お世話になっております。

先日、自宅でもんじゃを作りながらテレビを見ていますと、(参考 TV Tokyo様:「出没!アド街ック天国|)さんをやっていました。

(参考 DaliyMotion様:出没!出没!アド街ック天国 埼玉県SP 6月2日)




「チャーミングな埼玉」ということで、BEST20の19位の(参考:百観音温泉)さんを見て、市街地にあるとはいえ、室内施設が充実してそうで、湯質もナトリウム塩化物強塩泉で毎分1000リットルも噴出しているそうで凄そうだし、おお!これはいきたい!と思いました。

その他にも以前いったことがある(参考:サイボクハム)さんなんかも出ていました。ここでパターゴルフをやって、陶芸体験などして、バーベキューして温泉に入れるという正に食のワンダーランドですね。年間400万人来場してるのは伊達じゃないですね。

(参考:奇門遁甲ドライブ、「樺崎八幡宮」、「聖天宮」、「サイボクハム」)

折角なので、その辺で寺社仏閣とかないかなあ?と思っていますと、(参考:鷲宮神社)様が。これは先日の、安房神社並に古い神社のようですね。これは良さげだ!しかも安房神社の時に書きましたが、酉の神社関連は忌部の神々にも関連してそうです。

というわけで、行ってみました。

国道4号線バイパスを通って南下します。1時間30分ぐらいですかね。程なく到着です。

日曜はスカッと晴れて気持ち良かったですね。まずは大鳥居です。

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ご由来が。

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当神社は、出雲族の草創に係る関東最古といわれる大社である。

神代の昔に、天穂日宮とその御子武夷鳥宮とが、昌彦・昌武父子外二十七人の部族等を率いて神崎神社(大己貴命)を建てて奉祀したのに始まり、次に天穂日宮の御霊徳を崇め、別宮を建てて奉祀した。この別宮が現在の本殿である。崇神天皇の御世には、太田々根子命が司祭し、豊城入彦命、彦狭島命、御諸別王が、それぞれ幣帛を奉納した。景行天皇の御世には、日本武尊が当神社の神威を崇め尊み、社殿の造営をし、併せて相殿に武夷鳥宮を奉祀した。桓武天皇の御世には、征夷大将軍坂上田村麿が、武運長久を祈り奥州鷲の巣に当神社の御分社を奉祀した。中世以降には、関東の総社また関東鎮護の神として、武将の尊崇が厚く、歴史上有名な武将だけでも藤原秀郷・源義家・源頼朝・源義経・北条時頼・北条貞時・新田義貞・小山義政・足利氏歴代・古河公方・関東管領上杉氏歴代・武田信玄・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康等があげられ、武運長久等を祈る幣帛の奉納や神領の寄進、社殿の造営等がなされた。なかでも江戸時代には、四百石の神領を与えられ、代々の将軍の名で朱印状が残されている。明治天皇の御世には、神祗官達により准勅祭社に定められ、勅使参向のもと幣帛の奉納がなされた。そして明治天皇行幸の際、当神社に御少憩され、祭祀料として金壱封を賜り、昭和天皇の御世にも、幣帛を賜った。

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やはり、安房忌部氏を彷彿とさせる、渡来人のようですね。出雲の流れとは。

さて参道を進みます。

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ここも相当古いようですね。関東最古ということで、縄文時代、弥生時代、古墳時代の遺構と神社がそろっているようで、2000年クラスの古社さんです。

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裏にはそんなことが書いてあります。

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見てください、本殿を真横に見ていますが鳳凰のような雲が。吉祥ですね。遠くに白鷺がとんでいたし。

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正面に回ってお祈りです。本殿でお参りしていますと、御祈祷の和楽器の音が聞こえてきます。清々しいですね。これも吉祥です。

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ともかく町中なのに神社の背後の森が重厚です。こちらは八幡社でしょうか。

