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お世話になっております。

やっと、新しい環境に慣れてきました。ステータスはあがりましたが、既におっさんの百戦錬磨の私でも新しい現場は少しは緊張します。働き方改革。。。。。。人口減少の中、経済を維持するにはロボット、AI技術が一つの要だといわれています。人間にかわってロボットに仕事をさせる。こんなことをやりはじめています。こんな仕事の縁と給与アップができたのは本当に神仏と占いのおかげだなあとしみじみです。
いずれにしても、暫し、これによってとまっていた作業を再開せねばなりません。とはいえ、週末の神憑り紀行は私のライフスタイルの一つですから、たまにはいかないと。

今回はずっと行こうとしていて中々いけなかった、神様に縁をいただきにいきます。その名も、稚産霊(わかむすび)さま。Wikiさんによると「ワクムスビ(ワクムスヒ)は、日本神話の神である。『古事記』では和久産巣日神、『日本書紀』では稚産霊と表記される。
『古事記』では食物神のトヨウケヒメ(豊受比売神)を生み、『日本書紀』ではその体から蚕と五穀が生じている。」とのこと。つまり、稲荷神のお母さまという設定。これ自体熱い!w

この神様。先日の神道灌頂で家族がご縁があり、私は無難に天照大御神でしたが(大概、結縁灌頂は真ん中の大日如来になるのが基本)、これは祈りにいきたいなあとおもっていたのでした。で、調べてみると、京都の愛宕神社以外は意外にも関東や東北に点在しています。そのうち、麻賀多神社は日月神事の予言にも絡んでおり、逆に私は胡散臭いと思って敢えて避けていたのでした。しかし、今回は予言云々ではありません。あくまで、神道のご縁。調べてみると、千年以上の深い歴史を持ち、これは舐めていたな、今までご縁をもらわず損した!と思い、お伺いするのでした。

行く途中、家族がナビを間違え、ちょっとした冷たい雰囲気に。急に曲がれだの、間違えたまっすぐだ!とかに翻弄されて黄色信号で右折の対向車にパッシング(+おやじ、ファックユー指立てされた)なんだこの土地は?w
しかし、これこれ!これこそ、吉方の証w
お祭りの日のせいでしょうか。何故か的屋のおじさまや、人切り抜刀斎みたいな人が多数歩いており、道を間違え交差点で信号代わり刹那で対面のおっさんにパッシング&ファックユーされたりして、吉祥を感じながら、怒りをおっさんの真似?をして、笑いで怒りを鎮めますw

到着です!

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ご案内にも稚産霊さまのことが。

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早速本殿で、お参りです。もちろん、私が行くところ中に、神道灌頂でえた法印と真言で結界を張るためここでもお唱えします。一種のマーキングですねw 皆が無事に過ごせますように。。。。

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すがすがしいのですが、あれ?ネットでみた画像と違う。。。。落ち着いて、見てみると、げ!ここじゃない!こちらは(参考:佐倉鎮守 麻賀多神社)さま。

近くに摩賀多神社というところもあり寄ってみます。

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ここも稚産霊(わかむすび)さん。一応、結界ははっていきます。しかも初めの字が違うしw なるほど、この地には十八もの社があるようです。

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次にやっとこれました、ここが本社です。(参考:成田市 台方 麻賀多神社)さま。

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ここがあの日月神事の神降ろしの舞台となった神社のようです。

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正直、私、神や霊が下りてきてどうのこうのというのはあまり信じ切れず、日月神事も独特の文体で、どうなんだろう?って思っておりました。ただ、今のご時世を考えると真っ向から否定もできず、神道灌頂をうけるまでは一切行く気になれなかったのですが、稚産霊(わかむすび)さんと家族が結縁できたからでしょうか。私はもともと、修験道、密教、道教から縁がでたため、神道はどこかしら上から目線だったのかもしれません。しかし、やっと神道の神々に深くご縁を感じるようになってきました。これもご利益でしょうね。

日月神事で有名になっていますが、元々、歴史が深い神社です。歴史が深い神社には独特の気があるように思えます。強い気を感じます。

本殿でお祈りです。

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続いて巨大なご神木、裏手の祠にもお参りします。

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六芒星?いやいやあれは麻の葉のようです。しかし何か忌部の神様の気配ににている。。。。。

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あーすがすがしい!一週間でたまった心の赤の除去完了!よし!神秘探索はこれで終わり!せっかくなので近くのアウトレットに向かいます。

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ここで家族が靴などを買い、カプリチョーザで食事です。

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で、また飯を食いながらネットを見てみると。あれ?さっきのは本社だけど、元宮がある?なにそれ?(参考 Wiki様:麻賀多神社)

