お世話になっております。

六道輪廻ってご存知でしょうか?人は生まれ死に生まれ変わる、輪廻転生(リンカネーション)説に基づく宗教観です。

先日お話しした映画「君の名は」などは、正に、この輪廻転生の要素が入った映画だとも考えられます。
(参考:今更、「君の名は」を見ました(ネタバレ注意))


どうも、この考え方の根本は原始宗教的な考え方であり、仙道や道教に通じる考えなのだと思います。日本の大乗仏教の宗派にはこの流れが融合されています。

私の仏教の先生である真言密教の大阿闍梨は、「日本の既存仏教も勉強不足な上に、歴史的な位置づけにある寺を自らの生活基盤の道具になり果てるなど、悲しいかな、信者の信頼は失われ益々崩壊の危機に瀕しています」と言っていました。
ホントやばいです。

ここからは、ある仏教説としてお聞きください。まあ、明治の廃仏毀釈までは普通に江戸の人たちが理解していた世界観でありますが。

死んで地獄に行くという話。この世には(Wiki様:六道(りくどう))があるというのです。

天道(てんどう)
人間道(にんげんどう)
修羅道(しゅらどう)
畜生道(ちくしょうどう)
餓鬼道(がきどう)
地獄道(じごくどう)

の6つ。下から3つは通称、三悪趣といい、忌み嫌われています。

Wiki様の説明を見てみましょう。
------------------------------------------------------------------------------
〇天道
天道は天人が住まう世界である。天人は人間よりも優れた存在とされ、寿命は非常に長く、また苦しみも人間道に比べてほとんどないとされる。また、空を飛ぶことができ享楽のうちに生涯を過ごすといわれる。しかしながら煩悩から解き放たれておらず、仏教に出会うこともないため解脱も出来ない。天人が死を迎えるときは5つの変化が現れる。これを五衰(天人五衰)と称し、体が垢に塗れて悪臭を放ち、脇から汗が出て自分の居場所を好まなくなり、頭の上の花が萎む。

〇人間道
人間道は人間が住む世界である。四苦八苦に悩まされる苦しみの大きい世界であるが、苦しみが続くばかりではなく楽しみもあるとされる。また、唯一自力で仏教に出会える世界であり、解脱し仏になりうるという救いもある。

〇修羅道
修羅道は阿修羅の住まう世界である。修羅は終始戦い、争うとされる。苦しみや怒りが絶えないが地獄のような場所ではなく、苦しみは自らに帰結するところが大きい世界である。

〇畜生道
畜生道は牛馬など畜生の世界である。ほとんど本能ばかりで生きており、使役されなされるがままという点からは自力で仏の教えを得ることの出来ない状態で救いの少ない世界とされる。他から畜養(蓄養)されるもの、すなわち畜生である。

〇餓鬼道
餓鬼道は餓鬼の世界である。餓鬼は腹が膨れた姿の鬼で、食べ物を口に入れようとすると火となってしまい餓えと渇きに悩まされる。他人を慮らなかったために餓鬼になった例がある。旧暦7月15日の施餓鬼はこの餓鬼を救うために行われる。

〇地獄道
地獄道は罪を償わせるための世界である。

このうち、地獄から畜生までを三悪趣(三悪道、あるいは三悪、三途)と呼称し、これに対し修羅から天上までを三善趣と呼称する場合がある。また地獄から修羅までを四悪趣と称することもある。
また六道から修羅を除いて五趣(五道)と称すこともある。初期仏教では、地獄・餓鬼・畜生・人間・天上を五趣とし、修羅はなかった。つまり五趣の方が六道より古い概念とされる。これは当初、修羅(阿修羅)が、天部に含まれていたもので、大乗仏教になってから天部から修羅が派生して六道となった。したがって、これらを一括して五趣六道という。
----------------------------------------------------------------------------
この辺のお話は、深く知るとなると、仏教哲学にまでいくことになります。(Wiki様:阿毘達磨倶舎論)などもみてみたいものですね。