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入り口の紫陽花が美しいです。

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ぐるっと本殿をまわっていきます。この神社凄いですね。

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それぞれの神様にもちゃんとお参りしていきます。特に一番奥の天照大御神の社はかなり神秘的でした。ここでこそ、例の神道灌頂の法印や真言をやらないと。お経を唱えることは感謝であり、布施波羅蜜(ふせはらみつ)の実施になります。具体的な感謝の実施、感謝の形を示しているわけですね。別にそういうマニアックなものを知らなくても、二礼二拍手など礼儀をしっかりやることも同じ延長線上にあります。その実施の心の境涯が神社の気とシンクロするのです。

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最後に神楽殿をみますと、神社のご案内にもありましたが、古代より続く神楽が無形文化資産になっているようですね。

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そして、天皇皇后さまが、スウェーデン大使と共にこられたようです。宮内庁からのご要請だったようですね。

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御神籤をいただき、呪術セミナーで賜った、絵馬作法を行います。こういう良い神社では絶対やった方がいいです。

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しかも、これか!(参考 Wiki様:らき☆すた)の聖地ってここなんですね。10年前なのに一杯、キャラの絵馬があります。聞いた話では、アニメ放送前が初詣の来場者が10万人だったのが、40万人になったとか。しかも未だに町全体で町おこしをされていて、余波が続いているそうで。素晴らしいですね。

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さて、小一時間ぐらいはゆっくり堪能させていただき、続いて、百観音温泉です。

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名前通り?建物左手にお堂がw テレビでは写さなかったですね。観音様みたいですね。お参りしました。

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続いて入館しますと、また観音様が祀ってありました。小腹が空いたので食堂で軽くラーメンなどを食べて入浴です。

いやー湯質もいいし、例の46.7度の湯は痛い痛い!冷風呂でさまして、何より、寝湯で空を見上げながら、今度は龍のような雲をみつつ寝入ってしまいました。充実ですね。

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帰りに国道125号を通っていたら、おっ!あれも出たよね?!そう、18位にランクしていた(参考 食べログ様:オートパーラーまんぷく)さんをみかけました。この辺はレトロ自販機ショップの聖地だとか。テレビの影響か結構、車止まってましたね。すいません、私は素通りしちぃいましたが、次回はいってみます。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

(参考 Wiki様:転生輪廻(てんしょうりんね))ってご存知ですか?所謂、生まれ変わりというやつです。

(Wiki様)
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転生輪廻(てんしょうりんね)とも言い、死んであの世に還った霊魂(魂)が、この世に何度も生まれ変わってくることを言う。ヒンドゥー教や仏教などインド哲学・東洋思想において顕著だが、古代のエジプトやギリシャ(オルペウス教、ピタゴラス教団、プラトン)など世界の各地に見られる。輪廻転生観が存在しないイスラム教においても、アラウィー派やドゥルーズ派等は輪廻転生の考え方を持つ。
「輪廻」と「転生」の二つの概念は重なるところも多く、「輪廻転生」の一語で語られる場合も多い。この世に帰ってくる形態の範囲の違いによって使い分けられることが多く、輪廻は動物などの形で転生する場合も含み(六道など)、転生の一語のみの用法は人間の形に限った輪廻転生(スピリティズム、神智学など)を指すニュアンスで使われることが多いといえる。
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あらためて調べてみますと、別にインド、東洋思想、仏教だけにある話ではないのですね。だって、ギリシャのピタゴラス教団とかプラトンとかも信奉していたって書いてあります。

仏教の中にはお釈迦様の弟子のお母さんが牛になっていたりそういう話が結構出てきます。輪廻転生といえば、あの絵が一番素晴らしい。そう、熊野十界曼荼羅ですね。こちらは自宅の奴です。いいでしょう?これは確か、埼玉の妻沼聖天さんで購入したと思います。今も売っているかはわかりませんが。

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(参考:未戒で死ぬのは止めた方がいいらしいっす )

