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お世話になっております。

先日の霊符・呪符、鑑定書のゴールデンウイークセールですが、3割引枠は以下の状況です。

(参考:5月5日(丁酉)立夏に霊水取得し霊符作成予定です )

GW中のセールについては先日予告にて記載した以下の通りですが、既に数件、お問い合わせがありまして、以下の残り分となっております。ご了承の程お願いします。

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(再掲)
「GW割引きセール」をしたいと存じます。

・霊符/呪符 (先着 3名様 ⇒ 残り2名様 ⇒ 残り1名様  3割引き、期間内統一2割引き)
・鑑定書    (先着 3名様           ⇒ 残り2名様 3割引き、期間内統一2割引き)
※鑑定書は全てハンドメイクのため、ご入金後、2ヵ月~3ヵ月程度、また大人数の依頼が来た場合には納期がずれ込む可能性がございますので、都度、申し込み時にご連絡いたします。予めご了承の程お願いします。
(現在は、近々、納品予定1件の状況です)

ご希望の方はお早めに問い合わせより願望のご連絡をお願いします。なお、セール対象の申し込み締め切りは、5月1日とさせていただきます。(流石に後半の時間をいただかないと作成が厳しいですので)

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本日中でしたら、3割枠が若干残、2割引とさせていただく状況です。ご興味ある方はお早めにご連絡お願いします。


さて、先日は、また奇門遁甲を使って運気を高めておりました。

明らかに吉方を取得を続けると、目的に応じてジャックポットのように吉祥が放出される、という現象を過去に何度も体験しております。吉方を取り続けていると吉方を取りやすくなります。これは逆も然りで、一度、悪い方位をとると、その後、中々良い方位を取りにくくなったり、どう動いても悪い方位に囲まれ続けたり、行きたくないのに呼ばれたりするものです。特に普段からあまり行かない場所に行く際には、特に吉方を取るように心がけるのが大切だと思います。

この日の南東方向、日盤は丁乙(焼田撒種、吉)、傷門(小凶)、で、時盤は午の刻、甲丙(青龍返首、大吉)、生門(吉)でした。日盤の傷門が微妙ですが。

この日は朝はそれほどでもなかったですが、昼間は夏日でした。程なく出発し、北関東自動車道から常磐自動車道へ。その後、圏央道へ向かい、大体、160キロ程度ですね。暑いのでクーラーをつけますが、途中、変な車が多く、追い越しするのに少し吹かしたり、ちょっと車に負担かかってるなあ、と思いました。

2時間弱で到着しました、(参考:香取神宮)様です。

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(御由来)
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〇主祭神:経津主大神(ふつぬしのおおかみ)
<又の御名伊波比主命(いはひぬしのみこと)>

〇御祭神の神話
皆さんは、出雲の国譲りの神話をご存じでしょうか?香取の御祭神 経津主大神(ふつぬしのおおかみ)は、この神話に出てくる神様です。はるか昔、高天原(天上の神々の国)を治めていた天照大神(あまてらすおおみかみ / 伊勢神宮・内宮の御祭神)は、葦原中国(あしはらのなかつくに / 現在の日本)は自分の息子が治めるべきだとお考えになりました。葦原中国は荒ぶる神々が争い乱れていたため、天照大神が八百万神に相談すると、天穂日命(あめのほひのみこと)がすぐれた神であるということで出雲国の大国主神(おおくにぬしのかみ)の元に遣わされましたが、天穂日命は大国主神に従い家来になってしまいました。次に天稚彦(あめのわかひこ)が遣わされましたが、天稚彦もまた忠誠の心なく、大国主神の娘である下照姫(したてるひめ)を妻として自ずから国を乗っ取ろうとし、天照大神の元に戻りませんでした。このようなことが二度つづいたので、天照大神が八百万神にもう一度慎重に相談すると、神々が口を揃えて、経津主神こそふさわしいと言いました。 そこへ武甕槌大神(たけみかづちのかみ / 鹿島神宮の御祭神)も名乗り出て、二神は共に出雲に派遣されることとなりました。出雲国の稲佐の小汀(いなさのおはま)に着いた経津主、武甕槌が十握剣(とつかのつるぎ)を抜き逆さに突き立て武威を示すと、大国主神は天照大神の命令に従い葦原中国を譲りました。二神は大国主神から平国の広矛(くにむけのひろほこ)を受け取り、日本の国を平定して、天照大神の元へ復命されたのです。