雑駁に言いますと、仏になる、を頂点とした六道の状態までのマトリックスを示しているといえるでしょう。余計にわからないっすねw
仏が完全解脱状態でして、そこから下ると、毘沙門天、弁財天などの天部の神々、修羅界の阿修羅などそして人間がおり、地獄餓鬼畜生の入り口がぽっかり口を開けて待っています。


そして、こちらは熊野十界曼荼羅。

熊野十界曼荼羅


生まれ~少年から青年となり、中年、老人となって死ぬ。そして、その後も旅は続く。
中央の「心」の字。
心次第で、天国にも地獄にも往くというわかりやすい世界観であります。

先ほどあげました、倶舎論的には、三悪趣に行くのは最悪です。それが死ぬと各六道の門が開くというのです。

で、そこで「引導を渡す」という聞きなれた言葉が大切になってきます。
-----------------------------------------------------------------------
(参考:引導を渡す - 語源由来辞典 様)

引導を渡すの原義は、人々を導いて仏道に入れること。 そこから、葬儀の時、導師の僧が棺の前で、死者が迷わず悟りを開くよう法語を唱えることを意味するようになった。 死んだことを解らせる儀式であるところから、相手が諦めるための最終的な宣告の意味で使われるようになった。
-----------------------------------------------------------------------

ようは、本来、引導を渡すってのは北斗の拳ばりに経絡秘孔を押してあべし!と炸裂させるのではなくw、真言密教的に言いますと、三悪趣の門を閉ざし、人間界に再誘導する行為だというのです。
まあ、死んだら死んだで放置プレイ状態wですから、今の方々はプレイ状態でありますw

三悪趣の門の引力はかなり強いらしく、現世での行いのレベルに応じて引き寄せられるようです。

そこに最後のコンティンジェンシープラン(継続プラン)が、未戒でなく、戒律を継承すること、伝授をうけることなのです。

具体的には、(Wiki様:三昧耶戒)を伝授、継承を受けるのです。

 1、不殺生(ふせっしょう)―故意に生き物を殺さない。
 2、不偸盗(ふちゅうとう)―他人の物を故意に自分のものとしない。
 3、不邪淫(ふじゃいん)ー邪まな性関係を持たない。
 4、不妄語(ふもうご)―嘘を言わない。
 5、不綺語(ふきご)ー心にもない事を言わない。
 6、不悪口(ふあっく)ー人をむやみに誹謗、中傷しない。
 7、不両舌(ふりょうぜつ)ー二枚舌を使わない。
 8、不慳貪(ふけんどん)ー貪らず、惜しまない。
 9、不瞋恚(ふしんに)ー無闇矢鱈に怒らない。
 10、不邪見(ふじゃけん)ー真理に反するものの考え方をしない。

まあ、当たり前のことを言っているし、今更では?という人もいるでしょう。良いことをして、悪いことをしなけりゃいいんでしょ?と。
でも、密教的には、これらは密教的な儀式で伝授を受けて本来のパワー、先人からの継承を受けたパワーを発揮できるというのが、実は奥伝でありますw

師匠曰く、「高野山大師教会の受戒、これ500円ですが、侮れません。だって、生まれてからの罪穢れが初期化されるというのですから」と曰く。皆さん、これはバーゲンですよw(すみません(^^;)

とまあ、冗談はさておき、あまり運が上がらないと感じる方は、騙されたと思って、高野山にいき、この受戒を受けるといいのです。
私も癌患者の知人をしれっと受けさせまして、何気に回復させました。(それ以外にもいろいろやってますが、これは大きいと感じています)

で、結論です。

三悪趣の門の誘いを断る切り札は、(参考:高野山 様 体験「受戒(菩薩十善戒)」)です。未戒、今生(生きている間)で真の戒律を受けないで死ぬと、思わぬトラップが待っています。畜生界で、ケンタッキー・フライド・チキンになるのか。それとも、釣りの餌のミミズか。この世には隣に地獄が広がっているのです。動物だけではない、人間だって、生まれた場所で戦争、内戦などに被災する方だっています。

「映画:君の名」はの、糸でないけど、普賢菩薩の三昧耶戒律という糸、折角の秋です、高野山あたりに行ってみて、受けてみるのも一興かもしれません。
引き続きよろしくお願い致します。


スポンサーサイト
Secret