お世話になっております。

先日、神田明神詣でたあと、成田詣をするのは問題ないと言った手前、自分でやらないといけないだろ?とそういうので詣でたわけではありませんw

(参考:陽遁に切り替わる日に神田明神へ )

それに、奇門遁甲の方位が日盤、時盤が開く(吉方位)のがこちらの方位だったからというのが一つ。丁度、話題に出たということは、一種のシンクロニシティ(共時性)だから、その縁に乗ってしまえというのが一つ。

そして、私が十数年、ホームドクター的にお世話になっている易者先生がいらっしゃいまして、また、お話しお聞きしたいなあ、と思い、これは行っちゃいましょうと、北関東道、常磐道を飛ばします。宇都宮から2時間ぐらい、片道200kmぐらいありましょうか。
右手に筑波山がみえます。

北関東道 筑波山を見る


そもそも、皆さん、(参考 Wiki様:平 将門)公ってどんな方だったか知ってますか?義に熱く、損しちゃう方だったようですよ。地元の侍の喧嘩を仲裁している間に中傷にあい、気が付いたら戦いに巻き込まれ、関東の王にならざるを得なくなってしまった。

そして一方の(参考 Wiki様:不動明王)ってどんな仏様がご存知でしょうか?

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密教では三輪身といって、一つの「ほとけ」が「自性輪身」(じしょうりんじん)、「正法輪身」(しょうぼうりんじん)、「教令輪身」(きょうりょうりんじん)という3つの姿で現れるとする。「自性輪身」(如来)は、宇宙の真理、悟りの境地そのものを体現した姿を指し、「正法輪身」(菩薩)は、宇宙の真理、悟りの境地をそのまま平易に説く姿を指す。これらに対し「教令輪身」は、仏法に従わない者を恐ろしげな姿で脅し教え諭し、仏法に敵対する事を力ずくで止めさせる、外道に進もうとする者はしょっ引いて内道に戻すなど、極めて積極的な介入を行う姿である。不動明王は大日如来の教令輪身とされる。煩悩を抱える最も救い難い衆生をも力ずくで救うために、忿怒の姿をしている。
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そう、憤怒相の怖い仏様。でも、本当は泣いているようです。お不動様の光背の炎の裏には地獄があり、人々は我先に堕ちていく。そこに落ちぬよう、必死の形相で人々と助ける憤怒相という話があります。
仏様の階層には如来、菩薩、明王、天部、などがあります。下に来るほど人間に近く、その現実的な力は強大になるいわれます。なので、皆さんが俗説で怖がるように、天部である稲荷さん=ダキニ天、聖天などは近寄りがたいでしょうね。勿論、大黒天、弁財天なども天部ですから侮れません。そうした考え方もあり、密教ではまずは明王でありながら不動明王から入るといわれます。それだけオーソドックスで安全な慈悲深い仏様なのです。勿論、ご利益も絶大です。
さて、将門公。成田山の不動明王に調伏されたということは、例え戦に負け、恨みのあまり地獄に落ちたとして、必ず、救われるはずです。なぜなら不動明王に調伏を受けたからです。慈悲の憤怒尊、それが不動明王ですから。死んでなお将門公を苦しめる仏か?それはあり得ないですね。

歴史的経緯としては、明治時代には朝敵であったからと、単純な考えで一旦、神田明神から追い出しています。


(参考 Wiki様:平将門)

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明治維新後は将門は朝廷に戈を向けた朝敵であることが再び問題視され、逆賊として扱われた。そして1874年(明治7年)には教部省の指示により神田明神の祭神から外され、将門神社に遷座されて
しまう。一方で明治時代後期になると阪谷芳郎や織田完之らによる将門復権運動が行われた。
第二次世界大戦終結後、皇室批判へのタブーがなくなると、朝廷の横暴な支配に敢然と立ち向かい、新皇に即位して新たな時代を切り開いた英雄として扱われることが多くなった。そして、1976年(昭和51年)には将門を主人公としたNHK大河ドラマ『風と雲と虹と』が放映されるに及んで、将門の祭神復帰への機運が高まり、ついに1984年(昭和59年)になって、平将門神は再度、神田明神に合祀されている。