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社伝によれば、景行天皇42年6月晦日、東征中の日本建尊が当地を訪れ、杉の幹に鏡を懸け「この鏡をインバノクニタマオキツカガミと崇めて祀れば、五穀豊穣になる」と言い、伊勢の大神を遥拝したのが当社の起源であるという。応神天皇20年、神八井耳命の8世の子孫である印旛国造・伊都許利命が現在の成田市船形に社殿を造営し、その鏡を神体として稚日霊命を祀った。また、伊都許利命は杉の木の下から7つの玉を掘り出し、それを神体として和久産巣日神を併せ祀った。この2神は「真賀多真(勾玉)の大神」と呼ばれた。推古天皇16年、伊都許利命の8世の子孫の広鋤手黒彦命が、神命により現在の成田市台方に和久産巣日神を遷座し、それまでの社殿を奥宮とした。
延喜式神名帳に記載の際、「真賀多真」が三種の神器の1つと同名であるとして、1字取って「真賀多神社」に改称した。後に、一帯が麻の産地であることから麻賀多神社に社名を改めた。
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つまり、元々、成田市船形にあった神社が元宮となり、成田市台方に遷座したのが本宮みたいです。ややこしい!w

本宮:千葉県成田市台方1番地
奥宮:千葉県成田市船形834番地

でもこのようなスタイルは熊野大社ともにていますし、18もの支社が密集しているのも高野山に弁天社がたくさんあるのとにていて興味深いです。

本当は、この後、湯楽の里に行く予定でしたが、ここまでいたら、本日4つめ、麻賀多神社の元宮にいくしかない!

また、同じ道を戻ります。あほだ。途中、さっきの神社はお祭りで道が閉鎖され遠回り。相当、邪魔が入っている。ということはいかねば!しかも地図に住所をいれてもでてこない。でも立て看板を発見し、やっとつきました。山の上にある幼稚園の横の元宮です。

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うおお!横に大君の古墳があります。これは凄い気です。夕方になっており、誰もおりません。人祓いしてくれたと感謝です。

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あと、茨城県の愛宕神社にもにてます。あそこにも神社とお墓のような祠がありました。雰囲気も似てる。この陽の光も。

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本殿でお参りです。すごい充実感がこみ上げてきました。なんでしょうねこれは。

大君のお墓にもお参りです。

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ここが古墳の頂上です。莫大な気を感じます。凄い神様だ。塚の上には「印波国造伊都許利命(いつこりのみこと)墓」と刻まれた石碑が建っております。伊都許利命は応神天皇の命を受けて印波国の国造としてこの地に赴き、産業の振興などに尽くされ、この麻賀多神社を創建したお方でもあります。

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こちらでは光明真言もいれてみました。この地をお守りいただきありがとうございます。安らかにご鎮魂いただき、引き続きよろしくお願いいたします、と。

いやーめっちゃすごいですね。ここは半端ない。先日の安房神社の忌部の神々の香りがします。しかもここは稚産霊(わかむすび)ではなく、(参考 Wiki様:稚日女尊(わかひるめのみこと))さまでした。

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日本神話ではまず、『日本書紀』神代記上七段の第一の一書に登場する。高天原の斎服殿(いみはたどの)で神衣を織っていたとき、それを見たスサノオが馬の皮を逆剥ぎにして部屋の中に投げ込んだ。稚日女尊は驚いて機から落ち、持っていた梭(ひ)で身体を傷つけて亡くなった。それを知った天照大神は天岩戸に隠れてしまった。『古事記』では、特に名前は書かれず天の服織女(はたおりめ)が梭で女陰(ほと)を衝いて死んだとあり、同一の伝承と考えられる。
次にこの名前の神が登場するのは人代記に入ってからである。神功皇后が三韓外征を行う際に審神を行い、その際に「尾田(現、三重県鳥羽市の加布良古の古名)の吾田節(後の答志郡)の淡郡(粟嶋= 安楽島)に居る神」として名乗った一柱の神が稚日女尊であるとされており、元々の鎮座地は三重県鳥羽市安楽島の伊射波神社(式内社 粟嶋坐伊射波神社二座 並 大)に比定されている。
神功皇后の三韓外征の帰途、難波へ向おうとしたが船が真直に進めなくなったため、武庫の港(神戸港)に還って占いを行った。そこで稚日女尊が現れられ「私は活田長峡国にいたい」と神宣があったので、海上五十狭茅に祭らせたとある。これが今日の生田神社である。 神名の「稚日女」は若く瑞々しい日の女神という意味である。天照大神の別名が大日女(おおひるめ。大日孁とも)であり、稚日女は天照大神自身のこととも、幼名であるとも言われ(生田神社では幼名と説明している)、妹神や御子神であるとも言われる。丹生都比賣神社(和歌山県伊都郡かつらぎ町)では、祭神で、水神・水銀鉱床の神である丹生都比賣大神(にうつひめ)の別名が稚日女尊であり、天照大神の妹神であるとしている。
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おおお!高野山で必ずお参りする、丹生都比賣大神(にうつひめ)さまが同体?天照大神の妹神?そしてまたご縁を感じるのは、神戸の生田神社は小野先生の奇門遁甲特別講義が行われた土地の社で私はお参りしていたのでした。

