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お世話になっております。

先日は、栃木県立博物館企画展を見に行きました。内容はなんと!
「藤原秀郷 源平と並ぶ名門武士団の設立 将門を倒し伝説の武将・俵藤太となる」!

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いつもの常設展を一応復習し、時代感覚をロングレンジに意識をもっていきます。こういう時代感覚を広げること大切です。

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例の5000年前の関東地図も拡大してみると、納得。

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いよいよ企画展ゾーンです。

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って藤原秀郷公、俵藤太公って意外と知らないですよね。彼は日本における武士の発祥の方ともいわれています。そして、平将門公を打った方。しかしながら、関東を愛し、北斗七星を背に戦った悲劇の闘将、将門公も私は大好きですが。東京の守護神ですしね。説明の方がついてくれてラッキー。

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征夷大将軍、徳川家康公からすると、両方とも武士の興りと見た節がありますね。

なんと、(参考 Wiki様:藤原秀郷)公、栃木県、下野の国出身!

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藤原 秀郷(ふじわら の ひでさと)は、平安時代中期の貴族、豪族、武将。下野大掾・藤原村雄の子。 室町時代に「俵藤太絵巻」が完成し、近江三上山の百足退治の伝説で有名。もとは下野掾であったが、平将門追討の功により従四位下に昇り、下野・武蔵二ヶ国の国司と鎮守府将軍に叙せられ、勢力を拡大。死後、正二位を追贈された。源氏・平氏と並ぶ武家の棟梁として多くの家系を輩出した。

秀郷は下野国の在庁官人として勢力を保持していたが、延喜16年(916年)隣国上野国衙への反対闘争に加担連座し、一族17(もしくは18)名とともに流罪とされた。しかし王臣子孫であり、かつ秀郷の武勇が流罪の執行を不可能としたためか服命した様子は見受けられない。さらにその2年後の延長7年(929年)には、乱行の廉で下野国衙より追討官符を出されている。唐沢山(現在の佐野市)に城を築いた。
天慶2年(939年)、平将門が兵を挙げて関東8か国を征圧する(天慶の乱)と、甥(姉妹の子)である平貞盛・藤原為憲と連合し、翌天慶3年(940年)2月、将門の本拠地である下総国猿島郡を襲い乱を平定。この時、秀郷は宇都宮大明神(現・宇都宮二荒山神社)で授かった霊剣をもって将門を討ったと言われている。また、この時に秀郷が着用したとの伝承がある兜「三十八間星兜」(国の重要美術品に認定)が現在宇都宮二荒山神社に伝わっている。

〇百足退治伝説

近江国瀬田の唐橋に大蛇が横たわり、人々は怖れて橋を渡れなくなったが、そこを通りかかった俵藤太は臆することなく大蛇を踏みつけて渡ってしまった。その夜、美しい娘が藤太を訪ねた。娘は琵琶湖に住む龍神一族の者で、昼間藤太が踏みつけた大蛇はこの娘が姿を変えたものであった。娘は龍神一族が三上山の百足に苦しめられていると訴え、藤太を見込んで百足退治を懇願した。
藤太は快諾し、剣と弓矢を携えて三上山に臨むと、山を7巻き半する大百足が現れた。藤太は矢を射たが大百足には通じない。最後の1本の矢に唾をつけ、八幡神に祈念して射るとようやく大百足を退治することができた。藤太は龍神の娘からお礼として、米の尽きることのない俵などの宝物を贈られた。また、龍神の助けで平将門の弱点を見破り、討ち取ることができたという。
秀郷の本拠地である下野国には、日光山と赤城山の神戦の中で大百足に姿を変えた赤城山の神を猿丸大夫(または猟師の磐次・磐三郎)が討つという話があり(この折の戦場から「日光戦場ヶ原」の名が残るという伝説)、これが秀郷に結びつけられたものと考えられる。また、類似した説話が下野国宇都宮にもあり、俵藤太が悪鬼・百目鬼を討った「百目鬼伝説」であるが、これも現宇都宮市街・田原街道(栃木県道藤原宇都宮線)側傍の「百目鬼通り」の地名になっている。

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俵藤太の百足退治伝説有名みたいです。関東ではあまりですが、近畿では有名らしく。

