お世話になっております。

昨日は宇都宮でした。24日から雪が降るということで(今今降っとりますが)スタッドレスタイヤに入れ替えていただいたり、床屋に行ったりしました。

空を見上げると怪しい雲。

曇天

3.11の時も妙な黒い雲が覆っていました。Harrpの電磁波がなせる雲でしょうか?w
とりあえず、11月23日、松原照子さんがいう魔の水曜日でなかったようでよかったです。(まだ、11月25日のカバラ合計18、666は警戒中ですw)

床屋に行っている間、見ていた(参考 Wiki様:元寇) 

中国、朝鮮、それどころか広大なユーラシア大陸のほとんどを征服したモンゴル帝国。チンギス・カンは「黄金の国ジパング」へ触手を伸ばしてきました。

このような降伏勧告文章を送ってきたらしく。
(上記、wiki様 元寇より)
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天の慈しみを受ける
大蒙古国皇帝は書を 日本国王に奉ず。朕(クビライ・カアン)が思うに、いにしえより小国の君主は 国境が相接していれば、通信し親睦を修めるよう努めるものである。まして我が祖宗(チンギス・カン)は明らかな天命を受け、区夏(天下)を悉く領有し、遠方の異国にして我が威を畏れ、徳に懐く者はその数を知らぬ程である。朕が即位した当初、高麗の罪無き民が鋒鏑(戦争)に疲れたので命を発し出兵を止めさせ、高麗の領土を還し老人や子供をその地に帰らせた。
 高麗の君臣は感謝し敬い来朝した。義は君臣なりというが その歓びは父子のようである。この事は王(日本国王)の君臣も知っていることだろう。高麗は朕の東藩である。日本は高麗にごく近い。また開国以来時には中国と通交している。だが朕の代に至って
 いまだ一度も誼みを通じようという使者がない。思うに、王国(日本)はこの事をいまだよく知らないのではないか。ゆえに特使を遣わして国書を持参させ朕の志を布告させる。願わくは、これ以降、通交を通して誼みを結びもって互いに親睦を深めたい。聖人(皇帝)は四海(天下)をもって 家となすものである。互いに誼みを通じないというのは一家の理と言えるだろうか。
兵を用いることは誰が好もうか。王は、其の点を考慮されよ。不宣。
   至元三年八月 日
— 宗性筆『調伏異朝怨敵抄』蒙古國牒状、東大寺尊勝院文書
大蒙古國皇帝奉書
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当時の日本の人々の恐怖は最高潮だったのではないでしょうか?ヨーロッパの方々もモンゴルには恐怖をいだいていました。

まあ、あれだけ広大な領土を征服すればこのような極みに至るのも無理はありません。しかし、日本は神の国でしたw

更に読み続けると、鎌倉幕府軍は3ヵ月も激戦ではじき返しています。そんなうち、モンゴル軍は疫病が流行りだし浮足立ってきます。そこに台風(所謂、神風)が来たのですが、全滅したわけではありません。被害を受けていない艦隊も大勢いました。神風については、戦後、GHQが日本人の民度を下げるために台風のお陰だけで勝てたと微妙に歴史改竄をしています。ヨーロッパ白人の方々もまともに戦って勝てなかった相手に勝ってもらうと非常に都合が悪い。そういうことです。
このようなディティールレベルからトラップがあります。要注意ですw(また、別途、解析したいと思います)

