FC2ブログ
お世話になっております。

昨日は、例の5.11でしたが、何もなく良かったですw が。。。。。

(参考:kiruna稼働継続中!地震雲と地震が起きていて注意)

ぼちぼちブログを書き上げそうなこの瞬間に、テレビに「長野震度5弱」のテロップが。

20180512_01.jpg

んーーー。やっぱりkiruna、地震雲、侮れないっす。周辺の方、くれぐれもお気を付けを!

昨日も夕方には赤坂あたりで山王神社方面には地震雲っぽいのがでてましたし。

IMG_5223.jpg

何でも、5/10から太陽系の惑星が度々集まっているという話があり、ちょっとは気にしておきましょう。

(参考 Yahoo様:1世紀ぶり夜空で“競演” 木、土、火星が相次ぎ最接近、同方角に)

重要なのは普段は全く意識しない方がいいのですが、いざ鎌倉!の時は危機意識に切り替えて、安全な場所に脱出できるか?が重要です。普段、根拠なき信頼に依存し、集団生活に溶け込み過ぎていると、集団が対応が追い付かないぐらいの事態になると、集団の管理者も人間ですし、連絡系統も混乱で、指揮命令にタイムラグが発生しますから、単に待っていると、巻き込まれてとんでもないことになることがあります。
周りの影響を受けすぎて避難できなくなったり、逆に皆で卒倒してしまったりする可能性があります。これは群集心理、集団心理現象の一種でしょうが、集団性バイアスの一種なんだと思います。昨日の新橋の事件もまさにこれでしょう。社会科見学にきていた学生が、普段慣れない場所、テレビにもよく出る新橋汽車広場で、遅刻を先生に叱られたことが、周りの人たちは全く気にしていないでしょうが、当人達からすると弾劾裁判でも受けた状況になり、一人が卒倒し、ドミノ倒しのように皆、卒倒したという話でした。

(参考 Youtube様:新橋駅で女子高生ら7人倒れる 指導中に過呼吸か(18/05/11))




夜は六本木ヒルズにいました。

IMG_5224.jpg

ここはイルミナティに関係する建物だそうです。この蜘蛛のオブジェもそうですが、建物の見方によってはフクロウに見えるそうです。フクロウはイルミナティのシンボルですし。でも、フクロウというと先日の忌部の神々の天日鷲命を思い出します。あと、フリーメンソン、イルミナティのヤハウェイこと、一つ目の神様ですが、天目一箇命を思い出します。それに海を越えて開拓してきたというところにも関係性を感じます。

(参考:安房神社に5月5日(丁酉)立夏に霊水取得、富津海岸にて潮干狩りの旅 )

で、六本木ヒルズは、あの3.11ではガスタービン発電機により、数か月は独立して生存が可能な施設になっていたようで、周辺の建物に電力を貸しているぐらいの施設を有していたのです。ITのデータセンタにはガスタービンエンジン発電機が備えてあったりします。六本木ヒルズはIT先端企業もたくさんはいってますからね。でも、多分、それだけではないでしょう。きっと、生き残りやすいポイントにされているのでしょう。フクロウ顔なのは伊達ではないでしょう。

都内だと、戦後、フリーメンソンの本部にされた、旧海軍水平社の跡地、東京タワー近く、愛宕辺りは海抜40メートルぐらい。東京大空襲の時にグランドゼロとして扱われていた銀座和光ビル、こちらも創始者がフリーメンソンに関連があるとか。何かしら因縁がある土地ってありそうです。

そもそも、古代、忌部氏になぜ、ユダヤの香りがする?忌部の神々ですが全て産業の神でした。そしてフリーメンソンの起源も石工の職人と言われています。この辺の話はネタが膨大になりますので、忌部氏絡みに絞りますと、先日の千葉の安房神社の神々は、四国徳島から海を越えてこられた神々でした。

えー?となるお話しですが、なんと、イスラエル駐日元大使、コーヘン氏が四国の剣山に何回か訪れ、「ここに失われたアークがあるに違いない!」と仰っているようです。

(参考 Youtube様:祇園祭り・剣山の謎)



去年の長野諏訪の旅でも十支族に関係がありそうだといってました。

(参考:長野聖地巡り 三連発!ユダヤ失われた十氏族?君の名は?夢? )

アーク?ときくと(参考 Youtube様:レイダース 失われたアーク Raiders of the Lost Ark)や、アイアンマンのアークリアクターなどを思い出します。



この映画もナチスドイツが世界を支配できる力をてにするというアークを探しているという設定でした。

(参考 Wiki様:契約の箱)
-----------------------------------------------------------------
契約の箱(けいやくのはこ、ヘブライ語: ארון הברית‎ aron habrit、英: Ark of the Covenant)とは、『旧約聖書』に記されている、十戒が刻まれた石板を収めた箱のことである。証の箱(あかしのはこ)、掟の箱(おきてのはこ)、聖櫃(せいひつ)、約櫃(やくひつ)とも呼ばれる。ただしユダヤ教・キリスト教において、「聖櫃」は「契約の箱」より広義のものをも含む語彙である。

神の指示を受けたモーセが選んだ、ベツァルエル(英語版)(ヘブライ語: בְּצַלְאֵל בֶּן־אוּרִי‎)が、神の指示どおりの材料、サイズ、デザインで箱を製作し、エジプト脱出から1年後にはすでに完成していた。
アカシアの木で作られた箱は長さ130センチメートル、幅と高さがそれぞれ80センチメートル、装飾が施され地面に直接触れないよう、箱の下部四隅に脚が付けられている。持ち運びの際、箱に手を触れないよう2本の棒が取り付けられ、これら全てが純金で覆われている。そして箱の上部には、金の打物造りによる智天使(cherubim ケルブ)2体が乗せられた。
-----------------------------------------------------------------

このアークですが、日本のお祭りの神輿そっくりなんです。2本の棒の上に金色の箱をのせ、棒を人間数名が担ぐというやつです。エッサって掛け声かけながら。で、この言葉、ヘブライ語で、エッサは持っていく(Carry:運ぶ)意味で同じ読み方をするんです。それ以外にもヘブライ語と日本語の類似点がたくさんあります。読みと内容が同じっての凄い。
で、剣山の大劔神社例大祭が7月17日に行われているのですが、神輿の渡御という神事で、山頂まで神輿を担ぎ神事を行うというものです。これなどもろですね。