時代背景は貴族の荘園が武士に奪われ、武士が興隆する時代。増税につぐ増税、それも、中間搾取で下の者が苦しむ時代。反発が反発を生み、ついにあちこちで反乱が。気が付けば関東の天皇として独立宣言をだしてしまう平将門公。義侠心が強い方が周りにほだされての結果ではありますが。

将門公以外も実は同じようなフリーの侍集団だったようです。秀郷公もその一人。しかし、力を結集しきれなかった朝廷はそのような秀郷公にもお鉢を回して将門公討伐軍を送り込んだのでした。将門公も武士の本懐をなした強者。秀郷公も強さをもち、武芸に秀でるだけでなく知略を持った方。ついに激戦となり、最後は秀郷公に将門公は打ち取られたのでした。

今回の陳列物はほとんどが本物でレプリカは一部。本物に身近に触れるって大切です。

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ともかくすごいのは、あの那須与一公が藤原秀郷公の家系系列だということ。やはりという感じですね。一説にはその武芸血脈、伝授を欲しがる支配者も多かったようです。

特に今回の企画展は、「秀郷公は武士の興りでは?」という問題定義に迫った、学芸員さんの熱意が具現化した素晴らしい展示でした。まじに栃木凄いのでは? w今度、佐野の、秀郷公の古墳にいこうっとw

おまけは、ジョージルイス先生と武田久吉先生の展示。こちらは、日本の自然科学に一石を投げる気合の入った展示で、あの日光の東照宮北東の仏岩近くに東京大学の自然研究所があったことなど全く知らなかったですし。
最後の閉めのお言葉が「我々はこの自然を子孫に継承しなくてはいけない」。。。。おお!これですよ、これを聞けるだけで今日来たかいがあった!

清々しく、博物館を後にし温泉へのと向かいました。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

ついに、金持ち前夜祭Ⅱの日。上野にきて、幹事はパーティ中動けないので先に腹ごしらえです。上野駅のまじかにこんないい感じの店があろうとは。パエリアを。

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西郷さんを一目見て。

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精養軒へ。

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スタッフは少し早めに集合です。

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いよいよスタート!こちらは安藤先生というベリーダンスの先生とその生徒さんたちのダンス。3年ぐらい練習してきたようで、素晴らしいものです。

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小野先生は衝撃の登場でしたw スタッフも来賓の皆さんも全員仮装です。さらに秘密のミッションの中身も開示されました。いずれ先生のブログでもご案内がされるでしょう。。。

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私は幹事席でPCで音響、映像を流しています。

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腹切り占いw 福島ラッキーボーイさん、デビューw 果たして、ローマ広場で実演なるか?w

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最後はTODENリッチマンダンスタイムで大いに盛り上がりました。

その後は2次会、3次会へと突入し、電車もなくなっていたので神楽坂へ。

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今朝は清々しく宇都宮へ帰還しました。

ご来賓された皆様、前回と今回のスタッフの皆様、そして小野先生、素晴らしい時間をいただき誠にありがとうございました。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

あっという間に、小野十傳先生ご主催の「金持ち前夜祭Ⅱ」の日が来てしまいました。しかも今回は参加者全員が仮装w
パーティには美味しいゴージャスな食事、お酒がでて、セクシーダンサー達が舞い、映像、音響を駆使した演出を駆使し、ご来賓の方々含めた仮装大会が行われます。景品の上、賞金も!!こんななのに、参加費なんと無料!!(超太っ腹、小野十傳先生!)

朝方、神楽坂は小雨が降っていましたがほどなく止んで青空がでていました。

赤城神社前の珈琲館で食事をとり、二杯目はキリマンジャロで。うまい、落ち着きます。

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何気に幹事をさせていただいております。前の幹事さんがしっかりやっていただいており引き継いでいなければもっと大変だったでしょう。本当、前の前夜祭の幹事さん、そして前回、今回のスタッフの皆様、ご来賓の皆様、そして先生に感謝です。

とりあえず幹事ですので、全体の映像、音響操作をPCで行っておりまして、基本、表舞台にはでてきませんが、手抜きしていると思われるのもなんなので、気合の入ったモンスター系被り物を購入。(会場で見かけたらよろしくお願いしますw)

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最終チェックをしていよいよ、出撃です。

場所は上野精養軒。んん?神楽坂からだと、東か。では、時盤は午の刻、青龍辺首をとれそうです。八門が驚門なのが気になりますが。今日はハロウィンも兼ねていますから、ご来賓の皆様驚かしつつ、リッチな金運をいただいてもらえば上々でしょう。

そう、この金持ち前夜祭に過去に参加者した人で会社で出世された方など結構いるみたいです。

今回もどれだけリッチマンがでてくるのか!? w

そうそう、この日のためにとっておいた、小野十傳先生ご謹製の開運マッチ(通称、ウンチw)を灯して、出撃しましょうか。これは先生の年末の開運カードに数年前につけてくれたもの。今使わずにいつ使うの!?ですねw

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では本日はハロ右衛門、いよいよ出撃します!