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歴史的な大きな流れで仕方なかったことって大いにあると思うのですが、上記の判断があるなら、明治からの3代の天皇家で初めて外国軍の侵略を許し、戦争でたくさんの死者をだしたことを責任を問われることになります。
さて、明治時代、神仏分離令、神社合祀令、修験道廃止、結果として発生した廃仏毀釈で寺を焼き討ちなどが行われたのは悲惨ですが、更に、結局、明治、大正、昭和で戦争に負けぼろぼろになった。これも歴然たる事実なんですよね。

何故、浮世絵や仏像がイギリスやアメリカの博物館にたくさんわたってしまっているのってこれが原因です。勿論、古くから継承されてきた民間信仰、古神道、占い、呪いなどは徹底的に破壊されてしまいました。今の神道はほぼ国家神道の流れです。(と、私の密教の先生が、ご自身の博士課程の論文の研究対象であったため、全国を調査し、その惨状をリアルに調べられたお話し伺いまして、こちらは日本人にとって知らぬが仏かもしれませんね。)

そもそも、将門公を不遇に扱ったのは明治政府です。戦後は、やみくもになり、復権していただいていますが。中途半端に将門公と成田山のことだけがクローズアップされてるのって、歴史を全く知ろうとしない俗説も俗説だと思いませんか。明治以前はしっかり江戸の守護神であり成田も東国鎮護で共有していたのですから。そのような根源なきことを妄信することが、迷うことを信じると書いて、迷信というのだと思います。繰り返しですが、それぞれの根源や歴史、考え方を整理して考えること大切だと思います。

というようなことも書きたいなあ(長いですね、また失礼しました)、と、思いながら、気が付けば、成田山の塔が見えてきました。門前町も雰囲気よいですね。

成田山 門前町

ずっと工事中だった、大門が完成していました。

成田山 改修後の大門

階段を上り。

成田山 本殿を前に

まずは、本殿前の香炉へ。

成田山 香炉で運気をもらいましょう

一つ、開運ノウハウを。 吉方位をとり、寺社仏閣にいったら、香炉の煙、全身につけるようにしたほうがいいです。貴族の方など知っている方は知っているらしいですが。

何故か、成田さんに来るときは晴れが多いです。今は雲一つない青空。

成田山 青空

で、本殿でお参りしまして、また、懲りずに絵馬の秘術をばw

成田山 絵馬の秘術

あと御神籤を。大吉でした。ホッ。

次は出世稲荷へ。こちらは密教の稲荷で、ダキニ天です。我が家の神殿にも出世稲荷だけでなく、日本の総本山の伏見稲荷、また、豊川稲荷、高尾山の飯縄権現さまなど多数おられますが。。。。

成田山 出世稲荷 ダキニ天

出世稲荷を出たら、左に行くとそのままいくことができる、占い小屋コーナーがあるのです。場所は本殿からなら向かって、左側の釈迦堂の更に左側の広場。こんな感じです。近頃は旅番組などのテレビによく出ます。

成田山 占い小屋 旅番組で頻出中

こちら、「二代目 山田観象」様。

成田山 二代目 山田観象 驚異の的中率

お血筋は350年ぐらいあるようですが、お父様の代からこちらでやっていらっしゃるようです。下手すりゃ戦前からでしょうかw
さて、お伺いすると既にお客様がいましたが、暫くまっていると、私の番に。ここは、先生の実力を知っている全国からくる方しかこないのです。うろうろする奥さんが、「ここどうですか?」と聞きますが「私は長くお世話になっておりますが」と答えますが、他のところに入っていきました。これもご縁ですから。

山田先生。(撮影、ブログアップのご許可、得ております。失礼します。)
今年で73歳とのことですが、自ら別の事業をされいるなか、息子さんに会社は任せ、前の代よりここを維持されているようです。

成田山 断易 山田観象 山田先生

断易(五行易)使いの方です。私に「あなたも易を勉強したいなら、藤田善三郎さんの本ぐらい買ってみて、読んでみたら?但し、一冊10万以上するけどね」。といった方。実際に買ってしまいましたが。(今は一部復刻版がでており、1万円程度で買えるのですがw)
で、買ったのはいいけど、自学だと全くわからない。ホントわからないっす。で、小野先生の十傳スクールにご縁いただき学ばせていただいている次第です。

