お世話になっております。

本日は庚申の日でしたね。この日は悪口はご法度です。ポイント倍増の日で10倍ぐらいに厄や陰徳の損失が増えるらしいのでw

先日のグラデュエータ事件wも、自分で言うのもなんですがハッピーエンドとなりました。お客様とは関係良好へ、プロジェクトは完了見込みへ。全てが静謐に。

(参考:タラレバ、何が幸せなのかって自分が一番わからないのかも )

神仏の守護、呪符の凄さを感じておりましたが。ここまでとは。。。。

しかし、過酷にも経営陣からはあらたなコロッセオにいくように指令が。新たにシステム導入したものの失敗し苦しむお客様の案件があるようです。再びITコンサルタント、いや、グラデュエータ?出撃のようです。ただ、相当な荒れ模様です、より魔神に匹敵する力を味方につけたい。。。。

また奇門遁甲で立向を取ります。東の方角に決定です。問題を一刀両断解決するエネルギーです。北関東道を太平洋へ飛ばします。そして、日立へ向かいます。


向かう先は、日立の(参考:泉神社)様。

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泉神社は人皇第十代崇神天皇の御代、宇治49年(紀元前42年)にこの地方に鎮祀されたと伝えられている。延喜式内社の由緒深い旧郷社である。久自國造船瀬宿禰(くじのみやつこ ふなせしゅくね)の奏請により、大臣伊香色雄(いかがしこおのみこと)が勅命を受けての久自の国に至り、天速玉姫命を祭祀して、久自の国に至り、天速玉姫命を祭祀して、久自の国の総鎮守としたことが泉神社の創立である。社記に「上古霊玉此地に天降り 霊水湧騰して泉をなす 号けて泉川云ひ霊玉を以て神体とする」とある。ご祭神はこの霊玉を神格化した天速玉姫命をお祀りしている。
 「東夷の荒賊を平討する」最前線基地としての地域性を反映し、古くから多くの武将が祈祷に参拝している。特に、後奈良天皇の御代、享禄三年(1530年)9月に書かれた棟礼には、佐竹義篤が泉神社を崇敬し社殿を修造したと記録されている。残念なことに、享和2年(1802年)社殿が焼失し、旧記録を始め宝物などが散逸してしまった。現在の社殿は氏子らの浄財により昭和58年(1983年)5月に再建されたものである。
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目の前の公園の桜の花が、老木に少し咲いています。美しいですね。

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鳥居から見ますと少し冷たい清々しい空気が。左手奥に忠霊塔があります。その気なのか?いや違うような。もっと自然の気で清々しい、清まるよな。

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うお、本殿が。なんか超清々しい。お祈りしますと何か違いますね、ここは、清められる感じです。

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何か今日は本殿に太陽がシンクロするというか、何か違うなあ。。。。

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さて、次は、弁天様の湧水池です。

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凄い勢いで湧水が。こちらも清々しいです。今度ここの水で呪符を書きたいですね。