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

先日は、四柱推命卒論科の日でした。庚日の秋まで進軍。次回は、辛のテキストがもらえるとのこと。

もう2年は過ぎたでしょうか。あまりに長くやっているのでわけわからんですねw

ここまで来た感想は、わかってはいましたが、やっぱり庚は十干の最低の干と言ってもよいのではないでしょうか。それはそのあり余る殺気の金気を正化しないと単なる荒くれ者かひどいと殺人者になってしまう可能性はやっぱりあるようです。
そもそも奇門遁甲は至高の星、甲を殺戮の庚から逃がすという考え方があるようですし。
いや、庚の人の悪口をいっているわけではないです。そういう、金の殺戮の極みを有していることを、かっこいいだとか俺はすごいだとか勘違いしないほうがいいということです。これはもちろん、甲以外でも言える話です。
紫微斗数でいったら、俺は紫微星があるから、だとか、天相星がいるからだとか、そういう一要素だけで勝手なことをいうのは非常に恥ずかしいだけでなく、それだけでどなたかの人生判断などをして、間違った判断をするのは痛い、恥ずかしいを通り越して、悪の道となってしまいます。

以前、庚の犯罪者のことを記事にしましたが、やっぱり、調べれば調べるほどいるはいますよ。だからこそ、例えば、その鋭利な刃物を防衛に役立てるとか、警察官になって治安を維持するとか、刃物を駆使する外科医になるとか。できるだけよい生き方をしてほしいですよね。一番いけないのは、この強い星の行きがちな、水の暗い、悪因縁への道です。折角の荒くれの鋼が精錬されずに腐って錆びる。全くもって勿体ない。時間はまってくれないです。

しかしまあ、これほど、四柱推命を身近に自身をもって、自分のものにできるとは夢とも思っていなかったです。かつては、簡単な紫微斗数をやって知った気でいて、易も周易ぐらいですよ。卜(ぼく)がつかえないから、タロットかじったり、痛かったなあw でも今はサクッと断易はできるし、四柱推命もできる。これも小野先生のお蔭様ですし、学び続ける体制を与えてくれた諸仏先祖に感謝です。
この日も金持ち前夜祭Ⅱの最後の打ち合わせで、盛り上がりました。

さて、日が変わって、私一人で、音響、映像周りのリハーサルに会社帰りに上野精養軒まで。

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映像、音響ご担当にわざわざアポいれていただき、対応してもらいました。

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意外と古いプロジェクターなので変換アダプタの動作確認や映像を流してみたり。あとは、いろいろとお得意のITを駆使した小技を当日だそうとおもっているのですが、それのお試しを。ばっちりですね。明後日にはまたここに仮装していることになるのかw

帰り道、二次会の方も一応チェックに行くかと歩いていると、観音堂が。江戸は京都に見立てて作られていてこれは清水寺をシンボライズしているのですよね。

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そして、上野の池の弁天さんは琵琶湖の弁天さんを。因みに自宅の神殿にはこちらで開眼した宇賀弁天さんがいたりしてw

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江戸から東京へ。そして、上野は江戸時代からずっとこの街を見下ろしてきた御山でした。そこで金持ち前夜祭とは感慨深いですね。

神楽坂に戻ったら、ふとマリアージュさんに行きたくなりました。玉ねぎのステーキとシェリー。

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今宵も夜はふけていきます。あっという間に土曜日ですね。

引き続きよろしくお願いいたします。


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先週末は、奇門遁甲の吉方位に東の方位をとり、常陸、つまり茨城県へ。真東に方位を取り、目指すは大洗です。