(参考 Youtube様:剣山でみこし渡御 白装束の信者ら練り歩き)



この日付と内容がそっくりなのが聖書にあります。

旧約聖書(創世記「第8章」)
----------------------------------------------------------------
神はノアと、方舟の中にいたすべての生き物と、すべての家畜とを心にとめられた。神が風を地の上に吹かせられたので、水は退いた。 また淵の源と、天の窓とは閉ざされて、天から雨が降らなくなった。 それで水はしだいに地の上から引いて、150日の後には水が減り、 方舟は7月17日にアララトの山にとどまった。
----------------------------------------------------------------

時期と内容がそっくりなのが凄いですね。契約の箱などを使った神事を行う一族はきまっていたようで、もしかしたら、この忌部氏が関係している可能性があるようです。

このネタはてんこ盛りなので、また掘り下げていこうと思います。

引き続きよろしくお願いいたします。


(バナークリックお願いします!)





お世話になっております。

ここのところ、地震雲を見ては、地震が来るというのが身近でも2回もおきています。

(参考:本日は八十八夜、昨日は地震雲らしきものを発見)

まずは5月1日に神楽坂で夕方に見た狼煙のような雲です。

20180502_01.jpg

その後発生した近い地震はこちら。

20180509_02.png

地震って結構おきてますので、どれでも故事付けできるでしょう?ともいえますが、私のように比較的長期間観測していると、明らかに違うなってのはわかってきます。怪しいなと。

(参考: 安房神社に5月5日(丁酉)立夏に霊水取得、富津海岸にて潮干狩りの旅 )

次は、5月5日に千葉館山で夕方に見た、こちらも狼煙のような雲です。

IMG_5181.jpg

その後起きたのがこちら。

20180509_03.png

で、実は、kirunaが5月に入ってから結構ゆれてます。今の状況はこちら。

20180509_01.png

ちょっと怪しいです。現象が揃ってきているのが気になりますね。

喫緊のカバラ数字をみますと、

20180511=2+0+1+8+5+1+1=11+7=18(666)

が一番あやしいですね。今年は2018年、やりすぎ都市伝説の死海文書の話がありましたが、2018年は結構意味ありげでした。

(参考 Youtube様:『やりすぎ都市伝説スペシャル2016夏』死海文書に隠された秘密)




18は666に繋がる数字ですが、カバラの神聖数字はいろいろとあり、その中でも11、22は注意数字ですが、年に11があり、日付で11日になる日ってのが、東日本大震災の日付です。

20110311=2+0+1+1+3+1+1=13+5=18(666)

まあ、引き寄せの法則ってのもありますから、楽しい気持ちで週末に向かいたいものです。

引き続きよろしくお願いいたします。

(バナークリックお願いします!)






お世話になっております。

昨日は早朝に出撃しまして、千葉館山の安房神社を目指しました。奇門遁甲は南方は日盤:丙乙(順陽豊作)、八門は景門で、卯時の時盤:乙丙(開花陽光)、八門は景門でした。
この日は事故渋滞があちこちで起きており、中々進みません。当初は安房神社に先にいって富津に戻って潮干狩りをする予定でしたが、潮が引く時間が12時30分~15時30分とのことで、予定を変え、富津海岸にて潮干狩りから参ります。約5時間はかかりました。海で清めの意味もありいいでしょう。

IMG_5103.jpg

結構人がきておりますが、海岸が広いので気になりません。海風が気持ちいいです。

IMG_5106.jpg

結構大量でした。

IMG_5111.jpg

続いて、館山に向かいます。ここから60キロはあります。

ようやく、安房神社に到着しました。時間は16時ぐらい。距離は宇都宮から300キロ程度、いろいろと邪魔が入る感じで流石です。純粋な吉方だと邪魔の程度も強烈です。

IMG_5173.jpg

(参考:安房神社)

---------------------------------------------------------------
◎御祭神
〇主祭神:天太玉命 (アメノフトダマノミコト):日本の全ての産業創始の神。
〇相殿神
 天比理刀咩命 (アメノヒリトメノミコト)
 天太玉命の妃神。
〇忌部五部神
 櫛明玉命 (クシアカルタマノミコト) 出雲(島根県)忌部の祖。 装飾・美術の神。
 天日鷲命 (アメノヒワシノミコト)阿波(徳島県)忌部の祖。 紡績業・製紙業の神。
 彦狭知命 (ヒコサシリノミコト) 紀伊(和歌山県)忌部の祖。 林業・建築業・武器製造業の神。
 手置帆負命 (タオキホオイノミコト)讃岐(香川県)忌部の祖。 林業・建築業・武器製造業の神。
 天目一箇命 (アメノマヒトツノミコト)筑紫(福岡県)・伊勢(三重県)忌部の祖。 金属鉱業の神。
〇摂社 
 天富命 (アメノトミノミコト)天太玉命の孫神。
天忍日命 (アメノオシヒノミコト)天太玉命の兄弟神。
〇末社
 市杵島姫命 (イチキシマヒメノミコト) 海上交通を守護される海の神。
 琴平社
 大物主神 (オオモノヌシノカミ)海上交通・航海安全の神。

◎御由来
安房神社の創始は、今から2670年以上も前に遡り、神武天皇が初代の天皇として御即位になられた皇紀元年(西暦紀元前660年)と伝えられております。神武天皇の御命令を受けられた天富命(下の宮御祭神)は、肥沃な土地を求められ、最初は阿波国(現徳島県)に上陸、そこに麻や穀(カジ=紙などの原料)を植えられ、開拓を進められました。
その後、天富命御一行は更に肥沃な土地を求めて、阿波国に住む忌部氏の一部を引き連れて海路黒潮に乗り、房総半島南端に上陸され、ここにも麻や穀を植えられました。  この時、天富命は上陸地である布良浜の男神山・女神山という二つの山に、御自身の御先祖にあたる天太玉命と天比理刀咩命をお祭りされており、これが現在の安房神社の起源となります。

---------------------------------------------------------------

前回の記事のwiki様の記事の再掲ともなっております。

(参考:忌部氏?神道を探る旅。奇門遁甲の吉盤は良縁を呼び新たな機縁をもたらす )