いずれにしても、稚日女は天照大神自身のこととも、幼名であるとのことで、段々と、最終的に伊勢神宮に導かれているようにも思えてきました。

帰りの不思議な充実感。こういう旅って帰りの充実感でわかるんですよね。

今までこのあたりだと成田山に行くことが多かったのですが、このような神道の歴史ある神社があることに感動でした。本当は妙見を祭る千葉神社に行こうかとも思っていたのですが、ここだけで相当見どころありますね。

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お世話になっております。

昨日は、神楽坂に到着しますと、お祭り三昧の状態でした。何故か、この日は、回転寿司が食いたくなり、毘沙門天さんの先にあるセブン対面の回転寿司にいきたくなりました。

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途中、阿波踊りなどで凄い人が来ており、さらにびっくりしたのが、神楽坂坂上から飯田橋方面をみると、人だかり!!!
なんじゃこりゃ?w

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売店がすごいでてます。いやー雰囲気よいわw

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なかなか前に進まずやっとのことで、すし屋に。

ここは何故か安いからでしょうが、外人が多いです。隣も外人、左側も外人。まあ、いいですw 安くてうまいんですよ。

私がわさびをたっぷりつけて食べると真似て「わお!」と騒いでいました。

ところで、前回、四柱推命と心理学の関係を紐解いてみましたが、そこででてきた金持ち父さん貧乏父さん本と何が関係があるのか?について話をしておきましょう。

例の億万長者の神王さん曰くは一冊目にセルフイメージの書き換えが必要だということが書いてある、ということですが、すいません、私も羊さん同様、それは見逃していました。でも、二冊目が重要だということは自分でもわかっていたし、例の大阿闍梨にも同じことを言われてやっぱりかあ!と納得していたので、神王さんの動画をみて納得至極だったのです。

その二冊目の何が重要なのか?

その名もキャッシュフロークワドラント。これですね。

雑駁に書きますが、悠久の時代から現代までキャッシュ(現金)を手にするにあたって、以下の4つの人間のタイプが存在するというものです。これは、タイプどころか、意識の乖離状態からすれば、別種族といってもいいぐらいの乖離があります。それほどにこのタイプ格差をあげていくことは難しいみたいです。

まずその4つのタイプですが、

雇用者(Employer)
自営業者(Self-employe)
経営者(Management)
投資家(Investor)

というものです。1番目はいわゆるサラリーマンです。2番目は個人商店主。三番目は経営者となり、四番目は投資家となります。
話が長くなるので、一回目に書くことは、この4つのセグメントのうち、1,2は左側でここから右側の経営者、投資家にうつるには相当大変だというものです。

自分の親が、どのセグメントにいるか?これでその人のセルフイメージの一部が影響をうけてしまいます。右側ならよいでしょうが、左側とくに、1ならずっと雇われです。2だって、自営業として節税などで少しは楽ができる程度。3は自らビジネスシステムを生み金を生み出せる。4はその経営者の作ったビジネスシステムに投資する立場。という内容です。

ここで、金持ち父さんの一冊目の復習ですw

家を買うことは資産なのか?

否。家は買った時点から減価償却が始まる。維持のための経費もかかります。ローンなら利子もあります。金持ち父さんは、家はキャッシュフロー上、負債だといいます。
では金持ち父さんでいう資産の意味は何か? そう、お金を生み出せる仕組みがあることです。

それは特許だったり、何かのビジネスシステムでフランチャイズできれば、上前だけで儲かったり。これが3のレイヤ。
そしてそのフランチャイジーを率いる会社を買収したりするのが4のレイヤです。4は圧倒的ですよね。

で、話を戻しますが、それぞれのレイヤで、セルフイメージの格差があり、特に親御さんから引き継がれたイメージを書き換えるのが大変なんです。厳密にいえば、それは先祖伝来のものです。ここまでくると因縁もからんできますね。

なので、現状維持機能の邪魔なんてあたりまえなのです。代々、1で生きてきた一族から3、4はなかなかでない。やろうとしても、それだけ邪魔がはいります。そういう原理を俯瞰することは大切です。ここまでの知識をえることですら、邪魔が入るようですから。

