを変えて、世界有数の都市の基礎を作る30~50年にわたる事業であった(参考 Wiki様:利根川東遷事業)の名残として、「会の川締切りの跡地に立つ川俣締切阯の石碑」というものがあるのです。

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利根川東遷事業(とねがわとうせんじぎょう)は、利根川の付け替えにかかわる一連の河川改修を指す。徳川家康江戸入府後、徳川氏によって進められ、中世末の文禄3年(1594年)に行われた会の川の締め切り工事に始まったといわれていた。 しかし、近年の研究では、締め切りは忍領の水害対策における土木工事であり、東遷事業のはじまりは、27年後の元和7年(1621年)とされ、江戸時代の承応3年(1654年)の赤堀川通水までが含まれる。本稿では上記以降現代に至るまで続けられた利根川中下流の河川改修を含めて記述する。この河川改修により、関東平野の自然地理的状況は人の手によって大きく変えられ、利根川本流は銚子を通って太平洋に注ぐことになった。
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wiki様の方にもある写真の場所です。東京にとってこの場所の重みは重いかもです。誰もいませんがw

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逸話では、徳川家康公が江戸に入府後、領内を隈なく鷹狩などしながら歩き回り、利根川がこの付近で大きな岩盤にぶつかって、東京湾に流れ込んでいることに着目したという話があります。海水が入りこみ、泥だらけの不毛な大地を河川の流れを変えることで大地を蘇らせたというわけです。これを四柱推命的にいえば、関東の低湿地の己(土)の大地に財神たる水(壬)が多すぎるところに、戊(土)の岩盤を造作して、己を安定化させた、と言えるでしょう。これだけの大きな大地に造作ができるなら、人間はもっと簡単なのかもしれませんね。この世は天地人同じ写しですから。東京には風水が駆使されている、確実に家康公の黒衣の宰相、慈眼大師・天海大僧正の知恵であり、慈眼大師がどれほどの法術をもっていたか、気になるところです。家康公は慈眼大師に初めて会った時、「人中の仏である」といったそうですから相当な方だったのは間違いないです。

こんなことを考えながら、次は、近場の鴻巣の(参考:鴻神社)様に向かいます。

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ここも歴史がありいい感じの神社様です。

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本殿でお祈りしました。少しグインと気を感じました。

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次は時間がないので外側だけの見学でしたが、利根川東遷事業にも関わりのある、(参考 Wiki様:忍城)(おしじょう)に向かいます。忍城というと、映画(のぼうの城)ですよね。

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忍城(おしじょう)は、埼玉県行田市に存在した日本の城である。室町時代中期の文明年間に成田氏によって築城されたと伝えられており、北を利根川、南を荒川に挟まれた扇状地に点在する広大な沼地と自然堤防を生かした構造となっている。要害堅固な城であったことから戦国時代には関東七名城の一つ、1590年(天正18年)に豊臣秀吉の小田原征伐に伴い発生した攻城戦の際、豊臣方の水攻めに耐え抜いた逸話から浮き城または亀城と称された。
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(参考 Youtube様:『のぼうの城』豊臣軍(特別映像))




小田原平定を目指す豊臣秀吉の先兵として、石田三成公が2万の天下軍でこの城を攻め寄せ、難なく攻略しようとしたが、思いのほか、坂東武者の反撃に合い、秀吉公にあこがれ過ぎたのか、水攻めを敢行したものの、結局、先に小田原城が開城してしまうまで降伏しなかった、つまり天下軍に我慢比べで勝ってしまった坂東武者の誇り高き城なのです。

でくのぼう=「のぼう」と領民にしたわれた成田長親を野村 萬斎さんがいい感じで演じておられましたね。

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今では城内に歴史館もありますし、大手門のところで(参考:忍城おもてなし甲冑隊)様が講演しているのですが、今日は時間あわずでした。またゆっくり来ましょうw

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〆は地元の日帰り温泉、(参考:行田天然温泉 ゆの駅 古代蓮物語)様です。

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こちらでうまい夕食をいただき、温泉に入りましたが、作りがめちゃくちゃいいですし、温泉もとろみがあってよかったです。特に薬湯にしびれました。

このエリア、開拓しがいがある、っと予感でしたw

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

先日は、那須に行きました。奇門遁甲の吉方でです。北方、日盤の天盤地盤は乙丙(開花陽光)の吉、八門は休門で吉。時盤は天盤地盤は甲丁(乾木列炎)の大吉、八門は景門で吉でした。高速で宇都宮から1時間程度ですね。