北関東自動車道で1時間ほどでほどなく到着です。

神社内に駐車して、境内へ。おおこれは。。。。戦艦那珂の戦歴と英霊たちが。。。。ご成仏ください。海の近くの神社には海軍の匂いがのこっていたりします。

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以前は、戦争自体に嫌悪感がありましたが、昨今はすっかりGHQの洗脳がとけたのか、日本を守りし、諸先輩に対しご成仏を願う気持ちのが強くなっています。

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手水をいただき、いったん、前の階段を降りて、海へ向かいました。

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この海の中にある鳥居をみたかったのです。

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清々しい。天地の気が清浄です。鳥居に向かい、神道灌頂で賜った印、真言を唱えます。意識を宇宙に飛ばし、この常陸を日本を地球を見下ろす地点から、我と世界が黄金に輝く観想をします。天地静謐あれ。。。。体中に力がみなぎってきます。

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天空から自分の体に意識を戻します。ふー最高w(って文字にすると変態ですな)
まあいいですw 海岸にでて、海の気をよく浴びます。

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鳥居を見ると、波が鳥居を覆うぐらいに。荒々しい海、神々しい風景です。

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さあ、この海の気を受けて、清浄な状態で神社へ戻りましょう。

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階段をあがっていきます。

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本殿でまたお祈りです。

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ふとみると、ここ大洗はアニメ聖地のようで。

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ガールズアンドパンツァーという女子高生が大洗の町で戦車で戦うというなんともマニアックなアニメです。

(参考 Youtube様 :ガルパン劇場版)



絵馬もすごいですね

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本殿をぐるっと回り。

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反対側で紅葉と本殿と太陽を撮影していたら、光の加減だとは思いますが、光のカーテンのようなものが。正に神様の降臨したように感じました。ありがとうございます。

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続いて、阿字ヶ浦の方にある酒列磯前神社さんへ。社叢が美しいです。

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本殿でお祈りです。

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この亀に触ると宝くじにあたるとか。

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周辺で買い物をして、帰りは、栃木、芳賀のロマンの湯に入り、帰宅しました。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

先日は、小野十傳先生、奇門遁甲初等科スポット講義(A)しました。いつもの四柱推命卒論科講義があった神田のビルのチョイ先。

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内容は、奇門遁甲の方位をとって、それが発動するタイミングを計算する、「応期」を知る法です。もともと、奇門遁甲は兵法であるので、いつ発動するかというのは大切です。発動タイミングをつかって敵を攻撃するからです。

この応期には「干支応期」と「局数応期」なるものがあるようで、今回はどなたか受講生が「応期を復習したい」とおっしゃったのに先生が受けた形で、更に、12月に予定されている奇門遁甲局数の秘密という2日間の特別講義の補習的な位置づけで執り行われたようでした。いや、そもそも初等科のレベルが相当高まっていて、羨ましい限りですが。

冒頭は「ネクタイ変」のご愛称をもたれる師範候補、アシスタントさんの講義復習から。ただ、我々、外野組のことを考えてくださり、宿題の回答は別途にしてくださり、九星や九宮の講義を。この先生は作盤の天才といわれており、至極、わかりやすいご説明をしてくれます。おまけで実践的なテクニックをちりばめるなど、素晴らしい講義でした。休み時間になると女性陣がどっと先生のところへ(笑)

さて、その後は、小野先生、ご登場です。まずは「干支」応期から。しかし、干支応期と局数応期は上層で連携しており、重要な講義でありました。丁度、私の座席の前にお座りだった「ネクタイ変先生」も後ろを見て「これ、内容深い、かなり難しいですね。」とおっしゃります。どんだけなのよ?かはこのコメントでお分かりになられるでしょう。その他、効果を短期間で数倍にあげる奥義などの伝授もありました。いやー超充実でした。

内容的には、よく、「奇門遁甲はつかえねえ、だって、即時発動しねーじゃん!」というのに答える、即時発動にかかわるもの。そして、時間をあけて発動するものなど。

前者は、先生の著書にもある日露戦争、日本海海戦における東郷元帥がつかった「丁字戦法」があげられるでしょう。当時世界最強のロシアの大艦隊がアフリカを超えてやってきたのを日本艦隊が殲滅したあの戦いです。もし、ウラジオストクへの入港を許せば、制海権は逆転する絶対に逃がせない、絶対にまけられない戦い。ロシア艦隊が日本艦隊の8000メートルまで近づいたときに、突如、東郷元帥が、手を左におり、戦艦三笠に続き、敵前大回頭をしたのです。これは当時の常識からすれば自殺行為で、曲がっている瞬間止まっているような状態になり、的になってしまうからです。実際、三笠は結構な被弾をしました。しかし、東郷元帥は絶対に負けないことをしっているかのように、三笠の甲板で指揮をし続けたのでした。(若い幕僚は安全な甲板したの防御壁にいれて)
そのうち完全に回頭が終わり、完全に丁字の形で抑え込んだ形となり、集中砲火をあたえてロシア艦隊は壊滅していくのでした。