ぼちぼち寝ます。。。。。

そうそう、寿司ですが、だんだんと高いネタにして腹たっぷりで祭りの喧騒をあとにしました。

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お世話になっております。

暑い!ひたすら暑いです。外にいきたくない!といっても少しクーラー病というか、夏バテ気味かもです。皆さんもお気をつけを。

今度のお客様は品川エリア。ここも懐かしい。昔、ご縁があったインターシティ。中々好きなビルです。その下の森エリアがあり、朝から蝉がないていましたw

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少し駅から離れますと何もないのですが、なんと(参考 食べログ様:ラーメン二郎 品川店)さんがあります。昼に対面の中華屋と迷いましたが、なぜなら、圧倒的なニンニク等の匂いでサラリーマンにとっては、営業時間中は鬼門であるとおもわれるのです。しかし、たくさん同胞達がならんでいるではないですか?この人たちはいわゆる、二郎マニア、ジロリアンなのでしょうw

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私は西新橋のお店に昔少しいって、久しぶりでした。行くしかない!で、いってしまいました、ランチにw

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元の味を崩さないため?wに、オプションは、辛め多めで。野菜、ニンニク、辛め、油などを調整できるのです。それも、店員さんから切り出されない限り、こちらから言ってはいけないとかルールがあり、少し緊張しますw

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結局、たいらげましたが、結構積もりましたw しかし午後、パワーは回復。

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しかし、ここからまた余分なコストがかかります。このままだと、職務室にたどり着くまでにエレベーターなどで、女性の方々に遭遇すれば、スメハラ確定ですw

持ってこなかったので歯ブラシセット、モンダミン、コーヒー、フリスク、飲むタイプの匂い消しはもっていたので、それ以外はコンビニで購入し、1階のトイレに飛び込み処置をしますw

午後、しらっと過ごしましたw 誰も、俺がジロっていることを知らないw 言うと「ふつー昼に行かないでしょ?」とか言われるにきまっています。

さて、神楽坂まで戻ってくると、週末はお祭りみたいです。夕焼けにお祭りの明かりがそよ風にゆれとりました。

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さあ、実は、個人的にステータスがぐわっとあがるイベントが6月末から7月中旬までありまして、オンオフで戦国乱舞中でありまして、しかし、一皮向けた?w感じで、一歩階段を上っております。多分、この間に起きたことはやはり奇門遁甲や断易、四柱推命、霊符のなせるわざなのでしょう。。。。

さて、明日は、土用の丑の日、うなぎでもいきますか?

これから、まだしこしこと続けている奇門遁甲自作暦エクセル版作りです。。。。もうすぐだ!

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お世話になっております。

先日は四柱推命卒論科のスクールでした。今回は神田でも違う会場でした。

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己日、未月、申月を6時間ぶっ続けでお教えいただきました。

未月は夏です。夏の場合、どう調候用神を見切るのか?そして今回、ある意味圧巻だったのが、春、秋などの季節が微妙な季節の運用に用いることがある扶抑用神での見切り方をご指導いただきます。丁度、季節の切れ目であるため、この法の切り返しやどう違うのかがわかりやすく感じました。

連続授業で先生もお疲れでしょうが、受講生の我々もくたくたでした。今日は先生もご都合があるようで、金持ち前夜祭のブラッシュアップ中の構成案の印刷版をお渡しして、別日に、打ち合わせさせていただくことになりました。

帰りは、東北北関東連合?心の友w、福島ラッキーさんと新幹線で帰還です。途中、人間が幸運のきっかけをつかめない理由は何か?これを心理学的な言葉を使って解説しましょうか?と、私なりの私見をご披露。

つまり、四柱推命でいうところの身弱で大運が悪い人という設定ですね。

例えば、ある人に何かしらチャンスが訪れたとします。これは大運なりで喜神が訪れた状況ですね。この時、この人が素直にチャンスにのれるか?というと、実際問題としては、中々、乗れないのです。何故か?ここでいったん、心理学的な考え方を、用いましょうか。

人間の精神は、以下のような構造になっているようです。

意識(顕在意識)
無意識(存在意識)


という2階層にになっており、さらに、心理学者ユングはこの下にもっと深い階層である、集合的無意識があるという説もあります。
意識というのは、我々が普段、起きているときに自覚してる意識で、無意識と対比させるとわかりやすいですが、無意識は寝ているときも、心臓が止まらずに動き続けているのは、心臓が勝手に動いているのではなく、無意識が動かしているからです。これは起きているときもほとんど意識しませんが、急にボールがとんできたときに急に眼を瞑るような反射行動も無意識が担っているようです。

で、これを四柱推命の考え方をあわせてみると、

天干:意識(顕在意識)
地支:無意識(存在意識)