到着です。駐車場付近の自販機には九尾の狐のキャラが書かれれています。

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入り口左手には足湯があります。参道を歩いていきますと粉雪が舞ってます。

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(参考:那須温泉神社)様には何度も来ていますが、あの那須与一が源平合戦で弓矢を打つ際に、祈念したのが、この那須温泉大明神です。
粉雪降る中の参道は本当に清々しいです。今年のお札を交換頂いていなかったので社務所でいただきます。

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途中、湧き水を飲ませていただきます。

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雪雲ながら太陽がのぞき込むと荘厳です。

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到着ですね。お祈りさせていただきました。

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本殿隣には九尾の狐の祠があります。こちらにも。

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さて、次は、近場にある(参考:鹿の湯)さんです。今まで紹介しなかったのが不思議なくらい、超有名な温泉ですよね。

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那須温泉元湯・鹿の湯は、七世紀前半、約千三百年前の舒明(じょめい)天皇の御世に開湯されたといわれます。
狩野三郎行広という者が山狩の際に、射損じて逃げる鹿を追って山奥に入ると、鹿は傷ついた体を温泉で癒していました。
そこで鹿によって発見された「鹿の湯」と名づけたと伝えられています。
公式には、聖武天皇の御世である天平十年(七三八年)の正倉院文書のなかに那須温泉の記録が残されています。江戸時代には、江戸在府の大名はしばしば那須温泉に湯治に出かけていました。 正保二年(一六四五年)に盛岡城主・阿部対馬守より将軍家に出された湯治願が残されています。これを見ても明らかなように、那須温泉は古くからの湯治場として人気を集めていました。
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1,300年前!正倉院文書に記録がある?という歴史ある温泉です。

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温泉の手前の橋を渡ると、湯の華取得場、源泉があります。

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さて入場です。

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ただ、ここは宿泊というよりは日帰りで、しかも体も洗い湯で流す程度でシャンプーとか使えません。完全なにごり湯。本当に湯治の場所です。

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四角い2メートルぐらいの正方形のお湯が6つ程度(男湯の場合)であり、41度、42度、43度、45度、46度、48度?でしたかね。

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にごり湯で疲れがとれます。46度の風呂に行った際にご年配の人が一人で占領しており、入ろうとすると「ちょっとまって!」というので(熱くて誰かが入って波が経つと耐えられなくなるからでしょう)、しゃーない、いきなり48度にいくか!と足を入れたら、熱いを超えて痛い!「アチー、イデー!」ですw おじさんが出て、今度は、46度に入りますと、ホッ大丈夫。熱さ的には地元ネタですいませんが、矢板のまことの湯程度ですね。あそこで慣らしてますからw 大丈夫w
で、改めて、48度に入ってみましたら、慣れたせいか入れた!でも!!!やはり15秒程度で体中が痛い!すぐにでますと、近くの人が「熱いですよね!?私は2回目なんで。。。」などと声がけしていただけます。まさに温泉コミュニケーションですね。

ほどなく、癒された後は、腹が減りました。(参考 食べログ様:那須豚餃子 蔵鋤)様にて〆の担々麺、餃子です。

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こちらはフルスペックの 蔵鋤ラーメン。いろいろ乗ってます。

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やっぱりにごり湯はよいです。英気を養いました。

引き続きよろしくお願いいたします

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先日は、東京北区、王子にある(参考:王子神社)様に行きました。ここは知る人ぞ知るパワースポットのようです。