で、タイトルにもどりますが、生まれ変わりのお話しで、菅原道真公⇒平将門公⇒太田道灌公という俗説があるらしいのです。

菅原道真公は学問の神様と言われる天神さんですね。めちゃくちゃ頭が良い方だったようですが、九州に左遷され怒りのまま亡くなり怨霊神となったといわれていわれています。天皇家も亡くなった後、都に怪異が続いてびっくりして顕彰しなおして神様にしてしまったようです。

続いて平将門公も天皇家に連なる方で、義に篤く、本人は意図することなく気が付いたら関東王国のような状態になり謀反人として征伐されてしまった悲劇の武将ですが、徳川家康公は侍の始まりを起こした方として顕彰しております。皇居近くに首塚がありますね。動かそうとすると死者が出て大変だというものです。

そして太田道灌公はこの東京の基礎のなる江戸に江戸城を築いた初めの方だったようです。相当な方ですよね。この場所を見定めたのはそうとうな方なはずです。東京には彼の作った遺構があちこちに残っています。

そもそもこのような生まれ変わり説につながったのが「これは、太田道灌公の父が道真公という名であったこと、道灌公もまた将門公のように首だけが別に祀られている首塚があることなど」があげられておりますが、「道灌公は菅原道真公を大変尊敬していたようでもある。なにしろ道灌公は、神社を城内に建立しただけでは飽き足らず、菅原道真公を祀って梅林も作っている。その場所が今でも都内の梅の名所として知られている皇居東御苑の「梅林坂」だ。菅原道真公を祀る天神さまに、梅の木はもちろん欠かせないものではあるが、さらにそのそばに天神堀というお堀まであり、その傾倒ぶりには驚かされる。生まれ変わり説はもしかしたら、道灌公自ら吹聴していたのかもしれない。」

(参考 AERA.dot 様:「江戸城」に隠された太田道灌と菅原道真の関係)

こんなお話しを拝見していたので、昨日は陰遁開始の日ということでお昼休みに散策したのが(参考:平河天満宮)様です。

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(歴史)
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江戸平河城城主太田道灌公が、ある日菅原道真公の夢を見ました。そして、その翌朝菅原道真公自筆の画像を贈られたこともあり、その夢を霊夢であると思い、文明十年(一四七八年)に城内の北へ自ら施主となり、天満宮を建立しました。(「梅花無尽蔵」による)その後も周囲に多くの梅の木を植え、やがてここを梅林坂と呼ぶようになり、今も皇居平川門内にその名が残っています。
徳川家康公の江戸平河城入城後間もなく、築城のため本社を平川門外に奉遷しましたが、慶長十二年(一六○七年)二代将軍秀忠公に依り、貝塚(現在地)に奉遷されて、地名を本社にちなみ平河町と名付けられました。徳川幕府を始め紀州、尾張両徳川家、井伊家等の祈願所となり、新年の賀礼には、宮司は将軍に単独で拝謁できる格式の待遇を受けていました。また学問に心を寄せる人々は、古来より深く信仰し、名高い盲目の学者塙保己一や蘭学者高野長英等の逸話は、今日にも伝えられています。
現在も学問特に医学や芸能、商売繁盛等の祈願者が多くあります。
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永田町駅から平河町方面にありますね。この辺も気がいい感じがします。

神社も気持ちいい気を感じました。

菅原道真公といいますと、聖天信仰を篤くされていた方としても有名です。天神あるところに聖天ありみたいな。そう考えると、湯島天神さんと湯島聖天さんがありますね。そして、どちらも道灌公にご縁がある寺社のようですね。

太田道灌公は凄くできる方で逆に上司に疎まれて最後は暗殺されてしまった悲劇の方のようです。一種の怨霊神化してもおかしくない方ですね。あとおもしろいのは彼の家紋が桔梗紋であることです。

(参考 お役立ち!季節の耳より情報局 様:太田道灌の家紋を解説|初代江戸城を作ったとされる扇谷上杉家の戦国武将 )