という考え方ができます。で、身弱というのはこの天干と地支の接続状況があまりよろしくない状態を示します。つまり、意識と無意識の接続状況がよろしくないといえます。これは直感的に、接続状況がよければ意識は無意識の力を使えることになり、勉強や運動、をはじめとして社会活動に有益なのは理解できるところでしょう。

次に、この無意識にはいろいろな機能がありますが、特に心臓のような絶対に止まっていけない機能を司る心理学機能に現状維持機能、別名、ホメオタシスというものがあります。この機能はかなり強力で、お母さんのおなかにいるころから、死ぬまで人間の生命基盤を担っているため、良い意味でも悪い意味でも人間に影響を与えています。この機能の最大ミッションは「変化せずし続けること」なんです。

で、先の疑問、「なぜ、幸運のチャンスが訪れた時に人はそれをゲットできないのか?」につながりますが、この現状維持機能が意識にアクセスし、邪魔してくるからなのです。その人の精神に変化をもたらす情報をシャットアウトするのです。そして四柱推命でいうところの身弱な人は無意識のアクセスに負けてしまう傾向にあります。これが身強の人だとコントロールしやすいといえるでしょう。ただし、天干、地支には年月日時間の4つの柱があり、その中の組み合わせと、生まれの季節、訪れる大運がありますので、それぞれの配合のバランスの問題があり、一口に身強だから幸福とはいえません。わかりやすくするため、この仮説でお話聞いていただければと思います。

現状維持機能に邪魔をされると、変化をもたらす情報源、人間、書籍、テレビを含めあらゆる情報に対して、これに触れた時に物理現象としては、急に眠くなったり、便意がでたり、凄いのは他の人からいきなりラインがきたりして邪魔されるなどや、精神的には怒り、不安などの負の感情や負のイメージが頭の中に起きてきて、理由をつけて意識をそらそうとしてきます。ほかにもいろいろな現象がおきますが、代表的なのはこれです。
これを四柱推命でいいますと、喜神の大運が訪れても、全く活かせない人はこの傾向から抜け出せない、自覚すらできないといえるでしょう。その有様は、真っ暗な洞穴から白日の外にでて、目がまぶしくて開けられないさまだと先生はおっしゃります。
わかりやすい例でいれば、学生の頃に同じ授業をうけて結果が違うのは、こういう理由もあるのですし、同じFX投資のツールを使って投資しても違いがでてしまうでしょうし、ギャンブルで同じ競馬で馬券をかっても差がでてきます。負ける人は負けるセルフイメージに従い、忠実に負け続けるのです。

この辺、成功するために現状維持機能との関係性を改善することは重要なことだと、前回もご紹介した、億万長者のユーチューバー、神王りょうさんがおっしゃっています。ちなみに、一緒に出演されている羊の方がまだ現状維持機能に負けていたころ、FXで二千万損失を出したようです。これも現状維持機能をコントロールできるになり、今では彼も億万長者のようですが。

(参考:吉方に行った際の邪魔現象は現状維持機能(ホメオスタシス)がまず関係がありそう )

彼の場合は、成功の指標としてお金、投資というスコープに向けていますが、これはあらゆる分野に応用ができることです。そして、現状維持機能に支配されている限り、今現在の、貧乏、不幸のセルフイメージを書き換えない限り、それを維持しようとする現状維持機能に振り回されて、投資といういきなりお金を手に入れる行為(四柱推命でいうところの財)では、致命的なリスクになります。

四柱推命では、奇門遁甲と組み合わせることによって、開運を呼ぶことができるようです。つまり、正確に、元命式のバランスを読み取り、大運、流運を読み取り、必要なエネルギー、不要なエネルギーを理解の上、奇門遁甲を使って、エネルギーを処置することで、その人の開運をもたらします。

しかし、現状維持機能は強力で、どんなに自分の心の声を止観しても、ダメな選択にもっていきそうになる。これを防ぐには、天意を得るという、卜占である断易を用いることで、目の前の正しい選択をする必要があります。目の前の洞穴におちては次の一手をうてませんからね。そして、現状維持機能は、一瞬刹那、意識をそらしてきますから、ここに卜占の重要性がでてきます。
天意とは、ユング流にいえば、彼も易マニアだったようですが、易は集合的無意識から回答をえるからでしょう。個人の無意識よりさらに深い人類普遍の知識。それでも、自分の現状維持機能の問題を自覚できないと、やはり負け続けるしかないのです。人間って悲しいですねw