いずれにしろ、そこに鎌倉幕府軍は最強の軍団を編成し、出撃命令を下したのでした。元寇を壊滅させるため。既に、屈強な九州勢のみで勝敗は決していたのでしたが。

こちらを見ていると、宇都宮の文字が。

(参考 Wiki様:宇都宮貞綱)公
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宇都宮 貞綱(うつのみや さだつな)は、鎌倉時代中・後期の武将。鎌倉幕府御家人宇都宮氏第8代当主。宇都宮景綱の子。母は安達義景の娘。興禅寺を開基したことで知られる。北条氏得宗家(鎌倉幕府第9代執権)の北条貞時の偏諱を受けて貞綱と名乗る。
弘安4年(1281年)の元寇の弘安の役では8代執権・北条時宗の命を受けて山陽、山陰の6万もの御家人を率いて総大将として九州に出陣した。その功績により戦後、引付衆の一人に任じられた。
時宗の死後は北条貞時に仕えて嘉元3年(1305年)、嘉元の乱では貞時の命を受けて北条宗方誅殺に協力した。
正和元年(1312年)、亡母の13回忌に全国的にも珍しい巨大鉄製塔婆を奉納した(宇都宮市清巌寺蔵:国の重要文化財)と言われている。
正和5年(1316年)7月25日、51歳にて死去した。法名は蓮昇、法号は興禅寺。
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これは由縁のお寺行ってみねば!と夕方ぎりぎりでしたがお伺いしてみました。

(参考:興禅寺 様)

(参考 Wiki様:興禅寺 (宇都宮市))

立派な山門です。
興禅寺 (宇都宮市)

これは!

興禅寺 (宇都宮市) 元寇より護国の英雄の墓、太平記の英雄の墓

中に進ませていただきます。

興禅寺 (宇都宮市) 境内へ

境内でお掃除をしていた方、一発でご住職っぽい方に貞綱公のお墓の在りかをお聞きすると、するするとお寺の歴史を。

ご住職「実はこちらは家墓です。昔は山にお墓を立てて、里に参りやすいようにたてたのです。実際は益子町に宇都宮家の墓がありますが、そちらにあるかと」

私「あっいったことがあります」
実は東北新幹線の(参考JR東日本様:トランヴェール)で特集されたことがあり、行っておりましたw

それに家墓の話。風水的、奇門遁甲的な要素もあるのかもしれません。呪術セミナーでも似た話がでたような?

興禅寺 (宇都宮市)右が貞綱、左が公綱公の墓の門

興禅寺 (宇都宮市)右が貞綱、左が公綱公の墓

右が貞綱、左が公綱公、双方、英雄ですが、左の方は、わが先祖ご縁の楠木正成公と大阪で戦った坂東一武者!

(参考 Wiki様:宇都宮公綱)

(参考:あの伝説の?神戸特別講義「奇門遁甲秘伝(一)」からもう半年。。。 )
こちらでは湊川神社に詣でましたっけ。

これもご縁でございます。。。。。

日本を守っていただいたことに感謝し、ご冥福を祈りつつ、また来ている危機に対する護国の息吹お分けくださいと念じました。

ふと、NHK大河ドラマ北条時宗のテーマ曲が頭の中で鳴り出しました。
(参考 youtube様:Kazuki Kuriyama ft. Namjiliin Norovbanzad )



時宗公、貞綱公、そして鎌倉武士団の皆様。あなた方の気迫、モンゴル帝国を押し返しましたぜ。

真面目に帰り際、グワっと何か感じました。


こちらは後世の徳川政権の幕僚、奥平公のお墓。
興禅寺 (宇都宮市) 徳川政権の幕僚、奥平公のお墓

清々しいお参りでございました。

そして、先日も書きましたイスラエル、ユダヤの方々の民度の高さ。自ら生きる強固な意志。これは見習わねければなりません。黙って侵略者を受け入れて滅んだマヤ文明。これが今の日本に起こらないと誰が言えましょうか。
我々はモンゴル帝国軍をまともに戦って打ち破ったご先祖、諸先輩方の末裔なのですから。

(参考:「天は自ら助くる者を助く」 ユダヤ陰謀論に傾く前に知りたいこと 『六日戦争』 )

さて、その後は、温泉です。場所は佐久山。

佐久山温泉きみの湯

(参考:佐久山温泉 きみの湯)

美肌の湯、トロトロの源泉かけながしの温泉も最高ですが、地産地消なのであります。野菜をゲット。

20161123_12.jpg

帰宅後は、こちらの仕事があり、祈祷をしてから、鍋にしました。

引き続きよろしくお願いいたします。

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