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御祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、速玉之男命(はやたまのおのみこと)、事解之男命(ことさかのおのみこと)の五柱で、総称して「王子大神」とお呼び申し上げます。紀州(和歌山県)熊野三社権現(本宮・那智・新宮)の御子神さまの呼称で、世界遺産にも登録された熊野古道には多くの王子神が祀られていたといわれます。創建は詳らかではありませんが、源義家の奥州征伐の折、当社の社頭にて慰霊祈願を行い、甲冑を納めた故事も伝えられ、古くから聖地として崇められていたと思われます。その後、元亨2年(1322年)、領主豊島氏が紀州熊野三社より王子大神をお迎えして、改めて「若一王子宮」と奉斉し、熊野にならって景観を整えたといわれます。それよりこの地は王子という地名となり、神社下を流れる石神井川もこの付近では特に音無川と呼ばれています。戦国時代、当地の領主となった小田原北条氏も当社を篤く崇敬し、朱印状を寄せて社領を安堵しております。徳川時代に入ると初代家康公は天正19年(1591年)、朱印地二百石を寄進し、将軍家祈願所と定めました。二百石は当時としては広大な社領で、それより代々将軍の崇敬篤く、「王子権現」の名称で江戸名所の1つとなります。明治元年、明治天皇は新たに首都となった東京を守護し、万民の安寧を祈るため、准勅祭社を定めました。当社もこの東京十社に選ばれ、以来、東京の北方守護として鎮座しております。
戦前は「太田道灌雨宿りの椎」と伝えられる巨木を始め、多くの樹木が茂り、勝海舟も修行したと伝えられますが、戦災で東京都指定天然記念物の大イチョウを残し、ほとんどを焼失したことは誠に残念なことです。明治元年、明治天皇は新たに首都となった東京を守護し、万民の安寧を祈るため、准勅祭社を定めました。当社もこの東京十社に選ばれ、以来、東京の北方守護として鎮座しております。

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東京十社巡りもよいかもです。

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先日の国分寺と似ていますが、王子という地名の由来となった神社のようです。神仏分離前は王子権現といわれていたようです。賢明な皆様はふと思い出されるでしょう地元やそのほかの地名を。都内ですと八王子ってありますが、こちらも八王子権現という神様からきています。仏教由来ではありますが神道と融合し長い年月をかけて日本の宗教観を培っていたものですが、明治の神仏分離令、修験道廃止令、そして廃仏毀釈と日本の国宝級の仏像、浮世絵などがほとんど欧米の美術館にいき(ご丁寧にライセンス料を払えば画像などは使えるようですよw)、更には天皇家三代で原子爆弾を食らって外国軍に進駐を許した点からするとこの施策で喜んだのは誰だったのか?と常々、深く考える必要があると思ってます。何せ世界の支配者たるユダヤ人は5千年来の教えなど健在ですし、中華華僑の成功者には老荘や孫子の兵法を維持しています。深い歴史に裏打ちされたマインドセットは重要です。

手水をとり、本殿へ。銀杏の木が良い気をだしています。

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本殿で祈ります。なるほど、これは確かに熊野三所権現、何か頭が抜けるような気を感じました。久しぶりに感じた感じです。ふと、昔、熊野に行ったこと思い出しました。春の熊野本宮大社 旧社地「大斎原」.にいきましたら、菜の花畑の遠くの大峰山の山々から法螺が聞こえました。丁度、大鳥居に入る瞬間に。熊野三社、「熊野本宮大社」「熊野速玉大社」「熊野那智大社」を思い出しました。ここは凄いですね。まさに熊野とつながっているのかもしれません。

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御神籤は昔ながらのガリ版擦りのような感じのもので、和歌が書いてあります。解説は外に看板が。

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毛塚?というかわった神社があります。まさに毛にご利益がありそうです。

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実際、お参りした直後ちょっとした良いことが起きました。良い流れに導いてくれたような。

良い気をいただきました。引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

昨今、オンオフ共に忙しくブログ更新が遅れておりました。溜まっていた写真もあるので展開させていただきます。

先日は、栃木県下野市にある(参考 下野市観光協会様:天平の丘公園)様によりました。

こちらには古墳群や国分寺、国分尼寺、下野薬師寺跡地、そして歴史資料館などがあります。

この付近はともかく古墳がおおいです。以前、摩利支天塚古墳にお伺いしたことはありまして、巨大な前方後円墳でした。円墳の上に祠があり摩利支天が祀られていて、例大祭もおこなわれているようでした。古代の王の墓なのに神、それも天部神(てんぶしん)が祀られているって不思議ですよね。

広いエリアなのでじっくりみると1日コースでしょう。今回は国分尼寺の跡地と歴史資料館に立ち寄りました。

跡地とは言えなかなか感慨深いです。

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そもそも(参考 Wiki様:国分寺)って全国あちこちに地名がありますよね?その理由が結構重要だったりします。

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国分寺(こくぶんじ)は、741年(天平13年)に聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、当時の日本の各国に建立を命じた寺院であり、国分僧寺(こくぶんそうじ)と国分尼寺(こくぶんにじ)に分かれる。正式名称は、国分僧寺が「金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)」、国分尼寺が「法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)」。なお、壱岐や対馬には「島分寺(とうぶんじ)」が建てられた。