ことに(参考 Wiki様:天太玉命)は神事、占いの神様でもあり更にご縁を感じます。
---------------------------------------------------------------
フトダマは、日本神話に登場する神。『古事記』では布刀玉命、『日本書紀』では太玉命、『古語拾遺』では天太玉命(あめのふとだまのみこと)と表記する。忌部氏(後に斎部氏)の祖の一柱とされる。出自は『記紀』には書かれていないが、『古語拾遺』などでは高皇産霊尊(たかみむすび)の子と記されている。岩戸隠れの際、思兼神が考えた天照大神を岩戸から出すための策で良いかどうかを占うため、天児屋命とともに太占(ふとまに)を行った。 そして、八尺瓊勾玉や八咫鏡などを下げた天の香山の五百箇真賢木(いおつまさかき)を捧げ持ち、アマテラスが岩戸から顔をのぞかせると、アメノコヤネとともにその前に鏡を差し出した。
天孫降臨の際には、瓊瓊杵尊に従って天降るよう命じられ、五伴緒の一人として随伴した。『日本書紀』の一書では、アメノコヤネと共にアマテラスを祀る神殿(伊勢神宮)の守護神になるよう命じられたとも書かれている。天児屋命(アメノコヤネ)と共に祭祀を司どる神である。岩戸隠れにおいて『記紀』では太玉命よりも天児屋命の方が重要な役割をしている。これは『記紀』が書かれた当時の斎部氏と中臣氏の力関係を反映している。斎部氏の斎部広成が書いた『古語拾遺』では、逆にフトダマの方が中心的な役割を果たしている。
占いの神、神事の神として信仰されており、天太玉命神社(奈良県橿原市)、大麻比古神社(徳島県鳴門市)、安房神社(千葉県館山市)、大原神社(千葉県君津市)、洲崎大神(神奈川県横浜市)、金札宮(京都府京都市)などで祀られている。
---------------------------------------------------------------

駐車場がある広い参道から既に清々しい気を感じております。

IMG_5170.jpg


雰囲気的には建物もそうですが、伊勢神宮系ですね。

IMG_5150.jpg

早速、社務所に伺い「お水取り、お砂取りの御祈祷をお願いします」とお願いします。ここのお水取り、お砂取りは聖域に入るため、お祓いを受けないと入れないのです。三千円にてお願いし、本殿に向かいます。

まずは手水舎にて手口を清めます。

IMG_5149.jpg

御由来ですね。

IMG_5145.jpg

木が凄いです。

IMG_5133.jpg

本殿です。本日、万難を排してお参りできたことに感謝と諸々の願意をお伝えします。(今回、霊符作成の方々の願意も含め)

IMG_5118.jpg

IMG_5143.jpg

IMG_5123.jpg


本殿にて少々待機です。今日は暑い日で、虫がとんでいました。ほどなく、宮司様がこられて御祈祷が開始されます。大神の前では基本、伏し目がちで畏れ多い気持ちで恭しくいるのが良いようです。こちらは、心の中で諸真言などを唱え、感謝と願意をお願いします。ふと、中央の神鏡が気になります。凄く綺麗な神鏡で、背後の参拝者が映っていましたが、途中から居なくなり、空間が揺らいでいるような映像が見えたと思ったら、鏡の中が輝く感じになり、ふいにそよ風が吹いてきて、本殿内の幔幕がユラユラと結構、揺れました。「おお!これは大神様降臨された気がする」と思ったら、急に畏れ多い感じが強まり、足が震える感じです。これは灌頂を受けたときと似ています。心の中は暖かい感じを感じます。ありがとうございます。

IMG_5124.jpg

無事終わりますと、本殿後方のお水取り場とお砂取り場を紹介されまして、そちらに向かいました。

こちらがお水取り場です。奥からポチャンポチャンと水の滴る音が聞こえます。井戸になっていて、蛇口から取得できる形となっています。この水で霊符・呪符を作成するのです。これは最強クラスですね。

(参考:5月5日(丁酉)立夏に霊水取得し霊符作成予定です)

IMG_5128.jpg

続いて、お砂取り場へ、本殿裏は崖になっており、落石に注意だそうです。本殿沿いに向かいます。

IMG_5129.jpg

こちらが御砂場。お砂をいただきました。今回、霊符・呪符、鑑定をご依頼してくださった皆様にもプレゼントする予定です。

IMG_5132.jpg

その後、各社をお参りし、野鳥の杜ともなっている裏山に昇ります。

IMG_5158.jpg

天気がよければ富士山も見えるそうですが、ガスがかかり残念です。ですが、景色最高です。遠く、四国の阿波、徳島から忌部の方々は海を渡り、ここまできたのですね。感慨深いです。

IMG_5163.jpg

清々しい気をいただき、神社を後にしました。途中でみかけたお土産屋に立ち寄ります。お土産などを購入し、時間をつぶします。

IMG_5180.jpg

やはりペッパー君はどこでも独り言を唱えていますw

IMG_5178.jpg

変わった雲をみかけました。地震雲っぽいですが、龍のような雲にも見えます。

IMG_5181.jpg


夕方が近づき、館山湾に向かい、夕日と富士山が見えました。

IMG_5183.jpg

真っ赤な夕日と富士山。正に吉祥。素晴らしい光景を賜りました。

IMG_5185.jpg

さて、急ぎ、自宅へと帰ります。

帰宅後は、急ぎ、霊符・呪符を作成です。いただいた霊水を自宅の諸神に供します。自宅神殿に籠り、勤行を行い、呪符作成作法にて一気呵成の下、作成です。最後は香炉、法具にてお加持して完成です。

IMG_5196.jpg

ご依頼の皆様の呪符・霊符を作成いたしました。追って、ご郵送です。折角の霊水なので、以下の霊符を別途作り置きしておきました。ご興味ある方はご連絡ください。

・金融融通符(すいすいとお金が転がり込むという霊符。神道系) × 2部
 (※諸願成就符と一旦記載しましたが、再確認し、在庫数と含めて修正しております)
・怨敵退散霊符 × 2部

※今回、安房神社で賜った奇門遁甲吉方で取得した御砂(自宅神殿で加持中)をおまけで添付します。
※霊符本体を今回の霊水で作成済みです。霊符自体は自宅神殿の中央の法具の上でお加持をしております。申し込みがありましたら、霊符本体を和紙で包み、更に押印し封印をする呪を記載しますので、別途霊水を汲む必要があるため週末の対応となります。予めご了承のほどお願いいたします。

引き続きよろしくお願いいたします。

(バナークリックお願いします!)