イメージはこちらでお楽しみをw

(参考 Youtube様:Battle of Tsushima (2) 日本海海戦 (Victory:Two Steps From Hell))





詳しい内容はこちらをw

(参考 Youtube様:その時歴史が動いた 「日本海海戦 参謀 秋山真之 知られざる苦闘」 (2005年))




この時、先生は、「獄神得奇」(ごくしんとっき):天盤・辛、地盤・丁)を使ったとおっしゃります。
(以下、ご著書から引用)

「地獄の神が奇跡を起こす象である。絶体絶命のところから逆転大勝利に導かれる方位である。しかし運気を使い果たすために病気の心配があることは記憶すべきである。ちなみに、日露戦争において、東郷平八郎が率いる連合艦隊はバルチック艦隊に対してT字になるよう進路を変えた。この進路を時盤でみると獄神得奇なのだ。これが奇跡的な勝利につながったのである。」

この病気のくだりは、実際、作戦参謀であった秋山がその後、新興宗教にのめりこんで早世するなどに表れていると先生はおっしゃります。なかなか勝利のためには何らかの犠牲もやむを得ずです。しかし負けたロシアはロシア革命がおきてソ連邦、共産国になり、その後は長い共産国ならではの不遇が、ゴルバチョフのペレストロイカが行われるまで50年以上続いたのでした。結局、また民主化し、ロシアに戻っているのですし。その間に、日本は敗戦から立ち上がり、高度経済成長をとげていることから考えると、歴史的戦いに勝つことの意義は大きいです。

まさに地獄の神を召喚した形ですね。奇門遁甲の神は宇宙、自然、方位の神。善悪はありません。
その果てにある帝王学の高みを求めるもののみに、その微笑みを向けてくれる、そんな気まぐれな女神の側面があるようです。


次回の先生のスポット講義は、局数応期になるそうで、更に12月の特別講義が今から楽しみなところです。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

週末探索系が続きますが、引き続きよろしくお願いいたします。

今回は、北の時盤の竜遁をとりつつ、福島県福島市の日本三大不動ともいわれる(参考:中野不動尊)さまへ。

(注:文言はWiki様から引用です)
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約820年前に開かれたといわれる。1179年(治承3年)春、恵明道人が1匹のカモシカに導かれ当地に入山し、未踏の地であった中野の山中に洞窟が人々により長きに渡り掘られ、各施設が建立され寺院として整備されていった。境内には厄除・眼守・三ヶ月の三不動明王が祀られており、日本における六三除けの祈祷発祥の地といわれている。
現在は福島県県北地方でも福島稲荷神社と並ぶ有数の寺社となり、初詣の参拝者数は県内でもトップクラスである。
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宇都宮より170キロの彼方、東北道で3時間弱ってところです。

ほどなくして到着!この日は空がすがすがしいです。

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いい感じのお寺さんです。

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さっそく、奥の霊窟より引き込んでいるお地蔵さんの霊水を賜ります。

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日本における六三除けの祈祷発祥の地ってのもすごい。ともかくこちらのお不動さんは特に学業によいのです。

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本殿にいきまして、自由にあがれるようでしたので、勤行させていただきます。清々しい。

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次は、滝場に向かいます。

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凄いです。まるで霊鷲山をかたどったような。。。。。

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この滝場と大日堂と霊窟の入り口。超圧巻!!