そして、この意識の段階について千年以上前に説いていらっしゃるのは、弘法大師だったりします。そしてあの灌頂の儀式は、集合的無意識と再接続をリマインドする儀式なのではないかと考えています。この領域にくると、いわゆる、因縁と呼ばれる話がかかわってきます。が、大抵のことは無意識のレイヤまでの改善でうまくいきそうです。ですが、この儀式はさらに深いレイヤから自覚させる儀式なので、意識、無意識をコントロールどころか、普段の精神状態を落ち着かせるにも苦労されている人からすれば、いきなり、意識→無意識→集合的無意識までの連結を再起動(リブート)させる動きのため、そりゃ、幸運がもたらされるわけだな、と思う次第です。もちろん、意識して教学を伴い人生の実践をもって学ぶのが一番よいと考えますが。

その他、じゃあ、神王さんもいっているセルフイメージを書き換えるにはどうするか?そもそも、なぜ、書き換える必要があるのか?この世の人間をお金という指標で分割するとどういうセグメントになるのか?などは、「金持ち父さん貧乏父さん」にあるという話までしますと、凄く納得してくれたようでした。

とはいえ、聞き手も先生のお弟子さんですから、聞く力量あっての会話であり、私も真剣です。そして、お互い、中々得られない機縁なんだと思います。

なぜ、金持ち父さん貧乏父さんがでてくるんだ?については深く重要なテーマのため、また書きたいと思います。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

西日本の雨の被害にあわれている方々、お大事にされてください。またお亡くなりになられた方、ご冥福お祈りいたします。また、先日も、また千葉で大きめの地震がありましたね。そうそう、前回の記事に書いた危険日間違えです。日付だけで足して9日です。
なので、7/9の月曜日のが危険でした。あとは、18,27ですね。来月は、日付だけで8になる日が危険で、8,17,26で、8,17は数字的には気になります。ちょっとあまりにいろんなことが起きているので、兆候現象な気がします。注意でいきましょう。

さて、先週末はまたそぞろ千葉、館山の方へ。前回は常磐道経由でしたので、300キロ超えでしたが、今回はまっすぐ東北道から都心をこえてまっすぐ南下するため、270キロ程度でしょうか。

(参考:安房神社に5月5日(丁酉)立夏に霊水取得、富津海岸にて潮干狩りの旅 )

前回の安房神社と双璧をなす、もう1つの一之宮があるというのです。しかしまあ、考えすぎだとは思いますが、忌部の神様にご縁をもってから、何んとなしにフリーメーソンの東京ロッジ近くに縁ができたり、やはりユダヤ失われた十氏族は日本に来たようにも思えます。

(参考:失われたユダヤ十支族は日本にきていた?古代忌部氏の謎 )

歴史の陰に忌部あり?!

ともかくも到着です。(参考:洲崎神社)様。

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〇ご祭神

主  神 天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)
相殿神 天太玉命(あめのふとだまのみこと)、天富命(あめのとみのみこと)
御神徳 古来より伝承されている数々の御霊験から安産・航海安全・豊漁・五穀豊穣・厄除開運・交通安全の守護神として、また源頼朝公の故事に倣い、再起・再興の神様として信仰されています。

〇ご由来(一部抜粋です)

神武天皇の御代、安房忌部一族の祖天富命が勅命により四国の忌部族を率いて房総半島を開拓され、忌部族の総祖神天太玉命の后神天比理乃咩命を祀ったのが当社です。平安時代の延喜式神名帳に式内大社后神天比理刀咩命神社とあり、元の名を洲ノ神(すさきのかみ)と称されていました。
  鎌倉時代の治承4年(1180)石橋山の合戦に敗れ房総半島に逃れてきた源頼朝公は、先ず当社に参詣し源氏の再興を祈願し、寿永元年(1182)には奉幣使を派遣し妻政子の安産を祈願して、広大な神殿を当社に寄進されました。以降関東武士の崇敬篤く、里見家七代義弘は社領五石を寄進。徳川幕府も朱印状で安堵しています。

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神社のページを見ますと、役行者を祀っていたり、光明真言塔のようなものもあると書いてあります。神仏習合の神社であったようです。隣にお寺があるし明治前は一つであった可能性ありですね。

こちらの神様は安房神社の神様が男性神、こちらが女神様です。できれば、両方にお参りされるとよいでしょう。

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入り口近くのご由来ですね。丁度、山梨の方からこられた感じのよさそうなご夫婦がおり、ふいに「源頼朝?何かご利益ある神社なのかしら?」と、全くご存知なかったようですので、失礼ながら解説をさせていただきました。多分、地元のガイドレベルではあったでしょうw。(ただし、失われた十氏族の話までしてますので、偏りがあるかもしれませんがw)

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門へ進みます。

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門のところに、普段はたくさんの神社を管轄しているため、宮司様がご不在のようです。御朱印は書置きのものをここで買えます。

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祓いの坂ですかね。気がぐんぐん体にはいってくるきがします。