日本の国分寺・国分尼寺の先例として、隋王朝を建てた文帝・楊堅による大興国寺(大興善寺)があった。その後の唐王朝では、則天武后による大雲寺、中宗による竜興寺観、玄宗による開元寺があった。聖武天皇は、天平9年(737年)には国ごとに釈迦仏像1躯と挟侍菩薩像2躯の造像と『大般若経』を写す詔、天平12年(740年)には『法華経』10部を写し七重塔を建てるようにとの詔を出している。『続日本紀』『類聚三代格』によれば、天平13年(741年)2月14日(日付は『類聚三代格』による)、聖武天皇から「国分寺建立の詔」が出された。その内容は、各国に七重塔を建て、『金光明最勝王経(金光明経)』と『妙法蓮華経(法華経)』を写経すること、自らも金字の『金光明最勝王経』を写し、塔ごとに納めること、国ごとに国分僧寺と国分尼寺を1つずつ設置し、僧寺の名は金光明四天王護国之寺、尼寺の名は法華滅罪之寺とすることなどである。寺の財源として、僧寺には封戸50戸と水田10町、尼寺には水田10町を施すこと、僧寺には僧20人・尼寺には尼僧10人を置くことも定められた。
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とありますように、国分寺は僧侶の寺で「金光明四天王護国之寺」、国分尼寺は尼僧の寺で「法華滅罪之寺」として、全国、国単位、今でいえば県単位に設立して、僧を常駐させ、国家鎮護を祈らせたようです。

(参考 Wiki様:護国三部経)という経典があります。

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護国三部経(ごこくさんぶきょう)とは『法華経』『仁王経』『金光明経』の三つの仏教経典である。「鎮護国家三部経」「鎮護国家の三部」とも。その呼び名の通り、国家の安泰を願って用いられた。
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このお話しはいろいろ広がりがあるようですが、一旦、国分寺絡みのところだけ引用します。つまり、本当に護国経典で鎮護国家をはかったのですね。個人的にはこういう場所で再びそうした祭祀が復活したらおもしろいなあ、と思ったりしています。どうもそうした祭祀も春分や秋分など暦の大切な時に行われたようですね。

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そういう背景知識がありますので、この国分尼寺跡地も有難く感慨深く歩き、多分、本堂があったところで、「南無妙法蓮華経一切諸神善神」と唱えます。まあ、国分寺だったら「南無金光明最勝王経一切諸神善神」でしょうか。遠く、天平時代に思いを馳せ、空を見上げます。今は桜の名所で3月になると花まつりが開催だとか。暖かくなったら花見もいいですね。

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続いて、歴史資料館へ。何と無料。

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何ですか?wご当地アニメキャラ?マロニエール?だとか。栃木県の県木がマロニエの木だからなんでしょうがw 地元でもしらんかったですw でもこれもヒットすれば、「君の名は」みたいな聖地になるかも。。。。w

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入ってみますと、なんと、重要文化財ばかり、これは凄いですね。こういう地元の歴史、民俗資料館、本当に侮れないっす。

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県内外の研究者や市町村の職員さん、ボランティアの方々の汗の結晶ですね。本当にありがたいです。このような歴史コンテンツみせてもらえるのは。何もない空間に歴史というコンテンツが3Dのように眼前に広がってくるではないですか。

圧倒の展示をみつつ、おおお!っと嬉しくなったのが例の金光明最勝王経!勿論、写本ですが。でも、有難いでしょう。顕教経典ながら、持つだけで呪力を表すというありがたいお経典です。今日はこれだけでGJ(GoodJob)です。

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その他、下野薬師寺の瓦の展示など。下野薬師寺は日本三大戒壇の一つだったようです。戒壇とは国家が僧侶を輩出する場所です。凄い場所であったようです。歴史的に有名な道鏡の左遷先になったりと。
いずれにしましても、この後、中央政権の移り変わり、真言宗、天台宗の興隆、更には武家の興隆による荘園の崩壊などにより、この戒壇は失われていきます。歴史はロマンでもあり侘しくもありますね。

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さて、こういう場所では必ずパンフレット的なものを買いませんと。勾玉作成キット?なるものも買い、次の場所へ。

勾玉できになったのか、久しぶりに小山のストーンショップへ。(参考 :石の館)さんです。

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水晶を始めとしてありとあらゆる石が売ってます。しかもリーズナブルな価格で。自宅にある1メートルぐらいのアメジストドーム(重量、60キロ、購入時7万程度、多分、市販価格、100万~200万ぐらいでしょうか)もこちらで買いました。(かなり昔に中華街で台湾のある道士さんが来た際に開光してもらいましたが。。。)