お世話になっております。

ゴールデンウィークは皆様、如何お過ごしでしょうか?本日は、天気が荒れそうです。
私はゴールデンウィークの中日は普通に仕事にでていました。で、昨夜、東北新幹線で宇都宮に帰還です。

IMG_5089.jpg


到着後は、先日、佐原の道の駅で購入した野菜などを鉄板焼きでいただきました。オリーブオイルをひき、ヒマラヤ塩とホワイトペッパーでシンプルに。うまし!

IMG_5090.jpg


さて、今回、5月5日(丁酉)で立夏の日は、『鎮宅霊符神 観応秘密修法集』の霊符作成の日として、丁酉が吉日ということでゴールデンウィークでもこの日に作成しようとしていたのが前回までの記事でした。

(参考:5月5日(丁酉)立夏に霊水取得し霊符作成予定です )

※GWセールの現状についてはこちら。
---------------------------------------------------
霊符、呪符の割引は2割引きは5月3日まで期間を継続したいと存じます。
鑑定の方は、5月6日までとします。先着2名様に3割引き枠を、期間中は2割引きを継続します。

---------------------------------------------------

で、この日の奇門遁甲の日盤で天盤地盤と八門全てが完全に吉なのは南でした。しかも早朝から吉が開いています。という具合に暦のご縁に従って、自宅から南方でどこか霊水取得にどこか良いところは?と探していたのでした。

流石に100~200キロぐらい縮尺を伸ばしますと、栃木の南部、埼玉、茨城、千葉、東京、神奈川と結構な範囲の選択が可能です。

その中の候補は霊水取得が可能でしっかりとした霊地を選択せねばならず、過去に行ったことがある場所も含めて探索しておりましたが、今、私の中で、偶然の連鎖、シンクロニシティが一番起きているのが、(参考:安房神社)様です。(まあ、連想ゲームだろうが?と言われればそうかもしれませんけどw でもそんなちょっとした気づきの連鎖が、運命のバックドアに辿り着き、思わぬ吉祥を得たり、危機を脱たる鍵を手にできるとしたら?)

この神社が神秘的なのは、天皇家と祭祀などを司り天皇家を支えた古代一族の一家、忌部氏が四国徳島の阿波から、海を渡り、千葉の館山、安房に辿り着き建立したのがこちらの神社なのだそうです。ところで忌部氏ってどういう一族なのでしょうか?

(参考 Wiki様:忌部氏)
----------------------------------------------------------
忌部氏(いんべうじ)、のち斎部氏(いんべうじ)は、「忌部」または「斎部」を氏の名とする氏族。天太玉命を祖とする神別(天神)の古代氏族で、「忌部首(いんべのおびと)」、「忌部連(いんべのむらじ)」、「忌部宿禰(いんべのすくね)」のち「斎部宿禰」姓を称した。古代朝廷における祭祀を担った氏族である。本項では、部民としての忌部(いんべ)についても解説する。
氏族名の「忌(いむ)」が「ケガレを忌む」すなわち「斎戒」を意味するように、古代朝廷の祭祀を始めとして祭具作製・宮殿造営を担った氏族である。古代日本には各地に部民としての「忌部」が設けられていたが、狭義にはそれらを率いた中央氏族の忌部氏を指し、広義には率いられた部民の氏族も含める。

忌部氏は、5世紀後半から6世紀前半頃にその地位を確立したとされ、当初は「忌部首(おびと)」を名乗った。大和国高市郡金橋村忌部(現 奈良県橿原市忌部町)を本貫(根拠地)とし、現在も祖神の天太玉命を祀る天太玉命神社(式内名神大社)が残る。また、出雲・紀伊・阿波・讃岐等に設置されていた品部を掌握して物資を徴収したほか、祭具の作製や神殿・宮殿造営に携わった。

〇阿波忌部の東遷説話
『古語拾遺』(大同2年(807年)成立)や『先代旧事本紀』の説話によれば、忌部氏遠祖の天富命(天太玉命の孫)は各地の斎部を率いて種々の祭祀具を作っていたが、さらに良い土地を求めようと阿波の斎部を率いて東に赴き、そこに麻(アサ)・穀(カジノキ)を植えたという。
同書では続けて、天富命が植えた麻が良く育ったのでその地を「総国(ふさのくに)」というようになり、また穀の木が育った地を「結城郡」というようになったとし(分注に、麻は「総(ふさ)」の古語とし、また上総国・下総国の2国がこれにあたるとする)、阿波斎部が移住した地は「安房郡」と名付けられたとする(分注に、これが安房国の国名になったとする)。また、同地には「太玉命社」を建てられ、これが「安房社」(現在の安房神社(千葉県館山市)に比定)にあたり、その神戸(神社付属の民戸)には斎部氏があるとも伝えている。

----------------------------------------------------------

徳島と聞いて、身近なところを思いますと、お世話になっている真言密教の大阿闍梨様が徳島にご縁があったことを思いだし、ふと、もしかして、確かご出身は千葉でなかったかな。もしかして館山、安房にご縁があるのでは?と思っていたら、このタイミングで!?ご当人からラインがきましたw(先日の神道灌頂以来、連絡を取っていなかったこのタイミングで)

(参考:春爛漫の伏見稲荷を参拝、関西某所にて希少なご縁にて秘密神道灌頂を賜る )

ご連絡内容は別件でしたが、で、伺ってみるとなんと祖父母様に千葉安房のご縁があるとのこと。偶然にしてはというところです。しかもおっしゃるところでは、「千葉に至った忌部氏は更に利根川を北上して栃木県や群馬県にまで開拓をすすめたのでは」とのことです。なるほど、調べてみるとアワの名前の付く神社や地名があちこちに。