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歴史上、この仮説を促す事件がいくつかありますが、明らかに圧倒的に戦局がかわってしまうような事件に関りがありそうで、私の考えが間違っていなければ、今でも脈々と忌部の血族はいらっしゃることでしょう。

その一つが今回、お伺いした洲崎神社様です。ここはなんと、平家との戦いでぼろぼろに木っ端にされ、近侍のもの数名と海を渡って命かからがら逃げ延びてきた、初めて武家政権を樹立したあの源頼朝公が全てを失ったあとに訪れ、源氏再興と戦勝祈願し、その後、なんと味方が恐ろしい勢いでふえていきます。千葉の内房のあちこちには、この頼朝公の北上した後を記す地名が残っており、10人坂とか50人坂とか100、1000と武者がかけつけていったそうです。地元、千葉氏が味方します。そして、千葉最大の豪族、兵力は2万を超える上総 広常公の大将と合流し、当初、平家に追われた頼朝公を試して、小物ならばその場で打ち取って、平家に献上するつもりだったようですが、頼朝公から遅参を叱られ、おもわず平伏し、のちに「頼朝公は大将軍なり」と記するようでした。そして、鎌倉への難関、荒川まで到着し、集まった兵力はすでに10万程度。しかし、この川は秩父の豪族、桓武平家がおり、彼らの水運と合力がなくては渡れません。昔は川幅も泥沼化しており2キロを超えてたようです。そこで、頼朝公は70本余の白い旗をかかげます。これは源氏の象徴であり、始祖、八幡太郎義家の恩義を意味するものだったようです。桓武平家は今は平家に使えど、四代の君は頼朝公だと合流にいたります。無事、鎌倉に到着したときの総兵力、なんと、20万!5人程度のボロボロ状態からわずか数か月でこれです。

対する平家も軍団を差し向けますが、合力する武士が集まらない。富士川に到着したときには、3万程度であったようです。川を挟み睨みあい、夜にたくさんの鳥が突然、羽ばたき始めると平家軍は恐怖のあまり撤退をしてしまいました。ここに大勝利をへて、鎌倉に戻った頼朝公は、豪族たちに失われた領地を再分配し、鎌倉幕府の基礎が培われます。

もう2つだけ、事例を書きましょう。鎌倉時代から戦国時代へ。織田信長公が武田信玄公の跡取り、勝頼公と、長篠の合戦をしたときでした。有名な火縄銃三千丁をもとに騎馬軍団を撃破するあの戦いです。あの長篠の戦の絵がありますが、信長公の近くをみてください。白衣に六芒星がかかれた奇妙な服をきた人間が描かれています。

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これも忌部の方々ではないのか?一個目は、確実ですね。館山は四国の阿波忌部が船で開拓にきた土地。まつられている神々はもろ忌部の神々。そこにいのって天下をとった頼朝公。2個目も信長公はそのご、天下を統一する寸前まではいきました。これは偶然なのか?

歴史をもっとすすめれば、明治維新後の日露戦争の戦費調達に力をかしたグラバーがいます。そしてグラバー邸の門にはフリーメーソンのシンボルである定規にコンパス、中央にGが描かれているのでした。

まあ、真実はどうなのか?わかりません。ただ、そこがめっちゃパワースポットなのは間違いない!w
このような知識をもって神社にいくとさらに楽しいですよね。

そんなことを思いながら階段をのぼりつめます。

本殿です。気がすごいかも。。。。例の神道灌頂でえた印や真言をとなえつつご縁をいただいたことに感謝です。なぜにわざわざこうした作法をしにくるのか?いろいろと情報をあつめておりますが、東南海地震や首都直下型地震がくるポイントとして房総半島がトリガーになるという話がありまして、できるだけご縁があれば、キーポイントにお伺いし天災も起きないようお祈りしたいという面もあります。まあ、私がいったところでお祈りしているところを線で結ぶと、関東全域に結界ができるでしょう。。。。とか、なんとかw

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振り返ると、その先には海が。今日は曇っているためみえませんが、富士山がこの鳥居に入る形となり、また、夕方になると、夕日が入るようです。

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富士山が見えるようで。

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よかった。1,2分あるいて到着です。

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この輝く世界を見てください。富士山は雲で見れず残念でしたが、この清涼感、すごい。

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そして、頼朝公が腰かけたという松。今は数世代たっている新たに植えた木ですが。ありがたさは変わりません。ありがとうございます。

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暑いので、海水浴まではともかく、浜辺を散歩です。少し海に足をつけてみます。気持ちよかったです。

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夕方になっておなかがすいたので、お寿司屋さんへ。

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地魚のすしがありまして、ありがたや。うまかったです。

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確実に、頼朝公も得た、リベンジパワーいただけた気がします。

引き続きよろしくお願いいたします。


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2018.07.07 神が集う場所
お世話になっております。

新しい仕事が始まり、更新をためておりました。拠点も変わってこの辺りは神谷町です。何かと縁があるようで。
曰く、神楽坂、神田、神谷町、神保町ですね。

どっかで見たことがあると思ったら、これはあの都市伝説マニアなら垂涎の場所であるフリーメーソン東京ロッジではないですか!

