お世話になっております。

世界の(ご参考 wiki様:世界四大文明)は全て大河の河口にできています。

メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明ですね。

東京は荒川、墨田川、江戸川が流れ込む場所です。元々、東京はどういう場所だったんでしょうか?



(参考 Wiki様:東京)

元々は江戸時代には「江戸」呼ばれていました。

(参考 Wiki様:江戸)

徳川家康公が幕府を開き江戸を作った。それより前はどういう町だったんでしょうか?
泥だらけの僻地だったようです。元々、江戸城を作ったのは太田道灌公。
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関東管領上杉氏の一族扇谷上杉家の有力な武将であり家老であった太田資長(のちの太田道灌)が入り、江戸氏の居館跡に江戸城を築く。江戸城は、一説には康正2年(1456年)に建設を始め、翌年完成したという(『鎌倉大草紙』)。太田資長は文明10年(1478年)に剃髪し道灌と号し、文明18年(1486年)に謀殺されるまで江戸城を中心に南関東一円で活躍した。
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その後、この僻地が世界有数の大都市になるのは徳川家康公のお陰のようです。
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一介の地方の城下町から巨大都市への大改造を実現した人物は、徳川家康であった。
1590年、後北条氏が小田原征伐で豊臣秀吉に滅ぼされると、後北条氏の旧領に封ぜられ、開拓の命を受けた徳川家康は、関東地方の中心となるべき居城を江戸に定めた。同年の旧暦8月1日(八朔)、家康は駿府から居を移すが、当時の江戸城は老朽化した粗末な城であったという。家康は江戸城本城の拡張は一定程度に留める代わりに城下町の建設を進め、神田山を削り、日比谷入江を盛んに埋め立てて町を広げ、家臣と町民の家屋敷を配置した。突貫工事であったために、埋め立て当初は地面が固まっておらず、乾燥して風が吹くと、もの凄い埃が舞い上がるという有様だったと言われる。この時期の江戸城はこれまでの本丸・二ノ丸に、西丸・三ノ丸・吹上・北ノ丸があり、また道三堀の開削や平川の江戸前島中央部への移設、それに伴う埋め立てにより、現在の西丸下の半分以上が埋め立られている(この時期の本城といえるのはこの内、本丸・二ノ丸と家康の隠居所として造られた西丸である)。
家康が1600年の関ヶ原の戦いに勝利して天下人となり、1603年に征夷大将軍に任ぜられると、幕府の所在地として江戸の政治的重要性は一気に高まり、徳川家に服する諸大名の屋敷が設けられた。江戸に居住する大名の家臣・家族や、徳川氏の旗本・御家人などの武士が数多く居住するようになるとともに、町人を呼び寄せて、町が急速に拡大した。
一方、江戸城とその堀が幕府から諸大名に課せられた手伝普請によって整備され、江戸城は巨大な堅城に生まれ変わり、城と武家屋敷を取り巻く広大な惣構が構築された。
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小田原攻めで、滅んだ北条氏の支配地を、元々由来の三河(愛知県)、遠江駿河(静岡)、を手放し、関東に行けと命令したのは関白太政大臣、豊臣秀吉公。秀吉公の軍勢は20万、対して北条軍もさるもの、10万の軍勢で60キロ四方の世界にも類を見ない要害である小田原城に籠城。しかし、籠城は厳しいです。メンタルで崩壊します。結局は降伏したんですね。

しかし、家康公は既に小牧長久手の戦いで秀吉に勝っているように、三河遠江駿河を要塞化していたのです。これは長篠の戦でも単なる平地戦でなく、実は要塞化した陣地に武田軍が突っ込むように仕組んだ信長公の戦略を継いだ家康です。

(参考 youtube様:その時歴史が動いた 「織田信長 勝利の方程式 長篠合戦」 (2000年) )



彼が組んだ陣はまさに信長公の陣。秀吉公は恐怖したでしょう。なので、この地から追い出したかった。
一方、家康公は秀吉公に表立って反発できませんから、家康公は関東に行かざるを得なかった。家康公に勝てないから征夷大将軍を諦めて関白になったり、熟女の親戚まで嫁がせてくるし秀吉公も凄いですね。
では、どこにいったらいいのか?というのがこの動画の素晴らしいディスカッション。徳川家康公の先見の明は素晴らしいです。この素晴らしさがわかるのはこちらの動画。

(参考 youtube様:歴史ミステリー 家康はなぜ江戸を選んだのか? )



第一候補は、鎌倉幕府があった天然の要害、鎌倉。第二候補は、旧北条の城で堅牢な小田原。そして、第三候補はなんと江戸城だったのです。
第一、第二候補は紛れもない要害であり歴史的な場所。全く歴史の脚光を浴びなかったのが江戸。
そのころの江戸は、なんと、利根川が流れ込んでいたのです。

荒川も凄い、墨田川あるし、江戸川は水量も凄い、で、坂東太郎たる利根川まで流れ込んでいたら、そりゃ、どらだらけの僻地になりますよ。

家康公は関東一体を鷹狩し、見聞して、利根川が羽生あたりの小山にぶち当たり、江戸に流れ込んできていることを発見します。そう、これが徳川幕府の(参考 Wiki様:利根川東遷事業)となるのです。