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この日は家族が腕輪がほしいというので、四柱推命の喜神を見立てて、木火土金水の五行を、石の色と謂われなどで判断し、また故事付けかもしれませんが、易の数字などにあわせて選んであげました。このように意味を込めるって大切かと。

さて、実は元々の行先は温泉でしたw いつもの栃木温泉、湯楽の里さんへ。

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雛飾り!もう、3月が近いですね。

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〆は地元の道頓堀です。お好み焼きですが具材が凄いw

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引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

暫くずっとある心の願望がありまして、これを願って向かうは北です。天盤、地盤は壬丁(干合鬼神)、八門は生門です。早速、宇都宮環状線、駒生付近、大渋滞です。尋常じゃない、これはすぐに大谷街道へ退避です。赤色灯がみえました、珍しく事故渋滞です。これは吉方確定ですw その後もちょっと似たような現象ありました。

通り道。頂上の神社でよく霊水をいただく羽黒山の空は、不思議な雲と光で干合鬼神そのままの姿でした。

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矢板の城の湯さんです。

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今日は早い時間なので直売所に入れました。

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おお!自然薯!地中にあり深い熱を帯びた栄養価抜群の食材です。特に冷え性の人、馬力が切れがちな人お勧めです。それ以外にもいろいろと買ってしまします。

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小さいイチゴ、200円でてんこもり。買いですw

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ここは2つ入浴場があります。久しぶりに小さい方へ。一刻の間しっかり根付けしました。2リットル水を飲みながらサウナ、冷風呂、熱いフロを繰り返し汗だくになり、デトックスを出しまくります。

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すっきりして帰宅です。回転寿司で買ってきた寿司で晩酌です。

さあ、続いて、奇門遁甲、行軍三奇を使います。行軍三奇とは、ある日時の奇門遁甲の時盤でその瞬間、勝負する方位の勝敗を見極める法です。つまり、今、どちらに行軍すれば勝てるか?つまり願望を満たせるか?しかける方位は南西。寅の刻です。

干合鬼神。。。。鬼と神が合体する象。

のるか、そるか?そったら、終わりかもしれない?でも心のままにやってみます。人生は短いですから。何もしないで諦めるなんてできないです。

引き続きよろしくお願いいたします。

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先日は、突然、鉄板焼きを喰いたくなり、いろいろネットを見て、自分の神楽坂拠点の近くにこんな店あったんだと、発見しました。牛込神楽坂駅近く、餃子屋さんはたまにいってましたがその目の前でした。隠れ家的な感じですね。

(参考 食べログ様:鉄板焼きマリアージュ)様。

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まずはお通しだそうですが、お通しもしっかり鉄板焼きです。

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マスター高橋さん曰く「若い頃は肉が好きで、その後は魚へ。最後は野菜になりましたね。是非、野菜の美味しさを味わっていただきたくて。」とのこと。

私「しかし、これは嬉しいですよ」

マスター「お通しだからって手を抜くというわけじゃないですが、普通、ちゃんとお召し上がりにならない方もいたり、そういうの勿体ない気がして」

私「いいですね」

私「美しいですね、この今鉄板でお作りになられたソースは何ですか?」

マスター「こちらはオリーブオイルと刻みニンニクを合わせたものです」

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私「うわ、激ウマですね。ヒマラヤ塩でいただいても最高っすわ」

マスターは鉄板焼き一筋、この道20年以上のキャリア。銀座や赤坂などのお店で腕を磨かれたとのこと。まさに鉄板道?wの侍といったところ。物腰柔らかくウェットな会話がありがたいです。

次はチーズ焼きです。ハチミツと食べるのですが絶妙でした。

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私の好きなニンニク。味噌でいただきます。酒が進みます。

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今日の目玉らしいです。鱈の白子焼。外はカリ!中はトロ!という店内POPそのままの食感と美味です。風味絶妙。

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〆はガーリックライスと特製ハンバーグでした。どちらも激ウマでした。

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ぱっと手ごねしていただき焼いていただきます。

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うまい!とし書けないですが、肉がいいのか調合がいいのか、うまいですよ、これ。お昼はランチでこれをいただけるようなのでお勧めです。

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鉄板焼き屋さんにしてはかなりリーズナブルで、大久保通り見渡せる開けた店内と気軽な雰囲気で、このような美味しい鉄板焼きをいただけるのが良いです。