桔梗といえば?明智光秀公。そして、明智光秀公が実は死んでおらず家康公の宗教政策の黒衣の宰相、天海大僧正になっていたという説もありました。日光の東照宮には桔梗紋があり、そしていろは坂には明智平がある。まあ、光秀公=天海大僧正説はともかく、支族の方々に何らかの関連性があるのはあり得る話ですね。特に関東ならば、安房忌部、将門公の秩父平氏など調べる必要がありそうですね。神仏でいえば、北斗信仰、妙見菩薩につながっていきます。そして、日光東照宮の陽明門には北斗七星が輝くのでした。

東京も調べれば調べるほど面白いですね。

さて、夜になり、長年お世話になっている私のITの師匠のような社長さんと仕事のお話しをするいうことで、そうだ、6/1-6/10は神楽坂の(参考 食べログ様:鉄板焼きマリアージュ)さんで一周年ということでサービスがあるということを思い出しました。ウェルカムドリンク1杯無料でありがたいです。白ワインをいただきました。

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こちらのマスターは鉄板道を究めようとしている方。やはりマスターの師匠も凄い方々がいるようです。その師匠のお言葉にはどの業界でも通じるようなお話しがありますね。

「料理人は味は当然として楽しみを提供しなくてはいけない」

これなどは断易の妻財(金、女、飯)を得るには、直接、自分たる兄弟の位置から、妻財を得ようとすれば剋の形となりますし、生かす方向は子孫(子供のような喜び、楽しみ)を相生しなくてはいけない話につながります。

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このIT社長さんも、20年以上前、私がまだエンジニア駆け出しだったころからご指導いただいた方でした。この当時の開発に対するスピリッツは今の私の基盤となるといっても過言ではないでしょう。やはりどの世界でもお師匠様は大切です。

めくるめくるいつもの美食と楽しいひと時を頂き、終電近く。急いで東京駅に向かいました。東北新幹線の終電で帰宅しましたが、腹が苦しくて全開にしておりました。

引き続きよろしくお願いいたします。


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お世話になっております。

昨夜は赤坂で取引先の方々と飲みまくり、少し二日酔い気味ですが、神楽坂亭にて爽やかに目覚めました。週末ですので、洗濯をかけ、掃除をして宇都宮帰還の準備をします。

そうそう、本日は奇門遁甲で陽遁から陰遁へ切り替わりの日でして、こういうタイミングで神社に詣でることで、その人の運気のタイミングを奇門遁甲の暦のタイミング、つまりは天地のサイクルにあわせることで吉を呼ぶことができるようです。
できれば自然の多い寺社仏閣がよいですが、町の中でも神社は古来より気の噴出点として守られてきた場所ですので、是非、詣でていただき皆様も吉を享受していただきたく存じます。

今日は晴れていて空気も少し涼しく気持ちが良いです。神楽坂はお世辞抜きで気が澄んでいて、いつも朝の気が清々しく、土地の気って本当に大切だなと思います。

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私は出勤ついでに、神楽坂の(参考:牛込総鎮守 赤城神社)様にお伺いしました。

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本殿に近づくと、近くのお寺のお坊さんと信者の方が二人でお経を唱えていました。

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まあ、私自身、修験道をやっていたこともあり、今では真言密教の大阿闍梨にご指導を受けていて、別に違和感はありません。先日は両部神道系の神道灌頂まで受けてきているのですし、この方々も神仏習合の世界観なのでしょうね。江戸時代以前は伊勢神宮でも般若心経を唱えていたのですから。
ああ!話しかければよかった、この日にわざわざ勤行にきたのは、陰遁への切り替えのことを知っているからにほかなりませんねw 袖触れ合うも他生の縁。またご縁があるでしょう。

勿論、神道灌頂でうけた宝印、真言等を唱えたのは言うまでもありません。

さて、気持ちよく出社できました。

お昼には時間があったら、永田町近辺で気になる神社があるので行けたら行ってみたいと思います。そこには江戸城の秘密がある気がしまして。

引き続きよろしくお願いいたします。


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