(参考:断易中等科にて新しいテキストを賜りました )

久しぶりなので、ご挨拶していますと、何やら秘蔵のノートを出してきてくれて、いきなり、いろいろと断易講義。昔は全く会話できませんでしたが、今は、小野先生のお陰様で、かなり会話が進みます。この先生は実践家タイプですが、勉強にも余念がないです。
時折、壁にある基本法則的なところを指し説明してくれます。

成田山 山田観象 山田先生 断易を語る

山田先生「私も73歳。孫がついでくれそうだが。。。」
私「是非、先生の教え後世に残してください」

というような会話があり、さて、易を立てていただきます。筮竹です。

これもそれぞれのやり方でしょうが、この先生の場合は、成田山不動明王に代わって卦を出すような祝詞的なことを香をたてやってくれます。筮竹使うやり方で、このような場所ではいいですよね。

祝詞のあとは「春、夏、秋、冬」と筮竹をわっていきます。そうして、卦がでてきます。

内容はビジネス絡み。あーなるほど、そういうことかと納得。

成田山 断易 山田観象 山田先生 卦をみていただく

で、次は、同じパターンですが、条件を変えて立ててもらいます。なんと!同じ卦、同じ動爻ででた。。。。。

山田先生「私も長いけど、過去にあったのは裁判絡みぐらいか。同じ日、同じ時間、前の卦に引っ張れたかな?なかなかないよ、全く同じ。あなたも神懸ってるのかもね」
私「いえいえ。再占ということでしょうか?」
山田先生「ここからは私の仕事、そうです」

で、今度も動いた後の卦が本卦ででた。結果的に、3回同じ卦がでている。。。。。ちょっと鳥肌ものです。

ま、動いた先の卦は、周易の卦でいえばよい卦ですが。いずれしても、Aパターンでも無事(世が勝つ)、Bパターンでも無事で且つ良い(世が勝つだけでなく応に助けられる)とでました。

もちろん、吉凶だけでない、周辺状況もみていただけます。占う内容を相性や勝負に係ると断易を使ってくれますから、先日書いた易冒的な見方なのかしら。僕が勉強しているのを知っているので、専門用語バリバリ使われます。本当これも勉強になります。ありがたや。

ホント、何かすっきり感が。お客様を安心させる、内容と説得力。これが大切ですね。実践実践。で、勉強勉強。

いや~来てよかった。将門公、成田不動明王、日本国一切諸神善神、山田先生、またみっちり鍛えていただいている小野先生、また皆様に感謝、感謝です。

ふと空をみあげると、鶴のような雲と満月に向かう月が。勝手にこれも吉祥扱いw

成田山 吉祥の空


さて、新勝寺はこのぐらいで、あとはお水取りをしないと。お寺にはどこかにあるのかもしれませんが、公開されているのはないです。あるのは元寺領だったところの、(参考 wiki様:なごみの米屋)さん本店の奥にある最高の井戸水が目的です。

成田山 なごみの米屋

まずはお店に入ります。で、奥がぬけられるのですが、店員さんに尋ねると、奥の資料館で水くみ用の入れ物を買ってくださいとのこと。1リットルぐらい入るのに100円。

成田山 なごみの米屋 資料館

ここか!こんなところが!

成田山 なごみの米屋 成田山提案跡地 湧水

成田山 なごみの米屋 成田山提案跡地 湧水


お不動さんにお祈りして、

成田山 なごみの米屋 成田山提案跡地 湧水 のお不動さん

お水をおしいただきます。

成田山 なごみの米屋 成田山提案跡地 湧水の井戸

これまた、良い呪符がかけそうだ。あと、神殿のご供物に羊羹かってこーっと。

さて、帰りは下道でタラタラ帰ります。やはり吉方だと変な車とかによく遭遇します。用心肝心。目指すは、お約束の温泉。

(参考:ピアスパーク下妻)

去年の鬼怒川氾濫で被害をうけましたね。

ピアスパーク下妻 鬼怒川氾濫被害より見事復活!

今は、周辺も全く傷跡は消え、復活しておりました。このあたりの温泉では一番かも。湯質もよいですが、施設もよいです。

家に着いたのは、23時ごろになりましたかね。軽く晩酌をして眠りにつきました。

引き続きよろしくお願いいたします。

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