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さて、三日月不動様と三十六童子様がいる霊靴へ。

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ここがお不動様。

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更に左に16か所の霊窟。右手に20か所の童子さんの個別霊窟があります。まるで迷路です。しかし、気味悪さや妙なにおいなどはしません。清々しさが広がっています。

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一つ一つ、霊水を携え不動真言で祈っていきます。小さな子部屋がアリの巣のようにあるのです。

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ついに36か所祈りとおします。霊窟の出口です。

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続いて、大日堂へ。こちらでも。

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お寺の裏の宝筐院塔です。台湾の徳のある億万長者さんが世界中に寄進しているらしく。この塔は一体に福徳をもたらします。そうそう、中野不動尊さんは、経営者にも人気があるようです。

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とどめは祈祷殿で。こちらは昔は修験道の聖地だったようですが、曹洞宗に改宗されています。曹洞宗さんは大般若転読というスゴ技があるのです。転読というと密教でも奥義の一つのようで、一回、転読するだけでお経をフルで読んだご利益があるとされていまして、お坊様は真言を唱えながら転読するようです。この風にあたるだけでもご利益だとか。これを体や霊水にもいただきます。

イヤー充実の霊水取得でした。続いて、少しは行楽も。ってまた食い物ですがw

白河まで高速で戻り、白河ラーメンにチャレンジです。こちらも近年は喜多方ラーメンや佐野ラーメンのようにご当地化しており、はやめにいかないと閉店してしまいます。

到着は17時ぐらい。決して遅くないと思いきや、有名店軒並み電話するも、品切れラッシュ。やばー!!!っと最後の女神。
(参考 食べログ様:ラーメン食堂 菊忠)さんがまだ大丈夫とのこと!!いけ!っとばかり滑り込みました。

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菊忠ラーメン、具沢山のこの圧倒的な白河ラーメン流!うううううまい!

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帰りは地元、佐久山きみの湯さんでひとっぷろでした。

自宅帰宅後、自宅神殿に霊水を設置し、翌朝、神殿の前に習字セットを展開し、硯に霊水を落として、勤行です。お世話になっている阿闍梨様からのお伝授通りに唱えていきます。明らかに普段と違う境涯に入っていきます。勿論、袈裟をつけ数珠、そして阿闍梨様に賜った五鈷杵を使いながら。勤行を終え、真言を唱えながら硯を擦っていきます。
今度は、小野先生より賜った呪符作法。九字を切り、一気呵成に霊符を作成します。作成後はこの五鈷杵でお加持をして最後は各香炉でさらにお加持して完成となります。約2時間ぐらいでしょうか。普通の寺院でもここまでやらんでしょうw とはいえ慣れているので、我ながら隙がありません。さて、お客様へ郵送せねば。

次は、先日の小野先生の奇門遁甲スポット授業について書きたいと思います。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

先日のレイラインシリーズ、関東の神社の一之宮を中心にネットワークが形成されているという説。

(参考:レイラインハンティング、光の道を追う)

風水の龍脈のように、山の方から並べますと、栃木県の日光二荒山神社中宮祠→群馬県の貫前神社→埼玉県の氷川女体神社→茨木県の香取神宮→鹿島神宮→神奈川県の寒川神社→前回行った玉前神社→そして千葉県の安房神社です。図にしますとこちら。

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そして、玉前神社からは、出雲大社に向けた光の道が走っている。なんとも壮大ですね。

さて、少々雨模様でしたが、例のごとく奇門遁甲の吉方をとり、北関東自動車道から関越、長野自動車道へ。富岡ICでおり、ほどなく到着です。

この神社は全国でも例が少ない坂を登って、降りるところに本殿があるという神社です。
本当はこの上にも駐車場がありますが、あえてここから歩いてみます。

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(参考:貫前神社)様。
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『一之宮貫前神社』(いちのみや ぬきさきじんじゃ)は群馬県富岡市一ノ宮に鎮座する、1400年の歴史を持つお社です。
  御祭神は「経津主神」(ふつぬしのかみ)と「姫大神」(ひめおおかみ)で、現在の社殿は3代将軍徳川家光公の命によって建てられました。 (江戸時代初期の漆塗りで極彩色の社殿は国の重要文化財に指定されています)
  また、年間祭儀が71回あり御戸開祭(みとびらきさい)や鹿占神事(しかうらしんじ)など古くからの祭儀が数多く残るのが特徴です。
社伝には鷺宮(さぎのみや:現在の安中市)に物部姓磯部氏が、氏神である経津主神を祀り、その鷺宮の南方、蓬ヶ丘綾女谷(よもぎがおか・あやめがたに:当地の古い呼称)に社を定めたのが安閑天皇の元年(531年)と云われ、これが創建にあたります。 
また、天武天皇の時代に初の奉幣(ほうべい)がありました。
奉幣とは天皇の命により神社に幣帛を奉ることで、当時遠く奈良の都にまで貫前神社の存在が知られていたと云えます。
醍醐天皇の時代に編纂の始まった『延喜式』のなかの『神名帳』にも記載され、上野国一之宮として朝野をとわず崇敬をあつめてきました。旧社格は国幣中社。
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登って本殿前の風景です。