ちょっと断易上級科打ち上げで利用させていただきたいなあ。。。と調整中です。

ご飯というのは運勢的に侮れないらしく、断易の哲学では、食べ物は「妻財」とされます。五芒星の上の頂点に兄弟の座を自分として、これを食べるのには右手に回り「子孫」を使いますが、子孫の意味は正に子供を意味しますが、遊び、楽しい雰囲気を意味します。つまり食べ物自体の良さも必要ですが、食べ方、楽しく、美しく料理されたものを食べるというのも運気をいただくのに大切なようです。もし自分の座から五芒星右回りに2つ目の「妻財」を直接狙いますと、「剋」の形となり「生」の形とならないようです。勿論、この料理をしていただく料理人さんの力量は料理の運気に大いに影響します。

やはり医食同源という言葉があります。食べることは医療そのものという言葉です。また変毒為薬という言葉もあります。毒も使い方次第では毒にもなり薬にもなるという言葉です。今年は四柱推命の基盤に開運食べ物も研究したいです。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

台湾で大地震が発生しております。被害に遭われた方のご安否を祈念しております。東日本大震災でも台湾の皆様には相当な援助をしていただきました。

(参考 産経ニュース様:台湾東部でM6の地震 2人死亡、日本人2人含む200人以上けが ホテルなど傾く)

(参考 Youtube様:台湾東部地震 日本人2人けが 140人超が行方不明(18/02/07))




台湾は中国で文化大革命によって破壊されつくした中国文明の最後の砦であり、そもそも冷戦下では日本と同じ西側に属し、バチカンを中心とする神の存在を認める西側に対して、神の存在を否定する共産主義とは別世界です。私もレーニン神社とかスターリン神社とか全く行く気になれませんからw 結局その共産主義も崩壊しなんだったんだろう?というのが現在でありますがw

義援金サイトは赤十字などで開設されるのを待ちましょう。どうも、詐欺サイトもあり得るようでご注意ください。

話が飛びますが、先日のコインチェック事件で気になるシンクロニシティが身の回りであったことを思い出しました。

どういうシンクロかについては、個人情報でもありちょっと差し控えないといけなくて申し訳ないのですが、今思うとこれは暗示的だなあ、と。3.11の時も実は事前にシンクロ現象がありまして、こちらの方はもっと強烈でした。人工地震兵器なのでは?と都市伝説にもなったHaarpも一か月真っ赤でしたし。都市伝説はともかく、個人でも身の回りの現象で、ふと普段と違った現象が起きたときにふと止まってみるということが大切かもしれません。多分、未来に起きていることが大きな波紋となって現在にも、また個人レベルでも影響がある人には、何らかのシンクロの形で兆候をしめすのかな、などと思っております。

2月のカバラ的危険日は、

20180205=2+0+1+8+0+2+0+5=11+7=18(666)
20180214=2+0+1+8+0+2+1+4=11+7=18(666)
20180223=2+0+1+8+0+2+2+3=11+7=18(666)

と、日付だけで足して、5になる日です。

5日は過ぎてますが、気になるのは14日、23日です。14日といえば、例のコインチェックへの金融庁からの業務改善命令と報告期限が2月13日に設定されていることと、偶然にもコインチェックのCMに出られていた出川さんの誕生日が2月13日ということでネットで話題となっているようです。私は出川さん面白いし好きな芸人さんなので非常に可哀そうですが。

(参考 日本経済新聞様:金融庁、コインチェックに業務改善命令 2月13日までの報告など )

CMでは「なぜビットコインはコインチェックがいいのか!?」と弟が兄さんを問いただすのですが、兄さんは答えられないという設定でした。

(参考 Youtube様:出川哲郎 コインチェックCM CoinCheck)




ここで気になるのは「兄さん」を問い詰めている様子です。兄さん=23 w

更に、3.11の前に起きたことを思い出しましょう。ニュージーランドで地震があり日本人の修学旅行客が数名お亡くなりになっているのです。今回、台湾の地震でも日本人旅行客40名が滞在し2名の負傷が伝えられています。