それどころか、安房神社様のご祭神を拝見しますと、

◎主祭神 天太玉命(アメノフトダマノミコト)
〇殿神   天比理刀咩命 (アメノヒリトメノミコト) 天太玉命の妃神。
 忌部五部神
〇櫛明玉命(クシアカルタマノミコト) 出雲(島根県)忌部の祖。装飾・美術の神。
〇天日鷲命(アメノヒワシノミコト) 阿波(徳島県)忌部の祖。紡績業・製紙業の神。
〇彦狭知命(ヒコサシリノミコト)  紀伊(和歌山県)忌部の祖。林業・建築業・武器製造業の神。
〇手置帆負命(タオキホオイノミコト)讃岐(香川県)忌部の祖。林業・建築業・武器製造業の神。
〇天目一箇命(アメノマヒトツノミコト) 筑紫(福岡県)・伊勢(三重県)忌部の祖。金属鉱業の神。

の諸神ですが、なんだか過去に訪れたあちこちの神社で見覚えがある神様がおられます。例えば、天日鷲命は例のフクロウの神社(参考:鷲子山上神社)様の主祭神でしたね。

(参考:来年も不苦労(フクロウ)を祈願して金運真珠アクセサリーを謹製 )

天目一箇命は(参考:太平山神社)の奥宮におられました。

(参考:太平山、謙信平から富士を臨み、奥の宮で風の声。一年の疲れは温泉にて。)

もっというと、関東には酉絡みの神社や縁日があちこちにありますが、これらにも関りがあるようです。忌部氏を調べると、天皇家や古代の豪族、貴族にいきわたるだけでなく、おもしろい話題がたくさんでてきます。これはおいおい調べていきましょう。

ご縁でしょうが、今回、丁酉の日ですから、これもご縁でしょう。やはり今までの積み上げもあるでしょうが、先日の神道灌頂は一つの機縁となってご縁が深まってきている気がします。神道灌頂を受けると自然と神道に縁が出て神道のことが分かってくる、というようなことを聞いたこともあります。そのような良縁を繋げ、今までにない新しい運気、奇縁をもたらすのは奇門遁甲であるといったも過言ではないと考えます。そして、真言密教の結縁灌頂を受け、各地の観音霊場を回り、その上、方位のパワーをお借りした上に、真言密教の大阿闍梨様からお伝授をうけた在家向けの勤行をしながら、占術の大家から伝授を受けた呪符作法もお借りし、霊符・呪符を作成するのです。

〇高野山結縁灌頂
(参考:我が家の守護神、立里荒神とのご縁 )
(参考:春の高野山、胎蔵界結縁灌頂、嶽弁天、天河弁財天、龍泉寺、そして吉野山・蔵王堂の思い出 )
(参考:「高野山開創1200年記念大法会で結縁灌頂、伏見稲荷より御霊を賜った」思い出 )

〇霊場巡り
(参考:開運ツアー『秩父観音霊場』の思い出 )
(参考:坂東三十三観音霊場の思い出)

〇小野先生 呪術セミナー
(参考:お呪い、呪符、侮れません )

兎も角、奇門遁甲を使った霊水取得ツアー??乞うご期待!です。

引き続きよろしくお願いいたします。

(バナークリックお願いします!)





お世話になっております。

本日は、(参考 Wiki様:八十八夜)ということです。

------------------------------------------------------------------
八十八夜(はちじゅうはちや)は雑節のひとつで、立春を起算日(第1日目)として88日目(立春の87日後の日)にあたる。
もともと、太陰暦がベースである日本の旧暦では暦日と季節が最悪で半月もずれるために、太陽暦をベースとした雑節としておこり広まったものである。21世紀初頭の現在では平年なら5月2日、閏年なら5月1日である。数十年以上のスパンでは、立春の変動により5月3日の年もある。

「八十八夜の別れ霜」「八十八夜の泣き霜」などといわれるように、遅霜が発生する時期である。一般に霜は八十八夜ごろまでといわれているが、「九十九夜の泣き霜」という言葉もあり、5月半ばごろまで泣いても泣ききれない程の大きな遅霜の被害が発生する地方もある。それ以上に、旧暦では暦日と季節が最悪で半月もずれるために、農家に対して特に注意を喚起するためにこの雑節が作られた。八十八夜は日本独自の雑節である。
この日に摘んだ茶は上等なものとされ、この日にお茶を飲むと長生きするともいわれている。茶の産地である埼玉県入間市狭山市・静岡県・京都府宇治市では、新茶のサービス以外に手もみ茶の実演や茶摘みの実演など、一般の人々も参加するイベントが行われる。

------------------------------------------------------------------

立春から88日経過した日ってことなんですね。とりあえず、今日はお茶を飲みましょうか。

ところで、昨日、夕方ですが、神楽坂で以下のような地震雲らしきものをみました。狼煙のような奴です。

20180502_01.jpg


ただ、地震が起こるにしてもその後消えたので、このエリアではないかもしれませんし、小さいやつかもしれません。本ブログリンクにあるkirunaは平静でした。因みに、今月のカバラ注意日は日付だけで足して2となる日です。

0502 / 2+0+1+8+0+5+0+2=11+7=18(666)
0511 / 2+0+1+8+0+5+1+1=11+7=18(666)
0520 / 2+0+1+8+0+5+2+0=11+7=18(666)
0529 / 2+0+1+8+0+5+2+9=11+16=11+7=18(666)

特に警戒なのは5月11日ですね。しかも2018年で511は並びが美しいw?のでちょっと警戒した方がいいかもです。

一説には、天皇家の動きをみると大地震や大噴火などの国家を揺るがすような大災害等を予測できるという説があります。何故なら、天皇家は血筋を絶やすことは許されない一族であるからで、平安の世から必ず陰陽師のようなお抱えの占術師、もしくは今どきの言葉を借りればサイキック、能力者がいるはずだ、という説です。その説をお借りすると、少なくても2019年4月30日の今上天皇陛下の退位、翌日、新天皇の即位までは安全で、それ以降は保証にならないとする説です。また、今上天皇は退位後、上皇になられ、秋篠宮様が皇太子になられて、上皇は皇太子と一緒に住むという規定らしく、赤坂御所になるのか住む場所がまだ決まっていないようです。元々、天皇家は京都の主として、江戸時代まではいらっしゃったのですから、これを期に戻られたら?という京都の方々の切望もあるようですが、秋篠宮家様にはご長男もおられ、家系継続のためにディザスターリカバリ(DR)対策で西日本にお住まいになるのは国家としては当然のことのような気がします。