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なんとここから本殿にむかって降りていきます。

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後ろを振り返るとこんな感じです。

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本殿です。いつもの神道灌頂の印、真言を唱えます。清々しい気持ちが広がります。

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あの本殿の上にある小窓には雷神がでいりするみたいです。

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ここまではネットで見たネタばかりでまあよかったね、だったのでした。

宝物館があるらしく、それではいってみようかと、お一人300円。わざわざお金を払ってそういうのを見る人はいないらしく、お昼近くでしたが、開けていただくことに。向かってみると、セキュリティシステムが厳重で、宮司さんが解除し、明かりをつけて、やっと入場できます。


撮影禁止のため写真等はなくもうしわけないですが入って納得。特に徳川家でも家光公に由来の重要文化財がかなり展示されていました。

ん?きたきた!なんと、この神社には古代から続く鹿の骨を使った鹿占神事(しかうらしんじ)という占いが。それも鉢を使った、一種、神道護摩をほうふつとさせる布陣。とんでもない神社だぞこれは。所謂、毎年、米占とかやられる神社の類ですが、鹿の骨というと、諏訪神社の鹿の首の奉納物を思い出します。

その中でもさらに、おおおお!!これは!となったのが江戸時代、数学は一種の占術のようなものであり、幾何学のような形で術としていたようです。さらにこれらは寺社仏閣に奉納されていました。これを(参考 Wiki様:算額)といいます。

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算額(さんがく)とは、江戸時代の日本で、額や絵馬に和算の問題や解法を記して、神社や仏閣に奉納したものである。
平面幾何に関する算額(特に円の中に多数の円や別図形の中に多数の球を入れるなど接点を持つもの)が多い。和算家のみならず、一般の愛好家も数多く奉納している。
算額は、和算において、問題が解けたことを神仏に感謝し、ますます勉学に励むことを祈念して奉納されたと言われる。やがて、人びとの集まる神社仏閣を問題の発表の場として、難問や、問題だけを書いて解答を付けずに奉納するものも現れ、それを見て解答や想定される問題を再び算額にして奉納することも行われた。
このような算額奉納の習慣は世界中をみても他に類例がなく、日本独特の文化といわれる。その一部は重要文化財や民俗文化財に指定されている。明治時代になると、日本には西洋から数学が導入されることとなったが、算額奉納の風習は、この導入を容易にしたとも評価されている。
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更に私を興奮させたのが、これら算額を駆使した方々が「天源術」も駆使したというという記述です。詳しいことは調査中ですが、これは四柱推命の三本柱版の占いのようで、日本独自の占いのようです。一説には徳川家三代のブレーンであった慈眼大師天海大僧正が駆使したというお話も。

おお!やっぱり、一之宮レイラインネットワーク侮りがたし!そうおもったのでした。

いやいやいや、更にびっくりしたのはこの後、二階にいってからですが。二階にいくと、あれ?陳列物がなく、肖像画がぶわーーーーと何枚も並んでいます。これ何?????

入り口の説明を拝見しますと、「肖像画は1991年、佐川急便の創業者、故・佐川清氏が奉納。描いたのは1万円の旧札の聖徳太子の原画で知られる故・馬堀法眼喜孝画伯。」とのこと。

ええ?あの、日本が絶好調だったときの一万円札、聖徳太子を描いた方の絵??それがなんと、天照大御神から歴代の平成の今上天皇陛下までの膨大な肖像画が所せましに!!また古文書などや歴史書などでお調べになりイメージされ丹念に描かれた肖像画は圧巻の一言。凄すぎる!!凄い膨大なエネルギーを感じました。超古代から、見ていくと我が家にご縁がある後醍醐天皇もおられました。世界に誇るこの家系。ある意味凄いです。このようなレベルになると深層的無意識に連なる世界になり、こういう世界観に触れることはよい意味でのリマインドにつながり、世間の阿呆な情報から身を守る意味でも、開運につながるとおもったりします。いやーこれは来てよかった!!って感じでした。