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元々、戦前は大日本帝国海軍の(参考 Wiki様:水交様)社という社交場のようなものがあったようです。

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水交社(すいこうしゃ)とは、1876年(明治9年)3月21日に海軍省の外郭団体として創設された日本海軍将校の親睦・研究団体である。名称の由来は『荘子』の「君子之交淡若水」から採用命名された。総裁は海軍将官の現役皇族、社長は現任海軍大臣の兼務であった。

敗戦後の水交社解散後に、空襲から焼け残り空家となった、大きな白い建物であった「水交社本部ビル」は米軍に接収され、米軍関係者のサロンや宿舎に使用された。後に米軍は日本政府へ、「旧日本海軍の水交社を返還する」と通告した。しかし、「水交社本部ビル」が使われなくなっても返還されず、その代わり、占領軍のフリーメイソンによって占拠され、入り口には「メソニック・ビル」の表示が掲げられた。
1949年(昭和24年)暮れに接収が解除された後、1950年(昭和25年)6月に、国(占領下の日本政府の大蔵省)から、土地、建物とも、最低価格の8千万円で優先的に、「宗教法人東京メソニックロッジ協会」(財団法人東京メソニック協会の前身、現・一般財団法人メイスン財団)に払い下げられ、8月には所有権取得登記が行われた。屋上にコンパスと直角定規の大きなシンボルマークが掲げられた時期もあった。
「メソニック・ビル」には、日本のフリーメイソンの中核となる「日本グランド・ロッジ」(1957年(昭和37年)3月設立)が入居していた。現在の黒くて低層の「東京メソニックビル」(東京メソニックセンター、地上2階 地下2階)は1981年(昭和56年)5月に定礎されて(定礎式が行われた年か竣工年かは不明)建て替えられたものだが、一室には水交社時代の応接室が再現されている。
現在の「東京メソニックビル」内には、日本のフリーメイソンの中枢が集まっており、「日本グランド・ロッジ」の他、いくつかのブルーロッジ、リサーチ・ロッジやアメリカ管轄のロッジも含め、事務所が割当てられており、秘書業務・財務業務が行われている。また、付帯組織である「ヨーク・ライト」(York Rite)や「」スコティッシュ・ライト(Scottish Rite)も事務所を構えている。地上1階はエントランスだけで何もない。地上2Fには「日本グランドロッジ」や「ヨーク・ライト」や「スコティッシュ・ライト」などのオフィスやライブラリがあり、地下1Fには各ロッジのオフィスがある。地下2Fにはブルーロッジやスコティッシュ・ライトホールやダイニングホールやキッチンがある。
この接収を巡っては、1952年(昭和32年)に結成された「水交会」(水交社の後身、大日本帝国海軍・海上自衛隊関係者によるOB団体)が、「国際法違反である」として、資産取り戻し訴訟を起こして、建物の返還を要求した。その後、10年越しの民事裁判が続けられたが、裁判開始から14年後の1966年(昭和46年)に、フリーメイソン側が金1000万円を支払うということで「水交会」側の実質敗訴の形で和解が成立し、水交社跡地はフリーメイソンの物となった。
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あらあら、戦後、旧海軍、海自のOBの団体がフリーメーソンと接取にあたって裁判を起こしていたとか全く知りませんでした。よほどこの土地がお気に入りみたいで。

多分、東京に危機が訪れた時に生存率が高いのは、イルミナティの紋章をビルに刻印している六本木ヒルズか、このロッジとかになるかもですねw
そもそも、東京タワーのあるところは海抜が若干高いです。この辺は土地が隆起しており、良い場所にあるのは事実ですね。

夜になり、増上寺方面に歩くと、東京タワーに雲が差し掛かって幻想的でした。

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増上寺では七夕まつりをやっておりましたが、なぜか、境内、締め切られた本堂前を通った時、雅楽が聞こえてきました。

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徳川家のお寺ですから、直感的に、山王一実神道の儀式も行われていたのかな?などと思いました。

今日は、七夕ですね。これは天の川を意識しているようです。

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ちなみに、kirunaが躍動しています。今月の危険日は、数字の日だけたして、8になる日つまり、明日ですね。

引き続きよろしくお願いいたします。


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