例の3.11を予言したという(一説にはブログ改竄の説もあり)松原照子さんの予言では東京オリンピックは開催されない、という話もありましたね。20年以上前にかかれた以下の本はプレミアがついてますね。

(参考 Amazon様:宇宙からの大予言―迫り来る今世紀最大の恐怖にそなえよ )

では、何故、大地震が来るのが分かっているのにオリンピック開催を進めたり、更に会場などを作るのか?という理由ですが、表立ってそんな対策を始めれば株価などの経済に直結するため、大義名分のために利用しているだけであって、実際には大災害時の避難場所を含め、この期に裏で耐震性強化や避難場所を作ったり大改造を施している、という話です。まあ、なんでもかんでも故事付け臭いですがw

それよりも、イルミナティカード「Up Against the Wall」にもある横須賀への核攻撃と思しきカードが不気味ですね。

20180502_02.jpg

(参考:2017.11.04 11.3-11.5、そして11.6に一応注意 )

この並びの日が近づくと騒ぎ出す、オオカミ少年状態で失礼しますがw

さて、和平ムードの北朝鮮ですが、親子三代で緊張と和平を繰り返して時間を稼ぎ、なんとかもうあと少しで完成する大陸間弾道弾をぱっと捨てるのか?と言われれば、絶対それはないですね。今回もシャンシャンのインチキ時間稼ぎでないと、親子三代何やってたんだって話です。

我が国に落とされた原子爆弾も実は同じような経緯があり、トルーマン大統領としてはできるだけ大量殺戮者になりたくないですから、日本敗北が近づくにつれ、できるだけ使わない方向できていました。それを開発したレズリー・グローヴス氏一派は元々、日本に30箇所近く落とす予定でして、かなりのロビー活動を行ってついには攻撃が決まってしまった。また、当初、最も推薦された場所が京都だったのです。実は広島や長崎はあまり推薦箇所でなかった。京都は盆地で古い家屋がならび、爆風の拡大範囲を調べるのに丁度良かったというのです。実際には京都は寺社仏閣ばかりで軍事施設が少しでもないと故事付けできず、それで選ばれたのがかなり苦しいですが、広島と長崎だったのです。武器を作ったら使わずにはいられない、怖いことです。特に韓国にはかつて「ムクゲの花が咲きました」という日本に核弾頭を打ち込み降伏させる小説があり、更に映画化されており、脱北者の文大統領が北朝鮮に同調していった先に、彼らがどうにもならなくなった際に、また日本を当てつけにする可能性が高く、こうしたヒステリー要素が悪用されないか心配ですね。

引き続き、何気にウォッチが必要かと思っております。

さて、話が変わりまして、先日からのゴールデンウィークセールですが、霊符・呪符の3割引き枠は昨夜、完売御礼となりました。お申込みいただいた皆様、誠にありがとうございます。

(参考:5月5日(丁酉)立夏に霊水取得し霊符作成予定です )

霊水取得のための奇門遁甲の方位ですが、南方にいくかもしれません。

例えば、千葉市内にある遠く平将門公の血を引き、代々星を祀る千葉氏所縁の神社で、北斗妙見が本地の千葉神社の霊水か、房総半島南端にあり、今から2670年以上前の神武天皇が即位された皇紀元年(西暦紀元前660年)創建という関東随一の古社であり、神武天皇の御命令を受けられた天富命が肥沃な土地を求めて、阿波国に住む忌部氏の一部を引き連れて辿り着いたため安房の名前の由来ともなったという、天皇家への鮑の献上で常に歴代の政権下でも格式も高く、現在でも霊水の取得前に必ずお祓いを必須(3千円以上)とする安房神社にするか、坂東霊場の最終地点で坂東霊場巡りでお世話になった那古寺にするかとか、いろいろと思案中です。

鑑定の方は、2枠残りましたが、昨夜のお問い合わせで「セールを知ったばかりで少し検討したく、セール期間を延ばせないか?」という方がいらっしゃいました。折角の有難いお引き合いでもございますので、霊符・呪符の方は5月5日に霊水取得と作成を行うため伸ばせても、明日、5月3日中にはご依頼をいただきたいです。

霊符、呪符の割引は2割引きは5月3日まで期間を継続したいと存じます。
鑑定の方は、5月6日までとします。先着2名様に3割引き枠を、期間中は2割引きを継続します。


引き続きよろしくお願いいたします。

(バナークリックお願いします!)





お世話になっております。

先日の霊符・呪符、鑑定書のゴールデンウイークセールですが、3割引枠は以下の状況です。

(参考:5月5日(丁酉)立夏に霊水取得し霊符作成予定です )

GW中のセールについては先日予告にて記載した以下の通りですが、既に数件、お問い合わせがありまして、以下の残り分となっております。ご了承の程お願いします。

--------------------------------------------------------------------
(再掲)
「GW割引きセール」をしたいと存じます。

・霊符/呪符 (先着 3名様 ⇒ 残り2名様 ⇒ 残り1名様  3割引き、期間内統一2割引き)
・鑑定書    (先着 3名様           ⇒ 残り2名様 3割引き、期間内統一2割引き)
※鑑定書は全てハンドメイクのため、ご入金後、2ヵ月~3ヵ月程度、また大人数の依頼が来た場合には納期がずれ込む可能性がございますので、都度、申し込み時にご連絡いたします。予めご了承の程お願いします。
(現在は、近々、納品予定1件の状況です)

ご希望の方はお早めに問い合わせより願望のご連絡をお願いします。なお、セール対象の申し込み締め切りは、5月1日とさせていただきます。(流石に後半の時間をいただかないと作成が厳しいですので)

--------------------------------------------------------------------
本日中でしたら、3割枠が若干残、2割引とさせていただく状況です。ご興味ある方はお早めにご連絡お願いします。


さて、先日は、また奇門遁甲を使って運気を高めておりました。

明らかに吉方を取得を続けると、目的に応じてジャックポットのように吉祥が放出される、という現象を過去に何度も体験しております。吉方を取り続けていると吉方を取りやすくなります。これは逆も然りで、一度、悪い方位をとると、その後、中々良い方位を取りにくくなったり、どう動いても悪い方位に囲まれ続けたり、行きたくないのに呼ばれたりするものです。特に普段からあまり行かない場所に行く際には、特に吉方を取るように心がけるのが大切だと思います。