さて、以前、「Youは何しに日本へ?」とかいう番組がYoutubeにアップされていました。ドイツから来たアニメ「イニシャルD」好きな方が来日して、アニメの舞台となった群馬県榛名山の周辺に行くのに同行するというやつで、そこででいたのが(参考:伊香保おもあちゃと人形 自動車博物館)さんでした。1時間ぐらい下道を走って到着です。

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車以外にも昭和のレトロな街並みや人形とかいろいろと展示されています。それはそれでかなり凄いです。お目当てはこちらでした。

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漫画、アニメの世界がまんま再現されていますが、それはそのはずでこの藤原豆腐店はもともと、藤野屋豆腐店という実在の店をもとに描かれていたようで、町が区画整理のためお店も壊される際に一部を移植してこの博物館に再現されているらしいです。そして原作通りの店名入りのトヨタトレノ、通称86が置かれています。原作にある紙コップに水おきながらのドリフトの紙コップも再現。

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往時の名車なども並んでいます。

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結構楽しめました。帰りには佐野ラーメン、押山さんに立ち寄りです。どうもやらかしたおじさんが国道から駐車場に入る際、縁石に乗り上げて立ち往生しハザードランプを眺めながらの美食でした。

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内容と関係なく失礼しますが、現在、例のKirunaが昨夜から乱舞しています。結構な揺れです。地震に注意です。奇しくもひふみ神事では9、10月、8がつく日に注意だとか。。。。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

先日、NHKで(参考 ブラタモリ:~#112 宇都宮は“江戸”に欠かせない町?)という番組をやっておられました。

結論からいいますと、江戸時代、参勤交代、特に将軍家の東照宮参拝には10万以上の人数が宇都宮に立ち寄り、日光入りしたらしいのです。宇都宮の城下町が江戸時代に特に形成され重視されたのがそれが一つ。さらに、重要なのが、宇都宮の中心地にある宇都宮二荒山神社の存在だ、というのです。なぜなら、関東平野の海抜面から見渡すと、二荒山神社がある小山の山塊の尾根は北にむかっており、矢板、高原山やその先の那須の那須岳に連なっています。そして、その二荒山神社から先には、主だった山は100キロ先の東京までほとんどないのです。つまり関東が始まる土地が宇都宮、特にこの二荒山神社に連なる山塊です。まさに土地の龍なのでしょう。

丁度、この話、

(参考:古地図が物語る山川の真の形状と歴史的拠点の一致)

でもとりあげた5000年前の栃木県の図です。番組中そっくりな図が出ていました。

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5000万年前まで関東は宇都宮まで海だったのです。多分、ブラタモリでもでてきた大谷石は日光男体山などの噴火の堆積物だと思われますが、丁度、二荒山神社あたりにあった海でせき止められたのでしょう。二荒山神社から大谷はまっすぐつながっています。この山塊と平地の瀬戸際のがけにはあちこちから貝殻の化石がでてきます。

東京には若干、小山があります。それが、七つの大地があるといわれるもので、上野や牛込あたりもその一つです。一説には北斗七星の形となっているという話もあります。
これらの小山、台地は江戸城を囲み、更に江戸城内にある小山が山手線エリアで最も高い場所の一つのようです。その他は虎ノ門近くの愛宕ですね。この江戸城内にある小山を、紅葉山といい、その昔、徳川家時代には飯綱権現、つまりダキニ天がまつられていたようです。皇居は間違いなく龍穴でしょうね。

風水的には巨大な明堂として関東平野一円に広がっているもので、東京湾の水と四神相応の土地は、見事な風水都市として君臨するまでとなったのです。

ブラタモリでは主に地形の話から大谷石の話にシフトしていきましたが、中々、味わい深い番組でした。

さて、再び、東京、こちらは、かつて寛永寺のあった上野の山、東京の風水を守る一角にある精養軒さん。

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そう、小野先生の金持ち前夜祭の下見のため、先生と精養軒のご担当者さんと打ち合わせにきたのでした。

いやーこれは盛り上がりそうですね。そして、お金持ちへの一歩の始まりですw

引き続きよろしくお願いいたします。


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