〇御神徳
古くから国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が最も篤く、特に『神宮』の御称号(明治以前には伊勢・香取・鹿島のみ)を以て奉祀されており、中世以降は下総国の一宮、明治以後の社格制では官幣大社に列し、昭和17年、勅祭社に治定され今日に至っています。奈良の春日大社、宮城の鹽竈神社を始めとして、香取大神を御祭神とする神社は全国各地に及んでいて、広く尊崇をあつめています。一般からは家内安全、産業(農業・商工業)指導の神、海上守護、心願成就、縁結、安産の神として深く信仰されています。さらに、その武徳は平和・外交の祖神として、勝運、交通 安全、災難除けの神としても有名です。

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経津主大神(ふつぬしのおおかみ)は、神話の神様であり、強力な護国の神様、武の神様ですね。明治時代以前は、伊勢神宮、香取神宮、鹿島神宮のみだったんですね。ゴールデンウイークともあって参拝客はたくさんこられていました。

中央の大鳥居からは大きな雲を背に雄大な気を感じます。

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参道は紅葉の木がたくさん緑の葉をつけていました。秋の紅葉は最高でしょうね。でも、太陽を背にした緑の参道も最高です。清々しき気のシャワーをいだきつつ本殿へ向かいます。やはり、霊符・呪符作成においては気の力が要となりますので。

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こちらの楼門の額は明治時代、日本海海戦においてロシアバルチック艦隊を撃破せしめた東郷平八郎元帥の筆によるものだそうです。何かと神話的にも護国、武の神様なので政治家や武人の尊崇が篤い感じでしょうか。

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本殿です。凄い並んでいますが、本殿前10メートルぐらいの例の気の凝縮点では、大地の気が全身を駆け巡る瞑想をしつつ、折角なので例の神道灌頂で賜った印や真言を小さな声で唱えます。勿論、順番がきたら賽銭箱の前で二礼二拍手に交じえこれをもう一度サクっとやります。(いずれにしても、「自分の名前、生年月日、〇〇神社一切諸神善神に奉ります。そしてお願い事」という形でお願いすると良いです。)

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御神籤を引きますと、おお、大吉、上々です。その後は宝物館へ。

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こちらにはイミテーションですが、正倉院御物及び四国大山祇神社の神鏡とを合わせて『日本三銘鏡』と称され、昭和28年に国宝に指定、千葉県の工芸品で唯一の国宝である、「海獣葡萄鏡」が展示されています。こちらは現地で授与品で書道に使う文鎮(ぶんちん)として販売していて、十年前ぐらいにお参りした際に購入しており、これを霊符作成の時に使っています。

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本殿を一周しました。三本杉などもパワーありますし、安倍総理の大和心の石碑もよいですね。別に安倍総理でなくても宝物館には歴代総理の寄進のものがありました。

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本殿の散策は終わり、帰りに、要石(かなめいし)をお参りです。

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要石(かなめいし)は、鹿島神宮と香取神宮にあり、地震を鎮めているとされ、大部分が地中に埋まった霊石です。地上部分はほんの一部で、地中深くまで伸び、地中で暴れて地震を起こす大鯰あるいは竜を押さえているのだそうです。鹿島神宮は凹型で、香取神宮は凸型のようです。

ある意味こちらも龍穴のような場所なのでしょうか。

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駐車場に戻り、車のエンジンをかけますが、ん?何かギア切替が変です。一旦、エンジンを停止し、もう一度かけなおすと、大丈夫で、ホッとしましたが、ちょっとギア切替の雰囲気が気になります。ずっと走っていて落ち着きましたが、やはり奇門遁甲の盤で、吉盤でも動作が無意識に荒くなるという丙や傷門のような要素は要注意かもしれません。(勿論、戦格、死門などの凶方はモロきますのでもっての外です)パワースポットも機械に影響を与える場所もあるようです。磁場が違うという場所で音響機器が変な動作したことが過去にありますし。それだけ効果にも影響するということでしょうが。最も大切なのは目的をもって吉方を求めることが肝要なようです。

さて、香取神宮で清々しく気をいただき、続いて、前から行きたかった(参考 香取市:伊能忠敬記念館)に伺います。

香取神宮から2,3キロ程度ですね。水郷の街、佐原にきますと、小江戸情緒のある街並みが並んでいます。

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伊能忠敬記念館に到着です。伊能忠敬公や、

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測量の道具が。

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今回は企画展でシーボルト関連の陳列があるようですね。

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こちらから入ります。「御用 測量方」の旗が。後でこの意味を知りますw

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館内撮影禁止にて、パンフレットの画像のみで失礼します。

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伊能忠敬公はどのような人だったのか?