この日の南東方向、日盤は丁乙(焼田撒種、吉)、傷門(小凶)、で、時盤は午の刻、甲丙(青龍返首、大吉)、生門(吉)でした。日盤の傷門が微妙ですが。

この日は朝はそれほどでもなかったですが、昼間は夏日でした。程なく出発し、北関東自動車道から常磐自動車道へ。その後、圏央道へ向かい、大体、160キロ程度ですね。暑いのでクーラーをつけますが、途中、変な車が多く、追い越しするのに少し吹かしたり、ちょっと車に負担かかってるなあ、と思いました。

2時間弱で到着しました、(参考:香取神宮)様です。

IMG_4994.jpg

(御由来)
-----------------------------------------------------------------
〇主祭神:経津主大神(ふつぬしのおおかみ)
<又の御名伊波比主命(いはひぬしのみこと)>

〇御祭神の神話
皆さんは、出雲の国譲りの神話をご存じでしょうか?香取の御祭神 経津主大神(ふつぬしのおおかみ)は、この神話に出てくる神様です。はるか昔、高天原(天上の神々の国)を治めていた天照大神(あまてらすおおみかみ / 伊勢神宮・内宮の御祭神)は、葦原中国(あしはらのなかつくに / 現在の日本)は自分の息子が治めるべきだとお考えになりました。葦原中国は荒ぶる神々が争い乱れていたため、天照大神が八百万神に相談すると、天穂日命(あめのほひのみこと)がすぐれた神であるということで出雲国の大国主神(おおくにぬしのかみ)の元に遣わされましたが、天穂日命は大国主神に従い家来になってしまいました。次に天稚彦(あめのわかひこ)が遣わされましたが、天稚彦もまた忠誠の心なく、大国主神の娘である下照姫(したてるひめ)を妻として自ずから国を乗っ取ろうとし、天照大神の元に戻りませんでした。このようなことが二度つづいたので、天照大神が八百万神にもう一度慎重に相談すると、神々が口を揃えて、経津主神こそふさわしいと言いました。 そこへ武甕槌大神(たけみかづちのかみ / 鹿島神宮の御祭神)も名乗り出て、二神は共に出雲に派遣されることとなりました。出雲国の稲佐の小汀(いなさのおはま)に着いた経津主、武甕槌が十握剣(とつかのつるぎ)を抜き逆さに突き立て武威を示すと、大国主神は天照大神の命令に従い葦原中国を譲りました。二神は大国主神から平国の広矛(くにむけのひろほこ)を受け取り、日本の国を平定して、天照大神の元へ復命されたのです。

〇御神徳
古くから国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が最も篤く、特に『神宮』の御称号(明治以前には伊勢・香取・鹿島のみ)を以て奉祀されており、中世以降は下総国の一宮、明治以後の社格制では官幣大社に列し、昭和17年、勅祭社に治定され今日に至っています。奈良の春日大社、宮城の鹽竈神社を始めとして、香取大神を御祭神とする神社は全国各地に及んでいて、広く尊崇をあつめています。一般からは家内安全、産業(農業・商工業)指導の神、海上守護、心願成就、縁結、安産の神として深く信仰されています。さらに、その武徳は平和・外交の祖神として、勝運、交通 安全、災難除けの神としても有名です。

-----------------------------------------------------------------

経津主大神(ふつぬしのおおかみ)は、神話の神様であり、強力な護国の神様、武の神様ですね。明治時代以前は、伊勢神宮、香取神宮、鹿島神宮のみだったんですね。ゴールデンウイークともあって参拝客はたくさんこられていました。

中央の大鳥居からは大きな雲を背に雄大な気を感じます。

IMG_5002.jpg

参道は紅葉の木がたくさん緑の葉をつけていました。秋の紅葉は最高でしょうね。でも、太陽を背にした緑の参道も最高です。清々しき気のシャワーをいだきつつ本殿へ向かいます。やはり、霊符・呪符作成においては気の力が要となりますので。

IMG_5009.jpg

こちらの楼門の額は明治時代、日本海海戦においてロシアバルチック艦隊を撃破せしめた東郷平八郎元帥の筆によるものだそうです。何かと神話的にも護国、武の神様なので政治家や武人の尊崇が篤い感じでしょうか。

IMG_5013.jpg


本殿です。凄い並んでいますが、本殿前10メートルぐらいの例の気の凝縮点では、大地の気が全身を駆け巡る瞑想をしつつ、折角なので例の神道灌頂で賜った印や真言を小さな声で唱えます。勿論、順番がきたら賽銭箱の前で二礼二拍手に交じえこれをもう一度サクっとやります。(いずれにしても、「自分の名前、生年月日、〇〇神社一切諸神善神に奉ります。そしてお願い事」という形でお願いすると良いです。)

IMG_5017.jpg

御神籤を引きますと、おお、大吉、上々です。その後は宝物館へ。

IMG_5027.jpg

こちらにはイミテーションですが、正倉院御物及び四国大山祇神社の神鏡とを合わせて『日本三銘鏡』と称され、昭和28年に国宝に指定、千葉県の工芸品で唯一の国宝である、「海獣葡萄鏡」が展示されています。こちらは現地で授与品で書道に使う文鎮(ぶんちん)として販売していて、十年前ぐらいにお参りした際に購入しており、これを霊符作成の時に使っています。

IMG_5021.jpg

本殿を一周しました。三本杉などもパワーありますし、安倍総理の大和心の石碑もよいですね。別に安倍総理でなくても宝物館には歴代総理の寄進のものがありました。

IMG_5042.jpg

本殿の散策は終わり、帰りに、要石(かなめいし)をお参りです。

IMG_5004.jpg

要石(かなめいし)は、鹿島神宮と香取神宮にあり、地震を鎮めているとされ、大部分が地中に埋まった霊石です。地上部分はほんの一部で、地中深くまで伸び、地中で暴れて地震を起こす大鯰あるいは竜を押さえているのだそうです。鹿島神宮は凹型で、香取神宮は凸型のようです。