ニュージーランドで発生したのが2月22日で、その、約18日後に3.11が発生しております。

今回の地震の18日後は23日になります。

ブログリンクから参照可能なKirunaは?全く揺れていませんね。

一応、注意警戒でいきましょう。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

土曜日は宇都宮帰還後、霊符・呪符作成依頼の方のために、二荒山神社にいきまして霊水を取得し、帰宅後霊符を作成しました。

日が変わりまして、タイトルにあります年筮(ねんぜい)というのは、1年の運勢を易を立てることをいうのですが、周易と違って、断易はモロ終了~♪と吉凶がドバっとでますので、恐怖でもあります。奇門遁甲の陽遁、陰遁の切替の日だとか、冬至とか、立春などの日がいいですね。
状況というのは刻々と変わるものですし。とはいえ、自分でもたてておき、ずっと受けていて、10年以上の断易結果があり勉強になりますので、山田先生に易を立ててもらいに成田山に伺います。

(参考:神田明神詣でたあと梯子で成田詣、そして易を立てていただきました )
(参考:断易のプロの口伝はなんと同じ? )

一応事前に電話しますと、いらっしゃるようです。大体はお正月組の方が多いです。でも、2月3日は節分で白鵬もきていたりするから、節分の日もどうかな、と思ってはいましたが。

3時間弱で成田山に到着です。因みに、方位はめちゃくちゃw 仕方ないですね。

駐車場から「開運トンネル」を抜けていきます。人生の山と谷。トンネルの先を常に期待しちゃいますね。

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正面からのぼっていきます。

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本堂で拝みまして。

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稲荷坂を上ります。

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大塔はやはりシンボル的ですね。

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稲荷さんにも拝みます。

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その後、御神籤マシンで御神籤をとったら、近頃おきている不思議現象。家族と同じ番号で大吉。なんじゃこりゃ?別のマシンだし、同じ番号を一気に引き当てる確率って相当ですよね。

いよいよ、山田観象さんです。先客がいましたが、丁度、終わりました。

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少しお話ししまして、立春の日はさほど人はいないようです。節分の豆拾いの人がやはりおおかったようですが。

さっそく、易をたてていただきます。うむー最初の卦は周易だと微妙だなあ。。。。でも、変卦後のはいいですねえ!w 六合卦だし。ほっ。鑑定となりますが、周易でもこれだけわかるのですね。でも断易も使われます。

山田先生「そっちの壁の見てください」

私「はい、運命占でのポイントですね。」

山田先生「世卦に妻財だね、今年は財運安定してそうですね」

などと、お話ししてくれます。こちらも勉強してますから、「すいません、その世は納甲なにですか?今、月建、日晨があれで?」などと、根掘り葉掘りきいていきますが、とめどなくお話しいただきます。素晴らしいです。

周易と断易を組み合わせてみる、「易冒」の見方は、そもそも藤田善三郎さんの本読んでと15年前くらいに言っていただいたのが山田先生ですから、やっとここにきて小野先生の上級科の授業とシンクロしてきており、自分でも納得して反応できる気がしてきました。この手ごたえが何事にも必要かと思います。

程なく終わりまして、その後は、帰宅です。
先日の福島ラッキーボーイさんからのお土産の会津のお酒、「モーツァルトを聴いて育った音楽酒」ということで、「純米大吟醸 管弦楽 蔵粋」という銘品を賜りました。

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折角ですので、新潟の弥彦温泉でかった金のおちょこで飲んでみます。ういー五臓六腑に染み渡るのう~ w てな感じです。

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引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

昨夜は思い立って再び神保町へ。新しい本ならこちらのがあるかもしれません。(参考:書泉グランデ神保町店)様です。

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昔は紫微斗数、宿曜なども学びましたが、暫くは星の世界を離れ、干支の世界に没頭しておりました。所謂、断易と四柱推命の世界です。でも先日の月食の影響か、再び星の世界の呼ばれている気がしてw 通勤通路の九段下からグランデさんに電話しますと、話中の為暫くホームで待ちです。暫くすると電話が鳴り、「在庫あります!」とのこと。4階のご担当様はいつも私のような精神世界オタクを相手にしているのでしょう。本当にお疲れ様ですw

このように普通の本屋なのに如何にもマニア受けしそうなグッヅも置いてあります。

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このように占い、宗教など精神世界の本がどっさり。 4階は美女のご担当。「この本、一冊だけでした。なかなか聞かない本ですね。わざわざ何か?」「いえいえ、単に星占いの本ですよ」などと会話。妙な熱意を感じたのでしょうか。

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押さえておいていただた本を買い神楽坂へ帰宅です。

翌朝は、去年も購入した一陽来復御、一陽来福お札を交換しに早稲田へ。9時からというので少し早めに。

(参考:一陽来復と一陽来福、和を以て貴しと成すでいきやしょうぜ! )