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次は、(参考:大甕神社)様を目指します。

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ご由来
 創祀年代は不詳でありますが、当社の由緒は古く神代にまでもさかのぼることができます。御祭神武葉槌命は神代の昔に皇室の祖先であり、我々日本民族の祖神として伊勢の神宮にお祭りされる天照大御神の御命令により、鹿島神宮の御祭神武甕槌命と共にこの常陸国を平定され、日本民族を一つにまとめあげた日本建国の大功神として仰がれております。その御神威・御神徳については、我国最古の歴史書である『日本書紀』の一部にも見ることができますが、『大甕倭文神宮縁起』には概ね次のように伝えられております。天祖天照大御神が天孫瓊瓊岐尊を豊 葦原中津国に降臨させるに当り、鹿島・香取の二神は葦原中津国の国津神・荒ぶる神々を鎮撫、あるいは掃蕩する任を負わされておりました。武神として誉の高い二神は国津神等の国譲り、荒ぶる神々の掃蕩、更には国中の草木石類に至るまで平定いたしましたが、まだ常陸国に悪神がおり、名を天津甕星、またの名を天香々背男といい、大甕上に陣取り東国地方の陸地はおろか海上にまで一大勢力をもっておりました。さすがの鹿島・香取の神もこの勇猛なる大勢力の前に為す術がありませんでした。その時にこの武神である二神に代って甕星香々背男討伐の大任 を負わされたのが、当社の御祭神武葉槌命でありました。命は武神としてもさることながら、知恵の神としてことに優れており、(我国において織物を始めとする組織的な産業を最初に起された神であります)命の知恵を駆使した巧な戦略の前に甕星香々背男の一大勢力も敢えない最後を遂げることとなり、その様は今に様々な伝説となり伝えられております。その一つに武葉槌命が大甕山にて甕星香々背男の変じたる巨石を蹴ったところ、その一つは海中に落ちて今に伝わるおんねさま、または神磯と呼ばれる磯になり、あとの石は、石神・石塚・石井に飛んだと伝えられております。また現在の大甕神社の神域を成しております宿魂石は、甕星香々背男の荒魂を封じ込めた石であると伝えられております。斯くて、甕星香々背男の勢力を掃蕩された武葉槌命は、此の大甕の地に留り命の優れた知恵の産物である製塩の術・織物の術をはじめ様々な生活の術を常陸地方は無論のこと、東日本の一帯に広められ人々の生活の向上に貫献されたのであります。今に、武菓槌命はおだて山、即ち美しい山と人々から敬愛の念を持って呼ばれる大甕山上に葬られていると伝えられております。
 当社の御造営が最初に為された年代は不詳ですが武菓槌命の葬られたと伝えられる大甕山上の大榊の元、今の古宮と呼ばれる所に祀られたのが始めであります。古宮の地からは甕の原・太平洋・更には筑波山・鹿島灘を遥かに望むことができ、その眺めは素晴らしく、武菓槌命をお祀りするには誠にふさわしい場所であったといえるでしょう。しかし、昭和の初期頃より入植者により開墾され、戦中は陸軍の通信基地、戦後は進駐軍の基地となり、近年は周囲の開発が進み日立研究所・エネルギー研究所などの研究棟が立ち、松林に囲まれて石の祠が辛うじてそ の跡をとどめております。元禄二年にいたり、当時大日本史の編纂を進めておられた水戸藩主徳川光園公によって当社の由緒の重大なる事が認められる事となり、藩命をもって大甕山上より街道筋に近い現在の鎮座地である宿魂石上に御遷宮申し上げる事となりました。この時から水戸藩の計らいによって大甕倭文神宮という最も格式の高い神宮の号を用いる事となり、元禄八年には譜請奉行関口九郎次郎に命じて社殿の造営が成されました。その後幾度かの修復が行われましたが、中でも寛延四年の修復工事は大がかりであったことが記録に残っております。
 現在の拝穀は昭和七年の大暴風雨の折に破損することが甚だしく、境内の大木の倒れたものを用材として寄付を募り昭和八年御造営が成ったものであります。本殿は元禄の造営から三百年近くの歳月を経て傷みが激しいため、新に御造営されることとなり昭和三十二年に盛大なる遷宮式が行われました事は記憶に新しいところであります。
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ちょっと長い由縁で失礼しましたが、一言で言いますと甕星香々背男(みかぼしかがせお)という悪神をこの神社の山に封じたようなのです。武葉槌命(たけはつちのみこと)様がおやりになられようですが。なんとなく、女性系の神様が乱れる男神を鎮めるというのは美女と野獣的な普遍的テーマですし、確かにネットでは星の神ということで妙見菩薩との関係性を語る方が多いようですね。

(参考 youtube様:エマ・ワトソン 映画 『美女と野獣』 予告編 )



うーん、実写版も良さげですね。

旧本殿でお祈りしました。

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あれ?何か気が違いますね。むわっときます。

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拝殿に回り、絵馬を購入しました。例の作法で祈願をします。これをもって、奥の院にいき、旧拝殿で絵馬をかけます。

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そこから宿魂石といわれる御山に登りました。

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凄いクラクラきます。久しぶりですこの感じ。この感じは、今では我が守護神となられている横浜中華街の(参考:横浜 関帝廟)様でもありましたし、浅草の(参考:待乳山聖天)様でもありました。嫌な感じではないです、何か足の底から脊髄、頭へと抜けるような初期化されるような凄い気です。いや、男女神の融合という点では聖天様の感じに似ている気もします。いやー久しぶりでした。強烈な気です。なんというか。ドラゴンボールの界王拳のようなw

(参考 Youtube様:Goku Achieves His Maximum Kaio-Ken Power Level of 180,000 (Japanese) )w



絵馬を掛け、御神籤をとりますと、大吉。これまたありがたいメッセージが。

「(神の教)神の心が天地も真理(まこと)。真理離れちゃ生きられぬ。神の御心=天地の真理に従って行くのが神道である。心を清め、身を清めて、穢れなき誠の心を以て、平和な住みよい世界を作る様に、神に仕うるは天津務(あまつつとめ)、社会につくす国津務(くにつつとめ)を果たすのが神の道。吾人共に、神の真理の光に中に、真善美(まこと)の幸福(さいわい)をうくる道である」

これか!例え、また地獄のコロッセオに突入しようとも、ひどいシステムを導入され運用で苦しむお客様、そしてその先の国民の皆様がいらっしゃる。今こそありがたい神気を頂き、荒れ果てた娑婆世界で乱戦してやる!と、生き奮い立ちました。パワー充填完了。足の底から頭へ突き抜ける何かを感じつつ、空を見上げます。

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さて、スピリチャル系はこのぐらいにして、魚介でも食いましょう。(あんまりこんなことやっているとキチガイですわw)


こちら、(参考:道の駅 日立お魚センター)様へ。

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市場は楽しいですね。

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こちらは飲食コーナー。

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磯焼コーナーへ。魚介を買い、焼きコーナーで焼きます。

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うまい!

さて、たっぷりとお腹を満たしまして、帰り際、(参考:道の駅 はが ロマンの湯)様により帰宅しました。

引き続きよろしくお願いいたします。

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