ある意味こちらも龍穴のような場所なのでしょうか。

IMG_5051.jpg

駐車場に戻り、車のエンジンをかけますが、ん?何かギア切替が変です。一旦、エンジンを停止し、もう一度かけなおすと、大丈夫で、ホッとしましたが、ちょっとギア切替の雰囲気が気になります。ずっと走っていて落ち着きましたが、やはり奇門遁甲の盤で、吉盤でも動作が無意識に荒くなるという丙や傷門のような要素は要注意かもしれません。(勿論、戦格、死門などの凶方はモロきますのでもっての外です)パワースポットも機械に影響を与える場所もあるようです。磁場が違うという場所で音響機器が変な動作したことが過去にありますし。それだけ効果にも影響するということでしょうが。最も大切なのは目的をもって吉方を求めることが肝要なようです。

さて、香取神宮で清々しく気をいただき、続いて、前から行きたかった(参考 香取市:伊能忠敬記念館)に伺います。

香取神宮から2,3キロ程度ですね。水郷の街、佐原にきますと、小江戸情緒のある街並みが並んでいます。

IMG_5076.jpg

IMG_5075.jpg

伊能忠敬記念館に到着です。伊能忠敬公や、

IMG_5053.jpg

測量の道具が。

IMG_5054.jpg

今回は企画展でシーボルト関連の陳列があるようですね。

IMG_5055.jpg

こちらから入ります。「御用 測量方」の旗が。後でこの意味を知りますw

IMG_5056.jpg

館内撮影禁止にて、パンフレットの画像のみで失礼します。

IMG_5066.jpg

IMG_5067.jpg

伊能忠敬公はどのような人だったのか?

----------------------------------------------------------------
江戸時代、日本国中を測量してまわり、初めて実測による日本地図を完成させた人です。 忠敬は、延享2年(1745年)現在の千葉県九十九里町で生まれ、横芝光町で青年時代を過ごし、17歳で伊能家当主となり、佐原で家業のほか村のため名主や村方後見として活躍します。その後、家督を譲り隠居して勘解由と名乗り50歳で江戸に出て、55歳(寛政12年、1800年)から71歳(文化13年、1816年)まで10回にわたり測量を行いました。その結果完成した地図は、極めて精度の高いもので、ヨーロッパにおいて高く評価され、明治以降国内の基本図の一翼を担いました。
----------------------------------------------------------------

忠敬公は婿養子で伊能家に入り、酒蔵でもあり米問屋だった名家を3倍ぐらいに大きくしたようですね。長者番付にのったようです。当時の貨幣は両でしたが、1両が現在の15万円程度だそうで、忠敬公、29歳ぐらいで年収5000万円程度から、20年間の経営で3倍の1億5000万ぐらいに年収アップしていたようです。物凄く経営手腕がある方、やり手だったようです。しかも館内にあった以下の家訓を見ていただければ、どのくらい真っすぐで、謙虚、謙譲で努力家なのが分かるでしょう。やはり、すぐに怒って一期一会の縁を大切にしない人、相手を尊重し意見を交換しあえない人、自分の程も知らずに威張る人、権威を振りかざす人、争いを好む人は成功しないのです。(以下の家訓を反対にすれば成功しない人になりますw 気を付けましょう)

〇伊能家家訓

第一 仮にも偽をせす孝弟忠信にして正直たるへし
第二 身の上の人ハ勿論身下の人にても教訓異見あらは急度相用堅く守るへし
第三 篤敬謙譲とて言語進退を寛容に諸事謙り敬み少も人と争論など成べからず

天明の大飢饉のときには、自ら村の有力者と相談しながら、身銭を切って米や金銭を分け与えるなど、貧民救済に取り組んだようです。正に家訓を実施されていますね。

それだけでないのが凄いのですが、元々勉強好きで特に暦の学問が好きだったようです。経営を安定化させて、50歳で隠居に入り、第二の人生ともいうべき地図研究が始まります。なんと50歳で、幕府の天文方の改暦作業に係っていた民間の研究家の方ですが、当時高名であった31歳の高橋至時公に弟子入りしたそうです。弟子入りした忠敬公は、19歳年下の師至時に師弟の礼をとり、熱心に勉学に励んだそうです。この姿勢には大いに学ぶものがありますね。

暦の学問は占いにも通じる世界でして、江戸時代には星の観測や暦の編纂、修験道者への免許などを取り仕切る、土御門家(つちみかどけ)なども含め、館内陳列には暦に係る流派の流れに忠敬公も列せられていました。
余りに精巧な地図を自己研究のみで作成し、幕府へ献上し、ついに、公の事業として認められてしまい、幕府「御用 測量方」として、全国行脚の旅が始まります。地図を作るには、太陽、月、北極星の位置を図り、角度や距離を測ったり、計算していくようです。様々な測量器具は星を見る望遠鏡や、十二方位があるコンパスは風水の羅盤のようなものもあり興味深いです。特に、測量方が定位置を決める際に立てる棒のようなものが、梵天(ぼんてん)といい、これがそのまま各地の梵天祭でつかうような物干し竿の先にひらひらがついているような形で凄く納得でした。
これらを使いながら、終生をかけて日本地図をつくったそうです。記念館入ってすぐにあるランドサットの日本地図と伊能忠敬公の地図がほぼいっちしているのに驚かされます。
また企画展のシーボルトですが、シーボルトの子孫の方がシーボルト事件にもなった忠敬公の地図を持ち出そうとして罰せられた後、忠敬公の地図を模写したりしたものがシーボルト家に温存されており、これを伊能忠敬記念館にお貸しする形で展示されておりました。皆、熱心にみられていましたね。本当、忠敬の偉業もさることながら、このような歴史館で歴史を知ることもまた知的好奇心を満たしてくれてよい時間をいただきました。

※館内入ってすぐの場所に、お子様がおられる方は、小中学生向けのワークシートがあり、これは一枚ずつ全ていただいて、是非トライしてみましょう。各展示物の場所にヒントがありますから、これをやっていくと、終わるころには忠敬公マスターになれるかも?ですw 

程なく見学を完了し、目の前の、忠敬公も訪れた?お茶屋で珈琲を一杯賜ります。テレビの撮影に使われたそうですね。

IMG_5060.jpg

旨い!癒されます。

IMG_5070.jpg

帰りに近くの佐原の道の駅で地産の野菜などを買い宇都宮へ帰還しました。かなり地元の食材が充実の道の駅だと思います。

IMG_5085.jpg

今回も充実のドライブとなりました。

引き続きよろしくお願いいたします。

(バナークリックお願いします!)