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江戸時代、日本国中を測量してまわり、初めて実測による日本地図を完成させた人です。 忠敬は、延享2年(1745年)現在の千葉県九十九里町で生まれ、横芝光町で青年時代を過ごし、17歳で伊能家当主となり、佐原で家業のほか村のため名主や村方後見として活躍します。その後、家督を譲り隠居して勘解由と名乗り50歳で江戸に出て、55歳(寛政12年、1800年)から71歳(文化13年、1816年)まで10回にわたり測量を行いました。その結果完成した地図は、極めて精度の高いもので、ヨーロッパにおいて高く評価され、明治以降国内の基本図の一翼を担いました。
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忠敬公は婿養子で伊能家に入り、酒蔵でもあり米問屋だった名家を3倍ぐらいに大きくしたようですね。長者番付にのったようです。当時の貨幣は両でしたが、1両が現在の15万円程度だそうで、忠敬公、29歳ぐらいで年収5000万円程度から、20年間の経営で3倍の1億5000万ぐらいに年収アップしていたようです。物凄く経営手腕がある方、やり手だったようです。しかも館内にあった以下の家訓を見ていただければ、どのくらい真っすぐで、謙虚、謙譲で努力家なのが分かるでしょう。やはり、すぐに怒って一期一会の縁を大切にしない人、相手を尊重し意見を交換しあえない人、自分の程も知らずに威張る人、権威を振りかざす人、争いを好む人は成功しないのです。(以下の家訓を反対にすれば成功しない人になりますw 気を付けましょう)

〇伊能家家訓

第一 仮にも偽をせす孝弟忠信にして正直たるへし
第二 身の上の人ハ勿論身下の人にても教訓異見あらは急度相用堅く守るへし
第三 篤敬謙譲とて言語進退を寛容に諸事謙り敬み少も人と争論など成べからず

天明の大飢饉のときには、自ら村の有力者と相談しながら、身銭を切って米や金銭を分け与えるなど、貧民救済に取り組んだようです。正に家訓を実施されていますね。

それだけでないのが凄いのですが、元々勉強好きで特に暦の学問が好きだったようです。経営を安定化させて、50歳で隠居に入り、第二の人生ともいうべき地図研究が始まります。なんと50歳で、幕府の天文方の改暦作業に係っていた民間の研究家の方ですが、当時高名であった31歳の高橋至時公に弟子入りしたそうです。弟子入りした忠敬公は、19歳年下の師至時に師弟の礼をとり、熱心に勉学に励んだそうです。この姿勢には大いに学ぶものがありますね。

暦の学問は占いにも通じる世界でして、江戸時代には星の観測や暦の編纂、修験道者への免許などを取り仕切る、土御門家(つちみかどけ)なども含め、館内陳列には暦に係る流派の流れに忠敬公も列せられていました。
余りに精巧な地図を自己研究のみで作成し、幕府へ献上し、ついに、公の事業として認められてしまい、幕府「御用 測量方」として、全国行脚の旅が始まります。地図を作るには、太陽、月、北極星の位置を図り、角度や距離を測ったり、計算していくようです。様々な測量器具は星を見る望遠鏡や、十二方位があるコンパスは風水の羅盤のようなものもあり興味深いです。特に、測量方が定位置を決める際に立てる棒のようなものが、梵天(ぼんてん)といい、これがそのまま各地の梵天祭でつかうような物干し竿の先にひらひらがついているような形で凄く納得でした。
これらを使いながら、終生をかけて日本地図をつくったそうです。記念館入ってすぐにあるランドサットの日本地図と伊能忠敬公の地図がほぼいっちしているのに驚かされます。
また企画展のシーボルトですが、シーボルトの子孫の方がシーボルト事件にもなった忠敬公の地図を持ち出そうとして罰せられた後、忠敬公の地図を模写したりしたものがシーボルト家に温存されており、これを伊能忠敬記念館にお貸しする形で展示されておりました。皆、熱心にみられていましたね。本当、忠敬の偉業もさることながら、このような歴史館で歴史を知ることもまた知的好奇心を満たしてくれてよい時間をいただきました。

※館内入ってすぐの場所に、お子様がおられる方は、小中学生向けのワークシートがあり、これは一枚ずつ全ていただいて、是非トライしてみましょう。各展示物の場所にヒントがありますから、これをやっていくと、終わるころには忠敬公マスターになれるかも?ですw 

程なく見学を完了し、目の前の、忠敬公も訪れた?お茶屋で珈琲を一杯賜ります。テレビの撮影に使われたそうですね。

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旨い!癒されます。

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帰りに近くの佐原の道の駅で地産の野菜などを買い宇都宮へ帰還しました。かなり地元の食材が充実の道の駅だと思います。

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今回も充実のドライブとなりました。

引き続きよろしくお願いいたします。

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