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まずは穴八幡社へ。

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去年の冬至から節分までお札を配布しているのです。お饅頭や縁起物の店がいい感じです。

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もう販売をはじめておりました。結構並んでいます。去年は300人ぐらいは並んでいたでしょうか。去年のお札を返して並びます。10分ぐらいで新しい札を購入です。

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今年の貼る場所は、北北西あたりですかね。

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本殿にもお参りです。

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次に隣の放生寺様へ。

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正に放生会をやっていたお寺です。

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ここでもお札を購入です。

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本殿隣のお遍路のお砂をいただきます。躊躇して眺めている人たちをよそに、堂々と、真言を唱えながらお砂ふみをいたします。
ふっふっふ、伝授済みの真言唱えつつ、堂々と参拝。今流行りの仮想通貨のセキュリティ、シグネチャのようにある意味、神仏への暗号鍵を持っているようなものですw そうすると人が集まってくるのが不思議。さっさと次へ。

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この後は神楽坂に戻り、矢来口から小野先生の事務所に向かいます。

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事務所に伺いますと、「さっきノリさんに神楽坂駅ホームですれ違いましたよ。電車乗り損ねたでしょう?」 あら?あー神楽坂口ですか。確かに早稲田に向かいましたから。授業に遅れまいと、御札が貰えるのがどの程度が読めなかったので、焦っており気が付かず、お恥ずかしや。しかし、神楽坂に住んで2年ぐらいたちますが、最寄口が違うため一回もお会いしたことがなかったですが、過去に、全く想定外の場所で一度は池袋、二度目は抜弁天でこれで一応、3回目でした。何か暗示的です。

さて、本日の授業ですが、いきなりホワイトボードの右上に「SP」の文字、スペシャル!!!ということで。クラスの断易の手練の銀座の若が六沖卦について先生にお聞きしていて、特別に上級科の上のクラスレベルの読み方で1時間枠を作っていただきました。銀座・若!GoodJob! うおー六沖卦がでると絶望しかないのですが、吉凶も状況判断もこんな読み方が!これは超ボーナスでした。
続いては、応期断則、黄金策のテキストを消化です。次の会で最終となるところまできました。いよいよ上級科も卒業ですね。

そうそう、次回の最終回には打ち上げ予定です。上級科の皆様、またご案内しますね。

帰りは、福島ラッキーボーイさんと帰宅です。先ほどの一陽来復御守りを神楽坂事務所に貼るのを見届けていただきつつ。彼は介護系のプロの方ですが、新幹線の中で将来向け熱いビジョンを語っていました。今日は暦の切れ目の大切な日、そういう高い境涯を持つこと、いいですね、ホント大切です。運命学は、普段のマインドセット、行動がついてこそです。

帰宅後は、速攻、御札を設置し、節分の豆まき。その後は、スパークリングワインと宇都宮餃子と、大通り沿いホテルにある料亭(参考:治兵衛)さんの特製、恵方巻です。

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これはボリュームあります。恵方を見ながら一気食い。。。いいですよ、ここは関東ですからw うまいっす。

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さて、明日はまた温泉予定です。

引き続きよろしくお願いいたします。

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お世話になっております。

何気に1月31日は六十干支の最後の日で、その日に満月で、しかも月食が重なるとは珍しいです。今日は、ランチ散策は神保町、までいきました。

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占い師の殿堂といえば、原書房さんです。

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この表の陳列も侮れないです。掘り出し物がある場合ありますから。

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占い関係の書籍がてんこ盛りです。今日は、測字占法と、奇門遁甲に関する古書で収穫がありました。結構熱い本だと思います。

帰りに地下鉄途中のお店でランチです。石焼リゾット。

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うまい!凄いお客さん並んでます。

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急ぎ、地下鉄で最寄りに戻るのでした。

仕事中はカットしまして、アフターは三田に移動して飲み会です。

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旨い飯と酒があれば、仕事で辛酸をなめた仲間たちでもりあがりました。

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月食も撮影してみました。苦労を分ちあった仲間は時間が経っても譲り合える、そんな感慨です。

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時間が経つのも早いですね。ボチボチ、春分がきますが、もし、2月4日の立春に向けて霊符・呪符を刷新されたい方は早めにご連絡いただけますと幸いです。当日レベルでご要望いただいたも対応が遅れますので。
呪符・霊符総合メニューをご要望の方は連絡先を問い合わせよりいただければお送りしますのでご要望ください。

引き続きよろしくお願いいたします

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