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利根川東遷事業(とねがわとうせんじぎょう)は、利根川の付け替えにかかわる一連の河川改修を指す。徳川家康江戸入府後、徳
川氏によって進められ、中世末の 文禄3年(1594年)に行われた会の川の締め切りからはじまり、江戸時代の 承応3年(1654年)の赤堀川通水までが含まれる。
ただし本稿では上記以降現代に至るまで続けられた利根川中下流の河川改修を含めて記述する。この河川改修により、関東平野の自然地理的状況は人の手によって大きく変えられ、利根川本流は銚子を通って太平洋に注ぐことになった。

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家康公の先見の明、凄さが分かるお話しです。この事業は五代将軍の世代まで続きました。これのお陰で、関東は日本一の豊かなと都市型の平野となることが可能となったのです。

このお話しを四柱推命的に解釈するなら、身中に壬の水が多すぎた人を、戊の岩盤をくりぬいて(利用して)、本来の財を手に入れた、といえるでしょう。

このような事業の裏には誰の意図があったのでしょうか。勿論、家康公自身。

もう一方、江戸の風水を作った中核人物がいらっしゃいます。それは慈眼大師(参考 Wiki様:天海) 様。

江戸は四神相応に囲まれた場所ですが、東に森、西に大道、南に大海、北に山岳という吉祥の土地です。
四神とは、東に青龍、西に白虎、南に朱雀、北に玄武の方位の神が司っています。

(参考 Wiki様:四神相応)

そして、最も、風水的なのは、家康公の当初の墓が、静岡の久能山東照宮であり、ここから富士山を通った直線状に日光東照宮があるのです。東照宮が造営後に二度葬されました。風水ではよくおこなわれます。実際、芝増上寺では第二次大戦中、爆撃を受けて壊れた墓から、将軍家関係者の墓から、水銀処理されたミイラが出てまいりました。当然、家康公にもされている可能性があります。芝増上寺は江戸城を挟んで裏鬼門に設置され、表鬼門には寛永寺が守備されています。こちらにも将軍家関係者の墓があります。
何故、北なんでしょうか?それは、北斗七星、北極星の化身が家康公である、という伏線となっています。

北極星をいだく東照宮


そして、関東を抑えるには、平将門公を鎮魂しなくてはなりません。これが、神田明神や皇居側の将門公の首塚。将門公関係の神社を結ぶと北斗七星が浮かび上がるという説もあります。そして、五色不動は陰陽五行を司り東京に集まるエネルギーを五行に変換します。

陰陽五行の力が将軍家、関東一円に広がるように設計されているのです。まさに都市のための風水。
詳しくは、こちらをば。

(参考 Amazon様:日光東照宮の謎)

いわば元々は水が多すぎておかしくなっていた江戸を水を他方に流し、肥沃な大地に変えただけでなく京都と同じような霊的な仕掛けをつくった。これを人間に置き換えるなら、八字を調整した上で霊符でも五行を整えるといってもよいでしょう。例え物理的な工事だけ行っても因縁というものがあります。これが邪魔すると元の木阿弥でなかなかこの事業を完遂することは難しいです。物理的な運命改革に加え、メンタル面、霊的な加護、改革が必要なのでは?というのが本記事の結論であります。

これらの力を活かすにはどうするか?

五行のエネルギーのアンテナは何になるのか?最強のアンテナは、五帝霊符となります。
そして、実は人間はそもそも、五行具現なのです。なのに偏りがある。それを補正する方法の一つは呪符(霊符、護符)です。五行、方位の神の力、東西南北そして中央、この力を全て取り入れる最強レベルの呪符。東西南北中央の5方位、青、赤、黄色、白、黒の五色、五行の力は、人間が生きていくために必要な5つのエレメントを5つの帝王が支配していて、それぞれの帝王の呪符(霊符、護符)をもつことにより、五帝の守護を得るだけでなく、因縁面から自らの八字(四柱推命)の五行具現を促進し幸福を得るとされるものです。
この呪符は五通、全部を作成し通して、一式でも持つことが推奨されているものです。

〇東岳霊符(青):
人の生死、昇進、官位、願望一切を司る神。この呪符を身につけると長命となり、官位が進み、一切の願望が叶う。


〇南岳霊符(赤):
世界の国土や星宿を支配するといわれます。この呪符を身に着けると無病で長く人生を楽しむことができ、身も心も安らかになり病気も快復するといわれます。体が弱い人におすすめです。勿論、健康な人には病気がかかりにくくなります。


〇中岳霊符(黄):
世界の山河、谷などを司る神。この呪符を身に着けると、貴人に引き立てられ、大衆も味方につけ位を高めることができる。政治家、リーダに重要な呪符です。帝王を目指す者に重要な呪符です。


〇西岳霊符(白):
世界の金言財宝を支配する神。この呪符を身に着けると金、財宝、食料の一切を手にするといわれます。


〇北岳霊符(黒):
世界の河川を司る神。水は最も力を持つといわれます。邪悪な敵や怨霊を撃破する力を持っています。

#先日、この神の別呪符を提供してしまいましたw

(参考:呪符の効果確かなようです)

まさにフィフスエレメントw

(参考 youtube様:フィフス・エレメント)



ともかく作成には手間がかかります。 

全部五行の色、木火土金水の色、青、赤、黄色、白、黒に和紙を塗らなくてはいけないです。それも最高の霊水が必要だし。
勤行もいつも以上にやります。

その上で、五帝の霊符を書きます。

今回、自分用に一式作成しましたが、お困りの方もいるだろうと、作成したいと存じます。既に在庫は知人に一式譲ってしまいましたが、よろしければブログの皆様にも頒布いたしますので、よろしくお願いします。

引き続きよろしくお願いいたします。

(バナークリックお願いします!)



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